フューリアスは迷わない
01.分かっちゃいない
ブリーフィングルームのホワイトボードには数枚の写真が貼られ、そのいずれもに赤い×印が記されている。
数時間前から発生したメギンギョルズと同型のサイバネティクスによる暴走者は課内ではM型と呼称され、その情報が集積・解析されつつある。赤い刻印を入れられた者は、状況が解決されたM型だ。
現状判明している限りにおいては個々のM型に繋がりはなく、M型レオナルドの出自は明らかではない。
「つまり、未だ状況が改善しているわけではないということです。対策に関しては早期に手を打てたので、被害の拡大だけは押さえることができましたが」
ルーキーの机には小型の端末が置かれている。これがM型への対応策ということになる。要するに前夜メギンギョルズを無力化したパラダイムシフト謹製のプログラムを短距離に発信する、使い捨ての通信端末だ。
「原因がM型レオナルドであると推測される場合、これを使用してください」
「しかしなルーキー」
ブリーフィングに参加していた課員の一人、平蔵が異議を口にする。
「そいつで無力化した場合は使用者の意識が戻らんだろう。おかげで今のところ詳しい話が聞けとらんわけだし、機械を止めないように捕まえた方がいいと思うんだがよ」
「いいえ、必ずレオナルドの機能を遮断して即時無力化してください」
ルーキーは断言した。フューリアスをはじめ、同席するあのときの三人にも異論はない。
戦闘が長引けば長引くほど危険性が増大する可能性が高い。四人のうち誰もそれを疑う者はない。
「本人の意識の途絶が機能を停止させるわけではないことに関しては既に確認されています。M型レオナルドでどのような異能を獲得するか判別がつかない以上、意識を失ったまま危険性を保持する可能性は否定できません」
「ルーキー。昨夜のようなことはほぼ起こりえないと聞いたが」
腕組みをし、思索のイデアの如き顔をして尋ねたのはプロメテウスだ。
勿論、とルーキーは頷いた。
「擬似神格化に関して、自然的な再発生の可能性は極めて小さいと思います。ですが、断言はできません。それに」
「その他にどんなことが発生するか、俺達には分かっちゃいない。A.C.W.に実験データをくれてやる必要はないだろう」
ルーキーの言葉を継いで、フューリアスが前に出る。
課員たちは各々に納得の意を示して頷いた。
すみませんと小さく告げる言葉に顔を逸らし、フューリアスは課員へと声を張り上げた。
「それにだ、いいか。こいつが使える物だ、なんて評価をもらうようじゃ困るんだ。下手をすりゃあ、こいつを使いたい連中でいっぱいになるだろう。そいつらがどいつもこいつも善良だなんて、俺には信じられないね」
フューリアスの言葉通りだ。実際のところ、昨夜の一件でM型レオナルドの性能は知らしめられたと言ってもいい。都市規模の天候操作や、そもそも街中での戦闘性能もだ。非常に危険な代物だが、つまりそういった利用には向いているとデモンストレーションをした形になっている。何しろ銀弾機関を相手に見事立ち回ったわけだ。
即時の無力化を狙うのはその評価を落とすためでもある。もう既に対応されたと認識されてもらいたいのだ。
簡単に獲得できる暴力は、それを生業にするものにとって大きな価値がある。サイバネティクスを埋め込むのは、肉体の改造に対する忌避感のない者にすれば手軽もいいところだ。たとえ暴走の可能性があっても気にしないという人間がいないはずもないだろう。
そして、そうやって簡単に手に入れた異能を自侭に振るおうなどと、ルーキーには到底許せず、また理解できない感覚だった。
だからそうではないと思ってもらう必要があるのだ。
「納得していただけたでしょうか」
三々五々に賛同の声が向けられる。ルーキーは頷いて、端末を拾い上げた。
「先ほど無力化したM型レオナルドの使用者の意識が戻らないという話がありましたが、現在原因について調査中です。判明すればそれに併せてこちらを改良してもらう予定です。……まあ、それ以前に沈静化してくれるのが一番ですけど」
ふと漏れた本音に、聴衆からいくつか同意の笑いが返った。気を取り直すように咳払い、ルーキーは端末をかざした。
「あとはA.C.W.からレオナルドの詳細を頂ければ、多少なりとも改良が望めますが……」
「それは難しいだろう」
扉の閉ざされる音と同時に、人影がひとつするりと潜り込んでいた。
「プライムさん」
「新製品の詳細情報を提示することはできないとの回答が届いていた。独力での問題解決を目指して調査を重ねているとの話だ。そのために銀弾機関で確保している情報を引き渡せとのことだが、ルーキー」
それはできない相談だろう。A.C.W.の所有する企業警察の実力を疑うわけではないが、A.C.W.が本当に問題の解決を目指しているとは考えづらい。
しかし、独断でそう決めてしまうのは難しい。A.C.W.はメガコーポの一つ、銀弾機関とも無関係ではない。
逡巡するルーキーの肩にフューリアスの手が置かれた。
「断る。そう伝えといてくれ」
フューリアスの言葉にプライムはあっさりと頷いた。あたかもそう回答されることは予測済みであったかのような風情。
ルーキーはフューリアスを見上げた。それでいいのかと、不安の色が眉間に出た。フューリアスは頷く。構わないというように。
「まだ連中が今回の件に関わっていないとは断言できないからな。それにもし本当に連中が解決を求めていたとして、他人に明かせない解決法なんてのは碌なものじゃないだろう」
プライムは満足げに頷き、しかしと言葉を続けた。
「問題はこの一連のM型の暴走だ。メギンギョルズからこちら、この短時間で四件立て続けに発生した理由が気になる。確認したが、新たな四人に関しては施術時期がメギンギョルズから大きく前後している可能性が高いという話だ」
「それに関しては、プライム。魔術師の勘で良ければ聞いてもらいたいんだけど、どうかな?」
見透かすようなプライムの目がボンドに向けられる。ともすれば口も開けなくなるほどに心を覗かれた気になるその視線を受けても、ボンドは軽い笑みを崩さない。
「君の勘は信頼に足る。ボンド、頼む」
「ええ、では」
ボンドは髪をかき上げて、室内を見回した。
「まあたいしたことじゃないんだけどね。要するに一度メギンギョルズがそういう道筋を通したから、同じところを通って類似の暴走を起こしてるんじゃないかって。あるじゃないですか、それまでできなかったことが、一度できるようになると何度でも繰り返せるってこと。指を鳴らすのとか、そうですよね」
言葉通りに指を鳴らし、笑う。
だが、反応はあまり芳しいものではない。特にプライムは、顎に手を当てて思考を巡らせている。
「つまり、それは」
その声は確認のようで、あるいは室内の全員に聞かせるためのもののようでもあった。
「M型による暴走がまだ引き起こされるということか」
「そういうことになりますね」
少なくともM型使用者が尽きるまでは、とボンドは笑って応えた。
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