03.仕事の話だ

「分かるかね、ロジャー。午前中だけで二百七十三件。いいか、二百七十三件もだぞ。サイボーグやら超能力者やら吸血鬼やら、ペーパーバックの中の住人どもが当人どもだけがまともだと思うような馬鹿げた理由で大騒ぎを起こしてるんだ。あまりにも酷い。滅茶苦茶だ。怪我人が二千三百六十四人、行方不明者が百十七人、極めつけに死亡者が三十四人もおる。

「署の連中は大わらわさ。だがそれでも到底手が足りない。どうしろと言うんだ。ドク・ドレイクのやつは今の事件の対処だけではなく包括的予防に踏み出さなければ被害は広がるばかりだと言いやがる。そんなことは私にも分かっているさ。だがあの超人マン・プラスの連中はそこかしこから湧き出してるようなもんだ。

「極東のヒーロー殿の出現からこっち、どいつもこいつも超人兵士だの宇宙人だの、馬鹿げた秘密を表沙汰にして隠そうともしなくなった。何にどう対処しろって言うんだね。連中は"ごく善良な一般市民"と同じ割合で街の中に潜んでるんだ。それこそ昨夜の狼男事件じゃないがね、どこから沸き上がるかも分からないような事件への切り札なんて、どこにある? このまま行けば世界は終わりだよ」

 長々とため息を付いて、ゴードンは手にしたカップを叩きつけるようにテーブルにおいた。

「署長殿は悲観的に過ぎる。そんなことはありませんとも」

「そうかね?」

 ゴードンは怪訝な顔で尋ねた。

 ウェインはにやりと笑って、後に語り草となる言葉で返した。すなわち――

「ええ。我々が銀の弾丸Silver Bulletとなりましょう」

                         ――銀弾の英雄より


◆◆◆


 フューリアスは非常によく忍耐したと言えるだろう。事件解決直後に送られてきたボスの指示に従って、突如として現れた自称銀弾機関捜査員の小娘を助手席(!)に乗せ、本部へと向かった。礼儀正しく、何の断りもなく業務に割り込んできたことを責めもしなかったしサムライの拘束に関して感謝を口にもした。後部座席に三人寿司詰めながら楽しそうに彼女の素性や技能を尋ねる仲間たちにも何も言わなかった。良い呪祓いディスペルだったと言うボンドにありがとうございますと応え拳法を使うのかと尋ねるプロメテウスに嗜む程度ですと返し他には何が出来るかを問うスパイスにひと通りなんでもなどと語る口に銃を突っ込もうともしなかった。笑顔を見せようとした。怒りを見せずにいようとした。黙りこくった。殴らなかった。蹴りださなかった。車を対向車線に突っ込ませもしなかった。

 フューリアスは、よく耐えた。

 だが。


「よくやった、フューリアス。ところで報告は聞いたが、彼女の力量は見れたかね? お前に教育係を任せるつもりでな、確認してもらう手間が省けたなら良かった」


 良かった、とボスこと"深井戸"大谷機動捜査課長が言い切るより早くフューリアスは目を剥き声を上げた。


「おい! ボス、ボス、ボス! 冗談じゃない!」


 悲痛な叫びであり困惑であり拒絶である声が長机と椅子の並ぶブリーフィングルームに響き渡った。既に入っていた捜査員たちが歓談や資料確認を一瞬止めてフューリアスに目を向け、それから続きに戻った。

 そう、フューリアスはよく耐えた。不満を飲んだ。だが我慢にも限界がある。

 例えば、ミーハーな理由で銀弾機関に入隊したいなどと言う鼻持ちならない超人様の面倒を見るというのがそれだ。自分の力量に自惚れている様を間近に見せつけられるのがそれだ。技量の不確かな相手とチームを組まされるのがそれだ。


