告白と新たな始まり その2

 杏花のオススメという店で昼飯を済ませた後、このまま学園に帰り解散かと思いきや話があるとの事で、現在近くの公園のベンチに腰掛けている。

 そして話があると言ってきた当の本人はというと、俺の隣でそわそわともじもじの擬態語を同時に体現している真っ最中。


 いつもであれば言いたい事は考えるより先に口に出るタイプの杏花のこの態度を見れば、言いたい事の予想は大体つく。

 どうやら俺は今から杏花に告白されてしまうらしいと。

 もちろん俺の勘違いかもしれないが、鈍感らしい俺でも十中八九そうだろう。


 数分間が何倍にも感じられる時間の中で、ようやく決心したように杏花が体ごとこちらに向けてくる。


「ねぇ、私達が初めて会った時のこと覚えてる?」


「もちろん覚えてるよ」


 覚えているとも、むしろ忘れたくても今でもあの日のことが夢に出てきてうなされることがたまにある。

 杏花のことはその時一緒にいた女の子もいたなぁ程度の認識ではあるが。


「私ねあの時死んじゃうんだ。そう思った途端体の力が抜けて、全部諦めちゃって座り込むしかできなかった。でもね、そんな私の前に時ヒーローが現れたんだ。私と同じくらいの背で、震えすら止まってた私の手を、 震えた手で強く握って、笑っちゃいそうになるぐらい震えた声で握ってこう言ったの。こんなザコ僕がやっつけるから、だから君も生きることを諦めないで。って。真司君覚えてる?」


