第5話、日向にて

 騒々しく、目の前を横切る、トラック。

 排煙を吐き出しながら、交差点を走り去って行く。

 それを追従するかのように、車、都営バスなどが、轟音と共に、

 なつきの前を通り過ぎて行く。

 後に残る、熱気。

 横断歩道の音楽が聴こえ、車のクラクションが、ビルの壁に長くこだまする・・・


 平日の昼間だと言うのに、都会には、人が溢れている。

 皆、どこへ行くのだろうか。

 仕事・遊び・用事・・・

 それぞれに目的地があり、1人で、あるいは他の者と連れ立って歩いている。

( あたしは・・・ ドコへ行くの? )

 自分に問い掛ける、なつき。

 初夏の日差しが照り付ける、乾いたアスファルト。

 そこに映る自分の影を踏み付けながら、なつきは渋谷の街を歩いていた。


 昨夜、客として拾った男性とは、ホテルで朝食を取った後、別れた。

 男性は、『 加賀 』と名乗っていた。 とある商社の課長だ、と言う事である。 年齢は、37で、バツイチの独身。 明日、今度は、1人で拾いに来ると言っていた。

( ま、お金を持っていそうだし、常識的な人っぽいし・・・ )

 リピーターとしては、最高だ。 会えば、幾らかの金が手に入る。 昨晩のように体を預ければ、ひと晩で、3万円の収入が見込めるのだ。

( どことなく、影のあるヒトだったな )

 なつきは、そう思った。

 

 加賀からは、自分は、どう思われたのか・・・?

 

 夜の街角に立つ、女・・・ 当然、過去には、それなりの状況があっての現在だと、思った事だろう。

( もっと、色々と聞いて来て欲しかったな )

 なつきは、そう思った。

『 もう、どれくらいやっているんだい? 』

 加賀の質問に対しては、無下に答えた、なつき。

 今思えば、加賀の質問の答えは、自分の気持ちの『 裏 』の部分が出ていたように思える。 本当は、相手にして欲しかったのだ。 自分を見つめてくれる相手を、心のどこかで探していたのだ。

 ・・だが、出会ったばかりの男である。 本当に、親身になって話しを聞いてくれるとは思えない。 興味本位で尋ねて来たのかもしれないのだ。

( 確かに、金で女を買っているヒトだけど・・ いいヒトかも )

 なつきは、寂しかった・・・ ひと時でいいから、誰かと、じっくりと話しをしたかった。 夜空に、ぽつんと浮かぶ月のように、なつきの心は、いつも孤独だったのだ。


 寂しさを紛らわす為に、常に虚勢を張る・・・


 そう、月のように、たった1人で、輝いて見せている・・・ だが、自身で輝いている訳ではなく、太陽という大きな光源に頼っているに過ぎない。


 ・・・だから、月が嫌いなのだ。


 まるで、不甲斐無い自分を見ているようで・・ 自分で、自分の心を見透かせているようで・・・


「 ハ~イ、お姉ちゃん、どう? 見て行ってよ! 」

 若い男の声。

 歩道脇を見ると、アクセサリーを売っている露店があった。 露店と言っても、歩道に布を広げ、そこに商品を並べてあるだけである。 手製のネックレスやピアス、指輪を売っているらしい。 歩道のガードレールに座っていた若い男が、ネックレスを手に持ち、言った。

「 これなんか、どうよ? 自信作だよ 」

「 へえぇ~、可愛いじゃん 」

 男に近寄り、商品が並べられた布の前に腰を下ろす、なつき。

 若い男は、ガードレールから下りると、商品の説明を始めた。

「 全部、オレが作ったんだぜ? 世界に1つしかない、フルオリジナルさ。 コッチのは、純銀製だ。 アメジストが埋め込んであるんだぜ? どう? 可愛いだろ? 」

 25~6歳くらいだろうか。 ボサボサに伸びた髪に、短いヒゲを生やしている。 穴だらけのジーンズを履き、十字架に、蛇が巻き付いた絵柄のプリントTシャツを着ていた。

「 キミには、コイツ辺りが似合うぜ? 」

 幾つもの指輪をはめた指で、先ほど見せたネックレスを、なつきの首に掛ける。

「 ふ~ん・・ イイね 」

「 だろぉ~? ・・おっ、可愛いじゃん。 土台のイイ子が付けると、オレのセンスの良さが引き立つねぇ~! 」

 調子の良い男である。 でも、嫌味は感じない。

 なつきは、ネックレスに付いていた小さなプライスカードを見た。

( 8千800円か・・・ ちょっと高いな )

