11.またあとで

 病室のテレビは、昨晩行われたA.アマルガムC.サイバーW.ウェアの記者会見の様子を繰り返し流し続けていた。

 内容は実に単純で、翌月の正式発表を待つ最新型のサイバーウェアの技術が盗用・模倣され、その劣悪なコピーが悪用された、と言う話だ。関連部署に対し厳正な処罰を下す必要があると締めくくったあたりで、スワロウは手にしたリモコンを放り投げた。


 丸いパイプ椅子に浅く腰掛けなおし、ルーキーは身動ぎした。


「もう一押しだね。惜しいところだよ、ルーキーくん」


 ずいと身を寄せられて、ルーキーは思わず仰け反った。元フューリアスの相方だというこの先輩には強引なところがある。病院で検査を受け、結果を待つばかりだったルーキーを捕まえ、こうして病室での暇潰しに付き合わせているというのもその強引さによるものだ。

 レンズ越しの目は、真性の熱意でもってルーキーへの賞賛を伝えてくる。彼女からは桃のような香りが漂っていた。


「新製品の特殊な機能の実験、ボクじゃなくてもそう考えるだろう? 勿論それなりの偽装工作はしてるだろうけどね」


 たしかに、とルーキーは頷いた。

 昨夜確保されたメギンギョルズは未だに意識を失っているものの、その身体に埋め込まれたサイバーウェアについての調査は少しずつ進んでいる。使用されたのはやはりA.C.W.の新型、技能拡張用サイバーウェアのレオナルド。A.C.W.の公表によればあくまで外部流出したものが悪用されたのだということになっているが、それを頭から信じ込んでいる銀弾機関員はいないだろう。

 生憎メギンギョルズがどこでそれを埋め込んだのか、いったいどうやって異能を獲得したのかについては詳細が分かっていない。今頃、電脳を専門とする職員が悪戦苦闘していることだろう。

 本当ならばルーキーも追加調査に加わりたかったが、メギンギョルズ戦を踏まえて今日は検査だと言われれば拒否はできなかった。


「しかし、本当にたいしたものだねルーキーくん。初仕事で大立ち回り、そのうえ神退治をしてA.C.W.に手を掛けたわけだ」


 スワロウは胸の前で手を組み、肩をふるわせる。笑いすぎたのか、目尻の涙を拭ってはあと大きく息を吐いた。


「いいなあ。楽しかっただろう?」

「ええと……」


 答えるのを、ルーキーは躊躇った。楽しかったかと問われれば、そうだ。上手くやるのは楽しい。自分の力を証明するのは、楽しい。

 けれどそれはきっと不純なものだ。ともすれば多くの人々の命が失われるような事件だった。それを楽しいというのは、あまりにも。


「いいんだよ、ルーキーくん」


 見透かすような言葉に、ルーキーははっと顔を上げた。相変わらずの、眼鏡の向こうの細い目が楽しげに見える。

 それでもいいのだと、スワロウは告げていた。楽しんだっていい。そう思うことは別に悪いことじゃないと。

 いいんだ、と伸びた手がルーキーの手を取った。


「コツの話だよ、ルーキーくん」


 真面目くさって宣言して、スワロウは狐めいて笑った。


「自分の心の向かう先はちゃんと見ておくんだ。簡単な話だよ」


 簡単。果たしてそうだろうか。すぐに肯んじることは、ルーキーには難しい。


「……難しい話です」

「随分真面目だな、ルーキーくん」


 笑って、スワロウはルーキーの手を離す。


「フューリアスと同じだ。アイツもボクがこういう話をすると困った顔するんだよ。悪くないんだけどね、そういう顔も」


 だけど、とスワロウはルーキーの胸元を指でついた。


「キミだってそうだろう。やりたいと望んだことだからしてるんだ。やりたくないことは絶対にしないんだよ、フューリアスみたいなヤツはさ」


 くつくつと笑うその顔に、ルーキーはつかれた胸に手を当てた。

 果たしてそうだろうか。自分のことでもそれはすぐには分からない。

 いや、しかし。


「そんなことありませんよ。フューリアスさん、最初も私の教育係なんてって」


 昨日の出来事だ。そう簡単に忘れるはずもない。

 手酷く嫌悪感を表に出して、その上で渋々ルーキーを受け入れた。やりたくなことをしないと言うなら、今頃ルーキーはこんなところにいないだろう。

 だがその言葉に、スワロウは更に笑いを大きくした。


「いいなあ! 見たかったよボクも! あ、でもそのために相棒バディを外されるのはゴメンかな」

「ええと、あの」


 更にひとしきり笑って、スワロウは何とか息を整えた。ルーキーはオロオロと様子を見るばかり。目の前の女性を心配しているのか、それとも周囲にこの笑い声が響きすぎていないかを心配しているのか、それも分からなくなるほどだ。

 ふう、と深呼吸してスワロウは自分の頬を撫でる。


「アイツはね、ルーキーくん。いつだって何かに腹を立ててるんだよ」


 だけどね、とスワロウは続ける。


「それは本当に嫌いなモノとは違うんだ。ま、何が嫌いなのかは見ているうちに分かるよ。それを確かめるのも楽しいかもしれないね。いや、実際のところボクはフューリアスのそういうところを見るのが大好きで、うん」

