08.どんな間抜けだって少しはまともな顔になる
値の張る
プライムの助けを借りて、ルーキーがフューリアスを望んだ病院へと運ぶまでの間に、それだけのモノがフューリアスの腹に収まった。
更に腕利きの
「あのねえ先輩。こういうことは本当はあまりオススメはできないんですよ」
天津と書かれたネームプレートを揺らして、医師が呆れたように言う。目の前には寝台に横たわるフューリアスの包帯姿。
言われるフューリアスの顔色は悪い。いいや、天津医師に気兼ねして、というわけではないだろう。無理矢理な治療の結果だ。
ルーキーはフューリアスの傍らで身を縮こまらせた。フューリアスの言うまま車のトランクから霊薬を引っ張り出したのはルーキーだ。
「少なくとも少しここで休んでいってもらいますからね」
「どのくらいだ」
「今日は泊まりです。部屋を用意しますよ」
「冗談だろ」
天津は溜息をついてルーキーを振り返った。
「君もお疲れ様。新しい人かな? この人と一緒にいると大変でしょう」
「はい。あ、いいえ」
不意の質問に、思わず本音が出た。すぐさま打ち消したが誤魔化せるわけもない。フューリアスは不機嫌そうに舌打ちし、天津は愉快そうに笑う。
「いやあ、僕も振り回されてる側でねえ。あ、天津です。よろしく。一応形ばかりの院長っていうところです」
差し出された手を握り返し、ルーキーは頭を下げた。自己紹介をしようとしたところでフューリアスが口を開く。
「こいつはルーキーだ」
「はいはい、ルーキーさんね」
どうやら自己紹介はそれで充分だというところらしい。天津は傍らのウォーターサーバーから紙コップに水を汲んで、ルーキーに差し出した。
「ルーキーさんも、何かあったら是非うちへ。特に銀弾さんなら怪我も多いことでしょうから」
「ここの
ひどいなあ、と天津が気の抜けるような声をあげる。
「前からいる先生達も優秀なんですよ? それに僕、わりと忙しいんだけどなあ。今日もホントは外出の予定だったんですよ」
「出かけりゃいいだろう」
「そうもいきませんよ」
天津はフューリアスになじるような目を向けた。それからオフィスチェアに身を投げ出して、背伸びをする。
「先輩、すぐに無茶言うじゃないですか。僕じゃなきゃ先輩の相手は無理ですね。どうせ抜け出すんでしょうけど、他の人の担当なら責任問題なんですからね」
言ってろ、と鈍く笑ってフューリアスは身を起こす。傷こそ癒えたようには見えるが、すぐに動き出せる風では無い。無理矢理に肉体を癒やした代償として体力が失われているのだ。その顔を見れば目の下に色濃く隈も出ている。
ベッド脇に置かれた篭からシャツを取り出し、袖を通す。その挙動の一つ一つも酷く億劫そうだ。
「そもそも先輩が前線に出てるのが間違いなんですよ。ま、言っても聞いてくれないとは思いますけど。立花さんだって心配してるんですからね」
誰です? とルーキーが首をかしげる目の前で、フューリアスの表情が歪む。
「お前、まさかあいつに今回のことを言ったんじゃないだろうな」
「タイミングが悪かったんですよ。丁度お話ししているところでしたから」
「……もう帰る。休憩は本部でさせてもらう」
身体を軋ませながら、フューリアスは立ち上がろうとした。あちこちに力が入っていない、不格好な姿勢だ。先んじて天津がその肩を押さえる。抵抗する力も無いままフューリアスは再び寝台に寝させられた。
諦めたように溜息を一つ。ルーキーに向かって指を立て、言葉を探す。
「ルーキー、悪いが先に本部に戻っておいてくれ。あいつを追うプランを」
そこまで口にしたところで、唐突にドアが開かれた。部屋に飛び込んできたのは、松葉杖をついた女性だ。どこか狐顔だが、掛けた眼鏡で温和な印象を作っている。
「フューリアス!」