 ネックレスは、幾つも持っている。 勿論、安物ばかりではあるが・・・

 デザイン的には気に入ったが、別に、どうしても欲しい訳ではない。 買うか、立ち去るか・・・ なつきは、躊躇した。

「 おう、兄ちゃん。 テメー、誰の許可得て、商売してんだ。 ああ? コラ! 」

 ふいに、なつきの頭越しに、巻き舌で凄む声がした。 なつきが振り向くと、眉毛の無いヤンキー風の男が立っており、露店の若い男を睨みつけている。 真っ赤な開襟シャツに、白いダブダブのスラックス。 足は素足で、女性用と思われるミュールのようなものを履いていた。

 露店の若い男が答えた。

「 ・・え? 別に、 誰にも・・・? 警察に、許可を申請しなくちゃいけないのか? 」

 路上での個人営業許可など、警察に許可を申請しても降りるハズが無いだろう。 どうやら、この男は、全くの素人らしい。

 眉毛の無い男には、警察への許可申請の返答が、バカにした冗談と取れたらしく、えらい剣幕で騒ぎ出した。

「 ナメとんのか、コラァッ! 緑風会のモンじゃ! ウエに、挨拶しとんのか、テメーッ! ああーッ? 」

 眉毛の無い男が、商品が並べられた布を、足で蹴散らかした。 路上に散乱する、アクセサリー。 歩道を歩く通行人は、見て見ぬフリだ。 なつきも、ゴタゴタには巻き込まれたくない。 立ち上がり、その場を立ち去ろうと歩き始めたが、その途端、誰かとぶつかった。

「 きゃっ・・! ごめんなさい 」

 ぶつかったのは、おそらく、誰かの胸だ。 なつきの後に、誰かが立っていたらしく、白いカッターシャツと思われる物体が、なつきの目の前にあった。 ブランドの香水が香る・・・

「 ん? おまえは、昨日の新人じゃねえか 」

 ・・その声には、覚えがあった。

 なつきが顔を見上げると、そこに立っていたのは、茶色のメガネを掛けた斉田だった。

「 あ・・・ 斉・・ 藤・・ さん? 」

「 斉田だ、コラ。 覚えとけ 」

「 あ・・ す、すみません・・! 」

「 ナニしてんだ? アクセサリーが、欲しいんか? 」

「 あ、いえ・・ そんなんじゃなくて・・・ 」

 眉毛の無い男は、若い男の胸倉を掴み、凄んでいる。

 斉田は言った。

「 そのヘンにしとけ、ミツヒロ! てめえは、血の気が多くてイカン 」

 ミツヒロと呼ばれた眉毛の無い男が、若い男の胸倉を離した。

 斉田は、なつきに言った。

「 待ち合わせは、5時のはずだぞ? ・・ん? そうか。 この兄ちゃん、おまえのツレか 」

 勝手に勘違いしたらしい斉田。 なつきは、とっさに適当を決め込んだ。

「 そ、そうなんです・・! 中学のセンパイで・・・ 東京に店を出すんですけど、業者の手違いで、今日から開店出来なくて・・・ 持って来た商品を整理していただけなんです。 ねっ? センパイ・・! 」

