死霊術士、一撃を頂く

「色恋の話を俺に聞かせてどうする」


 突慳貪な物言いに、三分は困惑が滲みだす。野人を以て任じるエアノールからすれば、然様、門外漢もいいところ。そのへんの野ッ原でも探して虚穴うろあなにでも叫べば同じだけのことが望めるだろう。


 一方カシオンはエアノールの返答に、はてなと怪訝な顔をして首を傾げた物問梟。


「そんなつまらないものの話はしていない」


 と言下に否定されて、しかしエアノールの眉間には却って深い谷が刻まれ、声も咎めだてするように。


「だとすればなんだ。死霊術につきものの生贄か、それとも実験台かなにかにでもするつもりか?」

「なんだって? まったくとんでもない話じゃないか!」


 弾かれたようなカシオンの、苛立ち呆れを隠せぬ大声だ。


「いいかいあんた、生贄を用いる死霊術なんて、そりゃあ下の下だよ。ほとんど妖術まがいのそんなものを術なんて言う学派魔術師がいるなら、そんな学派に何の価値があるもんか。だいいち死霊術のために死人を増やすようなことをやる馬鹿がいるかい? それこそ本末転倒も良いところだ」


 一気呵成に言い切って、カシオンは鼻息も荒くじろりと一睨み、ため息を吐いてまだ納得していない風のエアノールに人差し指一本立てて言葉を継いだ。


「いいかい? あんたも知っての通り、僕は弟子を探してる」

「弟子」

「ああ」

「……初耳だな」

「おや」


 再び首をひねったカシオンの、思索はどうやら話していたかどうかを緩々辿り、どうにも覚束ないふうに、確かに話していたはずだがと独り言ちてはみるものの、実際のところ灰分けの村に足を運んでこの方弟子の話はしていない。腑に落ちぬ面を下げて、それでもまあ良いかと口にしたのは真実どうでも良いことと断じたからに他なるまい。


「そう。今言ったように僕は弟子を探している。我が化物峠ホーンテッドパスの学派を学ぶ優れた弟子をだ。まあこれには僕が期せずしてこんなにも若くして偉大なる師の衣鉢をついで学派の導師になったという複雑な経緯があるんだが……ああ、それはいいか。その弟子としてだ、僕は彼女を見込んでいる。と言っても、まだ見定めているところだが今の所悪くはない」

「……そうか」

「それでだ、僕が彼女を口説き落とすにあたって、あんたには、そうだな。僕の魔術が如何に役立ったかをそれとなく伝えて欲しい」

「なるほど」

「まずは学派の魔術の有用性だ。僕の見たところ、それがしっかり伝われば傭兵隊長殿もより深く学ぼうというつもりになるだろう。どうかな?」


 問いつつもカシオンの、言わば断られるを勘定に入れていないような若旦那風の楽天家振り。エアノールはしばしその暢気な顔を確かめて、参ったとばかりに首を左右に。と言って、些か疑念が見えるのは、果たしてそんなことで死霊術士になろうと思ったかどうか、それがしかとは言い切れぬ由。カシオンの自信に満ちた顔からすればなんとか算段もついたものと呑み込んで、わかったと一声肯いた。


「確かにおまえの、エルフ仕込みではない魔術とやらがこのあとも役に立ったなら、それを伝えたって構わない」

「そいつはありがたい」

「この後も役に立ったらだ。しっかりやってみせてくれ」

「言うまでもない。どうかご安心いただきたい、我が学派の技の冴え、帰り道がどうだろうと役に立たないなんてことはありえないさ」


 また調子付いたカシオンは己が才覚を誇るように。


「だいいち、昨日あんたを止めたのだって僕の魔術のはたらきだぞ」


 なるほど確かにその役には立ったろうものの、止められた当人に投げかける言葉ではあるまい。些か羞じ入ったように顔をそむけると、エアノールの肘が小突くようにカシオンを打って、思わず、濁った呻き声。


