09.お前に任せる

 轟音が三度鳴り渡り、同数の雷電が天へと伸びた。

 悲鳴、そして一帯が黒く変じていく。黒中に、時折迸る電光が白を添える。


「いい加減、落ちてないところの方が少なくなってきたんじゃないか」


 疲労を乗せた深山の軽口に、しかし移動指揮所内に笑う声は無い。


 午後六時五十七分に観測されはじめたこの現象は、午後七時四十二分現在単一の異能者による破壊行為であると断定されている。

 無作為に出現、雷撃を伴った破壊行為ののち消失。出現時に発生する雷電は周辺一帯を停電に追い込み、状況の把握を困難にしている。


 その十七ヶ所目を、深山は地図上に書き入れた。出現パターンは不規則的。避難誘導には既に人員を出しているが、それもほぼ何の意味も持っていないという状況だ。


「唯一分かるのは最大の移動距離がだんだん伸びてるってところか。いやはや、そろそろどこのどいつかつかめないと面目も立たんのだけどねえ」


 しかしなかなかそうはいかない。警察の持つ限られたリストに記載された、数少ないこの手の超人の所在は既に確認されている。となれば、まったく訳の分からない手合いだということになる。

 今のところ人的被害は少ないが、それもいつまで続くかは分からない。


 深山が溜息をついたところで、指揮車両のドアが押し開かれた。雨が吹き込み、卓上の地図をはためかせる。


「やあ、そろそろ来てくれるころだと思ってましたよ。四條サン」


 ついた溜息の意図が変わる。呼ばれた四條=フューリアスは相変わらずの不機嫌な顔で車両内にずかずかと踏み込んだ。続けて三人。


 最後に乗り込んだルーキーはそのまま地図へと駆け寄って、手元の端末画面と見比べながら、新たな一点を指し示す。


「次、こちら。二秒後出ます!」


 予言に狂いは無い。直後に飛んだ連絡が、その地点をほぼ中心とする一帯が停電したことを告げている。ルーキーは深山に目を向ける。深山は呆れたように頷いた。


「さすがだねぇ、銀弾さんは。もう奴さんの素性をつかんで居所も詳らかにってわけだ」

「いいや」


 渋い顔。フューリアスは腕組みをして首を振る。その脇を抜けてルーキーが飛びかかり、深山にまくし立てた。


「今回の事象の原因は私たちが追跡している異能犯です。現在探知を継続中です。ついては協力を願いたいのですが」

「落ち着けルーキー」


 窘めて、フューリアスは額に手を置いて目を束の間目を閉じる。顔色は未だ白く、活力が戻ったとは断言できない装いだ。


「今回の異能犯、メギンギョルズは空間転移ジョウントによって広域に被害を及ぼしてる」

「ああ、こっちもそれは理解してる。それで、どうするつもりだい」


 深山の質問に、僭越ながらとボンドが進み出た。


「こちらのルーキーがメギンギョルズと既に交戦しています。その繋がりを利用してメギンギョルズの空間跳躍ジョウントに干渉します。フレイザーの言うところの感染魔術ってやつですね」


 ボンドは指を立てて軽い講釈を行った。感染魔術とは、繋がりのあったものは離れても影響を与え合うという考え方だ。ルーキーの探査もこれによるが、メギンギョルズの空間跳躍にまで影響を与えることができるのは、ひとえに直接の交戦によって発生した縁を利用できると言う一点が利している。


「ともあれ、その方法で、彼を」


 言いながら、傍らの地図を指し示す。メギンギョルズの出現ポイントの一つ。比較的人家の少なく、被害が軽微だった箇所だ。


「ここに飛ばします。それから空間跳躍ジョウントできないように縛り付けて、無力化を図るつもりです。どうでしょう。フューリアスも、当初の案の変形だけどこれでいいかな?」


 無言で首肯するフューリアスに、深山はふうむと口の端を曲げる。


「あのっ」


 ルーキーが割り込み、食い下がる。


「ついてはその場所からの避難指示をお願いします。空間跳躍ジョウントを抑制しても、大規模な戦闘が予想されます」

「避難指示だけかい?」


 深山は首をひねる。


「こっちからは何も手を出すなって?」

「ええと、……」


 言葉に詰まったルーキーに、深山は無言でその顔を覗ってみせる。ルーキーは尚のこと萎縮し、続ける言葉も出てこない。

 そっと、フューリアスの手がルーキーの肩に乗る。下がれと小さく合図を受けて、ルーキーはフューリアスに前を譲った。


「まず俺達があいつを縛り付ける。そっちが無力化を図るなら、それから頼む。こっちが対応に出る前なら問題ない」

「できるかどうかは分からないが、ってとこだねぇ」


 よし、と深山は手を打った。


「メギンギョルズだっけ? そいつの情報と調査の経過、こっちにも送っといてよ」


 言って、深山はにやりと笑ってみせる。


「避難の方はうちでやっとこう。それから狙撃班も出させてもらうよ。それでダメならそちらさんの仕事だ。しかし対応しきれるかい?」


 最後に不安げな色が見えたのは、まあ当然の話だろう。今この場にいる四人はいずれも朝の一件で深山にはある程度のことが分かっている。しかしそれが今現在の事件を起こしている相手に太刀打ちできるかと言うと――。