歓呼の声を上げ、彼女はフューリアスに手を振った。かつ、かつ、かつと杖先で床を叩き、左足を庇ったまま見事な動きでフューリアスの横たわる寝台に腰を下ろす。
「スワロウ」
フューリアスはうんざりしたように名を口にする。スワロウと呼ばれた彼女は構わず豊かな胸を押し当てるように横たわるフューリアスの肩を抱き寄せ、その頭を自身の膝に乗せさせた。
「大丈夫かいフューリアス。また無茶をしたんだろ、キミ。心配したんだからな」
「……スワロウ」
やめてくれと言いたげに顔をしかめ、フューリアスは身をよじる。しかし逃れられない。
「立花さん。先輩も安静にしている必要があるのであんまり無理はさせないでくださいね」
「大丈夫、しっかり動けないようにしておくよ」
天津の言葉に、スワロウはけらけらと笑って答える。そうしてフューリアスの耳元に艶やかな唇を寄せ、囁きかける。
「ダメじゃないか。あんまり無茶をすると、そのうち大変なことになるって言ってるだろう?」
「お前みたいにかよ、スワロウ」
その言葉に、スワロウはあからさまに傷付いたというように悲しげな顔をして涙を拭う真似をしてみせた。よよよ、と大根芝居を少し。それから顔を上げて、ルーキーに目を向ける。その顔はもう笑顔に変わっている。
「酷いと思わないか、キミ。ええと、
「スワロウ」
言葉の洪水に目を回すルーキーを見かねて、フューリアスが制止する。そうして溜息。スワロウはにこにこと笑みを浮かべ、フューリアスを見下ろした。
「あの、ええと……」
ルーキーは、やっとのことで言葉を口にする。まったく嵐のような人だ、というのがスワロウに対する一つ目の感想で、二つ目は声を掛けないで欲しかった、というものだ。一体どう反応すればいいというのだろうか。
フューリアスは束の間眉間にしわを寄せ、それからルーキーを手招いた。
「こいつはスワロウ。
「あはは、見ての通り脚をやられちゃってね。おまけに毒だ。おかげで内功が乱れに乱れて、これは九陽真経でも学ばないと中々復帰も難しいっていう状態なわけだ」
「なるほど、内家拳法を」
ルーキーは頷いた。ルーキーもまた、武術について少しは(謙遜だ)学んでいる。内家拳法は特に気とか内功とかいう類のものを重視する武術だ。
だがそれ故に内功を損ねれば実力を大きく減じもするし、あるいは――。
「いわゆる
天津の言葉通り、そういった問題点も存在する。スワロウは肩をすくめてみせた。
「ボクのことも良いんだけどね、フューリアス。今にキミもそうなるぞって話だよ」
「悪いが、もし
スワロウは満面の笑みを浮かべ、ルーキーに意味深な視線を向けてくる。言葉に直すなら『聞いたかい?』というところだ。
「嘘だね!」
そう言って、楽しげにフューリアスの頬を撫でる。フューリアスは何とかそれから逃れようと顎を逸らすが、当然逃れるべくもない。
「キミは絶対に
フューリアスは不機嫌に鼻を鳴らす。しっかりスワロウに捕まった現状では格好も付かない。さりとて否定もしない。
「……その、随分仲が良いんですね」
「ああ。ボクとフューリアスが組んで、ええと、確か六年だったかな? 長い付き合いだからね」
「六年!」
ルーキーは思わず声を上げた。こんな面倒な相手と六年も――とは、できる限り表に出さないようにした。
しかし目を細めて笑うスワロウには、その考えもお見通しのように見える。彼女はルーキーに耳打ちするような仕草をして、小さく首を傾けて見せた。
「コツがあるんだ、楽しくやるにはね。後でまた教えてあげよう」
「是非……」
言いかけたところで、フューリアスが咳払いを一つ。
「そろそろいいか? 俺達の仕事はまだ終わってない。俺はそこのお医者の先生に動くなと言われたが、ルーキーはそうじゃない。仕事の続きを任せたいんだが」
「おっと、それはいけないな。ごめんよ、ルーキーくん。仕事の邪魔をしちゃいけないな」