◆◆◆


 死霊術士と密猟エルフ、二人組の無頼が山歩きに従事している間に、村に残った比較的真ッ当な二人はと言えば、自然、村に残って住人たちの様子を伺い、輝く者の愛子たる司祭殿は人々の不調やらを祈祷で以て和らげて、一方傭兵隊長殿はその断固たる態度を以て不安を忘れさせるべく振る舞った。


 とは言えいくら二人が、殊にフェリア司祭がこの村の住人にとってありがたい存在であったとしても諸手を挙げての大歓迎とは言いかねる。無論その理由は、この地を捨てるという悲歎を、あえて推し進める輩とその目に映るからだ。この村を捨てねばならぬ原因が飛竜にあるとは言え、いやさ、緩々真綿で首を絞められているような今この時も、幸いにも村の者が飛竜の餌食になったわけではない。いやはや、それが災いだ。どこかまだやっていけるというような、確信ならぬ確信、はっきりとしない危機感を、見過ごさせる程度には執着心掻き立てた、すなわち不幸にも起こったエルフの密猟に、死霊術士の泣かせた子供だ。

 どうあれ意固地をやるには十分だ。昨日今日の話でもない以上、この地を切り開くに費やしたものを数え上げればひとつやふたつでは終わらない、それを思い出せば後ろめたさもある、捨てがたいのも当然だ。


 ようよう半日掛けていくつかの家々を回ったところで、ようやく取り付けた約束はと言えば、持病持ちのご婦人がいる一家が、その薬が届かぬのをどうにかするために遠縁のいる村まで動くということで、これが村からの第一の避難者だ。


「長引きそうだ」


 と、呟いたのはアネット・レイヴンヒル傭兵隊長殿で、然様、二進も三進も行かぬこの状況に、どうにも嘆ずるところがある。


「そうですね」


 輝ける手とも呼ばれるフェリア司祭は至極あっさりとうなずくと、苦でもない風に笑い飛ばした。この慈善の人にしてみれば、汎神殿になにかあったと言うでもない限り、ここでいくらか時間を費やすのもどうやらたいしたものではないらしい。


「一度街まで戻ることも考える。お二方には申し訳ない」

「そこまで急くこともありません。郷里を手放すのは簡単なことではありませんからね」


 ほう、と溜息を一つ。司祭の目にはこの村がどう映るのか、哀れを思召して、些か曇りも浮かんで見える。

 司祭の善性を慰めんとしてか、アネットは頷き、どちらにせよと呟いて。


「……状況はわかっているはず。いつまでもこのままでは」


 いられないはず、と言うのはそのとおりで、いくら大事な村といえども命と天秤に掛けようものではない、しまいには逃げ出す他にない。今はまだ影響少ないものの、村の中だけで諸々、何でもかんでも賄えるものではない以上、いずれは日乾しが待っている。何しろ一度は救援を求めているもの、そのうち、冷静になれば再びここを離れるが吉とそう悟るはず。


 それにはやはり少しでも、村の中の空気を和らげ、指導者たるバーバスから口出ししてもらうのは当然として、この村にとっての異物即ち傭兵隊長殿率いるこの一団を、なんとか受け入れてもらって、その言うことに一理ありと、それに従うことに不安なしと、そのように認められるのが遠回りにも似た近道だ。

 と、村を巡る二人の前を子供の影が横切った。デレクと言う、先にカシオンに石を投げた少年で、加えて言えば村長の甥っ子だ。二人の見たところではこの村の口を利ける者の中では最年少の住人で、どうやらいたく大事にされているらしい。