「ああ、お友達バディ。そのあたりは大丈夫さ。手が空き次第増援が来る。あたし達のお仕事は、まずは足止め。大丈夫、そこまで火の玉野郎ファイアボールってわけじゃないのさ」

「……ま、君らがそう言うなら」


 ルーキーを、そしてフューリアスを眺めて、深山は頷いた。


「しかしアレだねぇ。同じ日に君らと二回も顔を合わせるなんて。こりゃ厄日ってやつだ」

「厄日かどうかは」


 フューリアスは壁に身を寄せ、一度ゆっくりと息を吐き出した。


「終わってから考えよう」


◆◆◆


 一足先に現地へと向かう深山の車を見送って、フューリアスはいつものセダンに乗り込んだ。強い雨が服を身体に張り付かせる。


「フューリアス、大丈夫かい?」


 後部座席からの声に、フューリアスは唸って返す。ボンドは溜息、ジャケットの内側から小瓶を一つ取り出して差し出した。


「朝と同じやつだ。一時しのぎだけど、無いよりマシだろう?」

「……悪い」


 受け取って、フューリアスはそれを素早く飲み干した。染み渡る滋養と活力に、思わず声が出る。


「……休んでいた方がいいんじゃないですか」

「馬鹿言え。こいつは俺達の仕事だ」


 ルーキーの助言は即座に切って捨てられる。勿論、ルーキーも本気でこの相棒が引き下がると思っていった訳では無い。しかしそれでも助言を無視された悔しさに、シートベルトを締めて顔を窓に向けてみせる。


「それで」


 と、フューリアスは切り出した。


「俺が一眠りしてる間にメギンギョルズが道真公になったことについて、何か分かることは?」

「まるっきり、夜に影を探すみたいなもんだって。だよね相棒バディ?」

「そうだね。ルーキーの確認した突発的な異能の発現。それと同等のものだという以上のことはなにも言えないところだ」

「ルーキー」

「……異能の発現はほぼ間違いないと思います。元々空間跳躍ジョウントが可能なら、逃走にしてももっと手段があります」


 そうか、とフューリアスは頷いた。そのままキーを回してエンジンを掛け、動き出す準備を整える。


「限界はあると思うか?」

「現状は不明です」

「そうだろうな」


 何にせよ、サンプルが少なすぎる。メギンギョルズが当初――ヒーロー活動時以降に獲得したと思われる異能が、現在は四つ。どれも一つで一目置かれる類の能力だ。


 これがまだまだ増えるとなれば、それこそルーキー達では太刀打ちもできなくなる、と言うことはあり得るだろう。スパイスが言ったように、必要ならば増援を待たなければならないかもしれない。


「ま、出現時の電撃は僕らがどうにかしよう。大丈夫かな、お嬢さん?」

「は、はい。電撃に関しては、被害をある程度弾けレジストできると思います」

「それだけでいくらかマシさ。そうだよね、フューリアス。あたしだって電撃より早くとはいかないんだし?」


 フューリアスは肩をすくめた。


「朝と同じだ。無理だ、なんて話はしても意味が無い。あんまり悠長にとは行かないしな」


 ようやく、青ざめていたその顔に血の気が戻りはじめていた。


「何にせよ、俺達にできることは決まってる。行くぞ。あいつを縛り付けて、外で暴れられなくしてやれ」


◆◆◆


「準備、終わったみたいだな」

「やあ、なんとかねぇ。てなわけであとは頼むよ。狙撃班の方はもう待機してるから」


 メギンギョルズの雷撃で崩れた工場の傍ら、草の生い茂った場所がメギンギョルズを縛り付ける予定の場所だ。避難誘導は迅速に進んだが、その中ですら更に六回の出現が確認されている。時間はあまり無い。

 警察車両がここに通じる道を封鎖し、部外者の接近を食い止めている。


 現場に踏み込むルーキーの面持ちは堅い。


「ほらほら、ルーキー。シリアスになりすぎだ。ボンドくらい気楽でいいのさ」


 言う本人が一番気楽な風情で、スパイスがルーキーを傍らで支える。ひどいなあ、と言うボンドはその言葉に反して扱いに不満がある風では無い。


「ま、気楽に見えるなら幸いかな。君の前で深刻で哀れな僕ではいたくないからね」

「そう見えたなら、も少しボウヤを可愛がったげるところだけど」


 猫めいた笑みで、スパイスは首をかしげて見せた。


「でも、今はまずはお仕事といこうか。ね、相棒バディ?」


 分かっている、と言いたげに両手を広げて、どこから取り出したのかまずボンドはその場に砂をぶちまけた。次いで血を一垂らし。

 ルーキーは慌てて眼鏡を掛けた。乱れた力の痕跡が脳を直撃し、三半規管が揺るがされるような錯覚を覚える。ふらつき、スパイスに支えられて、ルーキーは足下を見た。ボンドの所業は既にここを特別な場所として定義し終えている。


