剛力東は物足りない
ダンジョンでのモンスターとの戦いは当然命懸け。たとえそれが1階層であろうとも常に生と死が同居しているのは当然のこと。
だが、攻略者たるものダンジョンの先に進まなければならない。それが攻略者の使命であり存在意義でもある。
しかしそれは決して攻略者の命を軽んじるということではない。
ダンジョン攻略のための尊い犠牲、あいつはよくやってくれた、そんな着飾った言葉よりもダンジョン攻略者は互いに無事帰り生の実感を分かち合うことを是としている。
つまりは仲間の生還率を限りなく100%に近づけることこそが、ダンジョン学園において最も重視される課題の一つである。
そのひとつとして日本にある8つのダンジョン学園すべてに導入されている機材がある。
その名もVRDCS(バーチャルリアリティダンジョン攻略シュミレーター)。通称はDCS、もしくはダクスなどと学園では呼ばれている。
DCSはその名の通り現実世界にいながら実戦さながらの戦闘訓練が行えるという代物だ。
使い方は至って簡単。本体のヘッドギアを装着することで、ダンジョンの細部まで再現されたバーチャルリアリティ空間に自分のコピーを作り出し。
装着している人間の脳波を読み取り手足を動かしたり、魔法を使用することが可能になる。
もちろん個人それぞれのパーソナルデータをこと細かく入力しており、それこそダンジョンの中にいるのと変わらない状況での訓練が可能になっている。
そのおかげで生徒達は未踏達階層攻略を命の危険なく訓練が行うことができる。
ちなみに入学時の実技試験では徹底された危機管理が行われた上での攻略であったが、未到達階層を除く全ての階層攻略において、このシュミレーターのクリアなしで足を踏み入れることは禁止されている。
────のだが……。
剛力東にとっては、その限りなくリアルに近かづけられたDCSでも物足りなかった。
4月11日土曜日の今日行われた午前中の授業で、授業では最初のダンジョンに入っての実地訓練が行われた。
真司曰く、戦闘の初歩中の初歩を学ぶためであり、遠距離攻撃を主とする生徒達も近距離戦闘を慣らすためだろう。
ということを聞かされており、東自身その言葉の意味自体は理解できたが、納得はしていなかった。
「俺はもっとやれる。タレントとアビリティの使用許可が出たなら10階層までだって行けるんだ」
午後の授業が始まり、初めにVRDCSの説明を簡単に受けた後、実際に使用しバーチャルリアリティの世界に来た東の第一声はそれだった。
自分自身の実力には自信があったし、だからこそ難関と言われる第一ダンジョン学園にだって合格できた。
東は過信などではなく自分の実力を信じて疑わなかった。
だが、往々にして自身の過信とは自分では気付けないものであると、この時の東は知らなかった。。。
モニターにて全員がダンジョン一階層のゲート前に現れたことを確認した幽々子が、自身もVRDCSを使い擬似ダンジョンに入り話し始める。
「はーい、注目。皆さんちゃんとVRDCSを使って擬似ダンジョンに来れましたね。それじゃあほんの少し体を動かしてみてください。日本の技術の推移を集めて作られていますが、もし何かラグとか違和感あったら言ってください。基本的に現実で手足を動かすのと変わりはないと思います。あと実際の体を動かす必要はないですからね」
幽々子の言葉を受け生徒達は足を上げたり、手を握り締めバーチャル世界に作られた自身の体を確かめる。
「皆さん問題はないですか?…………はい、大丈夫そうなので早速授業に入りたいと思います。それでは今日は初めての授業ですので、ここ一階層を使って午前中の授業の確認をします。みんな、怪我などをしないからといって気を抜かないようにね」
その言葉を聞いた瞬間、東の中で何かがプツリと切れた音がした。
「先生っ!!俺はもう一階層じゃ満足できないっすよ。先輩の攻略者がどれほどのもんか知らねぇっすけど、俺なら今から10階層行ったって余裕なんすよ」
発奮した東のほぼ怒鳴り声のような怒声。
普通の女性教師であればたじろいでしまうであろう声量ながらも、幽々子はただ目を細め静かに東を見つめ返すのみ。
そんな幽々子を見て東はさらに続ける。
「他にもそう思ってるやつはいると思うんですけど。一階層なんてただのお遊びじゃないっすか。この中だってただのゲームみたいなもんじゃないっすか。俺はもっとスパルタなのを想像してこの学園に来たんすけど」
そう言われた幽々子が目だけを動かし周りを見ると、東の言葉に賛成するよう微かに頷く生徒が何人も映る。
そんな生徒の姿を見て幽々子が最初に抱いた感想。
それは自分の指導方針が間違っていたのかという疑問。などでは当然なく。
あぁ、スパルタでやっても良かったんだという安堵。
口調だって御丁寧に敬語なんて必要ない、自分は教師ではなく教官になるべきなのかもしれない。
幽々子がずっと考えていた悩みはみるみる消え、まるで憑き物でも落ちたかのような気分になり、代わりに顔にずっと貼り付けていた微笑みをそっと消す。
「望みはスパルタ……か。そうだな、悪くはない。では望み通り10階層へ連れて行ってやろう」
男女問わず憧れを抱かせていた幽々子の雰囲気は瞬く間に変貌を遂げる。
常に上がっていた口角は下がり、若干垂れているようにすら見えていた目元は、鋭さを増しその目付きはまるで猛禽類のそれ。
先程まで自信ありげに東を支持していた生徒だけでなくその場にいる生徒の多くが、気まずそうに俯向くほどに幽々子の変貌は凄まじかった。
ただそれを見ても動じずに、かかってこいとばかりに睨み返す生徒も何人かいた。
当の本人である自身の力に自信を持つ東を含む数人。
そして真司はと言うと、あぁ、やっぱりこっちが先生の素なのかと他人事のように関心していた。
「では君達の思い上がりを早めに叩いておくとしようかな」
幽々子はそう言うとメニュー画面を自身の目の前に表示し、『10階層移動』というコマンドを指で触れる。
そして次に浮かんだ決定のコマンドを押すと、一瞬のブラックアウトの後切り替わる。
東京ダンジョン10階層、辺り一面見渡す限り続く草原というのは東達が先程までいた1階層と似ている。
しかし所々に見受けられる湿地、そして幽々子の背後にある壁にはゲートではなく上り階段がある。
階段があるということはつまり、ダンジョンの下層に降って来たということに他ならない。
大半の生徒が不安に息を呑む中、東は一切怯むことなく首をかしげる。
「1階層と大して変わんねぇ気ぃするけどな。これならこのままサクッと行って階層主もポポーッンとやれちまいそうじゃん」
強がりでもなんでもなく東は本心からそう言った。
(どうせだったら15階層とか20階層がいいと言えば良かった。それなら本気で戦える。もっともっと強ぇ奴……バチバチするような緊張感をくれるような奴と戦いてぇんだよ俺は)
ここじゃあまだ物足りない、自分ならもっと下の階層でだって負けることはない。
行き場のないストレスを発散させるかのように大きく鼻を鳴らし、東はダンジョンの先を鋭く睨んだ。
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