【王国視察①】
俺が魔王になり最初にした事は、アーリナスの保護であった。
変革と言っても、先代の魔王が倒れ劣勢である現状、全てのアーリナスを保護するのは難しい。どれだけ嫌われ、蔑まれていようとも、大切な労働力である。あのケチな王様たちが、そう簡単に手放すはずがないのだ。
だからと言って、無理矢理にでも侵略戦争を仕掛ければ、先代の二の舞になるし、そもそも俺は女性が傷つくのも本意ではないのだ。アーリナスを救うために世界を敵に回すが、無類のおっぱい好きである俺には、まだ巨乳を、美乳を、おっぱいを傷つける覚悟は出来てはいなかった。むしろ出来る事ならば犠牲者など出さずに変革できないか、とさえ考えている。
この世界の女性は強い。この世界の者たちは、唯一神であり地母神である“デール”の子孫らしい。子孫は全て『女神の加護』という魔力の様に応用が利く力を持っている。防御に使えば鉄の鎧、攻撃に使えば鋼の剣という風に、体やモノに付与する事で発揮する力だ。女性はこの力が男性より強く、扱いに長けているため、重い鎧や武器など付けず戦闘する事が出来るのだ。だからと言って、ビキニアーマーはやり過ぎだと思うが。
……話はズレたが、要は女性でも敵はお構いなしに兵として運用してくる、という事なのだ。むしろ、鎧とかを必要としない分、男性より隠密行動に優れているし、一般人と見分けがつかない。レーヴルの様な上級魔法使いであれば、すぐに見破る事が出来るだろうが、一般兵にそれを求めるのは酷という話だ。
敵がそういう事をしてくる以上、こちらは迂闊に兵を動かす事は出来ない。
――だから、交渉しかない。
犠牲者を出さず、アウルスを手に入れるのはそれしかない。だが、こちらは仮にも魔王軍である。簡単には交渉に応じてはくれないだろうが、そうなったら無理矢理にでも応じて貰うしかないだろう。犠牲者を出来るだけ出さないという綺麗事を言っている以上、手段など限られているのだから、選んでいる余裕などない。
まず狙うは、アウルスを保有する四大国家の一つ『ブルスト王国』。世界の六分の一はこの国が支配してると言っても過言ではない。王政が採用されており、1人の王によって国が統治されている。自然豊かで、農業や畜産業が盛んであり、それらによって出た皮や絹などを使い独自の製法で織られた衣類が名産品として有名だった。しかし、その実、
だが、交渉には取引材料が必要だ。
国が人材と土地。そして、都合の良いゴミ捨て場。それらを手放すに足る取引材料が現在不足している状態なのだ。
――考えろ。考えるんだ。
「アヤトさま、これ見てください」
そして、俺は取引材料を探すために、ブルスト王国城下町にいた。敵情視察というやつだ。人で賑わう小綺麗な町だ。
どうやらここは城下町の市場のようで、人が品物を求め、ごった返している。皆それぞれが思い思いに市場を楽しんでいるようで、その光景は平和そのものであった。
過去ここに来たのは一度きりであったから、俺の顔を知っているモノがいるとは考えにくいが、一応変化魔法で顔を変えてきた。
しかし、一抹の不安があった。彼女だ。そう、目の前で楽しそうに笑っているアーリナスの少女——ラインである。俺が最初にあった乞食の少女であり、万魔殿に召喚した娘である。俺一人ならば潜入など容易いが、魔法も何も使えないラインと共に行動するのは、バレる確率を上げる事となる。
では、なぜ、ラインを連れてきたか。それは、ラインの頼みであったからだ。少女の願いを断る事が出来る男がいるだろうか? いや、いない。アーリナスであれば尚更である。
「聞いてますか? アヤトさま」
「……ここでは、アヤトと呼ぶのはやめろと言っただろう。オーマと呼べ」
魔王をもじって、オーマ。そのまんまである。
「そんな事よりですね!」
そんな事って。
