第15話、復讐の計略

 ミツヒロが、ファミリーレストランの扉を押し開け、出て来る。 続いて、大柄なスキンヘッドの男・・・

 うつむいた、矢野の姿が確認出来る。 両脇を男たちに抱えられ、まるで身柄を拘束された指名手配犯のようだ。

 矢野の後ろから、斉田も出て来た。 どうやら、何事も無く済んだようである。 ガラス越しに見えるレジでは、加賀が清算をしているようだ。 連れ出されて行く矢野の方を、何度も振り返って見ており、その表情には幾分、慌てた心情が窺い知れる。

( ・・・加賀さん )

 再び、裏切られた心境が心に蘇り、加賀の姿を遠目で睨む、なつき。 しかし、なつきとは、ただの『 客 』である。 加賀自身には、なつきに対し、何の仕打ちをした訳でも無い。

( でも・・・ もう、加賀さんとは会わない )

 なつきは、そう決心した。


 月を嫌う心情と似たような意識が、加賀に対し、湧いて来る。

 落胆と共に、悲しい気持ちが、なつきの心中を覆う・・・


 類は共を呼ぶ・・ とでも解釈しようか。 夜の世界に身を置くなつきには、やはり夜の『 顔 』を持った者たちが集うのだ。

 自分にまつわる因果を、やるせない気持ちで想う、なつき。

( 修一郎さんも・・・ 加賀さんと同じように、夜の顔があるのかしら・・・ )

 なつきの脳裏に、ひさかた会っていない正岡の顔が横切る。

 『 連行 』されて行く矢野の姿を目で追いながら、なつきは、小さくため息をついた。


「 説明してもらおうか、矢野。 どういう事だ? 」

 ファミリーレストランの駐車場の片隅・・・ 並立するビルの、陰のような所に矢野を連れ出し、斉田は言った。

 外灯が届かない、暗い一角。

 観念したように目を伏せ、矢野は沈黙しているようだ。

 なつきは、斉田たちがいる所へそっと忍び寄り、大きな室外機の陰に隠れて状況を見守った。

 ミツヒロが、ポツリと言った。

「 信じてたんスよ? 矢野の兄貴・・・ 」

 チラリと、ミツヒロに目をやったが、すぐに下を向く矢野。

 斉田が、静かに言った。

「 叔父貴には、報告しないワケにゃ、いかねえ・・・ だが逆に、おめえも総和会の情報を共有しているハズだ。 手土産になりそうなモン、何かねえか? 」

 斉田は、何とか矢野を救おうとしているようである。

 はたして矢野は、視線を上げ、斉田を見据えた。

 再び、しばらくの沈黙・・・

 やがて、重々しく口を開いた。

「 ・・・オレのオヤジは・・・ 代々木で、何代も続いたテキヤだった・・・ 」

 斉田は、おもむろにタバコを取り出し、火を付けながら答えた。

「 知ってるよ。 駒田一家だろ? 随分前に、緑風会に吸収されたって話しだ 」

「 吸収じゃねえっ・・! カンバンを取られたんだ! ハメられたんだよ、オヤジは・・・! 」

 語気を荒げる、矢野。

 ふうっと、煙を夜空に吹上げ、斉田が答える。

「 他のモンのやり方は、そいつら次第だ。 オレは、認めもしねえし、指図もしねえ 」

「 ・・・・・ 」

 憎々しげな視線で、斉田を睨む、矢野。

 斉田は、続けた。

「 じゃ、何か? てめえは、復讐する為に、緑風会の杯を貰ったってワケかい・・・ 」

「 ・・・・・ 」

 斉田の吐き出す煙が、矢野の顔の前を、ゆっくりと横切る。

 右手の親指と中指でタバコを摘み、煙たそうに吸うと、斉田は言った。

「 この世界、食うか食われるか、だ・・・ てめえも、それは分かってるよな? 手段はどうあれ、力のないモンは、自分以上のモンの下に付く 」

 矢野は、沈黙を続けている。

 煙を出しながら、斉田が言った。

「 加賀に、そそのかされたんだろう? 幹部のイスを手土産に、柴垣と共によ 」

「 ・・・・・ 」

 無言のままの、矢野。

 斉田は、タバコを地面に落とし、それを足先で揉み消す。 そのまま、タバコを揉み消す足先を見ながら、続けた。

「 だが、祥子を殺ったのは、失敗だったな・・・! 」

 室外機に掛けた、なつきの指先が、ピクリと動く。

 やがて矢野は、呟くように言った。

「 柴垣の野郎・・ 女に、骨抜きにされちまいやがって・・・! 抜き身のような気迫が、全然、無くなっちまいやがった。 てめえのシマも、組に返上して、カタギになるとか抜かしやがったんだ・・・! 」

「 柴垣のシマ・・・ 代々木か 」

「 ああ、そうだよ! 元、オレのオヤジの・・ 代々から、あったシマだ! 」

 両拳を握り締め、声を荒げながら、矢野は言った。


 因縁だ。


 弱肉強食の、この世界の事は、先に斉田が言った通り、矢野も理解しているであろう。 例え、策略にはめられ、財産を失ったとしても、己に、知識管理と力が無かったと言われれば致し方無い。

