赤土朱夏

 4月25日土曜日、今日は土曜日の恒例授業ともなっている戦闘スキルアップ演習の3回目が行われた。

 3回目ということで同じ班のメンバーである剛力東、灰音杏花、大河内蘭丸、大川音符との連携も初めの頃とは比べ物にならないほど良くなっていると自負している。

 特にということで挙げるのであれば、タンクという役割を理解せずモンスターを追いかけ回す東。

 それとゴブリンなどの最弱モンスターですら怖がっていた蘭丸。

 その2人は最初が酷かっただけに今では別人のように動けている。


 後は月に一回、月初めの土曜日に行われるテストに合格できれば、晴れてダンジョン2階層への切符を手にすることができる。

 ちなみにこのテストは少し大掛かりなものらしく。

 担任の|幽々子(ゆゆこ)先生以外にも、測定班と呼ばれる能力測定系のアビリティを持つ人による測定が行われ、それを元にVRDCSのパーソナルデータを微調整したりするとのことだ。


 つまりは来週が一つ目の大事な勝負となる。

 東のようなゲーム世界とごっちゃになったような夢はないが、俺には攻略者になってやらねばならないことがある。

 夢というよりは目的とか使命感のようなものだが、俺はさっさと攻略者になってS級ライセンスまで最短距離で行きたいのだ。


 だからこそ俺は明日一つの決断を迫られることになる。

 ただすごく申し訳ないことだが、俺は彼女の気持ちに応えてあげられない。

 勿論迷惑とは一ミリも思ったことはない。

 俺だって健全な男子高校生だ、好意を向けられることについては嬉しいとさえ思う。

 そうは思うのだが、正直今の俺に恋愛にかまけている暇はこれっぽっちもないのが現状なのだ。


(ごめん杏花。だからもし明日告白されても俺断るから)


「多桗君、多桗君、多〜桗〜君」


「あっ、はっはい!」


 すっかり呆けていた俺は帰りのホームルームだったことも忘れていたようだ。

 幽々子先生に何度も名を呼ばれ、クラス中の視線を独り占めにしたところでようやく我に返った。


「すいませんっした。ちょっと考え事をしてました」


「あらあら、疲れてたのかしら?でも気をつけましょうね。特に私が話している時は」


「……はい」


 中高生にとって若い女教師とは恰好の的だろう。

 特にダンジョン学園なんかにいるような気の強い男子生徒であれば、反抗的な態度をとったりするだろうな。などと担任が決まった時は思ったこともあったのだが、今では真逆の感想を持っている。

 流石は元ダンジョン攻略者と言うべきか、優しそうな口振りながらも有無を言わさぬ圧力みたいな見えない何かあるのだ。

 だがら少なくともこのクラスに担任に逆らおうとする男子生徒はいないといっていいだろう。


 ホームルームはすぐに終わり、今日の学校は終了した。

 この後はいつもであれば東や蘭丸、そして最近仲良くなった慶瞬達と寮へ戻るのだが、今日は少し行くとこがある。

 なので俺は挨拶が終わるとすぐ立ち上がり荷物を持つ。


「あれ?真司君今日はあの3人と帰らないの?」


 珍しいこともあるんだねと言わんばかりの顔で訪ねてきたのは、左隣の席にいる杏花。


「ん、あぁ。ちょっと用事があって。それじゃあ杏花また明日」


「うん、明日ね」


 椅子に座っているため上目遣いの状態で話していた杏花は、少しだけ頬を紅潮させ恥ずかしげにそう言った。

 なぜ恥ずかしそうにしたかと言う答えは非常に簡単だ。

 今日が土曜日で明日は休みだと言うのに、また明日と挨拶したことを考えればすぐに出てくる。


 簡単に説明すると、今日の昼休み杏花に呼ばれ明日一緒にお出掛けしませんかと誘いを受け、断る理由もなかったのでOKしたということだ。

 しかもオークの振るう棍棒が間近に迫った時に匹敵するほどの圧力で誘われたら、断れようはずもない。

 そこには並々ならぬ覚悟の程が目に見えるのではないというぐらい現れていた。

 だから俺はその時思った、多分明日杏花は俺に告白する気なのだろうと。


 勿論それだけで判断したわけではなく、杏花の仲の良い友人達や、何故か東とか男子生徒数人が浮かれているようなオーラを放っているからに他ならない。

 休み時間中だってはっきりとは聞き取れなくとも、杏花を励ます女子の姿やこちらを時々見てニヤニヤとされればわかる。

 仲の良い幼馴染に、本当に鈍感過ぎて逆に凄いとまで言われたこの俺だとしてもだ。


(よく考えてみれば先生が少しピリピリしていたのは、クラスの雰囲気が浮ついていたのを感じたからかもな。まぁ、俺のせいじゃないけど)


 心の中で一つ言い訳をした俺は数人に挨拶を交わし教室を後にする。

 そして俺が向かう先は学園長の待つ学園長室。

 実はこうして面と向かって会うのはこれが初めてではない。

 それもこの学園に入ってから話したということではなく。実に5年ぶりの再会ということになる。

 俺は扉を強めに二回ノックしてから名を名乗る。


「多桗真司です。学園長はいらっしゃいますか」


 一拍の間が空き中から声が聞こえてくる。


「おう、来たか。入れ」


 真っ赤な髪にワインレッドのレディーススーツ、ネイルまで綺麗に真っ赤という赤づくしだが妙にしっくりくる女性。

 これがこの学園の学園長、赤土|朱夏(しゅか)。


 俺は失礼しますと言って中に入ると、勧められるままに学園長の座る席の正面に設けられたソファーに腰掛ける。


「お久しぶりです学園長。挨拶に行こうか迷ってたんですけど、5年も前だし覚えてないかなと思ってたんすよね」


「5年も前……か。もうそんなに経ったか、だが私は今でもはっきりと思い出せる。あの時大切な仲間を何人も失ったからな……。いや、暗くなる話はよそうか。とりあえず入学おめでとう。まさかあの時の子供がうちの生徒になるなんて思いもよらなかったがな」


