第11話
第十一章「日常芸術」
僕とバンダナはじいさんの車に乗っている。なんでも、じいさんは友人の陶芸家に会いに、北鎌倉に行くと言うので、僕たちも旅のお供をすることにした。行きの車の中では、まるで遠足にでも行くように、僕とバンダナは終始じゃれ合っていた。
「北鎌倉なんて初めてだ」、僕が言うと、
「私も初めてよ」と、バンダナも興奮気味に答えた。
こんな猫と犬の会話は本来あり得ない筈なのだか、きっとじいさんには聞こえているのだ。僕たちは普通の猫と犬ではない。じいさんもそんなことはわかっているのだが、一緒にいるときは僕たちを普通の猫と犬のように扱い、僕たちも普通の猫と犬のように振る舞うのである。
じいさんは北鎌倉駅の裏手辺りに車を止めた。そして、駅裏にある石階段を上って行った。僕とバンダナもじいさんの後に続いた。
そこは目的地の陶芸家の家ではなく、古いお寺があった。じいさんはスタスタとお寺の墓地に入って行き、誰やらのお墓を探し始めた。そして、一基のお墓の前で立ち止まった。墓石には「無」の一文字が刻まれていた。
「ここは、オズ先生のお墓じゃ」、じいさんはそう言って、墓前で手を合わせた。
僕はじいさんの恩師なのだろうと思い、一緒に前足を合わせた。僕の隣でバンダナも既に前足を合わせ目を瞑っていた。
「彼の作品こそ、本物の芸術じゃ」、じいさんが言った。
じいさんのお師匠さんのお墓なのだろうか。
「芸術表現というものは、まずたくさんの技術を学ぶことから始まる。それを身に付けたならば、次に余計な無駄と思える表現を捨てるのじゃ。そぎ落として、またそぎ落として、残ったものが己の芸術表現となる」、じいさんの芸術理論の講義を僕たちはおとなしく聞いていた。
「彼は日常の中に芸術を見出したお方じゃ。日常が美しいと思えれば、生きていることも楽しかろう」
じいさんの日常も奇妙な猫と犬が一緒で楽しいのだろうか。
僕たちはオズ先生に挨拶し、お寺をあとにした。じいさんの講義は、まだ続いていた。
「画家にも日常の中に芸術を見出した人がいる。シャガールじゃ。彼の絵には牛や鶏などの家畜や、近隣の住人、恋人やなんかの身近な被写体を色鮮やかに描いておる。まさに、日常芸術なのじゃ」、じいさんは得意気に話した。
僕たちはじいさんの芸術論を歩きながら聞いていた。石段を下り始めたとき、ふと脇を見ると、紫陽花の花がぼちぼちと咲き始めていた。これも日常の中にある芸術なのだろう。
そこからまた車で少し走り、午後過ぎに陶芸家の家に着いた。立派な門構えの日本家屋で、敷地には古い平屋建ての民家という感じの母屋があり、裏には立派な蔵が見える。そして、その隣には作業場らしい離れの小屋があった。庭先でじいさんを迎えたのはエプロン姿の女性だった。
「おじさん、お久しぶりです。せっかくいらっしゃるっていうのに、お父さんったら作業を始めちゃったんですのよ。嫌になっちゃうわ」、女性はニコニコしながら話した。
どうやら、じいさんの友人の娘さんのようだ。
「そうかい。相変わらずじゃの」、じいさんは嬉しそうに答えた。
「あちらで、冷たいのをご用意してますのよ」と、娘さんは母屋の縁側へ案内した。
じいさんは縁側へ座ると、奥の部屋からおばあさんがお盆を抱えて出てきた。
「あらぁ、お久しぶりでございます。ようこそおいでくださいまし。あの人ったら、せっかくいらっしゃるっていうのに、始めちゃったんですの」と、陶芸家の奥さんらしきおばあさんが娘さんと同じことを言った。
「いやぁ、構わん、構わん。いつものことじゃ」、じいさんは言った。
「どうぞ、摘んでくださいな」と、娘さんは母親の抱えたお盆から枝豆やら冷奴なんかのつまみを乗せた器を取ってじいさんの前に並べ、笑顔を添えてビールの瓶を差し出した。
「いやぁ、お構いなく」と、じいさんは頭を掻き照れながら陶器製のビアカップを差し出した。