失礼、とフューリアスの頭を寝台に優しく横たえ、スワロウは器用に立ち上がった。
「それじゃあ、先輩のことは任せてください」
ほらほら、と急かすように天津が二人を追い立てる。振り返るルーキーに、フューリアスは視線を送る。
「あいつを追うプランを頼む。俺が戻るまでに考えておいてくれ」
◆◆◆
メギンギョルズを追うプランを考えるというのは、ルーキーにとって並大抵の仕事ではなかった。
あれですべてか。分からない。メギンギョルズは一体何者だ。それも分からない。
誰もいないブリーフィングルームで、一人ルーキーはうなり声を上げた。
メギンギョルズのヒーロー時代の動画は確認できるだけ確認した。分かることはメギンギョルズに裏はなかったと言うこと。かつてのメギンギョルズは驚異的な身体能力一つを武器に、並み居るヴィランに立ち向かった。無様な敗北もあったし、それこそ命の危機まで余さず記録されていたが、それでもメギンギョルズが身体能力以上のものを見せたことはなかった。
映像に残るメギンギョルズの愚直な振る舞いに、ルーキーは妙な感心を抱いていた。ただ一つのみを頼みに正義に殉じる。ルーキーにはとてもできそうにない。耐えられるわけもない。
だがしかし、映像のメギンギョルズの姿を見れば見るほどについ先刻目にした彼との間に齟齬を覚える。
その齟齬を埋めるものを見つけない限り、ルーキーはプランを完成させることはできない。
追いかけることはできるだろう。居場所をつかむことは、直接にあれだけやりあって名前も分かっている。すぐにでも見つけ出すことができるはずだ。
しかし、それでメギンギョルズを追い詰められるかというと話は違う。
後出しの理不尽に、ルーキーはどう対応していいか分からないでいた。うなり、うめき、しかしフューリアスにできませんでしたと言うことなどどうしてできようか。
悩むルーキーの肩に、不意に手が置かれた。
反射的に立ち上がり、ベルトに手を伸ばしながら立ち上がる。一体なんだ。敵か? 違う。振り返ったルーキーの視界に入ったのはスパイスだった。
状況に気付いて、ルーキーは慌てて手を下ろした。スパイスの後ろに立っていたボンドが、どうしたのとのんびりした声で問いかける。
「ありゃりゃ、ごっめんごめん。気付いて無いとは思わなくてさ」
「いえ、すみません」
驚き、どうにか引っ込めたという風情だった手をゆるゆると振ってスパイスは笑う。部屋の入り口からここまで、まさか近付く気配にすら気付かないとは。ルーキーはちらりとスパイスの脚に目を向けた。クローム仕掛け。ナルカミ社製の最新鋭。
「あ、ルーキー。言っとくけどそんなつまらないイタズラはしないさ、あたしはね」
にやりと猫めいた笑み。ルーキーは慌てて手を振った。
「違います。すみません、疑ったりしてません」
勿論、疑うわけもない。けれど、しかし、それならそれほどまでに注意力が落ちていたのか。恥じるように目線を落とす。
「ううん、可愛らしいお嬢さんがそんな顔を見せるなら、僕の仕業だって言いたいところなんだけどね」
またこれだ、とスパイスは肩をすくめる。
「ま、馬鹿はほっといてさ、ルーキー。隣、いい?」
ルーキーが頷くのとほぼ同時に、スパイスのしなやかな身体がするりと椅子に滑り込む。椅子のあげた悲鳴は、そのスレンダーな身体がその実
スパイスは机に頬杖をつき、何が楽しいのか目を細めてルーキーを見上げた。
「座りなよ、ルーキー。それでさ、プライムからもう聞かれた?」
「ええと、何をでしょう?」
椅子に座り直したルーキーに、スパイスはすっと顔を寄せた。猫めいた笑み。
「あはは、アレさ、アレ。どうして
「ああ……はい。聞かれました」
「新入りを見つけるとすぐそれなんだよね、プライムったらさ! あたしも入ったときに聞かれたんだけどさ?
