VRDCS ダンジョン10階層 その1

 バーチャルリアリティダンジョン攻略シュミレーター、噂には聞いていたが技術の進歩とは実に凄いものだ。

 ヘッドギア型の機器を頭に装着しただけで、疑似ダンジョンとかいう世界に入ることが可能になるなんて昔では考えられなかったことだろう。


 スイッチを入れた途端、別空間に体ごとワープしたというか、ゲームで作った自分のアバターの中に入って操作しているような感覚で、午前中にいたダンジョンと寸分違わぬ場所に出る。

 見渡す限りの大草原、芝生を踏んだ時の音すらも本物と違わない。

 違うとすれば匂いなどの感覚が存在しないことぐらいだろう。

 当然だが痛覚なども存在しない。


 授業の最初に簡単に説明を受けただけだが、身体の使い方自体は難しくはない。

 というか普段手足を動かすように、何も考えずとも手足を自由に動かせたし、声だって問題なく発することができた。


 これならば相当リアルなダンジョン攻略の訓練が可能になること間違いないだろう。


 俺がそんなことを考えている間にも授業の説明が始まるわけだが、先生の言葉を遮りいちゃもんをつけ始めた生徒がいた。

 剛力|東(あずま)、こいつとはまだ一週間の付き合いだが、かなり気のいい奴で話もよく合う。

 ただ少し気になっていたのは、少しイライラしているというか、有り余るエネルギーの使い道が見つからず足踏みしているように見えたこと。

 しかし今回それが爆発してしまったようだ。


 特に問題は無さそうだが初めてだから軽く慣らそうという授業内容にケチをつけ、10階層に行きたいなどと無茶を言い出す始末。

 それだけならまだいい、どうせ先生がいつものように笑って受け流すだろうと思ったのだが、今回は違った。


「望み通り10階層に連れて行ってやろう」


 猫かぶりをやめたと言えばいいだろうか、時折見え隠れしていた先生の素が嫌なタイミングで現れそう言った。

 別にキレたとかそういうのではない。敢えて言うなれば吹っ切れただろうか。


 そして数秒後俺たちが立っていたのは少し違った雰囲気を感じさせる草原。

 しかし1階層とは似て非なる場所。


(これが10階層……なのか……。草原以外に多少の湿地と少し背の高い草むら、奥の方には小さな森かな)


「じゃあ、ここから先は班行動をしてもらう。アビリティもタレントも使用は自由。自分達の思った通りに行動してみろ。もし1時間以内に階層主前の扉まで来れたなら褒美を考えてやってもいい。ただし死ぬたびにペナルティーを与える。以上、質問はあるか?」


 どうして急に猫かぶるのやめたんですかなどと軽口を叩ける雰囲気でもなく、誰1人手をあげることはなかった。


「では、制限時間は今から1時間。はじめっ」


 先生の合図とともにあちこちで呼び声がこだまする。

 なんせ準備どころか班で固まってすらいない状態だった。


「多桗班集合!」


 周囲のざわつきに負けないよう声を張ると、すぐさま班のメンバーが集まってくる。

 そこには当然戦犯の東もいる。しかも満面の笑みまで浮かべている始末、どうやら頭のネジをダンジョンに落としてきてしまったようだ。


「ったく、面倒なことしてくれたな。今のレベルじゃとてもじゃないけど10階層は無理だ」


 確かにそれぞれが所持しているアビリティなんかは優秀なのだろう。でなければ入学することはできない。

 だからといって俺たちのレベル自体はまだレベル1、身体能力だって現実世界より若干高い程度でしかない。


「真司の言う通りね。そもそも日本の攻略者が10階層にくるのだって、まる2年くらいかかってるのよ。シュミレーターはゲームじゃないの、わかる?」


「なんだよ大川。最終的に許可したのは先生だろ。嫌なら授業受けないで隠れてていいんだぜ。今なら先生には黙っておいてやるよ」


 巻き添えを食らった音符が憤っている気持ちはよくわかる。

 ただ2人の喧嘩は午前中でもう見飽きてるし、こうしている間にもいくつかの班は既に出発している。


「はい喧嘩ストップ、とりあえず行ってみよう。さっきとは敵の強さも違うだろうけど、こっちだってアビリティが使えるなら多少は戦える。あと一つ言っとくけど、俺はシュミレーションだろうと仲間が死ぬとこなんて見たくないから、やばかったら逃げる。いいか?」