「あら、かわいいお連れさんね」と、娘さんが僕たちに気づいた。
「わしの娘と息子じゃ」、じいさんは犬のバンダナと猫の僕を我が子だと二人に紹介した。
「あらあら、この子たちには何がいいかしらね。何かしらお口に合うものあるかしら」、おばあさんは部屋の奥へ「何かしら」を探しに行った。
しばらくして、おばあさんは友人の養子らしき犬と猫に「何かしら」を持ってきた。さすが陶芸家の家らしく、獣の餌の器さえも品があり、美味しい「何かしら」もさらに一層美味しく感じられた。僕は、日常の芸術とはこういうことなのだと悟った。
昼飯も頂いたことだし、じっとしているのも退屈だ。ここらでこの家の散策を始めようではないか、とバンダナを誘って作業場らしき小屋に行ってみることにした。
小屋の外には大小様々な碗や皿などが並べてあった。焼成前に乾燥させているようだ。小屋のドアは開いていた。小屋の中を覗くとおじいさんが轆轤(ろくろ)を回していた。
この人がじいさんの友人なのだろう。僕とバンダナは陶芸じいさんの邪魔をしないように、そっと小屋に入り作業の様子を見ていた。
「景色が見えるのかね?」とおじいさんは呟いた。
僕は小屋の窓から外の様子を伺った。今日はいい天気で、遠くの山の方に静かに雲が流れて行くのが見えた。
「器の眺めのことだ。釉薬の色の加減や貫入の具合を、壮大な自然風景に見立てて、景色という。陶芸には文字通り大きな世界観があるのだよ」、おじいさんは、作業をしながら陶芸論を語り始めた。
「綺麗な自然の景色を見るには、心に余裕がないとな。慌ただしくて時間に追われて心を閉ざしたときには、空も青色には見えず、雲も白くは見えないものだ。器も同じということだ」
さすがはじいさんの友人だ、独自の芸術論を持っているようだ。
「陶器には日常に存在する決して派手ではない素朴な美しさがあるのだ」
じいさんがオズ先生のお墓に連れて行った理由はこれなのだろう。僕たちは陶芸おじさんの話の続きを聞いた。
「陶器は芸術品であるが、生活の中に当たり前のように存在する食器でもある。絵画の世界では、有名な画家が描いた有名な絵画を真似て描くと、それは贋作と呼ばれる。どんなに本物にそっくり描いたところで、それは偽物なのだ。しかし、陶芸の世界では、有名な陶芸家が作った有名な茶碗を真似て作った作品、こいつも本物なのだよ。ちゃんと茶を注いで飲めるのだからな。さらに、そいつが割れたとしよう。使いものにならなくなった茶碗はゴミか? そうではない。修復するとまたちゃんと茶が飲めるのだ。腹が減って飯を食い、喉が渇いて茶を飲む。その後に、空っぽになった茶碗を見て、空を見上げたときのような素朴な感情が浮かぶ。日常にあるものが美しければ、生きていることも楽しかろう。これらはみな『わびさび』の世界に通じておるのだよ」
陶器じいさんは手を休めることもなく、轆轤(ろくろ)を回しながらさらに続けた。僕たちはかしこまって真剣に聞いていた。
「『わびさび』の『わび』は侘びるという意味だ。簡単に言えば悲しむということ。悲しみの感情を持ち合わせた動作なのだよ。つまり、感情を動作という形で表したもの。『さび』は寂しい。何かの出来事を受けての感情、つまり、形から受けた感情なのだ。しかも、そのどちらもネガティヴな形であり、ネガティヴな感情なのだ。マイナスの感情から生まれたマイナスの形、マイナスの形から生まれたマイナスの感情、一見、マイナスしか生まないように思えるが、それを『美しい』と定義したのが『わび』であり『さび』なのだ。本来は茶道や俳句の世界の言葉だが、どちらも日常に根付いておって、いわば究極の日常芸術と言えよう。これが日本の芸術の真髄だ」、僕は奥が深い陶芸芸術に感動していた。
そこへさっきまで縁側でビールを飲んでいたじいさんが入ってきた。
「もはや、芸術論を素直に聞く若者もおらんようになったのう。この犬と猫くらいなもんじゃ。芸術は死んでしもうたんかのう」、じいさんは呟いた。