「ん、あぁ覚えてるよ」


 うん、かなーりうろ覚えだけどということを除けば一応覚えている。

 地面にへたり込んで戦闘の邪魔になりそうだった杏花の手を取り、なんかそれらしいことを確かに俺は言った。


「あの時から全部始まったんだ。だから!だから!私ずっと言えなかったことを今言います」


 迫真に迫りどんどん語気に込められる力の増していく杏花は、大きく息を吸い込み秘めたる想いの丈を吐き出そうとする。

 だが、だが少しだけ待ってくれないだろうか。

 そう思うと同時に俺の口も自然と開いていた。


「ちょっと待ったー!!一旦落ち着こ?なっ!」


 一旦話を整理しよう。

 まず5年前のこの会話を杏花としたのは今回が初めてではない。時折だが、杏花自身この話題に触れたがっていた節がある。

 もしかするとだが、もしかすると杏花は5年前から。。。もしかしていたのかもしれない。


 モンスターに襲われ死を覚悟し、命を救われダンジョン攻略者になることを決意したあの日。

 杏花は俺とは違う何かを感じたのだろうか。


 だが、今は杏花の気持ちに応えることはできない。

 それでももし俺の事を数年後も好きでいてくれたなら、気持ちに応えてあげられる可能性は高い。

 今日見た映画でもそうだったが、ダンジョン攻略に恋愛を持ち込むとろくなことにならないことは自明。


 映画"ダンジョンの最果てで愛を育む"のクライマックスのように、恋人のために無理をしてダンジョンの奥に進んだ結果。

 迫り来るモンスターにパーティーは崩壊、主人公の女を生かすため、恋人の男と恋敵だった別の男が殿になり、結局戻ることはなかった。

 なんてバッドエンド俺はごめんだ、俺はハッピーエンド以外は認めない。


 お互いのため断ろう俺はそう決心を固める。


 であるならば俺の取るべき行動は一つ、告られる前にさり気なく断るだ。

 ダンジョン攻略者になるのって大変だよな。映画みたいに恋愛と並行するべきじゃないよな。

 俺はみんなを守れるくらい強くなるまで恋愛は控えるよ。


 これでいこう。

 少し無理のある話の入り方だがこれしかない。

 俺は誰も傷つけない方法を見つけてしまったようだ。


「……杏花。俺さ─────」



『『『いやぁぁぁああああ!!!』』』


 俺の言葉を簡単に遮り響き渡る尋常とは思えない悲鳴の数々。勿論目の前の杏花の声ではない。

 およそまともな人間が出す声ではないその声が周囲にこだまする公園。


 あまりの出来事に心臓が大きく波打ち、伝染する狂気に心を囚われそうになるも、寸でのところで僅かな冷静さを保つ。

 俺はすぐさま立ち上がり公園全体を見渡す。


「あり……えない。何がどうなって。ここは現実だよな?」


 先ほどまでいたのはいたって普通の公園だった。

 砂場や滑り台にブランコ、どこにである遊具で遊ぶ子供にそれを見守る母親。

 俺たちと同様公園のベンチに腰掛ける2人組みの男女。

 公園の端で太極拳をする中年の女性。


 しかし今ある光景は違う。

 そう、俺の……俺達のよく知った光景。


「嘘……だろ?なんで?ここはダンジョンじゃ……」


 モンスターが人々に飛び掛かり襲う光景はまさにダンジョンそのもの。

 しかしここは俺達の現実なはず。


 いや、今はそんなこと考えている場合じゃない。


「杏花立て!早くっ!」


「へぇっ⁉︎あっうん。えっとどうしよ」


 完全にテンパってる杏花腕を引っ張りとりあえず立ち上がらせる。

 その瞬間5年前に杏花の手を引いた記憶が脳裏をよぎり、そんなこともあったなと思うことで少しだけ冷静さを取り戻す。


「まずは武器だ。なんでもいい、とにかく逃げるぞ」


「で、でも戦わないと私達はダンジョン学園の生徒だし」


 手は震え表情が完全に強張せているにも関わらずそんなことが言える杏花は攻略者の鑑だ。

 だがここはダンジョンじゃない現実なのだ。


「……|武器具現化(ウェポンエンボディ)……武器具現化……ダメか。杏花よく聞いてくれ、ここは逃げるしかない、俺達が戦えるのはダンジョンの中だけ。現実で武器を持って戦えるのは自衛隊や警察だけなんだ、ここじゃ俺達は単なる一庶民に過ぎない」


「そう……だよね」


 念のため小声で何度かアビリティを発動しようと試みるも何も起きない。

 やはりここは現実でダンジョンなどではない。

 つまりゲートをくぐってモンスターが現実に現れたということに他ならない。


「もしかして、第一ダンジョン警備が破られたのか?でもゴブリン程度が突破できるはずないよな……くそっ、考えていてもらちがあかない、とりあえず身を隠せるところに行こう。ここじゃ奴らに丸見えだ」


