第14話、目撃

 けだるい色の、都会の夜空・・・

 漆黒でもなく、薄明るいでもない。 ただ単に『 暗い 』。

 そう、ネオンが見やすいように暗くなっているように感じる。

 夜ではなく、都会の一部に過ぎないのだ。

 

 多少、明るくても暗くても、それは何の意味合いも持ちはしない。

 都会の夜空など、誰も見上げる者はいないのだ。

 いるとすれば・・・ 心に、疲れを感じている者だろう。

 

 だが、彼らから見ても、それが『 夜空 』である必要は無い。

 たまたま、ふと見上げる時間・・・

 それが夜の時間帯であり、そこに、都会の夜空が存在しているだけなのだ。


 今宵、薄い雲の間に、細い三日月が浮かんでいる。

 気付いた者も、そんなに多くはないだろう・・・


 雑居ビルの横に、陰気に光る三日月を見上げながら、なつきは思った。

( 横目で、あたしを見てる・・・ )

 本当の目は、陰の部分にある。 人には見えない、黒く暗い月の影・・・ そこには、人の心を見透かす、不気味な『 目 』があるのだ。

( 太陽の方を向きながらも、密かに影の目で、こちらをじっとうかがっているのよ・・・! )

 なつきは、そう感じていた。


 ・・・加賀を追って、アミューズに来た、なつき。

 月に、そんな自分の行動を、じっと監視されているような心境になる。

( いやらしい・・・! )

 見上げていた三日月から顔を背け、なつきは、駐車場に目をやった。

 広い駐車場だ。 所々に街路灯が設置され、意外に明るい。 車上狙いも頻発している為、防犯上からの事もあるのだろう。 特定の車種を探すのには、好都合である。


 なつきは、ほどなく、見覚えのある黒いBMWを発見した。

( ナンバーは、知らないケド・・・ 多分、これだわ )

 近寄って、ボンネットに手をかざしてみると、まだエンジンの熱気が冷めていない。 駐車して、そんなに時間が経っていないと判断出来る。

( どこにいるんだろう・・・ )

 辺りを見渡す。

 アベックや若者が数人、駐車場内を歩いており、向こうの方には、ゲームセンターやファミリーレストラン、ファーストフード店が、煌々と明かりを点けている。

( いるとすれば、アッチの方よね )

 なつきは、駐車場から一番近いファミリーレストランに向かって歩き始めた。 ふと、横に立っていた街路灯の脇に人影を感じ、チラリと見やる。

( 加賀さん・・・! )

 何と、加賀だ・・!

 街路灯の光を真正面から受け、顔がハッキリと分かった。 慌てて、なつきは、近くに停まっていたバンの陰に入り、息を潜める。 そっと体をかがめ、車の陰から様子をうかがった。


 ・・・誰かと喋っているようである。 もう1人の背中が、確認出来る。


 白いカッターシャツに、黒っぽいスラックス・・・ 髪は、短く刈り込んであるようだ。 男が、何かを喋りながら、ゲームセンターの方を見やった。

( ・・・・・ )

 男の口元に、見覚えのある口ヒゲが見えた。

 柴垣と、祥子を送っていった男・・・ なつきを、マンションに案内した男・・・!


 矢野だった。


( どうして・・? なぜ加賀さんが、矢野さんと・・・! )

 答えは、1つだ。

 加賀もまた、『 裏の世界 』の人間だったと言う事である。 商社の管理職であるという事は、ウソではないだろう。 夜と昼の顔がある、と言う事なのだ。 どちらが『 本職 』なのかは、定かではないが・・・

『 結婚に向かない男なんだ 』

 加賀の言った言葉の意味が、少し分かったような気がする。


 しばらくは、加賀に裏切られたような心情が脳裏に交錯し、なつきは、我を忘れていた。だが、次の疑問が湧いて来た。

( 加賀さんは・・ 緑風会の人? それとも、総和会? )

 矢野と知り合いである以上、斉田と同じ、緑風会と見るのが順当だ。 だが矢野は、総和会の組織である成和興業に属する柴垣と行動を共にしていた・・ しかも、現在、斉田が探している『 お尋ね者 』でもある。

( 分かんない・・・ どうなってるの? )

 とりあえずは、斉田に報告するのが先決のようだ。

 なつきは、陰にしていた車を離れ、携帯を出した。


 嫌な予感がする・・・

 それが何であるかは、なつきには分からない。 とにかく、嫌な予感がするのだ。

( 祥子さん・・・ )

 なつきは、顔を上げ、夜空を仰いだ。


 薄い雲の陰に、三日月は入ったらしく、ボンヤリと、その輪郭を透かせている。

 なぜか、祥子の顔を思い出し、なつきは、おぼろげな薄明るい雲に、記憶の顔立ちを重ねた。 いつだったか、胸に入れた刺青について話してくれた祥子の言葉が思い起こされる。

『 あたしの彼さぁ・・・ 背中に牡丹が彫ってあるの。 だから、あたしは花に舞う、蝶にしたのよ 』

 祥子は、笑っていた。 そして、嬉しそうだった・・・

( そう言えば、祥子さん・・ 夜のオンナは、昼間はパッとしていなくても、夜は華麗にしていなきゃダメだ、って言ってたなぁ・・・ )