「だいいち今はプライムとバディを組んでるんだ。俺もプライムも新人教育なんてのとは一番縁遠い人間だってのは分かってんでしょうボス! チームを再編するにしたって……。そうだ、魔術師らしいし少しの間ボンドと一緒に動いて貰って、ああいや前衛も張れるってんなら尚更都合が良い、少なくとも俺の班になんて無理ですよ無理! いやプライムが無理じゃなくても俺が無理だ。冗談じゃない、ああ冗談じゃねえ! だいたい、俺はこういう!」


 声が次第に怒声と言うに相応しいものに変わってきた頃合いを見計らって、深井戸はフューリアスの顔に向かって手を向けた。フューリアスの言葉が蓋をされたようにピタリと止まる。ぐうともぬうともつかない声を漏らしたフューリアスを満足気に見て、深井戸は頷いた。


「お前の言い分はわかってる。私だって考えたさ。だがどう考えてもこれが一番だ。お前の都合だけで動けんのだよ、すまないとは思うが」


 さておきと言葉をつなぎ、フューリアスの後ろにいる少女を見る。少女は槍玉に挙げられておろおろと動揺し、何か言おうとしながらも何も口にできていない。


「今のは彼女の前で言うべきではなかったね。いくらなんでもそこまで強い拒絶をされて嬉しい人間はおらんだろう。……いや、いや。さて」


 深井戸は腰を伸ばし、手を三度打ち鳴らした。課員のおしゃべりは止み、全員の視線が彼に集まる。たっぷり三秒待って、深井戸は口を開いた。


「さて諸君、ミーティングのはじめに紹介しとかなきゃならん新人がいる。もう話くらいは耳に届いてる奴もいるかもしれんが」


 深井戸の手招きに、新人はおずおずと前へ出た。不安げな目を見て、フューリアスは響きも立てぬ舌打ちをして目をそらす。


「朝霞君だ。まあ諸君らは暫くの間ルーキーと呼ぶだろうが。さて、彼女の力量は"五行剣"あるいは"サイバー蜥蜴丸"として知られる人物――」


 そう言って首を振る。


「ま、私は知らなかったんだがな。なかなかの大物だったらしいぞ。……ともあれ、その大物の捕縛に多大な貢献をしたことから推し量れるだろう。さて、これだけ言えばうだうだ続けても仕方ないな。つまり我々は彼女を歓迎する、ということだ」


 あまり大きくはない拍手と図るような視線、賞賛と疑念混じりの言葉が囁きかわされ、緊張した面持ちの朝霞――ルーキーが頭を下げる。


「その力量はこれから存分に振るってもらうこととしよう。さて、それに伴ってチーム編成を一部変更する。フューリアス、朝霞君と組んでくれ。遊撃としてしっかり仕込んで貰いたい。ワイルドカードは多いほうが良いからな」


 出来るかと問うような視線に、フューリアスは唇を尖らせる。ワイルドカード。つまりこうだ。多芸多才のルーキー様を、誰と組ませても相棒の穴を補って動けるように育てろ。五行剣を相手取ってやってのけたことを考えれば、その理由は明解だ。いくつものタスクをハイレベルで修めている人材は希少だ。例えば魔術、例えば武術。一言で呼び習わしたとしても、その中にはいくつもの分類が存在する。それをどれだけ身につけているかははっきりしないが、少なくとも近接戦と魔術くらいは同時に併用していた。前衛も後衛も、どちらも頻繁に求められるものだからだ。

 そんな人材の不足はいやというほどはっきりしている。いや、そんな人材が不足している、のではない。銀の弾丸は人材不足――それは何もドラマの中のカッコつけの台詞で語られるだけのものではない。


「分かりましたよボス。教育係を拝命いたしましょう。勿論ルーキーがそうなるかどうかは本人次第ですがね」


 じろりと向けたフューリアスの目は、彼を睨むルーキーの視線によって受け止められる。顔を見れば分かるほどに不満をあからさまにして、そうしてフューリアスから目をそらさない。おや、とフューリアスは意外に思う。そして同時に当然か、とも。銀弾機関の門を叩く以上は、そして機動捜査課の戸を開く以上はそこに強い自信があるはずだ。ただの増上慢であることの方が多いそれを、ルーキーも確かに持っている。