「なんだ。酔っ払ってるのか? 画家のじじいも死んでしまったのか? いつものセリフはどうした?」、陶芸じいさんはそう言って、ピカソじいさんの顔をちらっと見て、また作業を続けた。
「わしが生きてる限り、芸術は生きておる」、じいさんは大きな声でこう言ったあと、照れ臭そうに笑った。
「西洋芸術は陽と陽から陽を生み出し、陰陽のバランスは陽に傾き動となる。日本の芸術は、陰と陰を掛け合わせたものだ。本来は、陰陽のバランスは陰に傾き動となるのだが、陰と陰から生み出されたものは陽であり、結果的に陰陽のバランスが釣り合い、静に見えるのだ。これが日本芸術の正体だ。ならば、陰でも陽でもないモノを取り入れようと、わしらは思いついた。陰でも陽でもないものとは「ゼロ」だ。しかし、何かにゼロを掛け合わせても結果はゼロだ。ゼロに何かを掛け合わせても、やはり結果はゼロなのだ。ならば、掛けるのではなく、割ることを思いついた。しかしこれもまた、ゼロを何で割っても結果はゼロ。しかも、何かをゼロで割ることは不可能なのだ。だが、一つだけ方法が見つかった。それは、『ゼロをゼロで割る』ことだ。ゼロをゼロで割ることで、結果は未知の世界なのだ」
陶芸じいさんは、ピカソじいさんと共に壮大な芸術を生み出そうとしているようだ。バンダナはチンプンカンプンという表情をしていた。
「その方法が見つからない限り、夢の話なんじゃがな」と、ピカソじいさんは付け加えた。
「二つのゼロが見つかったのだよ」、陶芸じいさんが言った。
「ほう。それでわしを呼び出したんじゃな。で、どのようなもんじゃ?」、ピカソじいさんが尋ねると、陶芸じいさんは作業の手を止めて話し始めた。
「五年程前、北海道の大雪山の永久凍土で稲の原種が発見されたそうだ。そいつは数千年だか数万年もの間、空気に触れておらん。その凍土こそ一つ目のゼロだ」
「ほほう。で、もう一つのゼロは?」、じいさんが尋ねた。
「稲そのものだ」、陶芸じいさんが答えた。
「ん?どういうことじゃ?」
「その永久凍土の中から発見された稲の原種は生きておる」、陶芸じいさんはニヤリとして、ピカソじいさんを見た。
「ほうほう、藁か」、画家のじいさんはその意味がわかったようだ。
「昨年、その稲の原種からの米の復活に成功したそうだ。学者さんたちが欲しいのは、稲の原種そのものと、復活させた米。凍土や藁はゴミというわけだ。正にゼロにふさわしい。ただで手に入ったわい。はっはっはー」、陶芸じいさんは高笑いした。
「藁を焼いた灰は釉薬になるんじゃ」、ピカソじいさんは僕とバンダナのために説明を付け加えた。
バンダナはもう飽きてきたようで、大きなあくびをしていた。
「だが、問題はその方法だ。凍土の土で器を形成して原種の藁の灰の釉薬を掛けただけでは完成しないだろう。ゼロ掛けるゼロはゼロでしかない。ゼロをゼロで割る方法を見つけなければ」、陶芸じいさんは言った。
「では、その二つのゼロとやらを拝ましてもらおうかのう」、ピカソじいさんがそう言うと、陶芸じいさんは小屋の外へと案内した。
僕たちもついて行こうとしたが、ふと隣を見ると、バンダナはお昼寝を始めていた。僕もそれに釣られてあくびが出始め、彼女のとなりで一緒に寝ることにした。
目が覚めるともう日が暮れていた。
「おチビさんたち、夕食の時間よ」、娘さんが僕たちを呼びに来た。
居間では既に宴会が始まっていた。僕たちの夕食は縁側に用意されていた。娘さん特製のメザシのお頭付きネコまんまである。器も日常芸術に満ち溢れた『わびさび』感のある立派なものである。僕たちはお腹いっぱい夕食を頂いた。バンダナは居間の隅っこに転がった徳利の口をペロリと舐め、「あんたもどう」とでも言う風に僕を手招きした。
「手招きは猫の専売特許ですから」、とバンダナを真似て徳利の口をペロリとやった。