 ルーキーはジャケットから紙片を一つ取り出し、簡単にメビウスの輪を作る。そして深呼吸。


「プランの確認だ、ルーキー」


 フューリアスの言葉に、ルーキーは頷いた。脳裏にはメギンギョルズの姿。卓越した肉体を持ちながら、念動力テレキネシス空間跳躍ジョウントを自在に操り、さらには精神感応テレパシーまで見せた強者だ。勿論、スパイスとボンドの助けを借りて対応は考えている。


「出現直後、ボンドさんにアンカーを打ってもらいます。これが作用している間、空間跳躍ジョウントは不可能です。その維持のため、ボンドさんには後ろに下がってもらいます。私とスパイスさんが前衛として無力化にあたり、フューリアスさん。あなたがボンドさんの前で護衛してください」

「よし」


 どこか安心したように、フューリアスは頷いた。どこか認められたような気がして、ルーキーは少しだけ胸を張る。そうしながらも手は万能ベルトから網を探りだし、この場所に結びつけていく。外からの侵入を可能にするが、逃れようとすれば囚われずにはいられない。これで物理的にも、メギンギョルズの逃亡は困難なものとなるはずだ。


「準備はどうだい、ルーキー」

「大丈夫です。……ああ、ボンドさん。余裕があれば誘眠スリープでもなんでも、メギンギョルズに対して試してください。無力化が叶えばそれにこしたことはありません」

「了解」


 頷いて、ボンドは手をすり合わせる。手袋から始まって、その身につけたものには魔術の色濃い。ルーキーにも馴染みのある気配だ。それだけで多少安心できるような気がした。


「ボンド、格好いいクールなとこ見せなよ!」


 笑って、スパイスは指を鳴らす。既にボンドの手によって雷からの護りを獲得した義肢サイバネティクスは、ルーキーの視界の中では淡く光って見える。しかしその光と銀弾機関の所属であることを表すコートの他に、目に見えない護りは存在しない。拡張された肉体と、そしてそれを自在に操ることが彼女の武器なのだ。ルーキーは心中で頷く。あまり馴染みは無い。けれど、心配は無い。


 心配があるとすれば――ルーキーは、スパイスと拳を合わせた不機嫌そうな顔に目を向ける。心配があるとすればフューリアスだ。きらびやかな護りの中に、いくつか効果の切れた鈍い光が見える。無力な人間がメギンギョルズの暴威を真っ向から浴びて、生きていられる保証などない。いや、保証がないのはルーキーやスパイスだって何も変わりはしない。ただ一つ、立ち向かえるだけのものがあるかどうかという話でしかないのだから。


「フューリアスさん」


 一息吸って、ルーキーはフューリアスに呼びかけた。不機嫌そうなまま、フューリアスの視線が投げかけられる。


「……フューリアスさん。次はあんな無茶はしないように」


 つまり、怒れる異能者の前に立ちはだかるな、ということだ。

 フューリアスは呆れたように鼻で笑い、腰に手を当てた。


「生憎、いいかルーキー。俺はお前の相棒で、お前に心配してもらう必要はない」

「……そうですか」

「そうとも」


 フューリアスは踵を返す。


「だが、不必要な無理をするつもりはない。お前の立てたプランだ。前衛はお前に任せる。無茶をするかどうかは、ま、状況次第だな」

「……はい」


 状況次第だと言うならば、それをさせなければルーキーのプランが上手く運んだということだ。知らず、手に力が入る。


「大丈夫、ルーキー?」

「ええ、はい。大丈夫です」


 スパイスの言葉に、ルーキーはすまして答えた。やるべきことは今、これ以上無いほどにはっきりしている。

 メギンギョルズがあの逃亡の後、新たな異能を携えて破壊行為を行っているというのならば、それはルーキーの責任でもある。ルーキーが取り逃がしたからだ。

 だからこそ、ルーキーはメギンギョルズを捕縛しなければならない。スパイスとボンドもまたメギンギョルズの捕縛を命じられたというならば、それに尽力しなければならない。

 それが、やるべきことをはっきりさせてくれているのだ。


「……ふうん」


 その顔を眺めて、スパイスは何やら満足げに頷いた。


「どうしたんです?」

「いい顔。銀弾機関シルバーバレットって感じ」


 あたしとは違うけど、とスパイスは笑った。


「ならさ、このスパイス姐さんの腕利きホットドガーなところ、ちゃんと見せないとね」

「……ありがとうございます」


 ルーキーが頷いた。と、同時に彼女の端末が震える。とっさに顔を上げて、ルーキーは鋭く叫ぶ。


「準備を!」


 端末の震えはつまり、メギンギョルズが一端消失したことを意味する。空間跳躍ジョウントだ。

 ルーキーはPDAの中のヱビスを踊らせる。同時にメギンギョルズとの交戦を強く意識に浮かべた。繋がりを。それは寄り合わされ、ルーキーにのみ見える糸になる。

 それが確かなものと認めて、ルーキーは短く呪句を唱えた。

 そうして、両手で作っておいたメビウスの輪を叩いて潰す。

 上手くいった。それが分かった。ルーキーは端末のディスプレイに目を向ける。


「3……2……1……メギンギョルズ、出現します!」

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