第5章

第五章「女の子」


 僕は森の中にいた。どうしてこんな所にいるのか、夢遊病のようにここまで来た記憶がうっすらと残っている。トンネルを通って来た気がするが、その記憶も確かではない。


 いつから居たのか、目の前に女の子が立っている。女の子はおかっぱの髪に赤いリボンをつけ、赤に白の水玉模様のワンピースを着ている。手には紐のような物を持っているのだが、それは多分、犬か何かペットのリードなのだろう。紐の先には紫色の首輪がついていた。しかし、おかしなことにその首輪の内側から向こう側の景色が伺える。首輪の主は何処へ行ったのだろう。女の子は僕にこう言った。

「私のペットにならなくって?」

 僕は誰かの所有物になるのはごめんだ。

「猫に首輪は要らないんだ」と、やんわりとペットになることを拒否した。

「猫がいるの? どこ? 会いたいわ」と女の子が呟いた。

 ふと自分の姿を見た。猫の姿ではないことに気がついた。水溜りに自分の姿を映すと、人間の子供の姿をしていた。

「一体どうなっているんだ?」、僕は独り言を呟いた。

 すると獣道の方から、また誰かがやって来た。今度は大人の格好をした人間だ。髪を七対三に分け、グレーのスーツに紫色のネクタイをしている。彼は女の子の隣まで来ると素早くネクタイを外し、それを傍らに揺れている木の枝に結んだ。そして、女の子が持っているリードを手繰り寄せて首輪を掴み、そいつを自分の首に巻き付けた。

 女の子は僕に、「あなた、もういいわ。ペットは見つかったの」と言い捨て、後退りしながらグレーのスーツに声をかけた。

「兄さん、さぁ行きましょう」、彼女はペットの「大人」を連れて、後ろ向きのまま消えていった。枝で蝶々結びのネクタイが風に揺れていた。


 気がつくとそこはいつもの公園だった。目覚めていても夢を見ることができるものなのだろう。体は猫のまま、幻想は消えてしまったようだ。傍らの木の枝では紫色のアゲハ蝶がパタパタと羽根を揺らし、青い空に羽ばたこうとしていた。もう春が来たのかな。

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