 ・・だが今回、その『 古傷 』に、甘い誘惑が加味されたのだ。 うまくいけば、失ったモノを取り返す事が出来る。 更に、復讐という観点からも、優越的な気分になれる・・・

 心理を突いた、有効的な策略だ。 矢野にしてみれば、誘惑的でもある。

 なつきは、事態を見守りつつ、ふと思った。

( 加賀さんは、全てを計算の上で、矢野さんに接触したのね・・・! )

 斉田、曰く、『 策略家 』である。

 ・・人の心を操る策略ほど、緻密なものはない。

 ただ一点、祥子の存在が、誤算であったと思われる。 また意外にも、柴垣が女性に対して純粋であった事・・・ これも、今回の結果には、加味されるべき要点であろう。

 矢野は続けた。

「 シマも、家も、財産も・・・ 全てを取り上げられたモンの気持ちなんざ、アンタにゃ、分からねえだろうっ? オヤジは、酒びたりになり、くたばっちまいやがった・・! オフクロは、オレら兄弟3人を食わす為、必死で働いてよ・・・ 結果、過労で死んじまったんだ・・! 」

 矢野の目には、かすかな外灯の明るさに反射し、小さく光るものがあった。

 斉田が、静かに言った。

「 ・・・矢野。 てめえだけが苦労の人生、経験して来てんじゃねえ。 ここにいるモン全員が、何かしかの苦労、背負ってんだ 」

 なつきは、室外機に掛けた手を、ぎゅっと握った。


 ・・確かに、なつきにも、普通ではない過去がある。


 しかし・・・ 矢野や、不幸な死を迎えた祥子に比べたら、どうであろうか。 自分には、帰る家がある。 両親も健在だ。 経済的には、何1つ不自由はない。

( ・・・・・ )

 それぞれの、人の価値観こそ、違いはあるにせよ、普通の生活を過ごすにあたり、どんな弊害があると言うのか・・・?

 家を飛び出し、あえて苦労・屈辱を義務とする生活・・・ それは、いつか報われる日が来るのだろうか。 その未来は・・・?

 斉田の言葉は、なつきの心に深く響いた。

 思わず見上げた夜空に、三日月が浮かんでいるのが見える。

 揺れる自分の心を見透かす『 陰の目 』・・・ 今夜の『 目 』は、なつきの心を、静かに諭すように感じられる・・・


「 矢野オォッ! 」


 突然、聞き覚えのある声が、矢野を呼んだ。

 室外機の向こう側に、人影を見出す、なつき。

( 柴垣さん・・・! )

 何と、柴垣である。 どこから現れたのか・・ いや、つけていたのかもしれない・・・! 黒っぽいスーツに、カッターシャツの胸をはだけ、仁王立ちだ。 暗くて分かり難いが、その表情には、ハッキリと殺気が感じられた。

 斉田が振り向き、驚きの表情をすると共に、矢野の前に、立ちはだかるようにして言った。

「 柴垣・・・! そこを動くな 」

 しかし、斉田の言葉を無視し、ゆっくりと矢野に歩み寄る、柴垣。 その殺意的な視線は、目の前にいる斉田を通り抜け、後にいる矢野に突き刺さっているようだ。  ミツヒロたち、他の男たちが身構えた。

「 手を出すんじゃねえッ・・! いいか、何もするなっ・・! 」

 斉田が、他の男たちを制する。

 柴垣は、斉田の目の前まで来ると、立ち止まった。

 柴垣を見据える、斉田・・・

 やがて斉田が、静かに言った。

「 ・・久し振りじゃねえか、柴垣。 矢野に用か? 」


 柴垣の背中が、泣いている・・・


 なつきは、そう感じた。

 正面からは、歯向かう者を全て蹴散らす、憎悪にも似た、修羅のような気迫を発しながらも、背中からは、愛する者を失った哀惜の情に満ちている・・・

( 柴垣さん・・・ )

 なつきには、柴垣の心情が、手に取るように理解出来た。

 人生の裏街道から、陽の当たる暮らしへ転化しようとしていた柴垣。 その、きっかけを作ってくれた祥子を、永遠に奪われたのだ。 今、目の前にいる矢野に・・・! 柴垣の目は、まさに、鬼畜のような目をしている事だろう。

 柴垣は答えた。

「 てめえら・・・ 今すぐ、オレの前から消えろ・・・! 」

 斉田は、柴垣を見据え返しながら言った。

「 そうは、いかねえ・・! 矢野は、まだ緑風会の構成員だ。 この意味は、分かるな・・? この後の処置は、叔父貴が決める。 今日の所は、大人しく収めてくれないか? 」

 しばらく無言の後、柴垣は答えた。

「 ・・・戦争になろうがなろまいが、オレには関係ねえ・・・ どけや・・・! 」

 スーツの内側に右手を差し入れる、柴垣。

 出したその手には、短刀が握り締められていた・・・! 一斉に身構える、男たち。

 斉田が叫んだ。

「 オタつくんじゃねえ、お前らッ! 下がってろッ・・! 」

 やがて、斉田を睨みながら、柴垣は、ゆっくりと鞘を抜いた。

 カコン、と乾いた音が響き、鞘が落ちる。

 暗闇に、三日月の淡い明かりが反射し、抜き身が鋭く輝いた・・・!

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