 たとえモンスターにやられたとしても開始地点に戻るだけとはいえ、俺はやられるつもりはない。

 なんとかして逃げ切ってやるつもりだ。

 東は文句を言いそうだが、それでもそこだけは曲げるつもりはない。

 そんな考えていると全員が同時に頷いてくれた。意外なことに東もである。

 てっきりどうせ死なないんだから突っ込もうぜとか言うと思っていたので、少し拍子抜けだが嬉しい誤算でもある。


「当然だろ?シュミレーターだからって遊びのつもりはない。誰だってそうだろ?」


「そうだよ真司くん。それも大事な訓練だと思う。がんばろ」


 そんな励ましの言葉を杏花からももらい、俺たちは注意深くダンジョンの先へと進んだ。


 先頭には体の半分ほどあるタワーシールドを持った東。その後ろにアビリティの|武器具現(ウェポンエンボディ)で剣を持った俺。

 さらに後ろには不安げにキョロキョロしながら進む蘭丸と、聴覚が鋭敏になるタレントを持つ音符が音の反射を利用することで索敵しながら続く。

 そして一番後ろには頼もしい回復役様である杏花が付いてきている。

 とりあえずこれが現時点で一番やり易いフォーメーション。


 歩き始めて間も無く、さすがに後ろを振り向きながら話しはしなかったが、緊張感の薄い声で東が話題を振る。


「なぁなぁ、10階層ってどんなモンスターが出てくんだ?やっぱドラゴンとか出てきちゃったりすんのか」


「ゴブリンとオークが出てくんのは1階層と同じだけど、あとはミノタウロスとガーゴイルがいるらしいな」


 実際俺もそこまで詳しいわけではない。それに10階層なんて授業でやるのはまだ当分先だろう。

 全くお前のせいでえらいことになったぜ、そう言おうとしたところで、後ろにいる音符が声をあげた。


「そこの背の高い雑木林にモンスター」


「数は!」


「ゴブリン5体とオーク2体」


「……多いな。俺も|盾(タンク)に加わる。攻撃は蘭丸と音符に任せる。|武器(ウェポン)───」


「いらん!」


 アビリティで武器を作ろうとした瞬間、前を歩く東から怒鳴り声が響く。

 いらない、つまりは1人で十分ということなのだろうが、幾ら何でもこの数を1人というわけにもいかないだろう。

 そう思って下した判断だがどうやら気に食わなかったらしい。


「任せていいのか?」


「おう、任せろ」


 ここまではっきり言われてしまえば仕方がない。

 それにここまで自信ありげに言うのであれば、何か策があるのだろう。

 ならばここは任せてみようと覚悟を決める。


「いつも通り戦闘開始の合図は任せるぞ」


「うっし。そんじゃ俺の力をお披露目するとしますか。タレント発動|全攻撃耐性(オールアタックトレランス)、|注目の的(センターオブアテンション)」


 タレントを発動した東の体の表面を覆うように光で包まれる。

 授業では見れなかったが、これが東の自信の源の一つようだ。


 ちなみにタレントには常に発動しているタイプと、オンオフの切り替えができるタイプがある。

 音符の聴覚が鋭敏になるというタレントが前者で、東が今発動したものが後者となる。

 俺のタレントも一応後者に当たるのだが、もう2度と使うつもりはない。というかそんな状況にならないことを切に願いたいものだ。


 そして俺たちは雑木林から少し離れた位置で止まり構え、東はそのまま数歩進むと、地面に転がる石をおもむろに拾い投げ込む。


「出て来いや!」


 すると葉が大きく揺れる飛び出してくる5つの影。大きさから言ってゴブリンなのは間違いないが、1階層とは明らかに俊敏性が違う。

 目で追うのがやっとなくらいのスピードでタレントを発動している東に飛びかかる。


「蘭丸っ!音符っ!一体ずつ仕留めろ」


「はっ、はい!」「わかったわ」


 蘭丸は無数の火の玉を音符は振動弾をそれぞれ放ち、東が振り払ったゴブリンにそれはもう見事な精度で命中させていく。

 だが、硬い。何発か当たっても怯むことなく襲い掛かるゴブリン共、レベルが上がるとはかくも恐ろしいと身を以て知らされた気分だ。


「痛っ!噛みやがったこいつ、汚ねぇ、くそっ、痛っ」


「いや、痛くはないだろ!シュミレーターなんだから。とにかく耐えろ、今サポートに行く」


 そう言って駆け出そうとした直後、草むらの葉が大き揺れる。しかも2m以上の高さの葉もである。


「オークッ!」


 オークはその辺にある木を引っこ抜いてきたような太い棍棒を高く振り上げ距離を詰める。

 あまりにも頼りなく見える盾を両手で握り棍棒を受け止めるも、180cm以上ある東の巨体はまるで漫画のような吹っ飛び方で飛ばされる。

 一見見た目は同じでもスペックが大きく違う。


「いってぇーーー。くそっ、やり返してやる」


 そう言うとノロノロ立ち上がる、シュミレーターなので痛みはなくとも、ダメージを受けるとその分動きが鈍くなるようだ。

 特に腕などは本来なら骨折しているレベルの損傷だろう。


「杏花っ」


「うん」


 そう返事をする杏花は俺が言う前にはアビリティを発動し、東の傷を癒やしている。

 とはいえ、状況はかなりまずい。

 東にはなんとかもう少し頑張ってもらわねばならない。


「何吹き飛ばされたんだよ東!今のお前かなりダサかったぞ」


「わーってるよ。次は止める、ほらさっさとゴブリンを減らしといてくれ」


 俺なりの激励の言葉を受け取った東が、再びオークの前に立ちはだかる。

 先程よりも重心を低く下げオークを睨む瞳は殺気すら纏うほど。


 間断ない雨あられのごとく撃ち続けるも、やはりこの数では厳しい。

 そもそも一体ずつの耐久力が段違いに高い。

 それでもなんとかゴブリンを一体ずつの倒し、隙を見てオークを背後から一突き。


(……やったか)

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