2人をくっつけろミッション その2

 話はほんの少しだけ時を遡り朝9時10分前の学園内、体育館裏では5人の男女が真司の到着を陰から見つめていた。

 その5人というのは今日の2人のデートを監視するべくノリノリでやって来た東と千佳峯、そして2人に無理やり連れてこられた慶瞬、蘭丸、詩音の5人。

 さらに言うならば慶瞬と詩音は乗り気ではないものの、東と詩音が真司達の邪魔をしないようにしなければという使命感を帯びている。


「やっときたわね、杏花なんて30分も前から来てるのに、これは遅刻ね」


 まるで面接官のような口振りで千佳峯は不満を露わにする。

 しかしその言葉にすぐさま東が反論する。


「いや、おかしいだろ?集合時間前に来たのに遅刻ってどんな理屈だよ」


「そんなの関係ないわ。女の子より1秒でも遅れたら遅刻なの!」


「あ〜あ。そんなこと言ってるからお前はモテないんじゃねぇか?ちっとは絵汰からお淑やかさを学んでみたらどうだ」


 東の言葉に目をカッと見開く千佳峯。

 千佳峯は頭一つ分以上ある身長差の東を睨みつけ歯噛みをしながら言葉を絞り出す。


「よくも……よくも言ったわね!班替えで同じ班になったら覚えてなさいよ。あんたがぼろ雑巾みたいになっても回復しないから」


「なら俺だってお前のとこにモンスター行っても知らんぷりするからな。自分でどうにかするんだな」


 蘭丸は2人をなんとか止めようとするもいい案が思いつかずあたふた。

 慶瞬と詩音は呆れたように言い合いをする2人から目を離し、お互い視線を交差させ苦労しますねと言わんばかりにため息をこぼす。

 仕方なしに詩音が口を開こうとするも、それを慶瞬が手で制し仲裁を引き受ける。


「ほら2人とも、真司と灰音さんが行っちゃうよ」


 慶瞬の言葉を聞き体育館の陰から顔を覗かせれば、今まさに真司と杏花が歩き出さんとするところ。


「言い合いしてる場合じゃねぇ。ほれ行くぞ」


「東、声が大きいよ。今日は2人の邪魔にならないよう見守るだけにしてよ」


「わーってるよ慶瞬。俺はそんなに野暮じゃねぇんだ」


「いや、びこ……。まぁいいや。行こうか」


 尾行しているだけで十分野暮だろうという言葉が出かかったところで飲み込む。

 ともかく2人の邪魔にならないようにしなければ、慶瞬は再びそう決心しつつ体育館裏を後にした。



 元々杏花から相談を受けていた千佳峯と詩音は今日のデートコースを知っていたとしても不思議はない。

 だから見失う訳もなくそこまで近くで見守る必要はない、むしろ近づくことで見つかる危険性が高まる。

 しかしいつの間にかそんなわかりきったことを忘れている2人がいた。言うまでもないだろうが、東と千佳峯の2人である。


「カツラとかはなしにしても、やっぱサングラスくらいは必要じゃねぇかな?」


「奇遇ね、うちも今少し変装したいと思ってたのよ。サングラスは目立つから伊達眼鏡とマスクはどう?あとあんたはその品性を敵に回したような派手な金髪が目立つから、帽子とか被ったほうがいいでしょうね」