ラインはなにやらずいぶん興奮している様で、露天商の商品を見つめている。商品を見ている表情はとても眩しく楽しそうだ。ラインのそのような表情など見たことはなかった。アウルスにいた時も、万魔殿に居た時も笑いなどしなかった。彼女に比べれば幸福の人生を歩んできた俺には、ラインの気持ちはわからない。でも、そんな人として当たり前の、楽しむという感情を表に出す彼女が、自分の事の様に嬉しかった。
ラインの白く長い髪が風になびき、躍動する。相も変わらず細い体であるが、万魔殿に呼んだ時とは比べものにならないぐらい血色がいい。食べ物を好きなだけ食べさせ、手入れを欠かさなかった賜物である。誤解がないように言っておくと、世話をしたのは俺ではなく、ブルローネやメイドたちである。
アーリナスであるという事がバレない様にと、メイドたちが用意してくれた煌びやかなローブに小物類。バレるのを避けるために町では脱ぐ事は出来ない。ちなみにローブの下は白地のワンピースであり、少女らしさを失わず可愛さが増している。素晴らしいという他ない。それに、この町の者たちはこの少女の可愛さを拝めないし理解できないと思うと、ちょっとした優越感があった。
「とても綺麗ですね……」
ラインが持っていたのは、魔石で出来た石細工であった。水晶の様に透き通っており、女神の姿を象っている。光に反射し、宝石のように輝いている。きっと名の売れた職人が作ったのだろう。
「あぁ、綺麗だ。しかし、心なしか胸が小さいような……」
女神デールは巨乳である。これが本当にデールを模しているものならば、そこを再現しないとはどういう了見か、と問い詰めたい所である。
そんな俺とラインに露天商の男が話しかけてきた。
「ヒヒ、お客さん方、それに興味を持つなんて、お目が高い」
ヒヒヒと不気味に笑う。黒ずくめの服に、サングラスをかけている。見るからに怪しい男だ。
「お客さん、こんな話信じます? 女神はふたり居た、なんて言ったら」
男は奇妙な事を言う。この世界を作りあげ、そして祭り上げられる神はデールだけではないのか?
「ふたり……? デール以外にもこの世界に神がいるというのか?」
「ヒヒヒヒ、信じるか信じないかはお客さん次第ですよ」
この世界の神はデールのみと思っていた。それにそもそも、俺が転生する際あの女神は自分の事を「我はこの世界、唯一の神であるぞ」的な事を言っていたはずだ。
だが、これが本当の事ならば、なぜ隠す必要があった……?
「おい、貴様! そこでの商売は禁止だぞ!」
「ぴゃっ」
突然、怒鳴り声が上がる。その声に驚いたのか、ラインは俺の腕にすがりつく様にくっつく。声の方を見ると、警備隊らしき男たちがこっちにやってくるのが見える。
「ヒヒヒ、いけね。お客さん、その像は記念にあげますよ。またどこかで会いましょう?」
露天商は警備隊らしき男たちから逃げるように消えた。どこか楽しそうに笑いながら。一瞬にして、目の前から消えたのである。――自己転移魔法。一露天商が使えるような簡易な魔法ではない。やはり、謎めいて怪しい男である。
「ちっ、逃げられたか。ったく、どうしてこう、ああいう連中は逃げるのだけは早いのかねぇ」
「全くだ」
警備隊らしき男たちは愚痴をこぼす。
俺たちも関わらない方が身のためだ、とこの場を後にしようとした瞬間、男の一人が俺に声をかけてきた。
「ごめんねぇ、お兄さん。それ、さっきの露天商のでしょ。どういう物であれ回収する決まりだか――アヤトか、おまえ?」
男は深く被っていた帽子を取り、顔をこちらに見せる。その顔を見た瞬間、完全に自分の迂闊であったと後悔してしまう。忘れもしない男の顔だ。かつて命を預け合い、夢について、おっぱいについて語り合った親友とも言うべき男。
なぜ、この男を逃した。なぜ、この男がいると頭がまわらなかった。なぜ、この男が俺の変装を見破る事ができる。なぜ、なぜ、なぜ……。
――でも、もうやり直すことなどできない。過去も、友情も。
「フォルネス……!」
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