猫になって始めて酒を口にした。人間の頃は下戸でもなく嗜む程度ではあったが、何だかやたらと美味しく感じた。そんな様子をほろ酔いの陶芸じいさんが見ていた。
「よ!お前さんたち、イケるクチだな!」と、陶芸じいさんは調子に乗って、一升瓶を傾けて碗にドボドボと命の水を注いだ。
僕とバンダナもはらわたにドボドボとその命を注いだ。二匹で碗一杯分の命の水は、瞬く間に天井を回転させ、いつの間にやら回転式天然プラネタリウムの空間に誘った。
気がつくと、既に宴も終わり、僕たちは庭で眠っていた。ピカソじいさんは僕を肩にバンダナを胸に抱えて、母屋の裏の蔵に連れて行った。
「お前さんたちの寝床はここじゃ。いい仕事しておくれよ」、じいさんは妙な独り言を言い残して、蔵から出て行った。
夜中にふと目が覚めた。酒を飲んだせいか、ずいぶんと寝汗をかいたようだ、窓からの月明かりがやけに眩しかった。不用心にも窓が開いているなんて、こんな古い民家の蔵なんかには、きっとお宝が眠っているはずだろうに。
ところでバンダナの姿が見えない。立ち上がって歩こうと前足を一歩出すとよろよろとふらついた。まだ目の前が回っている。
「バンダナ、どこだい?」、僕は彼女を探した。
「外にいるわ。でも来ちゃダメよ」
蔵の外で声がした。きっとあの窓から外に出たんだろう。僕は箱やら籠の階段を使って窓の下の棚の上まで上がった。
窓から顔を外に出して下を見ると、真下に台があった。ひょいとジャンプして台の上に着地してみると、足の裏がひんやりとして気持ちが良かった。石でできたテーブルのようだ。
「下に降りて来ちゃダメよ!」、バンダナの声がテーブルの下をから聞こえた。
どうやらバンダナはこの下にいるようだ。
それにしても喉が渇いた。周りを見渡すと丁度テーブルの横に水瓶があった。水瓶の中を覗いて見ると水が入っている。ふと水瓶で溺れて死んだ猫の話を思い出した。僕は水を飲もうと水瓶に首を突っ込んだ。
「あっ!」
ドボンという音と共に天地がひっくり返った。息が出来ない。不覚にもあの物語の猫と同じように、足を滑らせて水瓶に落っこちてしまった。僕は四本の足をバタバタとさせてもがいた。あの猫は諦めて死んでしまったのだ。何だか僕もこれ以上もがいても仕方がないような気がした。昨夜かいた汗が流れ何だか気持ち良い。このまま僕も…。
そのとき、ゴーン、ゴーンという響きが続けて二回聞こえた。さらにまたゴーンとなった。次にもっと大きなゴーンが聞こえたとき、バシャンと上の方で水が波打った。さらにゴーンと聞こえあと、ガシャーンという音と共に、大きな横波を受け、僕のからだは外に投げ出された。そして大きく息を吸った。
目を開けるとびしょ濡れのバンダナが僕の顔を見下ろしていた。
「はぁ、はぁ、あなた、大丈夫?」、バンダナは息を切らしていた。
どうやら、バンダナが体当たりで水瓶を倒し、僕を助けてくれたようだ。
遠くの空が明るくなり始めている。石のテーブルと水瓶が割れ、水浸しの猫が倒れ、その横にはびしょ濡れの犬がいる。そんな状況の騒ぎを聞きつけ、家主がやってきた。陶芸おじさんが僕たちの前で仁王立ちになった。叱られる。しかし、僕たちを怒鳴ったのは陶芸じいさんではなかった。
「こらー!お前たち、何てことをしてくれたんだ!」
今まで見たこともない剣幕で、ピカソじいさんが顔を真っ赤にし大声で僕たちを怒鳴った。僕たちはきっと捨てられるんだ、と不安がよぎった。
「それは、わしらの夢、二つのゼロじゃぞ!台無しにしおって!」
僕は理解した。じいさんたちが怒っている理由が。テーブルだと思っていたあの石の板は永久凍土の粘土で作った大皿で、水瓶の中身は原種の稲の藁を燃やした灰からできた釉薬だったのだ。
画家のじいさんは今にも殴りかかって来そうな勢いだった。それを止めに入ったのは陶芸じいさんだった。
「まぁ、まぁ、酒を飲ませた俺も悪いんだ。粘土と釉薬はまだあるんだから」と画家のじいさんをなだめた。