 それがどこかへ急ぐのを見送って、アネットは珍しく些か逡巡見せて。


「説得は村長殿に任せておくべきだろうか?」


 身内の話に首を突っ込む野暮が役に立つものかどうか、なるほど村長も無策ではあるまい、自制心足りぬ子供なら、余所者の口煩さに反骨精神見せないとも限らない。

 とはいえ、それはアネットの危惧。問われたとみたフェリアは少年の走った先を見て、昨日のことも頭に浮かぶ。


「ああまでして追い出そうというのは、私としては心配ですね。ちょっと話は聞いておきましょう」

「では」


 そうなら話は早いとばかりに、アネットを先頭に少年を追う先は村の囲いのはずれに近い。はたしてどこへ向かうものかと、検めるうちに村はずれにもう一つ小さい囲いが見える。ごく自然に見せかけた魔除けの山査子が柵に副って植え付けられて、なるほど、入口に立てかけられた鎌、開けた土地にいくつかの碑を置いて、紛れもなく墓地である。何事か察するところもあったらしく、束の間顔を見合わせた二人だが、頷きかわすとそのまま墓地へと踏み入った。


 誰かが常に管理しているというふうでもない、とは言え柵も新しくまた一帯綺麗に草も刈られ、古びたものには思われない。すなわち灰分けをこの度再開拓試みる今の村人たちのうちに、ここ数年で身罷った者があったらしい。


 果たして墓地の中、少年デレクの姿はあった。碑のうち一つに凝ッと目を注いで、ここまでくればこのデレクがなんで逃げるを拒むかも分かろうもの。また、二人にしてみれば、少年がそうする理由を誰も語りたがらなかったのも頷ける。つい先頃人死にがあって、など死霊術士に聞かせたい話ではあるまい。


 踏み込んだアネットに、それと気付いた少年の向けた目よ。ありありと分かる拒絶の色は、後生大事に抱えたものを取り上げられることを否むからだ。慮外者が聖域を踏み荒らしたとも見える有様は火に油を注ぐがごとく。


「なんだよ」


 余所者が、とまでは口にせずとも態度が語る。とは言えその敵意も結局は子供のもの、アネットの、些か見咎める目の鋭さに小さくたじろぐのは年相応の、たしかにまだ庇護受けるべき齢ほど、それで今の在所を失うのは哀れだが、と言って見殺しを選べぬ理由がここなる二人それぞれにある。


 いかにも威圧感のあるアネットが口を開くよりわずかばかり早く、フェリアが前に進み出て、その顔に温和な笑み一つ、心なし屈んで少年の目を覗き込む。


「一人でどこかに行こうとしているようでしたから、少し気になって追いかけてしまいました」


 いかにも慈悲深く優しげな物言いで、ゆるりとした語調は敵意を矯めるようでもある。デレクの敵意は行く先を失って、そうして些か迷ってみせたなら、輝く者の愛子、汎神殿の顔はそのまま踏み入るに躊躇もない。


「こちらはお墓ですか?」


 分かりきったことを聞いて、一つばかり少年に頷かせると、そのまま一歩にじり寄って、ご家族がと続けてみせる。さあ、そうなればもう一つ頷くしかない。墓碑の下に両親埋められていると聞き出して、しんみりした風に、いやいやフェリアは芯からこの少年に憐憫の情禁じ得ぬ、その悲しみに寄り添うのも、そもそも彼女の持ち前だ。案じ声聞かされていつまで剣突食らわせるものか、少年の声は悄然と、剣幕は気付かぬうちに静まっていく。

 息を殺したアネットに、フェリアは物言わず眼でばかり、落ち着き出したデレクを指して、何とかなるかもしれぬと告げる。

 しかし。


「この村の人々のためにも、皆で少しここを離れなければならないんです」


 と、肝要なことを告げた途端の、デレクは裂果を見せて、いやだと一声フェリアを突き飛ばさんと手をのばす。生憎だ、ここにいるのは温和な司祭様だが軟弱にあらず、なんと言っても信仰の代理闘士、子供が少し押したくらいですっ転ぶような無様は見せぬわ。押した側が却ってたたらを踏んだところで、少年もただでは転ばぬ、突いた手を固く、一握の砂えいやとばかりに投げはなった。

 狙ったかどうか、フェリアの顔に浴びせられかけた砂塵を、今まで経緯を見ていた傭兵隊長殿がここぞとばかりに受け止めて、その袖一枚盾にして打ち払う。覚えずやった乱暴に、少年はハッと恥じるよう、司祭の顔を避けるように目を迷わせて、むっつりと押し黙った無愛想な傭兵面を的と据えて。


