灰音杏花は決意を固める

『4月25日土曜日晴れ


 入学して早三週間が経とうとしていています。このダンジョン学園という普通科ででは味わえないような学園生活にもだいぶ慣れてきました。土曜日恒例の実際にダンジョンに入って行われる戦闘訓練も始めよりはだいぶ頑張れていると思います。

 ちなみに今日も真司君に褒められました。欲しいところで回復魔法をしてくれる杏花は最高のヒーラーだね、な〜んて言われちゃいました↑↑


 でも……でも……恋の進展は全くな〜い……。


 私こんなに頑張ってるのに(涙)|千佳峯(ちかね)や詩音に教えてもらった、話す時は上目遣い、さりげなくボディタッチをしてみるとか、話しかける時は制服の袖を軽く引っ張るとか、目が合ったら必ずニコッて笑うとかetc。

 毎日ちゃんとやってるのにも関わらず、全然全くこれっぽっちも私の気持ちに気付いてくれる素ぶりが見えないんですけど〜(怒)

 そういう女子にデレデレしないクールなところも好きだけど、好きなんだけど幾ら何でも鈍感過ぎやしないですかあなたは。


 もうオコです、私は大変怒っています。だから明日はっきりとこの気持ちを伝える。もう絶対の絶対に伝える。だって真司君かっこいいからモタモタしてると先に他の子が告白しちゃいそうなんだもん。


 一年で真司君と同じ生徒会に入った柳生さんって子すっごい美人さんだし、その生徒会の会長さんだってすっごい美人。あとおんなじ班の音符ちゃんも最近真司君と仲良いんだよなぁ……。

 それにダークホースの幽々子先生も……。先生もすごい綺麗だし大人の魅力?みたいなのあるし、まぁ、たまに怖い時あるけど。

 これじゃあ真司君が取られちゃう。ってまだ私のものじゃないんだけどね〜(照)


 中学の友達からは美人というよりは可愛い系とか、愛嬌あって憎めないタイプとかそんなことをよく言われた私だけど、真司君はやっぱり落ち着いた美人系の人がいいのかなぁ……


 と・に・か・く、5年前のあの日始まったこの恋心を無駄になんかしない。フラれてもいいんだ!!

 それでも絶対諦めないし、まずは私のこの気持ちを気付いてもらうとこから始めよう。まずは私が女の子だってことを意識してもらうとこから始めよう。まずは真司君を誰よりも大切に想ってるのは私だって知ってもらうことから始めよう。


 もし、もしもフラれたとしてもそれでもアピールし続けたらきっと振り向いてくれる。そしたら次は絶対真司君の方から好きだって言ってもらうことにするんだから。


 そのために今日頑張って明日買い物に行こうって誘ったんだから。

 勝負は明日!!待ってろよ〜、明日は絶対ドキッとさせてやるんだからな〜!!』



 毎日の日課である日記を書き終えた杏花は、いつも以上に長々と書かれた日記をそっと閉じ。

 心中に渦巻く不安を吹き飛ばすかのように勢いよく立ち上がる。


 宿題や諸々を片付けたらお風呂に入り、その日にやるべきことをすべて終えたら、最後に日記を書いて就寝するのが杏花流。


 だから今の杏花の格好は寝やすさと可愛さを半々ずつ重視して買ったパジャマに、髪を乾かすために頭にタオルを巻いていている状態。

 いつまであれば日記も書き終わればあとは寝るだけなのだが、今日は違う。

 杏花にはまだやらねばならない超重要ミッションがある。

 そう、杏花には明日着て行く服を決めるという超重要ミッションがまだ終わっていないのである。

 これを決めない限り杏花は気になって眠れないこと間違いない。


「明日どんな服着てこ?可愛い系?ボーイッシュ?女の子っぽいの?いつもイメージを変えて露出の高い大人っぽい……いや、そんな服持ってないか」


 クローゼットの前で一人百面相をしながら杏花は考え込む。

 しばらくして杏花は、お気に入りの服の中から2種類のコーデまで絞り込む。

 薄カーキ色のマキシワンピースに白黒ボーダーのパーカー、という少し大人っぽいワンピにパーカーを羽織るボーイッシュさを取り込んだ組み合わせ。

 もしくは白のTシャツに薄めの生地のデニムカーディガン、下は大胆に脚を露出したホットパンツ。

 どちらにしてもやはり杏花が着ると少しボーイッシュな着こなしになる。


 しかし最後の最後でどうしても決まらない。

 そして子供のようにコロコロと表情を変える悩む杏花は、ちらりと視線を動かし時計を見る。


「まだ10時かぁ。なら起きてるよね、いつも寝るの12時過ぎって言ってたし」

 

 そう言って杏花が頭に巻いていたタオルを取ると、肩口程の長さの杏花の髪はほとんど乾いている。

 杏花はタオルを洗濯カゴに入れると、代わりに携帯を手に再びクローゼットの前に戻ってくる。


「わからないことは直接聞いちゃえばいいっ!」


 杏花はパジャマを脱ぎ簡単に畳むとベットの上に置き着替えを始める。

 そしてまず一つ目のコーデを着てパシャり。それを脱いで再び畳んでからもう片方のコーデもパシャり。


 その写真を送る相手はもちろん杏花曰くデートの相手真司である。

 ほんとにちょっとしたことでも写真を撮って送ったりしている杏花だが、自分の写真を送るのは少し緊張するようで、一瞬の躊躇いの後えいっと声を出し送信する。


『明日着て行く服どっちがいいかなぁ?』


 杏花は携帯を両手に持ったままウロウロと部屋の中をそわそわと歩き回り返事を待つ。

 しかしそこで杏花は相談相手を間違えたことに気付く。

 失敗した失敗した失敗した、杏花は立ち止まり、うぅ、と可愛らしく呻き声を上げ呟く。


「これじゃあ明日いつもの制服姿と違う私服のギャップが半減しちゃうっ」


 だが、そう気付いたのも時すでに遅し。

 杏花のそんな苦悩を梅雨とも知らない真司からはすぐに返信が返ってくる。


「あっ、返事来ちゃった」


『2枚目かな』


「えへへ〜、そっかぁ2枚目かぁ。結構脚見えちゃうぞ〜。あっ、もしかして真司脚フェチだったりして。でもそれならチャンスかも?私脚綺麗ってよく言われるもんね」


『わかった☆じゃあ明日はエスコートよろしくね』


 さっきまでの不安をすっかり忘れて浮かれる杏花は、返信するとすぐに部屋に散らかった状態の服を片付け。

 いつもより30分ほど遅くベッドの中へと潜るのだった。


(明日が勝負。明日は何があっても絶対に告白するんだから)


 杏花は静かに目を閉じ、揺るぎない覚悟を心の中で力強く呟いた。

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