はじまりのことについて
「弟子を取れ。今からお前が、我が学派の導師となるのだ」
そう言い残して彼の師は死んだ。
偉大なる
師より新たな導師を任じられた若き魔術師、
亡骸の顔は、彼の前途に不安などないと言うように満足げな笑みを浮かべていた。
カシオンはただ一度だけ任せてくださいと口にした。そう口にするのがやっとのカシオンを、妹弟子の手がそっと支えていた。
それからのカシオンの生活はしばし慌ただしいものとなった。
妹弟子とともに師の亡骸を清め、二人がかりで小さな葬儀を行い、師の残した諸々を整理する。
怪物峠のメルフィウスは怪物峠の物見の塔に起居する魔術師だった。街道の脇に佇む小さな塔だ。西へ半日ほど行けば森麓の村が、東へ向かえば二日ほどでまた冬越しの村がある。
どちらからも客はあった。ある者は師の弔いのために訪れたし、ある者は師の訃報を知らずにいつも通りの頼み事を持ち込んだ。
いずれにせよ師の不在による変化を不安がる彼らに、カシオンは妹弟子のセレストを顔合わせさせた。これなる妹弟子は師の薫陶により我が学派の何たるかを理解し、師に賜った魔術の腕を惜しみなくあなた方の為に使うことを約束しましょうと。
それらの来客を置いても、塔に立ち寄る旅人はあった。文字通りの化物を避け、街道沿いの一夜の宿を求めるにはもってこいの場所だ。折悪しく複数の旅人が塔内で揉め事を起こし、その仲裁にも手が必要だった。
雑事に次ぐ雑事、しかし時間は過ぎるもの。師の葬儀から半月ほどで日々は落ち着きを取り戻し、カシオンは師の言葉と向き合うこととなった。
『弟子を取れ』。
学派とは名ばかりの怪物峠の一党は、師の存命時点でわずか三人からなる小規模なものだった。
師のメルフィウス、弟子にカシオンとセレスト。確かにカシオンはメルフィウスから知識の大方は学び終え、あとは実践によって師の背を追うのみとなっていた。師の研究の足跡を多く残したこの塔でなら一人研究を続けることも不可能ではない。既に下地の整ったセレストに、さらにあと一歩の飛躍のために教えることも難しくはないだろう。
勿論、新たな弟子を取ることも大きな問題ではない。教え導くことに難はない。
問題は、いかにして弟子を得るかと言う部分である。
弟子を取ろうと考えればすぐに弟子が湧いてくるというものではない。弟子を取るには、弟子になろうという人物が必要なのだ。
カシオンは幼少時に人買いに取られていくところを師が買い取り、日常の雑事を務めるうちに才覚を見出して魔術の道における弟子としたものだ。セレストはもう少し事情が特殊で、ある寺院から預けられて弟子となった。
どちらも新たな弟子を求めるときにすぐさま参考になるようなものでもない。師がいたころならともかく、新進の死霊術士のもとに司祭の見習いを預けようという物好きもいないだろう。近隣の村については詳しいが、その中に向いた子供がいたという覚えもない。
いかにして師命を果たすか。日々の合間合間にカシオンはセレストと話し合った。
それを繰り返すうち、二人は分かりきっていた一つの結論に辿り着いた。
即ち、都市に向かうほかないと。
村民すべてが顔見知りのような狭い土地には見つからない才覚も、多くの人のうちから探せば見つかるだろう。あるいは魔術師ギルドからそういった口を探して貰えるかもしれない、と。
そうと決まれば話は早かった。
冬越しの村への道の途中から南へ進めば五日程度で大きな街に出る。行き先をそこに定め、カシオンは旅路に必要なものを用意した。
師の旅道具。師の上等な服。カシオンの個人的な荷物を少々と、それから街の魔術師ギルドと師の間で取り交わされた書簡の一部と師の研究の成果を身の証として携えていく。最後にセレスト手製の糧食と護身のダガー。
塔を宿とした旅商人が街に向かうと言うので、その旅路に同行するために旅立ちは慌ただしいものとなった。
妹弟子の不安げな様子に、カシオンは優しく抱きしめて慰めた。お前なら大丈夫だと励ます言葉も残した。そうして陽気に笑って、吉報を待ってくれと告げた。
師の遺したものから学べるお前が羨ましいとからかうころには、セレストも笑顔を浮かべていた。
それからは静かなものだった。旅商人が荷車を引いた馬を連れてきたころには、セレストはすました顔で見送るばかり。旅路については任せてくださいと請け負う旅商人の言葉に、カシオンは頭を下げた。
その言葉通り、街道を行く旅には恐ろしいものなど一つも出てこなかった。予定通りの五日ほどで、カシオンは街に辿り着いた。
冬空の星、黒森の木々、それ以上の人々を擁すると語られる英雄譚の街。偉大なるものにならんとする人々がまず足を運ぶ、人間世界の護り。
物々しく黒石で築かれた市壁に取り巻かれた、
――そして。
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