 フューリアスには秘密にね、と言う言葉に、なんとかルーキーは頷いた。

「ううん。やっぱり皆と話をできてないからかな。つい喋りすぎてしまう。悪いねルーキーくん。フューリアスも、元相棒をたまにはお見舞いに来てくれればいいのに」


 トーンダウンすると、その姿は一気に寂しげなものとなる。個室はそれなりに広いが、白い壁は清潔感と同時にどこか孤独感を漂わせている。


「あの、フューリアスさんに言っておきましょうか……?」

「いや、良いよ。何しろ大ポカをやらかした身だからね、きっと来てもお説教だ」

 照れるように頭をかいて、スワロウはその脚に目をやった。

「聞いてくれるかい、ルーキーくん。これが酷い話でね、陰陽師を追いかけてるつもりが相手が忍者で、不意を打たれてブスリ。九字を切って妙なことをやらかす連中だっていうから取り違えたのさ。ホント、どうしようもないだろう?」


 今の状況を考えれば決して笑い事ではないだろうことを笑って語る。

 笑うべきか否か、ルーキーは束の間逡巡した。


「だから、キミはこうならないようによく見るべきだ」


 笑いの中からその逡巡をつくように投げかけられた言葉に、だからルーキーは不意をつかれて真面目な顔になった。

 笑い事ではないのだ。笑えることではない。だがあえてそのことを軽くしてルーキーに投げかけた。見つめ返すその表情は安楽さを見せているが、それでも真剣なものであることがわかった。


「はい。気を付けます」


 やれやれ、とスワロウは自身の脚を撫でる。先ほどとは違って、その顔に浮かぶのは自嘲混じりの笑みだ。

「キミの手柄の話をしてたつもりだったんだけど、いつのまにかフューリアスやボクの話ばかりだ。ごめんよルーキーくん。キミの手柄をないがしろにするつもりはないんだが」

 いけないなあ、と反省しているのかいないのか、どこか柔らかな声が間延びした。

 手柄という賞賛の言葉に、ルーキーは面はゆさを禁じ得ない。


 そんな、と言おうとしたところで病室のドアが引き開けられた。


 硬質な靴音。先に反応したのはスワロウだ。するりと身を起こし、壁に手をついて立ち上がる。立てかけた松葉杖を手にしたのがいつだったのか、ルーキーにも分からない。


「フューリアス!」


 明るい声が呼ぶ名前。ルーキーは少しだけ自分に活を入れ、椅子から立ち上がった。振り返った先にあるのはスワロウが呼んだ通り、フューリアスの姿だ。


「ルーキー。やっぱりここか。天津のやつから連れ込まれたって聞いてな」

「何かありましたか」


 フューリアスに、既に昨日の疲労のあとはない。相変わらずの不機嫌そうな顔。眉間にしわが走る。

 フューリアスは肩をすくめ、それから唇を片方あげてみせる。


「そりゃあ、いつだってな」

「そういうのはいいからさ、フューリアス。ボクとルーキーくんの話を終わらせるだけのものがあるんだろう」


 からかうようなスワロウの声に、溜息を一つフューリアスは額を押さえた。


「……ルーキー。小規模ながらメギンギョルズと同型の異能者が確認された。それも四件だ。既に二件は鎮圧された。いずれも狂乱状態、新たに発現した異能を暴発させている。下手をすればまだ増える。悪いが昨日の件に関して、少しばかり見直す必要がある。そういうわけでボスがお呼びだ」


 これでいいかと睨むフューリアスを、スワロウは笑顔で受け止めた。はあ、とさらに溜息一つ。


「行くぞ、ルーキー。悪いが検査の結果はあとで受け取ってくれ」

「はい。あの、スワロウさん。ありがとうございました。またあとで」


 頭を下げる。またなと挨拶を交わして踵を返したフューリアスを、ルーキーは早足で追いかけた。最後に振り返った先でスワロウが笑顔で手を振っているのが見えた。

 フューリアスは足早に廊下を歩いて行く。僅かに遅れてその背を追うルーキーの口から、思わず言葉が漏れる。


「……しかし、メギンギョルズと同じような異能者なんて」


 昨日の惨劇を思えば、不安は尽きない。あれだけの存在が、それも一度に四件だ。何かあれば、それこそ被害は大規模なモノとなるだろう。

 その声に応えるように、フューリアスの歩みが僅かに遅くなった。


「安心しろ、ボンドが確認した限りでは神様もどきになるようなやつはいないとさ」

「それなら、少しは安心ですね」


 ようやく追いつき、ルーキーはフューリアスに並ぶ。相変わらずの仏頂面。追いついたのを確認して、フューリアスは歩調を合わせて歩き出した。

 そうして、一度だけその視線がルーキーに向かう。


「一番キツい一度目に対応できたんだ。大丈夫だ」


 唇を引き結び、それからはただ誘導する言葉以外出てこない。

 それが激励の言葉だとようやく理解できたのは、助手席についた時だった。

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