死霊術士、灰分けの村を見る

「“輝く者の愛子”がおいでとは、こいつは痛み入る」


 部屋の戸を潜って入ってきたのは、如何にも山賊の頭然とした大男。どこを取っても岩盤から切り出したように分厚く、それに相応しい逞しさを湛えている。後ろで一本に括った黄色い髪は、砂塵に塗れた年輪の現れだ。低い声はいかにも威圧的で、一分の敬意が添えられていたとしても、三人を呑んでかかろうとのものと思われた。惜しむらくはこの男が左足を引きずるように歩んできたことで、遅々とした歩みは切った張ったとは縁が切れたものと思しい。部屋に入って早々にどっかと腰を下ろすにも、どこか左足を庇う仕草がある。


「どこかで会ったことが?」


 敬虔なる神官の怪訝を受けて、山賊面は首を振る。


「おれも四年前までドーンフォートで荒事をな。あんたはあの時分でも神殿の鳴り物入りだ。それが輝く者の聖印持っておいでになれば、分からん方がモグリってなもんだ。とは言え、覚えていたおれ自身驚きだがな」


 唇を吊り上げた顔は些か自虐的な、かく言う荒事への未練が垣間見えた。


「輝く者の寺院の顔がいるんだ。おれの知らんうちに棄教してるでもなけりゃあ、あんたらがドーンフォートから派遣されてきたってのは本当だろう。おれはバーバス。ここのまとめ役をやってる。そっちは……あんたか」


 名乗る村長、バーバスの目は一度フェリアに向けられたものの、そこから外れてカシオンとアネットを行き来して、終いにアネットと見定めた。応と頷いたアネットの、 立ち上がって一歩で後ろの二人を示しつつ。


「自分はアネット・レイヴンヒル。神官フェリア師、術士カシオン師と共にこの村の撤退のために遣わされた」

「ああ」


 荷から取り出された一綴りの書類を受け取って、大凡を確認したきりでバーバス村長がそれを置いたのは先ほど本人も口にした通り、紛れもなくフェリアの聖印への信用だ。険しい顔にさらに幾本もの皺を寄せ、村長は喉から唸り声を絞り出した。


「座ってくれ。ああ。あんたが来てくれたのは大変ありがたい話だ。道中ワイヴァーンともやりあって無事なら司祭以外もなかなかの手練れだ、これ以上は望めないだろう。だがいくつか、そうだな。多分運が悪かった」


 傭兵隊長の顔に僅かの怪訝が浮かび、先を促すように手が向けられた。


「あんたらは三人連れということで間違いないな? エルフとの関わりは?」

「エルフ? この三人だけだ。他にはいない」

「……エルフの集落と事を構えているとでも?」


 エルフと言えば人とは比べるべくもない長寿を誇る霊性あらたかなる種族で、その悟性と優美さでよく知られている。物質界に馴染んだ中にも野エルフ海エルフ上のエルフと若干性質を異にする同胞の多い種族だが、いずれであれ敵対したとなれば大事、ワイヴァーンどころの騒ぎではない。

 割り込んで問うたカシオンに、村長は一度ひとたび笑い飛ばしたが、かといって返答は若干歯切れの悪いもの。


「ここいらにエルフの集落はない。まあ妖精郷との道が繋がっちまったてんなら話は違うが、上のエルフでもなし……」


 半ば独り言めいたものをぶつぶつと、思案をしても答えは定まらぬ。


「まあいい。ここのところ森を荒らしていた奴がいてな。今日ようやくのことでとっ捕まえたら余所者の野エルフだ。おかげで村の連中は噴き上がって、よくよく村想いをこじらせてるところだ」


 それがどうしたと、カシオンはいまひとつピンとこない顔で腕組みし、首を傾げている始末。


「捨てがたく思っていると言うことか」

「まあな。特に今は森が生命線だ。だから余計に、まあなんだ。おれたちの物だって考えちまうんだよ」


 アネットの言葉に、村長は分かってくれるかと二度三度と頷いて見せ、苦い笑みを零す。

 無論村人達の考えることも無理はない。道の途上に転がっていた荷馬車からも分かるように、常ならばあるだろう流通という物は今は禄になかろうし飛竜の出る中を他の村まで向かうのは難しい。収穫は今すぐに増やすというわけにもいかず、となれば森から糧を得るのが残された選択肢だ。なにより開拓にあたって森で猟をし、木を切り出すのは彼らに独占的に許されたことだ。それを知らないとしても、いいやもし知らなければそれ故尚更に、余所者に荒らされたとなればよくもおれの物をと執着を掻き立てられたとしても、一体誰がそれを否定できようか。