「君を困らせるものが僕で無くて残念だな、スパイス」
いつの間にかスパイスの対面へと回っていたボンドがそっと手を伸ばし、スパイスにはじかれた。スパイスは呆れ顔、ルーキーに肩をすくめて見せる。
「お生憎様。あたし、いっつも悩まされてるさ。
「君にならどうされたっていいよ、僕はね」
スパイスの白い肌が朱に染まる。素早く身を乗り出して、右手で頭を一撃。ボンドはわざとらしく机に伏せて、きゅうと呻く。
「ホント馬鹿。ひっどい馬鹿だわ! ね、ルーキー」
赤い頬を、スパイスは両手で隠すようにして怒った風を装った。恨みがましげな視線、ボンドは机に潰れたまま受け止める。そんな様子を目の前で見せられて、ルーキーは笑いを堪えかねた。
「こんなところで歓談かね」
低い、柔らかな声。プロメテウスだ。振り返ると、ジャンクフードの紙袋を手に提げたプロメテウスがブリーフィングルームに入ってくるところ。
緩やかな歩調で三人の方へと歩み、智慧深げな顔でボンドを見下ろすとすべてを悟ったように一人頷いた。
「座っても?」
「ええ、はい」
プロメテウスはルーキーに問いかけ、答えに頷くとそのままボンドの隣――つまりルーキーの前にどっかと腰を下ろした。
「今日はどういう集まりか、伺っても構わないかな?」
「どういうもこういうもないさ、
「相変わらず恒例というところか。それで、ルーキー君はなんと?」
「聞こうと思ってたらボンドがね」
テーブルにへばりつくボンドを示して、スパイスはその頭に左手を伸ばす。その髪先をピンと弾いて、右手でテーブルをコツコツと叩く。それが合図だったように、ボンドが跳ね起きた。素早く手櫛で髪を整え、片手で軽くプロメテウスに挨拶。
「それじゃあ、僭越ながら僕がスパイスのやり遂げそこねたことを。ルーキー、どう答えたか訊いてもいいかな?」
スパイスの対面に腰掛け直して、ボンドがにこやかに問いかける。断る理由もない。この場のやりとりで少しばかり空気が緩んだお陰か、同じ質問に応えるのでもプライムを前に口にするよりもずっと気楽に答えられた。
「自分の能力を、何か人のために使うことができればいいと思ったんです。ドラマのA銀みたいに、っていうとちょっと恥ずかしいですが」
照れたように頬を隠すルーキーに、スパイスがおおと感嘆の声を上げた。
「いいじゃない? 実に
ねぇ、と意地悪な光を帯びた目がプロメテウスとボンドに向けられる。プロメテウスは意にも介さずハンバーガーを一口で半分ほど頬張り、ボンドはひょいと肩をすくめた。
「『あなたのような女性の助けとなるためです』っていうのは、ルーキーの答えに負けず劣らずの解答じゃないか」
「『君が助けとなるべきは無辜の人々だ』って真顔で返されたんだっけ? ね、ルーキー。ひっどい話よね」
もごもごとハンバーガーを咀嚼しながら、プロメテウスがすました顔でまったくだと言うように頷いた。その様子にスパイスは小さく噴き出し、ボンドは哀れげに顔を覆ってみせる。その様がまたおかしくて、ルーキーも釣られて小さく笑みをこぼした。
「それじゃあ、スパイスさんは?」
「あたし? あたしはね、ほら。こんなじゃない」
問われて、スパイスは左手をあげる。するりと革手袋を剥がし、ひらひらと振るその手には銀の光沢。高度に戦闘に向けて
「棍棒代わりの義腕くらいなら二束三文だけどね、どうせ使うなら最高品質の
「プライムさんにそう言ったんですか?」
そ、とスパイスは頷いた。
「そしたらなんて言ったと思う? あの
「プライムは人間の徳性とでも言うものを信じているからな」
ようやく口の中のものを嚥下したプロメテウスがそう口にする。
「付き合わされる方も自然影響を受ける。バイタリティの問題だな」
押しの強さか、あるいはその生真面目さ故か、たしかにプライムの言葉には強さがある。行動を共にしていれば、確かに影響は受けるだろう。
「で、プロムは」
「ともあれ」
プロメテウスに水を向けようとしたスパイスの言葉を、プロメテウスが遮った。
「スパイスがそうであるように、多かれ少なかれ銀弾機関の門戸を叩く者は理由を持つ。もし君が周りを省み忘れなければ、その理由に適うものを得ることができるだろう」
プロメテウスの智慧深い眼差しが、一際知の輝きに煌めいて見える。涙だ。一筋頬を伝う輝きを、プロメテウスはそっと両手で覆った。
「どうしたんですか……?」
額に指を押し当てて、あるいは腕組みをして苦笑混じりにプロメテウスを眺めるスパイスとボンドに気付かず、ルーキーはそっと手を差し伸べかけ、しかし触れる勇気も無くプロメテウスに問いかける。一瞬、束の間だけ嗚咽と呼びうるものが聞こえた。
「いや、我が身を振り返り不甲斐なさに打ちひしがれただけだ。すまないルーキー、こんな無様な姿を晒したくはなかった」
「い、いえ、そんな」