 それがどこまで保つかは、フューリアスの関知するところではない。ただのミーハーな感情でやって来ただけならば、そう、そんなに長持ちはしないものだ。


「ま、それは結果次第だろうな。さて、プライム」

「はッ!」


 深井戸の声に、影の如く静かだった女が応えた。プライム。背丈はルーキーとそう変わらないものの、ピンと伸ばした背筋のせいかこちらの方が大きく見える。室内だと言うのに被っていたハンチング帽を胸元におろし、白手袋の指先まですらりと伸ばして深井戸の言葉を待つ。


「年上のあんたにそう固くなられるとこっちが困るんだが、プライム。ともあれ、お前さんはしばらくソロで動いてくれ。どこかが苦しそうなら助けてくれるとありがたい。頼めるかい」

「無論、承りました」


 答えたプライムの目がじっとフューリアスを見る。その意味を正確に読み取って、フューリアスは手を降った。助けが必要なら手をかそうなどと、なにも子守一つ出来ないわけではない。

 目礼して下がると、プライムは再び直立不動の姿勢で後ろで手を組んだ。


「さて、満足いただけたところで仕事の話だ」


 深井戸が手元でリモコンを操作すると音を立ててスクリーンが降り、部屋の灯りが静かに消えた。すぐにプロジェクタから画像が投影され、課員の姿を暗がりの中に朧気に浮かび上がらせる。

 スクリーンに映されたのは写真だった。路地裏、白線で象られた人型。ただし頭部はない。


「ブレイン・ハンターだ」


 ブレイン・ハンター事件。特徴的な頭部の消失からメディアに付けられた犯人の名は、その犯人の不明瞭な実態に反して知らない者はいないという勢いだ。異能者ばかりを狙った連続殺人、首を持ち去る、目撃者無しと三つ揃った要素によって、最早都市伝説の怪人と成り果てている。

 、医学の知識がある者であろう。、優れた身体能力の持ち主であろう。、何らかの隠蔽に向いた能力を持っているのであろう。恐らく、恐らく、恐らく。何も分かってはいないのと同義だ。フューリアスは無言で腕を組み、スクリーンを睨みつけた。


「今回もこれまでと同じく頭部が持ち去られてる。被害者は神道系の雨乞師……随分レトロな肩書だな。ともあれ祈祷による交霊チャネリングを行っていた人物のようだ。切り口は変わらず鋭利な刃物でやられている。思念調査サイコメトリーの方はお決まりの何も分かりませんという話だが、実行犯に由来するものか被害者に由来するものかは分かっていない。ま、これもいつも通りだな」


 こういった事件において、予知能力プレコグ過去感応ポストコグが解決の決め手になることは少ない。気の利いた魔術師ならば探知妨害ノンディテクションのような隠蔽手段を備えているし、そんなものに頼らずとも優れた武術家がただ鍛え上げたという一事だけで運命さえ歪めて予知から逃れたという話もある。無論、二秒に一度事件が起きるとも言われる当世においてその類いがどれだけ役に立つのかは分からないが。

 スクリーンの画像が切り替わり、各所に印と日時を入れた地図が映し出される。現場と発生時刻。フューリアスの目には単なる時刻と場所の組み合わせにしか映らない。特定の周期も見受けられなければ、何らかのメッセージ性も見つからない。首無し死体の派手さとは打って変わって、だ。


「ま、付近の監視カメラの情報やら何やら、これだけ繰り返せば出てくる情報もある。が、もう被害は十分すぎるほど出ていると言えるだろう。各位解決に尽力してくれ。情報の共有を忘れずにな。ブレイン・ハンターは悪辣だ」


 深井戸の目がぐるりと課員を見渡す。睨んだわけでもないというのに、その目が向けられるだけで腕自慢のエージェント達が背筋を伸ばす。その目は言外にこう言っている。油断すれば次の首無し死体がこの中から出てもおかしくはない、と。但しそこまで追い詰めることが出来れば、という注釈が付くが。