 考えられる手は少ないが、今思いつく中で最善なのは建物の中に入りバリケードを作り、自衛隊の到着を待つ。

 単純だがこれが最適解。

 ならばすぐ行動に移そう。


「だが、その前に!」


「うん!」


 阿吽の呼吸とはこのことだろう。

 杏花の顔を見れば俺の言いたいことは全て漏れなく伝わったようだ。

 公園にいる人達の救助と護衛をしようという意思が。


 まずは1番近い砂場で固まったように動かない子供達数人に向かい駆け出す。

 恐怖で声すら出さずにいるのが幸いして、まだゴブリン達には気づかれた様子はない。


「もう大丈夫、お姉ちゃん達に付いてきて」


 優しさ溢れる母のような声で杏花が言うと、子供達はなんとかパニックにならず済む。

 こんな状況でパニックにでもなられたらとてもじゃないが面倒を見きれなかった、杏花がいてくれて本当に助かった。


「次はこの子達の母親か」


 この子供達は1人で家から来たわけではなく、当然母親と公園に来ている。

 それなのに今母親がすぐ側にいないのは子供を置いて逃げてしまったからではない。

 母親達の方にゴブリンがいるからだ。


「うん、あっちだね」


 杏花の指差す方向には足元に群がるゴブリンを、手に持ったバックを振り回し抵抗する3人の母親らしき女性。


 実際ゴブリン自体の強さは本当に大したことはない。

 一般的な成人男性と比べてもその力はゴブリンの方が弱いくらいだ。

 ただ引っ掻いたり噛み付いたりすばしっこかったりするので、慣れてない一般人であれば苦戦は免れない。

 俺もゴブリンとの戦闘は慣れたとはいえ、何人も守りながら素手で戦うのは不可能に等しい。


「さて……どうしたもんか。とりあえず殴るか」


 そんなことを考えている間にもすぐ手の届きそうなほどにゴブリンに近づいている。

 とりあえず殴る、その後のことは殴った後に考えよう。


 俺は右の拳を振りかぶり、こちらには全く気づく気配のないゴブリンの一体に狙いをつける。

 そしてドゴッという鈍い音と、手に分厚い肉の塊を殴ったような感触を残し、ゴブリンは地面を数度転がる。

 さらに続け様に残る二体のゴブリンの顔面には前蹴りをお見舞いする。


「子供達も連れて来てるんで早く逃げましょう。何処か避難できそうな建物に逃げます」


 子と母の感動の再会をする暇など到底ないので、何度も頭を下げお礼を述べてくる母親に、急かすよう言葉を浴びせすぐさま移動を開始する。


 俺の記憶の限りだとこの公園にいたのはあと3人。

 ベンチに腰掛けていた男女二人組に端で太極拳らしきものをやっていたおばちゃんだ。


 しかし俺と杏花が目を凝らして公園中を見回すが人影は無い。

 運良く自力で抜け出せたということだろう。

 二人組はともかく太極拳のおばちゃんは意外だった。

 しかもよく見れば先ほどまでおばちゃんがいた場所にはおばちゃんではなく、2体のゴブリンが横たわっている。


「一体何もんだあのおばちゃん」


 そんな疑問が口から出たその時、左右から奇声のような鳴き声が響く。

 勿論言うまでもない、ゴブリンだ。しかも左右からそれぞれ3体ずつ、さらには先程殴って転がっていたゴブリンも立ち上がっている。


「まずいぞこれは。全員を守りながら逃げるなんて不可能だぞ」


 合計9体のゴブリンからたった1人で7人の非戦闘員を守るなんて芸当、ダンジョンの中でならともかく現実では100%不可能。


「やばいな……せめてあと何人か戦えるやつがいてくれれば……」


 無い物ねだりは嫌いだがそうでも言わなきゃやってられない状況だ。


「……わっ、私も戦うよ。だから、ね?」


 決死の覚悟を決めたように言ってくれた杏花の気持ちはありがたいが、正直いてもいなくても変わらないレベルだろう。

 基本杏花は回復以外は不得手なのだ。


 突破口を探そうと間近にゴブリンが迫りつつある中、俺の頭の中に非情な決断が過ぎる。

 だが、それこそ必ず失敗するだろう。

 何せ杏花と俺だけ逃げようとしたところで、杏花は拒否して1人でも戦うからだ。

 そうなると俺1人逃げるわけにはいかなくなる。


「なら自衛隊の助けが来るまでここで待機か?いや、そんなにすぐ来るはずが────」


「どうした相棒!!何かお困りか?」


 不意に後方から公園の外に広がる騒ぎの中にも響きそうな大音声が轟く。

 実際突然の大声でゴブリンだけでなく、俺の後ろの子供達とその母親までビクリと大きく体を震わせているほどだ。

 ただし俺はこの声にはよく聞き覚えがある。

 それと相棒というよくわからない単語を連呼する、愛するべき馬鹿野郎の存在を俺は1人しか知らない。


「あずまーー!!モンスターが多くて困ってんだ、囮になってくれっ!いつもみたいに」


 なんでここにいるかなんてどうでもいい。

 奇跡とか偶然とかそんなあやふやなものでもなんでもいい。

 とにかく今は東がいてくれたという事実、それのみで十分過ぎた。


「はっはっはー!任せろよ相棒」

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