【王国視察②】
「フォルネス……!」
俺は奴の名を呼んだ時、しまったと思った。名を呼ばれ、それを否定せずに相手の名を呼ぶなど、自己紹介をしているものだ。変装している人間がやるようなことではない。
俺一人である時ならばここに奴と争ってもいいが、今はラインがいる。彼女が傷つく事などあってはならないのだ。
「違う」
俺は苦し紛れにそう言った。これで誤魔化せるなどとは思ってはいなかった。ただ力を使うまでの時間を稼げればいいのだ。イメージしろ。
魔王から奪い取った力『変革の灯』は物事を変えることの出来る能力である。例えば、この場から瞬間移動したいと思った場合、『城下町に俺はいない。万魔殿に俺はいる』という風に「俺が城下町にいる」という状況を別の状況である「俺は万魔殿にいる」という状況に作り替える能力である。そのため、この能力が発動した場合、端から見れば『俺は城下町から突然消え、万魔殿に突然現れた』という風になる。
……ただ、『変革の灯』を使うには一つ条件があり、自己の欲求をイメージすることである。それはつまり、性癖を脳内にて見つめなおすということである。更に言い方を変えれば「エロい妄想をする」である。
魔王がこんな能力を持っていた時は様々な複雑な感情が脳裏を過ったが、その話は長くなるので割愛しよう。
「違う、俺はフォルネウスと言ったんだ。知らないか? ソロモン72柱の1柱だ」
「いや、誤魔化し方がへたくそだな、お前」
「誤魔化しも何も本当にこう言った。あとアヤトといかいう奴は知らん」
「しかも、よく喋るし」
フォルネスがなぜ俺をアヤトだと見破れたのか、それは何かしら見抜く手段があるからだ。しかし、俺=アヤトだと信じ切れていないような様子を見るに一個人を断定できるほど確実なモノではないと思われる。おそらく変装魔法を無効化するものをなにか纏っているのだろう。
ならば、俺、つまり巣乃檻アヤトが絶対にしないような行動をすれば、知っている人間は「こいつがこんな事をするはずがない! つまり別人か!」となる。
だが、ここで例えば奇行や犯罪に走った場合、別人判定は貰えるかもしれないが、相手は警備隊である。そんなものを目にしたら即座にブタ箱行きだろう。
それは俺も良しとするところではない。なので、結局『変革の灯』で逃げる事が最適解だ。
「警備員さん、それはそうと俺が実はそのアヤト? だった場合どうする?」
「ついに認める気になったか?」
「いや、そうじゃないが、なんかこう……参考までに?」
「往生際が悪い。まぁ、とりあえず拘束して上に報告だな。個人的に話したいことも多いから尋問は俺がする」
「その報告次第ではもしかして死刑になったり?」
「まぁするだろうな」
「こわ~」
俺は適当に話しながら、脳内にイメージを固めようとする。しかし、やはりというか別のことをしながら別のことを考えるのは非常に難しくなかなかいいおっぱいを浮かべる事が出来ない。おっぱいが浮かんでは霧散していく。
「アヤ……オーマさま」
「ん?」
ラインは俺の袖を引っ張る。怖がっているのか、どこか怯えている。
それを見て、ふと解決策が思い浮かぶ。しかし、それはあまりにもダメな選択ではないだろうか?
「なぁアヤト、いい加減にしようぜ。まだ、期間もそんな経ってないし魔族に操られてた事とかにすればさ――」
フォルネスは言う。でも、俺は。
「俺がまた勇者になれば、アーリナスは救えるのか?」
「それは……」
フォルネスは複雑そうな表情を浮かべ言い淀む。嘘でもいいから出来ると言って欲しかった、などと、そんな女々しい事は言わない。でも、ただ一言でもいいから、彼女たちへ手を差し伸べるような言葉が出れば、俺は――。
――葛藤は消えた。
俺は彼女たちを救うために突き進む。犠牲を払ってでも。
「ライン、俺に抱き付け!」
「え、あっ、はい!」
ラインを抱きしめ、柔らかな感触と衝撃と重さを感じながら、能力を発動する。
一瞬見えた、フォルネスの表情は悲しそうで……。俺は目を背けず、その表情を、この現状をしっかりと記憶する。ラインの胸の感触、友への想い……。様々な想いが俺の中で複雑に絡み合いながら、俺は前を見続けた。
そして、風景は一変する。人がごった返してる城下町からまだ数か月しか経っていないというのにすっかりと馴染んでしまった万魔殿へと。
完全に変わった事を確認し、そこで俺はようやく目をつぶった。
――さらば、友よ。
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