 最後に朝霞に目を止めて、深井戸は一度頷いた。



◆◆◆



 こういう時、つまり機動捜査課にとっては珍しくもない新人がやってきたミーティングの直後、深井戸が姿を消した後の課員の行動は大きく三つに分けられる。一つは事件を追う努力家ワーカホリック達。一つは新人を取り巻く詮索屋データッキー達。そしてもう一つは新人がいつまで保つか賭けを始める連中だ。詰まらないトトカルチョに興じている同僚を追い出して、フューリアスはルーキーに目を向けた。

 囲んでいるうち三人まではもう既に十分なだけ話をしただろうスパイス、ボンド、プロメテウスだ。呆れる他はない。アレだけ話をしてまだ足りないのか、とうんざりしながら肩をすくめる。


「プライム、アンタも残ってるとはな。ボスにああ言われたからにゃ、すぐに飛び回り始めるかと思ったがよ」


 会話には入らず、輪の外で佇むプライムを見下ろした。声に反応して見上げたプライムの表情はいつもと変わらぬ真顔。能面のよう、と言うにはその目に宿る意志が明白にすぎる。観るものの心を射抜くような怖い目だ。


「心外だ、フューリアス。自分も新人との対話の重要性は理解している。状況が許せば時間を取ることくらいはできる。……という返答を期待しているわけではないな。フューリアス、君の相方を務めさせられる新人殿に何か助言でもと思っただけだ」


 君は厄介な人種だからな、との声にフューリアスは小さく笑う。


「俺から見りゃ俺以外のどいつもこいつも厄介な連中だがな。ま、せいぜい奴さんが潰れんことを祈ってくれ」

「深井戸殿が敢えて君を相棒に選んだ相手だ。ちょっとやそっとでは潰れまい。見ろ」


 ハンチングの下から覗く瞳が、囲まれるルーキーを見た。釣られて目を向けたフューリアスは鼻を鳴らす。


「ルーキーが魔術の使い手ってのは本当かよボンド」

「間違いなく。見事な呪祓いだったね」

「いやあ助かるねぇ。後衛バックアップの人数不足は辛かったからな」


 着流しの男が一人うんうんと頷くと、傍らの小男がたはあと笑う。


「いやいや何を言ってるんですか平蔵の旦那。ルーキーは五行剣をとっ捕まえるような白兵戦の達者、バリバリの前衛ですて。そうだろプロメテウス」

「うむ。恐らくカンフーか何か、それとも忍術か。その辺りを学んでいるに違いない。私の不見識ではその辺りまでしか判別できないが」

「おいおいプロム、わしゃ今しがたボンドから魔術巧者だって聞いたばっかりだぜ? ボンドは嘘つきかよ」


 着流しの平蔵がぬうと立ち上がり、小男不知火に覆いかぶさるようにして尋ねる。口をひん曲げたその表情にはからかうような気配。不知火はわざとらしく怯えて見せて、顔をそむけた。チェシャ猫めいた笑みを浮かべて、スパイスが待った待ったと割り込んでいく。


「嘘でもないし誇張でもないさお友達バディ。ルーキーは魔術も白兵戦もしっかりこなしてたよ、あたしのこの銀の目に懸けてさ」

「銀の目に懸けてと言われちゃ仕方ねぇ、なあ不知火よ」

「まったくですね旦那。それじゃあご当人に聞いてみることにしましょうや。なあルーキー君、一体君には何ができるんだい?」


 ルーキーは束の間目を下に落とし、深呼吸。彼女を見るシルバーバレット達の目を負けないように見返した。


「なんでも、です」


 そして一拍。繰り返すように口を開く。


「なんでもできます」


 一瞬の逡巡はあったが、その目に気後れしたところはない。


「良い胆力だ。なかなかああは言えん」


 その内容の真偽はおいて、プライムはそう評価した。その横でフューリアスは口をへの字に曲げる。


「ガキが大口叩くのは有り触れた話だぜ、プライム。俺にゃそうとしか聞こえないがな」

「いずれ真偽は分かるだろう。その鑑定も君の眼鏡にかかっているのではないか。深井戸殿もそのつもりで君に任せたのだろうし」

「さあな。何にしろ考えはあるとは思うがよ」


 フューリアスの視線の先には和気藹々と会話を楽しむルーキー達。なんでもと言っても学べば身につくものに限りますが、と謙遜にもならない謙遜を今更口にするルーキーを取り囲む彼らの話題は、そのまま彼らに一体何が出来るのかというものへと移り変わっていく。

