02.できることは

 昨日の雨はどこへやら、一点の曇りもない空には太陽が昇り心地よい熱を振りまいていた。

 走る車の窓から入り込む風は、そんな熱を涼やかに洗い流していく。その流れに揺れる髪をかき上げて、しかしルーキーはその爽やかさとは正反対の不機嫌な表情を浮かべていた。


「私たちが行くようなことですか?」

「そうだ」


 にべもない答えに、ルーキーは鼻白む。それでも何も言わないのはフューリアスの剣呑な表情のせいだ。詰まるところ、ルーキーがこれからの仕事を快く思っていないように、フューリアスもまたそれが不愉快だということ。

 ブリーフィングを終えたフューリアスに深山からの連絡が入ったのが僅か十数分前のことになる。新たに発生したM型の対処に成功したと告げられたのは朗報だったが、それだけで終わるならわざわざフューリアスに直接繋ぐ必要もない。

 M型異能者の収容に際してA.C.W.のエージェントから横槍が入った、と深山は告げた。新しいM型異能者は重サイボーグで、A.C.W.の業務委託者――早い話がA.C.W.子飼いの義体試用者サイバネテスターなのだと言う。社外秘の試作品を搭載しており、そのため身柄を預けることはできないのだと、こう来た。

 深山は当然断ろうとした。しかし上からの指示も引き渡せというもので、どうやらA.C.W.から出向した議員あたりからの圧力があるらしい。深山の立場としては対応できないものとなった。

 だからこの交渉を銀弾機関に任せたい、と深山は言った。先約と言うことで、警察の一存ではどうにもならないのだと言う体を作ってフューリアスを呼んだのだ。


 ルーキーにはそれが気に入らない。

 極端な話、A.C.W.のエージェントの希望を汲んでも問題はないと言えばない。

 だが――A.C.W.なのだ。レオナルドの開発元、捜査に必要なデータも寄越さない上に、独自捜査をすると主張してこちらの情報を要求するような相手がよくものうのうと!


 不機嫌に、ルーキーの指先が端末のディスプレイを叩いた。

 表示されているのはM型レオナルドに関する案件の資料。主にボンドとルーキーによって執筆され、フューリアスの手で補足を加えられたものだ。既に課員達に共有され、いくつもの推測や知見が付記されている。

 その冒頭には、大谷機捜課課長によって責任者をフューリアスら四人と定める旨の記述がある。ルーキーの指先が叩くのはその一行だ。


「根本的な問題は何も解決してないんです。できることはと言えば発生したM型異能者への対処くらい。それだって万全とは言いがたいんですよ」


 既に一応の対処法を確定させた対M型異能者だが、その方法が問題となる状況もある。

 無差別な機械への攻撃を前提とするため、極至近距離以外での使用は困難だ。市街地であればサイバネティクスによって身体機能を代替している人間も多いため、もし広範囲へ影響を与えようと思えば彼らに被害を出す可能性がある。


「分かってるさ。勿論な」

「私たちの仕事なんですよ。それなのに」


 ミラーに映るルーキーの顔を眺め、フューリアスは溜息を一つ。


「焦るな。ルーキー」

「焦ってません!」


 その反応がそも焦っているのだ、とフューリアスは口を曲げる。

 自らの為すべきことと思い極め、そしてそれを追いかける。美徳ではある。ただし空回っていなければ、だ。


「悪癖だな」

「何がです!」

「昨日で少しは分かったかと思ったが」


 大きくハンドルを切って、信号を避けて路地へと滑り込んだ。急な揺れに、ルーキーは開きかけた口をつぐむ。


「ルーキー。レオナルドについて分かっていることはなんだ」


 文句に先んじるフューリアスの言葉に、ルーキーは渋々と端末にレオナルドの資料を展開した。その理論機構に関して完璧とは言いがたいが、今手に入る情報を統合したものだ。

「……レオナルドは、人間の行動を補助する埋込型のサイバーウェアです。人間の思考を読み取って行動をパターン化、特定のパターンに対してテンプレート化した最適動作を実行可能にします」

 走ろうとすればその身体動作を制御し高効率のフォームを提供し、状況判断に際してはそれに最適な思考法を提供する。プリセットを活用した行動補助用サポートデバイスがレオナルドの正体だ。


「そうだな。通常学習して修得する手法をパッケージングして機械ベースで走らせる。……ルーキー。それで、異能をテンプレート化することはできると思うか?」

「分かりません。私の知識の中で回答を出すなら不可能だと思います」

「何でもできるのにか?」

「まだそういうことを言いますか!」

 羞恥と怒りのない交ぜになった顔で、ルーキーはフューリアスを睨む。

「そういう話じゃない。お前が多くの異能を修得しているのは事実だろう。そんなお前なら数多くの異能に通底する何かを理解しているんじゃないかってことだよ」


 風の吹くまま顔を冷まし、ルーキーは外へと目を向けて頷いた。


「……そういうことなら。でも、逆です。私は誰でも修得可能な超常を山と積んだだけですから。降って湧いたような異能の力なんて一つもありませんよ」

 降って湧いたような――つまり、メギンギョルズが操ったような精神の力。或いは突発的に発生する生得のもの。

「理屈の上では、お前が身につけたような異能はレオナルドで代替できると?」

「……理屈の上では。ただ、現段階では難しいでしょうね。いいえ、そうあって欲しいだけかもしれません」


 外へと向けられたルーキーの目が、憂鬱に揺れた。


「ま、簡単に再現できるならレオナルドに搭載されてるだろうし、同じくらい宣伝されてるだろう。……さて、そこが問題だ。ルーキー。じゃあ何故M型のみが異能の使用を可能にする?」

「それは……分かりません」


 M型のシステムは未だ判然としない。それが故に有効な手を打てないでいるわけだ。

 フューリアスの指先がハンドルにリズムを刻む。


「そうだ。俺達は何も分かっちゃいない。進むべき方向も見えないまま走ることだけに血道を上げたって意味はないだろう」


 焦るな、とフューリアスは繰り返す。


「他の連中の成果を待つ余裕を持て。昨日のお前の働きで、なんとかその場での対応はできることになってるんだからな」


 それでも。そう口にして、ルーキーは肯んじようとしない。

 フューリアスは小さく肩をすくめた。

 この一件は自分の為すべきことだという強い自負。それがルーキーを空回りさせようとしているのは誰の目にも明らかだろう。ただ一人、当人であるルーキーを除いては。


「ルーキー。どんな問題も解決できるような万能薬はない。何が解決に近付けてくれるかはやってみなけりゃ分からないんだ」


 数秒、ルーキーは無言で窓の外を眺める。そして溜息を一つ、窓を閉じて髪を撫で付けた。


「……大企業なんて信用できません。どうせ隠蔽したがってるだけです。会うだけ無駄ですよ」

「だったら俺たちはI.C.E.とシルヴァーハンドってわけだな」

 自分で言ったつまらない冗談に、フューリアスは肩を揺らした。

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