「本当に申し訳ないことをした。すまん。わしらはこれでおいとまする。勘弁してくれ」
ピカソじいさんは僕の代わりに何度も何度も頭を下げた。
僕は何だか涙が出てきた。
画家のじいさんは、僕の首を掴み、バンダナの首輪を引っ張って車まで引き摺り、エンジンをかけて陶芸じいさんの家を離れた。
車の中で、じいさんは一言も喋らなかった。僕たちはずぶ濡れのまま後ろのシートで反省をしていた。途中、じいさんは川の側で車を止めた。いよいよ僕らは捨てられるんだ。きっと、この川辺に置き去りにされるのだ。
じいさんは僕たちを河原まで連れて行った。そして、僕を抱えて川に入った。まさか、僕を溺れさせるのか。僕はそれも仕方がないと、じいさんにされるままに体を預けた。
「怪我はしとらんか?」、じいさんはそう言うと、川の水で釉薬まみれの僕の体を洗い、体のあちこちを傷が無いかと調べた。
じいさんはいつもの優しい顔をしていた。その後、バンダナの行水が終わるとじいさんは僕たちの顔を見て言った。
「すまんかったな。たが、よくやってくれた」、そう言って、僕たちを抱きしめた。
何だかわからないが、捨てられずに済んで良かった。そして、僕は思い出してバンダナに言った。「助けてくれたんだね。ありがとう」と。
数日後、陶芸のじいさんから電話があり、じいさんは再び北鎌倉に呼び戻された。僕とバンダナも一緒に連れて来いということだったらしい。
じいさんは、「いい仕事をしてくれたようじゃな」と不可解なことを言って、僕とバンダナを車に乗に乗せ北鎌倉へ向かった。
叱られるのではないようだが、何が起こったのか見当もつかなかった。
北鎌倉の陶芸じいさん宅に到着すると、庭で陶芸じいさんが直々に出迎えた。車が止まると、陶芸じいさんが駆け寄って来て、後部のドアを開けた。
「おい、お前さんたち、一体何をしたんだ!」
僕とバンダナはびっくりして飛び上がった。やはり、叱られるのかと運転席のじいさんの膝に飛び込んだ。
「何があったんじゃ」、じいさんは陶芸じいさんに尋ねた。
「まぁ、見てみろ」と、作業小屋に早足で向かった。
作業小屋に入ると、電気の消えた部屋の奥のテーブルに十二枚の白い物が並べられていた。僕にはそれが何なのかすぐにわかった。僕とバンダナが壊したゼロ、つまり永久凍土でこしらえた大皿の残骸であった。陶芸じいさんは作業小屋の入り口の横で背中を向けたまま言った。
「これを見ろ」、陶芸じいさんは部屋の蛍光灯のスイッチを入れた。
すると、これまで白かったテーブルの上の残骸が蛍光灯の光を反射して光った。
「なんだ、これは!」、じいさんは驚いて叫んだ。
僕とバンダナを目を丸くして、その輝きに魅せられた。残骸に近づいてみると、その輝きは赤から紫、オレンジ、緑と、見る角度によって次々に七色に変化した。
「こりゃ驚いた」、じいさんが声を漏らした。
「お前さんたち、あの大皿に何をした?同じ材料で作った物はこうはなんなかった。一体、何をしたんだ?」、陶芸じいさんは僕とバンダナに尋ねた。
しかし、僕とバンダナには思い当たる節がなかった。
「あははは、奇跡が起こったんじゃよ。こいつら、ゼロをゼロで割りよったわい。二度と同じ物は作れん。あはははは!」、じいさんが笑った。
十二枚の皿には、所々に猫と犬の足跡が微かに残っていた。
「ねえ、ねえバンダナ、ところであのとき、大皿の下で何をしてたんだい?」僕はバンダナに聞いてみた。
「レディーにそういうとこは、聞いちゃダメよ」と彼女は言った。
あの皿の輝きは、猫の汗と犬のおしっこがもたらした奇跡だということは、誰にも内緒にしておこう。
その後、不恰好な十二枚の虹色の皿は、そのままの形でとある料亭に売られたそうだ。猫や犬も飛びつく料理を乗せる皿として評判になっているらしい。
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