 真司と杏花が映画の始まるまでの空いた時間を服屋や雑貨屋にて潰している間。

 それを少し離れた休憩用のイスに座り見つめながら、東と千佳峯は真剣な顔付きで相談していた。


「それならお前だって横からチョロっと生えてるその毛でバレるんじゃねぇの。なんなら俺が切ってやろうか?」


「これはサイドテールって言うの。ほんとデリカシーないわね」


「ん?斎藤てる?何だそれ」


「サ・イ・ド・テールよ、サイドテール。誰よ斎藤てるって。そんなおじさんみたいな名前つけないでくれる」


 最初はそんな2人の口論を止めようとしていた慶瞬達だが途中で断念している。

 会話をすればすぐ言い合いになり、止めても止めてもキリがないので話し合いの放って結果おくことになった。

 それでも蘭丸は2人が気がかりなようで、チラチラと視線を送っていたことに気付いた慶瞬が、端正な顔立ちに若干の苦笑いを浮かべ小声で呟く。


「蘭丸君あの2人はあんまり気にしないほうがいいよ。それにいっそのこと尾行してるのがバレたほうがいいかもしれないし」


 慶瞬の言葉の真意を汲み取れない蘭丸は、女子顔負けの可愛らしさで首をかしげる。


「えっ、でもバレちゃったら尾行は中止で大人しく帰るしか……」


「多分それが一番いい。2人をくっつけるなんて言ってるけど、そういうのは本人達に任せるのが1番だと僕は思う。あまり恋とかの経験のない僕が言うのもなんだけどね」


 慶瞬は片方の口元を上げ不器用に笑いを浮かべ、モテる=恋愛経験豊富と言うわけではないと自嘲する。


「そっかぁ……でもそうだね。僕も少し尾行楽しんじゃってたけどやっぱり良くないことだよね。僕2人にやめるよう言ってくるよ」


 蘭丸が尾行を楽しんでいたということに少し驚きつつも、慶瞬は蘭丸が立ち上がろうとするのを手で制す。


「楽しんでたんだ、少し驚いたよ。でも多分そう必要はないかな。いつもの真司君ならあの2人にすぐ気付くだろうからね。いつも一緒に戦っている君なら彼の視野の広さをよくしってるだろ?」


 確かにそうだと言わんばかりに蘭丸が力強く頷く。

 それと同時に真司達は特に何も買わず雑貨屋から出てくる。

 そして慶瞬が時計を確認すると映画開演15分前。


「そろそろ映画の時間だね。ぼくたちはどうする?ここで待ってる?」


 しかしそれまで黙っていた詩音がばつの悪そうに躊躇いがちに口を開く。


「そのぉ〜。わたくし映画館で映画を見るのが初めてですので、よければその映画一緒に見たいのですが……自分の家のシアターなどで見ることはあるのですが、そもそもこういった大型ショッピングモールと言うのですか?に来るのも初めてで」


 中学まではお嬢様学校に通っていた詩音にとって、放課後や休みの日にショッピングモールでみんなで買い物という経験がなかった。

 建物に入ってからキョロキョロしてほとんど口を開かなかったのも、全てが新鮮で詩音の興味の対象になっていたからだと慶瞬と蘭丸はようやく気付かされたのだ。


「そ、そっか。別に映画を観るくらいなら真司や灰音さんの邪魔になることはないし。うん、僕も観に行くとするよ、ね!蘭丸君」


「そうだよ!僕も楽しみにしてたんだ。行こっか詩音さん」


「いいんですの?」


「「もちろん」」


 見事なハモりで返事をするとほぼ同時に、東と千佳峯は当然だろうと立ち上がる。


「ほらチケットまで買ってんだぜ、行くに決まってんだろ。早く行こうぜ」


 こうして5人は真司達の後を追うように館内へ入っていく。

 真司達と同じ2階席でないことに不満を言うものが若干2名ほどいたが、映画が始まるとすぐに静かになる。

 2時間と少しの映画が終わりスタッフロールが流れたところで、小さく息を吐き出し凝り固まった体を伸びでほぐす。


 両手を力一杯上に伸ばし声を出す千佳峯に対し、詩音はそんな淑女らしからぬ行為はしない。

 せいぜい膝の上に置いていた手を握り腕を伸ばす程度。

 最近一段と酷くなってきた肩凝りを苦々しく思っていると、詩音の前にいた客の1人が静かに立ちあがる。


「あらっ、一夏ちゃん?」


「……詩音」


 その客とは親同士の繋がりで詩音とは小さい頃から仲良くしていた柳生|一夏(いちか)

 他の4人も暫くしてそれが同じ第一ダンジョン学園の1-Bに所属している一夏だと気付く。

 他の4人は詩音と違い面識は無いが、入学式で新入生総代として挨拶しているので知っていた。


「お一人ですか?」


「えぇ、まぁ」


 一夏はそう言って詩音が複数人で来たことに気付き他の4人を一瞥する。

 よかったらこの後一緒にどこか行きませんか?そう言おうと口を開きかけた詩音だが、一夏の男子を見る視線であることを思い出す。

 まるで毛虫でも見るかのような侮蔑の視線の意味を。

 一夏の男嫌いはまだ学園では広まっていないが、付き合いの長い詩音は当然知っている。


「それじゃあ私はこれで」


「えぇ、御機嫌よう一夏ちゃん」


「御機嫌よう詩音」


 一夏が長い黒髪をたなびかせ去った後、暫くの間、真司達のことを忘れ映画余韻に浸る。




 ダンジョン学園という特殊な環境に身を置いているとしても、15歳という年相応の少年少女達であることに変わりはない。

 初めてのショッピングモールに興奮したり、映画を観て感動に心を震わせるのだ。


 しかしそんな平和は長くは続かない。という未来を想像していたものは1人としていなかった。


 平和を願い武器を収めることは少なくともダンジョンに関しては通じない。

 奴らは問答無用でやってくる。

 問答無用で人を殺し、問答無用で全てを奪う。

 そこには理由などなく本能のままに、インプットされた殺戮行動を忠実に再現するように何もかもをぶち壊していく。

 だから平和のために戦うことを決めた。

 生きるために戦い続けることを選んだ。

 それがダンジョン学園の生徒の存在意義であるのだから。。。

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