「出ていくもんかよ!」


 言うは勇ましく、その実破れかぶれという他のない、やり場のない憤りを振り回しているばかり。


「ではどうする」


 聞くものによっては冷やかな、叱責にも響く鋭さだ。無論、どうすると言ってデレクに、この村のただの子供に解決策は用意できぬ。たじろいで、口ごもった悪童目を怒らせてうるせえと一吠え。


「泥棒逃しやがったくせに! 怪しいまじない師まで連れてきて! おれたちの村は絶対にやらねえからな!」


 伝法な口調を捨て台詞に、踵を返して、若年の身軽さ、一息に駆け出したかと思うと墓地を出て、遠く走っていく背中が見えるばかり。


 追ったかどうか、いいや、司祭の溜息に、アネットも些か肩から力が抜けて。


「うまくはいきませんでしたね」

「仕方ない」


 ままならぬと、アネットはどこか突き放したように呟いた。


「まずは一組だ。実際に離れた者を見れば心も変わろう」

「それにはまずあの二人に帰ってきてもらわなければいけませんね。ああ……大丈夫でしょうか。今更ながらあの二人に行かせたのが心配になってきました」

「心配には及ばないだろう」


 事も無げに言うものだが、傭兵隊長の面持ちには幾ばくか自信もあるようで、無頼二人組が仕事をやり遂げるのは当然と書いてある。とは言えフェリアまでそれに賛同するには保証もない。些か気疲れした様子なのは、この後も村の中を回って、ここから逃げ出す算段を立ててもらわねばならないからだ。フェリアにしてみれば、確かに村人たちがここを愛しく思うのも分かる、何もかも捨てろというのも心苦しいという立場。


「まったく、損な役回りですね、今回は」

「死ぬよりはいい」

「そうですとも」


 と、フェリアの目が探るように、感情を表に出さぬアネットの顔を突き回す。


「逃げ出さなくても良い手もありますが」

「……」


 ううむと腕組み、アネットが目を向ける先、この村のまだ数の少ない墓碑を見て。


「飛竜がいなくなれば」

「あるいは」


 心情読み取ろうとでも思ってか、向けられる横目も意に介さず、アネットはただ頷くのみ。ああ、これが果たして功名漁りとまで呼ばれる人物か、些か拍子抜けの大人しさ、偉業だのなんだの求めるなら、ワイヴァーンは根絶やしだとでも言えば名に恥じぬものを。

 さりとて、それも幸いだ。村人たちの前で大言壮語したならば、まさしく英雄の振る舞い。然様、できるかどうかの保証もないことで、村人たちに壮言の夢を見せたところで、いったいなんの馬の骨、住人が恙無く生き延びるのが最善だ。

 司祭の試す言葉に、アネット・レイヴンヒルは一向肯んずることなし。それを安堵の種と呑み込んで、ええい、そうできるならこの司祭、もう幾らかは太平楽の生き方できたろう、一息置いて問うに曰く。


「……どうしてあのエルフを引き入れたんですか?」

「必要だと判断した」

「なるほど」


 短い返事に、やはりアネットの真情は伺えない。


「ちなみにあの二人に道を探しに行かせたのは」


 質問とも言えぬ言葉に、傭兵隊長の返答はない。何故と、一応の答えはすでに昨日語られている。村人たちの目に止まらぬよう、なるほど、村長の屋敷の奥に籠めておけば十分そうな話ではあるが、アネットは二人を活用しようとこうしている。

 日は落ちるにはまだ早い。即ち二人が無事に帰ってくるには、まだ遠い。傭兵隊長殿はまだ残った仕事を済ませようと、一息ふと吐いてフェリアを促した。

 渋々と動き出すにあって、何かを図るよう、眇めた目で天を仰ぐ。


「あの二人、早く帰ってくるといいが」

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