 そこで更に余所者に、ではここを捨てろと言われたとなれば心穏やかではいられまい。


「あいつらも分かってはいるはずだ。それでいつまでもは保たんし、ワイヴァーンがとうとうおれたちを餌食にしようと決心する前に逃げるべきだってな」

「そうでなければ困る。しかし」


 疲れた希望の吐露にも、アネットは揺るぎない。とは言えこの鉄面皮、何も無情というわけでもない。


「時機が悪いのは理解した。先に村内の状況を確認し、計画を見直そう」

「手間を取らせるが、頼む」


 アネットの堂々頷く様に、それならとフェリアが声を上げる。


「私も多少は助けになれるかと思います。食糧をいくらか用意できますし、病人や怪我人がいれば看ることもできます。状況が改善すれば話を聞いて貰いやすくなるんじゃないかと」

「お願いする」


 司祭の申し出に対する傭兵隊長の言葉は短く素っ気なさすらあるものの、慈善の人フェリアこれを確と受け止めて、つと立ったかと思うと村長の方へ顔を向け、近隣の人の様子を尋ねてみる。村長の方も流石村人の状態についてはつかんでいるところも多い。


「捕り物で何人か怪我をした。名だたる輝く者の愛子に頼むことじゃ無いと思うが、看てくれると助かる」

「勿論喜んで。それで、怪我人はどこに?」


 捕り物から既に解散した怪我人たち、あの家に何人この家に何人、然程広い村ではないが一人の身であちこち看て回るのも大変と、村長が怪我人をこの家に集めると言うのを見ればどうやら身動きの取れないほどの重傷者はいないと分かる。

 なるほどフェリアの生き生きと治療の算段を立てるのを見れば、これはよっぽどの神官冥利というところ。暫し眺めたカシオン、ふうむと顎に手を当てると。


「僕に出来ることと言えば……」

「……今はあまりないと思いますよ」


 思案に答えが出る前に、フェリアがそっとカシオンを押しとどめた。死霊術士の得意で村人を手伝う再生死体を用意されても困るもの。多分におどろおどろしい死霊術を村人達に披露して、却って忌まれれば村の外に連れて行かれるのを刑場に運ばれるように思われてはと、こう考えるのは常人の考え。何かできることをと言うときに、カシオンがそんなことを懸念して化物峠流の便利さを隠すわけもない。


「術士殿。司祭が治療にあたる間、我々は村の状況を確認したい。同行願えるか」

「うん? 勿論いいとも」


 そっと差し込んだアネットに、カシオン深く考えずに頷いた。隣でフェリアが安堵して胸を撫で下ろし、しみじみアネットに謝意を示しているのには気付いてもいなかった。


◇◇


 村人一人(これは三人を村の入り口で押しとどめた男で、名をカーンと名乗った)付けられて、傭兵隊長と術士の二人は村の中を様子見だ。案内役のカーンは二人の望むまま村をあちこち歩き回っているが、如何にも警戒を隠さない。ことにカシオンについては術者と知って、一方ならず畏れの色もあからさま。


「やはり歓迎されかねているようだ」


 こともなげに呟かれた言葉に、カシオンは顰め面を隠さない。左様、アネットの言は何もカーンについてだけではない。村内を巡ったところで歓迎はない。どころか大人達は剣呑な眼差しを二人に向けてくることもあるほどだ。いいや、剣呑というよりもむしろ怯えていると言った方が正しいだろう。アネットが未だに長物を帯びているからではあるまい。それ以上に不吉を告げるものと見られているとありありと分かる。


