死霊術士《ネクロマンサー》、弟子を求めて冒険す

竹中有哉

死霊術士、街にゆく

死霊術士、地下にて骨を起こす

「……それで」


 と、魔術師ウィザード、カシオン・ホーンテッドパスは同行者を振り返る。

 地下迷宮。小部屋。辺り一面に広がる粘液はつい先ほど倒した怪物、部屋を埋める大粘体ウーズのもの。粘液の中には怪物がそれまでに餌食とした人々の骨が虚しく散らばっている。


「これからどうする?」


 問われて、同行者である神官クレリック、フェリア・アルテナータは部屋を見回し、それから扉に目を向けた。


 この小部屋の入り口、重たい重たい鉄の扉はカシオンの魔術によってしっかりと封鎖され、新たな客人を拒んでいる。

 客人というのはコボルド達。蜥蜴頭の小柄な亜人種。おまけにそれを指揮する黒い竜。二人で相手取るにはどうにも都合が悪い。一体一体では駆け出し冒険者にも容易い相手のコボルドも、数が揃って竜が指揮するとなれば恐ろしい相手に早変わりだ。


 街の下に存在する地下迷宮を利用した通路の保全と確認。簡単な仕事だったはずなのに、一体どうしてこうなったものか。


 今二人に分かることは、一歩外に出た瞬間にドラゴンとコボルド達に大歓迎を受けるということだ。おまけに二人では耐えきれず、あっという間にこの部屋の骨の仲間入りをすることだろう。


「少なくともこのことを、街の誰かに伝えないと」

「出られれば、か」

「ええ……」


 街までは然程距離もない。あと半刻ばかり歩けば地下の門に出る。それはつまり、姿ということだ。

 門は衛兵に堅く守られているが、迷宮の構造上どこがどう繋がっているか分かったものではない。そのうえ地下迷宮を通るものも皆無ではない。どれだけ被害が出るものか、考えるまでもないというところだろう。


 カシオンは部屋を見回しながら、使えるものを探した。しかし碌なモノはない。あるのは骨だ。骨だけ。しばらく眺めて溜息を一つ。


「幸い時間はある。考えることだけはできるわけだ。お嬢さん、手札を検証しようか」

「……そうですね。諦めてはいけません!」


 負の感情を追い出すように、フェリアは頭を振った。不安混じりの表情は一変して凜々しい面差しに。希望を与えよ、とは『輝く者』の教えのいくつ目だっただろうか。

 カシオンは思案するように扉を眺め、それから記憶を辿る。逃げ込む前に見た怪物達の姿。


「コボルド達が8体前後、それから若い黒竜。コボルドが竜を頭に戴きたがるというのは聞いていたけれど、いやはや、まさか本当に目にすることになるとは」


 おっと、とカシオンは口を閉ざした。雑感は今は余計だ。フェリアが僅かに頬を緩めたのが成果といえば成果。


「僕の手持ちは呪文を二つ。ただしまともに使う分には時間稼ぎが精一杯。そちらは?」

「輝く者に賜った魔法は三度限りです。上手く使えばコボルド達を薙ぎ払って、竜に痛手を負わせることもできるかもしれません」


 フェリアは目を閉じ、鱗状鎧スケイルアーマーの胸元に揺れる太陽を象った聖印を強く握りしめる。そして思案の末、ふるふると力なく首を振る。


「ですが、おそらく間に合いません。竜もコボルド達が倒れるのをむざむざ見過ごしはしないでしょうし、コボルド達はあるじ様を守ろうとするはずです」


 二人はもう少し詳細に扱える呪文を口にしながら、何度か状況を検討した。どうあがいても取りこぼす。取りこぼせば囲まれる。囲まれれば次に繋がらない。

 多勢に無勢。数の力は覆しようがないということだ。


「やはり、数か」


 カシオンはどこか諦めたように呟いた。どうしても数が必要なのだ。コボルド達を押さえる手が、あるいは竜の意識を引きつける何者かが。

 カシオンは天井を見上げ、暫し瞑目した。扉の向こうではコボルド達が手ぐすね引いて待っている。本当は粘体ウーズに始末させるつもりだったのかもしれないが、そちらの目算はどうにか崩した。けれどいつまでも籠もってはいられない。


 たっぷり一分。思索を終えてカシオンは目を開く。

「フェリア。彼らを弔ってほしい」

「……ええ、はい」


 フェリアは頷いた。正しい生の導きは輝く者の信徒の務め。たとえ次に弔われる側へと回るとしても、不幸に生を終えた者達をその帰依する神格のもとに送るべきだ。


 粘体に飲まれ、もう何人の亡骸がそこにあるかもわからない。

 フェリアは太陽の代わりに聖印を掲げ、それから荷物の中に入れておいた聖水を辺りに振りまいた。


「輝く者の眼差しが生あるものを見つめるが如く、また、あなたがたの道行きも輝く者が示すだろう。たとえ地の底、嘆きの果てにあったとしても、あなたがたの魂はあるべきところへと還り、神々の元で癒やされる」


 聖句を唱え、更に聖印から輝ける者のちからを導き出す。部屋の中に、陽光の香りが広がった。朝日の、夕日の。日々を見つめるもの。数多の活力を大地へと降り注がせるものだ。

 小部屋に、清浄な力が満ちた。ほんの束の間でも、神殿に見まがうほどの、見るだけで心清らかになる空気。


 よし、とカシオンは満足げに頷いた。

「次は僕の番だな」



 そう言うと、カシオンは自らの手をダガーで裂いた。赤い血が、亡骸の山を染めていく。


「な、なにを」


 フェリアの声は、思わず裏返りかけていた。目の前で行われることに、束の間理解が及ばないでいた。彼らに――何を?

 数だ、とカシオンは言った。


「数の問題だ」


 そうして、カシオンの口から呪句が漏れる。古い魔法の言葉。竜の語る言葉で綴られる力ある


 フェリアは、部屋の中に漂うを自覚した。活力、エナジー。なんでもいい。はカシオンが朗々と詠いあげるにつれて高まり、集い、一つの指向性を帯びていく。


 不意に、かたりと音がした。部屋の中、カシオンとフェリアの他にはもう動くものなどいないはずなのに、それは部屋から響いていた。


 いいや、部屋からなどと。その音は間違いなく、積み上がった骨の山から響いていた。いつしか骨はカタカタと震え、蠢きはじめていた。が、そこに結びついていくのが分かった。


「――!」


 フェリアは震え、そうして一歩後ずさる。カシオン。目の前の善良な――善良そうな魔術師ウィザードが、恐ろしいものにでもなったように。声が出ない。驚愕と動揺が、身体を思うように動かせなくする。


 そうしている間にも、骨は自ら立ち上がる。で編み上げられた不可視の筋と神経が、彼らを生きていたころのように一つにする。


 一つ。二つ。三つ。四体目が立ち上がる頃になって、ようやくフェリアは凍り付いた舌を動かせるようになった。


「あなたは……!」


 カシオンの口にしていた呪句がやむ。部屋の中を渦巻いていたは、静かに落ち着いていく。小部屋は、ゆっくりと清浄さを取り戻す。

 しかし、立ち上がる骸骨たちは依然としてそこにある。魔術によって、偽りの命を吹き込まれた亡骸。

 カシオンはフェリアを振り返り、ああと笑顔を浮かべた。


「そういえば、言っていなかったかな」


 一瞬、フェリアは扉の外を忘れた。凍えるような怖気が背を走る。まじない。死者を再び歩ませる。つまり彼は――。


「僕は死霊術士ネクロマンサーだ」

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