 若い男に、同意を求める、なつき。

 男は、なつきの演出に気付いたようで、答えた。

「 そ、そうです・・! すいません、紛らわしい事して・・・ 陳列の方法を考えていまして・・・ 」

 斉田は、ミツヒロとか言うヤンキーに言った。

「 おい。 散らかした商品、片付けるのを手伝え 」

 ミツヒロは、急に大人しくなり、蹴散らした商品を拾い始めた。

 なつきの方を向き、続ける斉田。

「 ・・なつき、だったな? 悪かったな。 お前のセンパイにも、迷惑を掛けたようだ。 済まなかったな 」

 そう言って、スーツの内ポケットから札入れを出すと、中から1万円札を1枚抜き、若い男に差し出した。

「 品に、キズが付いたかもしれん。 ま、見たところ、これで足りるだろう。 悪かったな 」

「 ・・い、いえ・・! お気遣いなく! 大丈夫ですっ・・! 」

 両手を振り、斉田の弁償を断る、若い男。 斉田は、無言で札を出したまま、じっと男を見据えている。

『 オレの厚意を、無下にする気か? 』

 そんな、表情だ。

 若い男は、受け取っておいた方が良いと判断したのか、何度も頭を下げながら、札を受け取った。



 軽快な洋楽を鳴らす、ファストフード店。

 盛夏を思わすような陽気も手伝ってか、平日の昼前だと言うのに、路上に出されたパラソル付きのガーデンチェアーには、かなりの客が座り、アイスを食べている。

 行き交う、人の足。 革靴・ヒール・スニーカー・素足サンダル・・・

 どこへ行き、どんな目的があるのだろう。

 なつきは、そんな事を想いながら、耳に入って来る音楽を聴いていた。


「 はい、チョコミント。 さっきは助かったよ、サンキュー 」

 コーンに乗ったアイスを片手に、アクセサリー売りの若い男が、ガーデンチェアーに座っている、なつきの所へやって来た。

「 ありがと 」

 アイスを受け取り、ひと口食べる、なつき。

 男も、なつきの横のイスに座り、アイスを食べ始めた。

「 ショバ代が要るなんて、考えもしなかったよ。 東京ってのは、意外とノスタルジックなんだな 」

 そう言う男に、なつきは答えた。

「 競争、激しいもん。 そのスジの世界の人たちって、クスリなんかの取り締まりが厳しくなって、大変なのよ? 」

「 ふ~ん・・・ 地元じゃ、勝手に路上営業してたんだけどな・・・ こりゃ、考えなくちゃ 」

 アイスを食べながら、男は、呟くように言った。

 なつきが尋ねる。

「 東京、初めて? 」

「 いや、学生時代に、日暮里の方に下宿してた。 学校が、田端だったんだ。 コッチは、初めてだけどね 」

 コーンを、バリバリと食べながら、男は答えた。

 なつきも、コーンの端をかじる。

( いくつくらいの人なんだろう? フリーターかな )

 学生時代・・ と言っていたところから推察するに、大学時代を、東京で過ごしていたと思われる。 大学を卒業したのか、中退したのか・・・ 風体からは、生活感が感じられない。

 男は、コーンの包み紙を丸め、近くにあったゴミ箱に入れると、ジーンズのポケットから1本のネックレスを出して、言った。

「 改めて、さっきは有難う。 これ・・ お礼に、もらってくれないか? 」

 男が、なつきの首に掛けてくれた商品だ。 薄紫色に輝く小さなアメジストが、銀の台座に埋め込まれている。

「 え? そんなん・・ 悪いよ 」

「 いいから、いいから! あのオッさんから、万札もらってんだ。 おつりが要るくらいだよ 」

 笑いながら、男は、なつきの首にネックレスを掛けた。

「 ・・でも・・・ 」

「 やあ~、やっぱり可愛いや! よく似合ってるよ? 」

 戸惑う、なつきにお構いなく、男はニコニコ顔である。

 首に掛けてもらったネックレスを手に取り、淡い紫に輝く、小さな宝石を見る、なつき。

「 キレイ・・・ 」

「 コイツは、僕が作っている時から、キミの首に掛かる運命にあったのさ 」

 少々、青臭いセリフではあるが、なつきは、嬉しくなった。

( 純粋な、人なんだな・・・ 宝飾が、好きなんだ )


 初夏の日差しが、なつきの胸で、小さく躍っていた・・・

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