「死にたいわけでもないだろうに」

「そうだ。しかし術士殿も、呪文書を手放せと言われれば同じはずだ」

「見くびられては困るな。命か呪文書かと言われれば当然命を選ぶとも。そんな時のために呪文書の控えは充分取っている」

「……そうか」


 村人が村を離れがたい理由を聞かされていても、カシオンはこの通り逃げようとしないことに不審がるばかり。余計な口出しを控えた傭兵隊長のおかげをもってそれ以上のことは言わないが、ともあれ話す内容に見える人情味の無さに案内人カーンの不安も尽きぬ。できる限りの距離を取って、とは言え案内の続く限り面倒を見る必要あってもうそろそろ勘弁願いたいと口にこそ出さず態度に明白。

 既に村の塀、畑、人と見て回り、さあもう後は望んだところにお連れしようという次第。村の状況もつかんだとあれば、もう見るものはないようにも思われた。


「そういえば、密猟者を捕らえたという話だったかな」

「あん? ああ、そうだよ」


 カシオンのふと思いついた一言に、カーンが如何にも関わり合いになりたくないという風情で表情を歪めた。


「うちの森のつかさがなんとか網を掛けたがよ、それでも暴れに暴れて……もしあいつがだんびらを抜いてりゃ大事だったろう。見に行きてえのか? よしたがいいと思うがよ……」

「だそうだが」


 決めるはアネットのやることと、まるごと判断を受け流して素知らぬ風の、一体だそうだがも何も無い。押しつけられたアネットは目を光らせて、思案も束の間カシオンの言に乗り。


「会おう。話は出来るだろう。この近辺にいたのであればワイヴァーンについても何か知っている可能性もある」

「そう言うなら構わんがよ……やっこさんばるばると、言ってることがよく分からんでな」

「エルフ語なら覚えがある」


 それならと、カーンの先導で向かう先は半ば森が浸食した西の塀近く、古い建造物を補修して今は倉庫代わりに使っているという石造りの小屋だ。半分ばかりは地面に埋もれた形となって、地下に貯蔵をする類だ。ところどころに苔生したその小屋を取り囲むように数人の村人の影がある。


「おい、どうしたおまえら」


 駆け寄るカーンに向けられる顔は、いずれも不安を帯びている。その視線は時折小屋に向けられて、その中のエルフを恐れていると伝えている。

 聞けば小屋の中から何事か、くぐもった声とうろつき回る気配がする。時折吼えるような大声と、そして石壁に何かがぶつかる音。あたかも獣を閉じ込めているようではないか。

 村人が口々に告げる不安を受けて、カーンも怯えを交えた顔を倉庫に向ける。今やここにあるもの誰もが感じているだろう。中にいる者は獣の如くして、決して軽んじるわけにはいかないものだ。


「いいから誰か森の司を呼んでこい。ああ、こいつは……おまえら、本当に見るつもりか?」


 恐る恐ると扉に近付くカーンも、村人達に引き比べればよくよく勇敢な男だろう。とは言え、それを言えばアネット・レイヴンヒルはまこと英雄と呼ぶに相応しい。大股で小屋の扉へと近付いて、据え付けられた格子から中を覗き込む様に恐れは無い。


 倉庫の中は大凡薄暗く、何やら人の形をしたものが檻に入った獣の如く歩き回っているのが分かる程度。天井の明かり取りから差し込む光に時折照らされて、それが長耳の優美な種族とようやく分かる。身の丈は6フィートほど、尋常のエルフより大柄な男で、その身体には完璧な均整を壊すほどに鍛えられた分厚い肉の鎧がついている。振り乱した髪は種族の伝統に反して野人の如く伸び放題で、時折それを振り乱しては何かを叫び奥の壁を叩きつける。ともあれその荒れ狂い方の一方に、扉側には意図して近付いていないようでもある。

 暫し声を聞いたアネットは首を傾げ、後ろに立つカシオンに問うた。


「どうやらエルフ語ではないようだが」

「これはオーク語だろう」


 その言の如く、確かにエルフが口にするのはオーク語で、ここから出せ、近付くな、どこかへ行けと繰り返しては我武者羅な叫びを上げているらしい。


「よく分からないが、どうする?」

「これは」


 アネットが思案を口にしかけたところで、更にエルフの拳が小屋の壁を打ち据えた。流石倉庫としてそれなり以上に頑丈に造られているために、そう簡単には崩れまい。しかしその拳の一撃で、確かに壁が震えている。


「……まずは落ち着かせて、話をすることにしよう」

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