慰める言葉も思いつかず、ルーキーは狼狽えた。一回り以上に年上の人間の、こんな姿を見るのは初めてだ。無様な姿を晒したくないと言う言葉に、余計なことを言うのも気遣われた。
「ルーキー」
感情を必死に押さえ込んだと聞こえる声が、プロメテウスの喉を震わせた。
「はい」
「悲しい事実を伝えなければならない」
「……はい」
「銀弾機関に入ったからと言って……モテは、しない」
スパイスとボンドが吹き出した。
「……はい?」
「命を懸けて人々のために尽力しようとも。身を挺して同僚を守ろうとも。それが理由となって誰かに思いを寄せられたりちやほやされたりなどしないのだ。A銀は嘘吐きだ!」
嘘吐きだ、と声を上げると同時に拳をテーブルに叩きつける。快音が響くと同時にスパイスが肩を揺らして笑い、ボンドが手を打った。プロメテウスの顔に涙は既に無い。いや、あったという事実すら既に定かではない。
ルーキーは呆気に取られていた。ルーキーの呆気に取られたその顔を、プロメテウスが探るように見つめている。スパイスとボンドの笑う声。対して妙に静まり返ったルーキーとプロメテウス。一秒、二秒。唐突な会話運びに、ルーキーは上手くついていけていない。それも失礼だとは理解しながらも、呆然とするのみ。
く、とプロメテウスが呻いた。
「悪魔の毒々コメディアンと呼ばれたこの私が、まさか少女一人笑わせることができないとは……」
「え、えと、すみません……?」
悲痛な表情とその言葉に、ルーキーは思わず頭を下げていた。それと同時にプロメテウスの表情が拭い去られたが如く切り替わり、温厚な笑みが浮かび上がる。
「いやいや、すまないルーキー。笑わせられなかったのは残念だが別に本気ではない。さて、少しでも君の肩から力が抜けたなら幸いなのだが」
言われて、ルーキーは一つ思い当たる節を見つけて周囲を見回した。プロメテウスの言葉とルーキーの仕草にスパイスがあちゃあと顔に手を当てる。ボンドの表情は笑みのまま変わらない。
「……もしかして、取り逃がしたことを聞いてきたんですか?」
おっと、とプロメテウスは大袈裟に口を抑えてみせた。
「なかなか聡いな、ルーキー。いや、君の言うとおりだ。少しばかり追跡の顛末を聞いて、出来れば様子を見ようと思ってね。私は口が軽くていけないな」
「それ言ったら意味ないじゃーん」
スパイスが気怠げに言い、椅子を前後に揺らし始めた。まあまあと宥めるボンドを他所に、メトロノームの針のようにスパイスは振れる。椅子の軋みは悲鳴のごとくだがスパイスは意にも介さない。
「
「けど僕らだって同じことをしにきたんじゃないか、ね?」
ボンドの言葉に、スパイスの靴底がリノリウムの床を叩き椅子が止まる。そうだけどさ、と口にするスパイスは唇を尖らせて不機嫌さをアピールしている。苦笑をその唇の端に乗せて、ボンドはルーキーに顔を向けた。
「ま、そんなわけでちょっとした気晴らしとアドバイスでも出来れば、ってね。ルーキー、邪魔だったかい?」
「い、」
答えを口にしかけて息詰まり、ルーキーはぶんぶんと腕を振って否定した。
「いえいえいえ。邪魔なんかじゃありません。気にかけてくださってありがとうございます」
「そんならいいんだけどさ、
テーブルの上にずいと身を乗り出し――むしろテーブルの上に横たわっていると言ったほうが良いような姿勢になりながら、スパイスが言う。
「ま、ともかくさ、ルーキー。シリアスになるなってこと」
「――」
思わず、背筋が伸びる。ルーキーは自問する。深刻になりすぎていなかったか? 少なくとも、スパイスやボンドの接近に近づかない程度には。いいや、彼らに気遣いをさせるくらいには、だ。
けれど、それも仕方のないことではないだろうか。メギンギョルズを取り逃がしたのはルーキーだ。その責任はルーキーにあるし、取り逃がしたりなどしなければもうこの事件は終わっていた。未だにメギンギョルズの脅威が残っているのは偏に自身の咎だとルーキーは目を伏せる。
不意に、振動音が響く。ボンドだ。端末を取り出して確認。そうして景気よく手を打った。
「よし、丁度良い。ルーキー、課長からの指示だ。スパイス、ボンドの両名もメギンギョルズ確保を最優先とすること、だそうだ」
「ありゃ」
スパイスは驚いたように眉を上げて見せた。二人は束の間顔を見合わせて、それから何か理解したという風に頷いた。
ボンドが立ち上がり白手袋の手をルーキーへと差し出す。
「というわけで僕らもメギンギョルズを追うことになったんだけどね、残念ながら細かい事情が分かってないんだ」
「ルーキー。メギンギョルズと
うん、とボンドが頷く。
「メギンギョルズを確保しよう。そのためにも、君の力が必要だ」
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