 夜空を見上げながら、なつきは、追憶のように想いを馳せる。

 夜に舞う、蝶・・・

 だが、舞い降りた先は、幸せの地ではなかった。 冷たい川の水にさらされ、無残な姿で死を迎えた祥子・・・ なつきは、足元に視線を落とし、ため息をついた。


「 よくやったぞ、なつき・・・! いるか? 」

 数人の足音と共に、息を切らして斉田が現れた。 他に、4人の男。 以前見た、大柄のスキンヘッドの男や、ミツヒロとか言うヤンキー風の男もいる。

 なつきは、少し離れたファミリーレストランを指差して答えた。

「 あそこに入ったままです。 出口は、ここから見える正面だけ。 窓側じゃなくて、奥のテーブルに座っています 」

 なつきの指すファミリーレストランを見据えたまま、斉田は言った。

「 ・・相手の男は、加賀と言うんだな? 」

 無言で頷く、なつき。 斉田は続けた。

「 総和会の幹部だ・・・ 策略家だよ。 おまえの客だったとはな 」

 目を伏せる、なつき。

 下を向いたまま、打ちひしがれたように、力なく、なつきは尋ねた。

「 加賀さん・・ どうなるんですか・・・? 」

「 他の組のモンにゃ、手は出さねえ。 戦争になるからな。 オレたちが用があるのは、矢野だ 」

 茶色のメガネの奥で、斉田の目が光る。


 やはり加賀は、組の人間であった。 しかも、総和会・・・!


 何となく、なつきにも状況が把握出来て来た。

 矢野は、緑風会を裏切ったのだろう。 情報を総和会に流していたと思われる。 パイプ役だったのは、おそらく柴垣だ。 情報をまとめていたのが、加賀であろう・・・

 斉田が、ファミリーレストランの方を見据えながら言った。

「 ・・祥子を殺ったのは、おそらく矢野だ・・・! どういう理由があったのかは知らんが、オレが想像する限り、祥子が邪魔になったんだろう。 柴垣には、足を洗って欲しいと言っていたんだ。 もしかしたら柴垣は、それに同意したのかもしれん 」

 斉田の推察が正しければ、柴垣は、やはり祥子を愛していたのだ。 カタギになり、祥子と暮らす平穏な生活を夢見たのかもしれない。

 そうなれば、面白くないのは、矢野だろう。 組を裏切ってまで柴垣に付き、危険な状況に身を置いたというのに、その見返りが無くなってしまう訳になる・・・ 

 おそらく、斉田たち緑風会に取られたシマを、取り返すのが目的で計画された、総和会のヘッドハンティングであろう。 成功した暁には、それ相応のポストや報酬が、矢野に対し、用意されていたと推測される。


 祥子がいなくなれば、柴垣は、カタギにはならない。 だから、祥子を・・・!


( あくまで想像だけど、それなら、全てがつながるわ・・・! )

 おそらく、矢野が祥子を殺した事を、柴垣は知ったに違いない。

 ・・あの性格の柴垣だ。 修羅のように怒り、矢野を探している事だろう。 怯えて逃げ回っている矢野が、大元である加賀に連絡をして来た、と言う推理が成り立つ。

( あたしたちのようなオンナたちを束ねていた柴垣さんなら、かなり細かい情報を、オンナたちから入手出来るはず・・・ もしかしたら、ここへ現れるかもしれない。 そうなったら・・・! )

 最悪のパターンである。 柴垣は、矢野に報復をするだろう。 斉田たちにとってみれば、矢野は、まだ自分たちと同じ組員である。 その組員が、他の組の者に手を掛けられたら・・・!

( 間違いなく、組同士の抗争になっちゃう・・・! だから斉田さんは、矢野さんの拘束を急いでいるんだわ・・・! )

 なつきは、ようやく事態が、呑み込めた。

 これは、一刻も早く矢野を拘束しなくては、取り返しの付かない事になりそうである。全てが想像ではあるが、信憑性は高い。 どちらにせよ、矢野には尋ねなくてはならない不可思議な行動がある。


 斉田が、他の者に言った。

「 いいか? 加賀には、絶対に手を出すな。 ヤツも、オレらを見て、突っ掛かって来る事はしねえ。 むしろ、避けるハズだ。 戦争は、断じて回避するんだ・・・! せっかく、イイ感じで組の運営が来てるトコに、余計な騒動は厳禁だ。 いいな? 」

 無言で頷く、男たち。

「 ミツヒロは、左から行け。 お前らは、右だ。 オレは、正面から行く。 口は、利くんじゃねえぞ・・・! 全て、オレに任せろ 」

 再び、無言で頷いた男たちが、何食わぬ顔で、ファミリーレストランに向かって歩き始める。

 なつきの方を向き、斉田が言った。

「 ここで待ってろ。 動くんじゃねえぞ? 見ててもいいが、関係ないような顔してな 」

 なつきも、無言で頷いた。


 斉田と男たちは、多少に散らばりながら、ファミリーレストランの明かりに吸い寄せられるように歩いて行った・・・

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