 不機嫌さを隠そうともしないフューリアスに、プライムの言葉が投げかけられる。


「同僚の得意分野を把握できれば、万能型は活躍しやすい」

「……だからってアンタ、プライム。素性の知れない奴にべらべら自分のことを喋るのは命取りだぜ」

「同僚だろう」

「続くかどうかはまだ決まってないだろ。まだ正体不明で腹の中もわからねぇ」

「だから自分のことを教えているのだろう。相手を知るにはまず窓口を作らなければ」


 フューリアスは顔をそむけ、話を打ち切った。プライムは不快も見せずにそれに応じて口を閉ざす。

 僅かな沈黙。それに反してルーキー達は賑やかだ。強靭な肉体を誇る者もいれば卓越した魔術の業前を口にする者もある。相棒の忍者について語る超能力者サイキック、超能力者を褒めそやす犬神憑き。さり気なく会話に加わったプライムが真顔で得意なのは力業と宣う段になって、フューリアスは声を荒げた。


「お前ら、仕事しろッ!」


 鋭いフューリアスの怒声も、たった一人ルーキーを除いてはどこ吹く風。囲む数人がくつくつ楽しげに笑い、まず平蔵が伸びをして支給のコートを肩に掛けた。


「そろそろ頃合いかね?」

「のようだな。これ以上はフューリアスが怒り心頭だ」


 頷き賛同し、各々に椅子から立ち上がり、あるいはコートを羽織る。その準備だけは誰もかもとうに済ませていた。その様子にまたフューリアスが声を荒げる。


「準備が済んでるならそんなガキに構ってないでとっとと行け!」


 今度は誰一人、その声に身を竦めた者はいなかった。多くはからかうように笑いながらフューリアスの横をすれ違い、肩を叩き、軽口を投げかけていく。


「そんなにカッカしなさんな。寿命が縮むぞ」

「新しい相棒バディにだって嫌われるよね」

「三日に一度はああだからな」

「二日に一度では?」

「むしろ毎日」

「……良い加ッ、減にしろよお前ら!」


 蜘蛛の子を散らすように隊員たちが駆けて行く。言うまでもなく彼らの表情はからかい混じりのものであり、言うまでもなくフューリアスのそれは不機嫌なものだった。けらけらと笑い手を振りながら出て行く最後尾のスパイスを憤懣やるかたないと言った風情で見送って、フューリアスはルーキーに目を向けた。もう残っているのはフューリアスとルーキー、そしてプライムの三人のみだ。


「何でしょうか」


 堅い声でルーキーが問う。睨むように見下ろすフューリアスの視線を真正面から受け止めて、新人好きの隊員たちの前で見せていたのとは違う不満気な顔をあからさまにしている。知らずフューリアスの眉間に皺が寄る。


「機嫌が悪そうだな、ルーキー」


 誰よりも不機嫌そうな顔をした男が他人の機嫌に言及するおかしさも、ルーキーの表情を和らげない。


「当然だと思いませんか」

「あ?」


 フューリアスの眉が上がる。ルーキーは目をそらさないように努力して、もう一度口を開いた。


「会ってから延々嫌そうな顔をしている人と行動を共にしろと言われて、それを喜んで受け入れる人間なんていません」


 む、とフューリアスの口角が下がる。漏れた感情を無言で恥じる。だがそれはそれだ。口の回りは酷く滑らかだった。


「生憎この顔は生まれつきだ。……なんて言ってやってもいいけどな。ああ不機嫌だね。考えなしに割り込んできたガキの面倒を見ろなんて誰が喜ぶ。ああよしよしイカれサムライをぶっ倒したのは偉いがな」

