第10章
第十章「再起動」
ある朝目覚めると僕は猫になっていた。
どうして猫になっていたのかは分からない。可笑しなことに、昨日まで人間だった僕が突然猫になったのに、それほど違和感がないのである。まるで、昨日まで猫だったかのように。
まあ、猫になったのだから、あの面倒くさい人間関係の形成された会社という所には行かなくて済むのだろうけれど。そういうことで、もうひと眠りしてからまたいろいろと考えようではないか。しかし、何だか寝てもいられない。僕は何かを忘れているような気がする。とにかく、外へ出てみよう。
網戸を破ってベランダへ出た。隣の屋根にジャンプして滑り落ちれば、丁度いい所に葉っぱが入ったゴミ箱がある。僕は迷わずタンッとジャンプしてスルスルと滑りズボッと上手に着地した。
僕は猫らしく、裏通りの塀を伝って散歩でもしようと考えた。今日は日も穏やかで風も心地よい。塀を伝ってのんびり公園まで行こうではないか。ゆっくりゆっくり塀の上を歩いていると、何だか眠くなってきた。やっぱり家で二度寝をしていればよかったと思い直した。しかし、せっかく猫になったのだから、塀の上での昼寝くらいできなくては。と、この塀を渡りきれば、大通りの向こうに公園ありという所で昼寝をすることにした。
うとうとし始めたとき、誰かの気配を感じた。薄目を開けて見ると、そこに白いサルがいた。サルなんて珍しいペットを飼っている奴がこの近所にいるようだが、そんなことは知ったことではなく、睡魔に勝てるはずもない。どうやらサルは公園のほうに行きたいらしく、僕は通せんぼをしているらしい。サルはキーキーと威嚇を始めた。こんなチビザルになんぞ負けてたまるかと、僕は立ち上がり、全身の毛を逆立て一歩一歩と歩み寄った。サルは攻撃態勢の僕に怯え一歩一歩と後退した。ちょうど一軒分の塀の柄が変わる所まで歩み寄ると、サルは公園への道を諦めて退散し始め、来た道を戻って行った。
「たいしたことのない奴だ」、僕は呟いた。
その時、ガシャーンと凄い音と共に、塀が揺れた。僕は驚いて塀の上からジャンプして道路に降りた。通りの方を見ると、大通りを反れて巨大なトラックが隣の家の塀に突き刺さっていた。
僕は背筋がゾッとした。あのままあそこで寝ていたら、僕はトラックに挟まっていた。あのサルが来なければ、僕は死んでいただろう。いや、僕がいなかったら、あのサルがトラックにやられていたんだ。と、都合のいい解釈がふと浮かんだのだが、やはり、どちらにしてもお互い助けあったのだろうと思うことにした。猫になっての初日、ここは今までの嫌な野郎の僕を捨てて、素直に生まれ変わろうではないかと考えた。
すると、壁に突っ込んだトラックの脇から誰かが出てきた。そして、僕の前まで来るとこう言った。
「猫さん、おサルさんを見なかった?」
僕は今、確かに猫の姿をしている。だが、彼女は猫の姿の僕に話しかけてきたのだ。僕がまるで人間であるかように。僕は「あっちへいった」と、彼女が来た道と反対の方向へ首を振った。
「ありがとう猫さん。おサルさんは無事なのね」そう言ってサルを追いかけて行った。
緑のワンピースを着た可愛らしい女の子だった。それが、ヒカジ、であることを、僕は知るはずもなかった。
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