「そうですか?俺はあの時の怖そうなお姉さんが学園長やってる方が驚きですけど」


 そう言って軽口を返した俺だが、5年前の事件は未だに脳裏に焼き付いて離れない。

 正確に言えば事件ではなく、災害という言い方になるのだが、現実世界とダンジョンを繋ぐゲートを行き来するのは決して攻略者だけではないということだ。


 最も被害の大きかったモンスターによる災害は、15年前にゲートが現れた時が圧倒的だが。

 その後何度もゲートから現れたモンスターの被害はあった。

 それらは全て地震や嵐と同じように天災と呼ばれたが、未だに他国では防御を文字通り食い破って現実で被害をもたらすこともある。


 今の日本はゲートの周辺を完全に囲って守っているが、ゲートから出ようとするモンスターがゲート前まで群がってくることはある。

 しかも一階層に現れるはずのないようなもっと下層のモンスターがだ。


 そして俺は5年前、その凶悪なモンスターに襲われた。


 今は人権団体やら何やらのおかげでほぼ廃止されたが、強い力を宿している人間を調べ強力なダンジョン攻略者を育てようという計画があった。

 それがダンジョン攻略能力適性試験と呼ばれる試験なのだが、10歳になると必ずダンジョンに入ってどんなアビリティやタレントを持っているのか調べ国で登録するというものだった。


 俺も5年前ダンジョンに行ってアビリティとタレントを調べてたのだが、その時運悪くモンスター達に襲われた。

 当然護衛の攻略者は付くのだが、たまたまその時の護衛が目の前にいるこの学園長でなければ俺は死んでいたことだろう。

 それ程までに被害は甚大だった。

 生き残りは俺と学園長、そして杏花の3人のみ。

 しかも噂によればその時の怪我で学園長は攻略者を引退したとまで聞く。


「おいおい、だから暗くなるなって。まぁ、今日は特に用があって呼んだわけではない。あの時の少年がどれだけでかくなったか見たかっただけだ」


「そうですか。成長期ですからね背とかはかなり伸びたとは思いますけど、学園長は変わりませんね」


 詳しくはわからないが三十歳手前ぐらいらしい学園長は、5年前とほとんど変わらないように見える。

 はっきり言って、いや控えめに言ってもかなり美人だ。

 大人の色気だってあるのだが、独身らしいのはやはりこの豪胆過ぎる性格からだろうか。

 なんてことは思っても口には出さないが。


「嬉しいこと言ってくれるねぇ少年。随分と大人に近づいたもんだ。だが、私の好みには遠いな」


「ははは、そうですか。それは残念です」


 こういう時の社交辞令には慣れている。苦笑いだって得意だ。


「それで5年前一緒にいた灰音とはどうなんだ?しかも私の権限で同じクラスにもしてやったんだ」


「いやー、別に仲良くやってますよ。特に何もありませんが」


 慌てて否定するも学園長は何か嬉しそうに口元を歪めカッカッカと笑い見つめてくる。

 まるで何もかも見透かされたかのような眼差し。


(これが元一流のダンジョン攻略者の観察眼か……)


「基本この学園は恋愛自由だが気を付けろ。不祥事を起こしたらダンジョンの奥地に連れて行ってモンスターの餌になるからな」


「ほんとそういうのは大丈夫ですから」


 脅しにしてはあまりに怖すぎる一言だ。仮にもこの学園の学園長が言っていい言葉ではない。


「そういえば少年、生徒会長の戒能にも目をつけられてるらしいな。どうしても二股をしたいと言うなら止めはしないが、女は怖いから刺されたりするなよ」


 二股どころか一股すらするつもりもない俺をからかっては楽しげに笑う学園長。

 ここでようやく今日呼ばれた訳がわかった。

 たぶん単なる暇つぶしだ。


「だから大丈夫ですってば」


 すでに崩された苦笑いの代わりにため息をついて肩を落とす。

 今日は大人の女の人の相手は疲れるということを学べただけで良しとしよう。


 頃合いを見て退出する機を伺う俺に気付いてか知らぬが、学園長は机の引き出しから小さな紙を一枚取り出す。

 おそらく名刺か何かだろう。


「何かあったらここに連絡してくれ。言っとくが女関係のことじゃない、何かあった時のために持っておけ」


 そう言って机の上に置かれた名刺を受け取り、ひとまず財布の中へとしまう。

 そしてちょうどいいとばかりに俺は挨拶を済ませ退室することにした。


「ありがとうございます。それじゃあ今日はこの辺で帰ります。学園長先生も忙しいでしょうから」


「そ、そうだぞ。学園長の仕事は忙しいぞ。今日だって貴重な時間を生徒のために割いたんだからな。気をつけて帰れよ。あっ、そうそう一つ言い忘れていたが、明日はついにダンジョン30階層の完全攻略の予定だ。攻略は問題ないだろうが、年々厳しい戦いになっている。精進しろよ少年」


「はい、わかりました。4年後にはS級ライセンス取ってみせますから」


 第一ダンジョン学園卒業までA級ライセンスを、そしてその一年後にはS級ライセンスを取る。これが現在では最短だろう。


 ともあれ、最後に学園長の慌てた表情が見れて何よりだ。

 最後の最後で一泡吹かせられたようだ。そんなことを思いながら俺は寮へと戻るのだった。

 当然学園長室へ向かう前より重い足取りで。。。

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