「そのサムライに殺されるところだった人が」


 フューリアスの言葉を遮るように、短く、しかしはっきりとルーキーはそう口にした。開いた口を閉ざし、フューリアスは束の間ルーキーを見下ろした。ぎしりと歯が軋む音がした。


「……もう一度言ってみろ」

「私が手を出さなければ死んでいたのは明白でしょう!」


 その可能性があったのは事実だ。だがそれはフューリアスがルーキーを、あるいはルーキーのような人間を嫌わない理由にはならない。


「それがどうした。だから恩に着ろってか? 受け入れろとでも言うつもりか? 冗談じゃない! お前らお偉い能力保持者スキルホルダーが助けてくださったら逆らいもするなとでも言うつもりかよ」


 フューリアスが拳を叩きつけた壁が鈍い音を立てる。奥歯を噛み締め痛む拳をそのまま握り固める。フューリアスの言葉はルーキーの何かに触れたらしい。意表を突かれたように、声が僅かにから回る。


「そ、そんなことは言ってません! ただそんなに嫌わなくても」

「だいたいあのイカれサムライは、いいかルーキー。お前だけの手柄でもない。何を得意げになんでも出来ます、だ」

「私は別に何もっ! 出来ることについては、その、少し得意になっていたことは認めますが」


 ルーキーのトーンが落ちた。何も、と言うのは嘘ではない。ルーキー自身は何も五行剣について語ってはいなかった。言葉の矛先を見失い、フューリアスも束の間言葉を止めた。

 ほんの僅かな沈黙に乗じて、プライムが二人の間に割り込んだ。滑るような身ごなしに虚を突かれて、フューリアスは後ろめたさを表情に載せた。


「そろそろ満足だろう、フューリアス。君の仕事はなんだ」


 投げかけられた声は荒げていたフューリアスのものとは対照的に落ち着きいたものだ。その答えを口にするよりも早く、プライムが続ける。


「フューリアス。『銀の弾丸は』」

「……わかってる。『いつだって人手不足』。そうだ」


 溜息を吐き、そのまま大きく息を吸う。ささやかなクールダウンでフューリアスの口元に苦笑が浮かんだ。その苦笑はルーキーが気付くよりも早く引き結ばれたが。


「ルーキー」


 可能な限り怒りやそれに類するものを廃そうとした結果の堅い声が、フューリアスの喉から搾り出された。


「なんでしょう」


 返答もまた堅い。だが言い争いを始めるほどではない。

 フューリアスは首を振り、髪をかきあげ、腕組みをしてからルーキーと目を合わせた。


「俺はフューリアスだ。分かってると思うが、ボスからお前の面倒を任された。正直なところ俺は英雄願望が強くて自信でパンッパンになったような連中は好きじゃない。いや、大ッ嫌いだよ。だがそんなことでグダグダしてても仕事が出来ねぇ。やることは山ほどある」

「はい」


 否定もせず、ルーキーはただ神妙に頷いた。


「俺が気に入らないならボスに泣きつけ。もしかしたら別の奴に変えてくれるかもしれん。もしかしたらな。だが多分、ボスが良いと言うまでは俺とお前は相棒バディだ。ボスの言う通り、俺にはお前にうちの流儀を教える義務がある」

「……はい」

「銀の弾丸を続けたきゃとっとと覚えろ。良いな? 十分やる。俺は先に車に向かっとく。プライムに聞いて支給品を受け取って、それから降りたところまで来い。何か質問は?」


 返事も聞かず、フューリアスは背を向ける。ルーキーは宙に言葉を探し、そして首を振った。


「今はありません」

「そうか」


 ルーキーに背を向けたまま、フューリアスは口をきつく結んだ。

 靴底を叩きつけ、大股で部屋を出る。最後にちらとプライムに目を向けて、そうして何も言わないまま扉を閉めた。叩きつけるような音だけが余韻を残して響いていた。

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