小さな国の王様の話

瀬戸安人

小さな国の王様の話

 昔々、あるところにおじいさんとおばあさんがいました。


 そこはとても小さな田舎の村で、おじいさんとおばあさんは、小さな畑を耕して、牛が一頭、犬が一匹、ニワトリが何羽かと一緒に静かに仲良く暮らしていました。


 でも、おじいさんとおばあさんは、はじめからここで暮らしていたのではありません。ずっと昔、まだ、おじいさんとおばあさんが若者とそのお嫁さんだった頃に、ふらりとこの村にやって来たのです。


 若い頃のおじいさんとおばあさんは、この村で暮らすことにしたのですが、若い頃のおじいさんは鍬の使い方もわからず、若い頃のおばあさんは糸の紡ぎ方も知りませんでした。


 若い頃のおじいさんは、村の男衆から畑の耕し方や牛の世話の仕方を教えてもらって、一生懸命に働きました。


 若い頃のおばあさんは、村のおかみさんたちから機織りや縫い物の仕方を教えてもらって、一生懸命に働きました。


 村の人たちは、はじめは余所からやって来た夫婦と遠巻きに見ていましたが、不器用でも一生懸命な働き者の夫婦がだんだん好きになって、やがて、とても仲良しになりました。


 そうして、長い長い年月が過ぎて、若かったおじいさんとおばあさんが、すっかり年を取ったある日のことです。


 たくさんの家来を連れた、たいそう立派な王子様が村にやって来ました。王子様はおじいさんとおばあさんの家へとやって来て、二人にこう言いました。


「父上、母上、お迎えに上がりました。


 父上と母上が、まだ、小さな子供だった私を忠実な家来にあずけて逃がしてくださったおかげで、私は長い時間をかけて力をたくわえ、仲間を集め、父上と母上を追い出してしまった悪い大臣から、ようやく国を取り戻すことができました。


 これで大臣に奪われた国を父上と母上にお返しすることができます。さあ、私と一緒に帰りましょう」


 おじいさんとおばあさんは、本当は王様とお妃様でした。ですが、悪い大臣に国を奪われて、追い出されてしまったのです。王様とお妃様は、たった一人の息子の王子様を守ろうと、家来にあずけて逃がしたのでした。そして、二人が小さな村で暮らしている間に、立派に成長した王子様は大臣から国を取り返したのです。


 おじいさんとおばあさんは、迎えに来た王子様の前でお互いに顔を見合わせると、きっぱりと首を横に振りました。


「いいや、お前。私たちは行かないよ。国はお前が立派に治めておくれ」


 と、おじいさんが言いました。


「どうしてですか? 父上と母上の国をせっかく悪い大臣から取り返したのですよ」


 王子様がそう言うと、おじいさんはやっぱり首を横に振りました。


「いいや。いいや。お前、あの大臣をそんなに悪く言ってはいけないよ。大臣が私たちから国を奪ったのは、私たちに国を治める力がなかったからなのだよ。私たちでは、国をきちんと守ることができずに、きっと余所の国との戦争に負けて、国を取られてしまっただろうよ。ほら、確かにあの大臣はずるいところや悪いところもあったけれど、立派に国を守って、余所の国が攻めて来ても追っ払ってくれていただろう?


 でも、お前はそんな大臣から国を取り返すことができたのだから、きっと大臣よりも立派に国を治められるよ。だから、お前が王様になったらいいよ。


 それにね、私たちには立派な国がちゃあんとあるんだからね」


 そう言って、おじいさんは小さな畑を指差しました。


「ご覧よ、これが私たちの領地だよ。立派なものじゃあないか」


 それから、小さな家を指差しました。


「ご覧よ、これが私たちのお城だよ。立派なものじゃあないか」


 それから、牛と犬とニワトリを指差して言いました。


「ご覧よ、これが私たちの家来だよ。立派なものじゃあないか」


 そして、おじいさんとおばあさんは、にっこり笑って言いました。


「これが私たちの国だよ。それに、ここには友達もたくさんいるのだよ。私たちここでとても幸せに暮らしているから、何の心配もせずに、お前は立派な王様になっておくれ」


 そうして、王子様は家来を連れてお城へ帰り、王様になって、たいそう立派に国を治めました。


おじいさんとおばあさんは、今までと変わらず、静かに仲良く幸せに暮らしました。

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小さな国の王様の話 瀬戸安人 @deichtine

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