春、入学の季節

 4月6日月曜日、今日は第一ダンジョン学園入学式。

 今日から代わった新しい制服に袖を通し、学校の敷地内にある会場の大ホールへと向かう。制服は学ランからブレザーに代わり若干慣れないが、ブレザーに少し憧れていたため気分は上がっている。

 それでも小中学校で毎日一緒に登校していた健悟と柑菜がおらず、1人向かう学校というのはやはり寂しいものだとしみじみ感じる。


 ともあれだ、今日は入学初日という新たな門出だ。健悟と柑菜もそれぞれの道を選んで進もうというのに、合格した俺がこんなでは笑われてしまうだろう。自分自身のことで手一杯なので、2人の分も頑張るなどと大層なことは言うつもりはないが、ひたすら前だけ見て真っ直ぐ自分の道を歩もう。

 気を引き締め胸を張り歩き出すも、現在入学式開始1時間前。


「だいぶ早く部屋出ちまったからなぁ……見学がてらあちこち見て回るか」


 部屋にいてもすることもなく落ち着かず、つい早く部屋を出てしまった。いや、することが無いと言えば嘘になるだろう。しかし部屋で大量に山積みされた、引っ越し用のダンボールを荷解きするのは少し、というかかなり億劫だったのでまた今度にしよう。

 そう考えて行く当てもなく歩き出す。


 辺りを見渡せば未だ新しい建物がいくつもの建ち並び、草木にいたるまで随分とこだわって刈られている。流石多数の資産家と国で経営されているだけあって、一庶民の俺からすれば豪華絢爛に過ぎた。

 しかもそれが東京のど真ん中にあるというのが驚きだ。まぁ、ゲートが付近にあり幾度も被害の出ているこの付近の場所であれば、土地代は随分とお安く済んだことだろう。

 それを踏まえてもここまで広くある必要があるかは知らないが。とはいえ、うろうろ散歩していて入学式に遅刻でもすれば目も当てられない。


 だから迷子にならぬよう何か目印になるものでも探そうかと、視線をキョロキョロ動かしていると、見知らぬ女生徒と視線がぶつかる。

 長く綺麗な黒髪で、背は少し低めだろうか。しかし顔立ちは大人びており、大人の女性になる一歩手前という感じだ。

 少し西洋っぽい雰囲気のこの学園の景色に見事に馴染んでいる。まず間違いなく上級生だろう。


 そんなことを考えていたせいで、つい視線をずらすタイミングを逃してしまった。ただ相手も見つめられたままでは困るだろうし、さっさと会釈して立ち去ろう。

 そう考え会釈したところで、女生徒は何か気付いたような顔でこちらへと距離を詰め、見た目通りの丁寧な口調で話し掛けてくる。


「あなた新入生さんよね?」


 女生徒の第一声でやはり上級生だと確信する。ならばこちらも敬語で返したほうがいいだろう。


「はいそうです。すいません、視線外すタイミングがわからず見つめてしまって」


「あら、気にしなくてもいいのよ。見つめていたのはお互い様ですから。私は生徒会長の|戒能由美子(かいのうゆみこ)よ。あなたは?」


 やはり上級生でしかも生徒会長様とは。俺とは違い式の準備とかで早く来ているのだろう。

 そういえばこの学園に出資している資産家に戒能って名前があった気がする。珍しい苗字だし関係者だろうか、だとすればこの妙に漂ってくるご令嬢オーラにも納得がいく。


「俺、じゃなくて自分は多桗真司です」


 相手に合わせ丁寧に名乗り返すと、生徒会長は人差し指と親指で顎をつまむようにして考え始める。

 俺の名前に心当たりでもあるのかとも思えない、俺はこの人に会ったのは間違いなく初めてだ。だから会長の次の言葉は予想外だった。


「あら、あなたが多桗君。聞いていた話と随分違うのね」


 何か問題を起こした訳でもないのに、想像と違ったと言われれば気にもなる。

 というか、俺って案外有名人だったのだろうか?とりあえず直接聞いてみるしかない。


「えっと……聞いていた話ですか?」


「えぇ、教員の方とお話をしていてあなたの名前が挙がったの。なんでも、試験内容そっちのけで1時間以上休みなしで、剣を振り回していたそうね。だから私てっきり粗暴な方と思っていたの。ふふっごめんなさいね」


 その言葉を聞いてあぁ、なるほどとようやく理解する。だが完全な誤解だ。俺は戦闘狂などでは断じてない。あの場面ではあれが適切だった、というか倒しても倒しても敵が現れるせいで前に進めなかったわけで。悪いのは間違いなく試験官なのだ。


「ともあれ誤解が解けてよかったです。まさかそんな風に伝わっているとは思いませんでした」


 自分の意思とは無関係だったにも関わらず、周りからはそんな風に見られていたとは全く恐ろしいものだ。俺はあくまでクールで無駄のない攻略者を目指しているというのに。


「ほんとにごめんなさいね」


 とはいえ、この人を責めるつもりはない。悪いのはあの時の試験官と、それをこの人に伝えた人間だ。勿論同一人物である可能性もある。


「いえ、お気になさらず。それよりお時間は大丈夫ですか?」


 俺がそう言葉を返したところで、会長は左手首に巻いてある、茶色の細いベルトの腕時計に目を遣る。

 誤解を招いた発言の人物のことなどは気になるが、この人を問い詰めるのは気が引ける。それに生徒会長であれば式の打ち合わせやら何やらで忙しいだろう。

 そしてどうやら忙しいという予想は当たったようだ。


「あらっ、もう時間ね急がなくちゃ。……そうそう、多桗君」


「はい?」


 まだ何かあるのかと問うと、まず会長の表情から笑顔が消え、瞳は負の感情に揺れ、トーンの落ちた声で意味深な言葉を発する。


「元々あなたには興味があったの。大切なお話があるから、今日学校が終わったら生徒会室へ来て頂戴」


 それだけ言い残すと返事も聞かず小さく会釈だけして立ち去っていく。つまり俺に選択の余地はなく、問答無用で生徒会室へ来いということだろう。

 ……たぶんよくない話の気がする。最後に見せた会長のあの瞳に俺は映っていなかった。あれは何かに対する憎悪の目だ、はっきりとは思い出せないが何処かであれと同じ目を見たことがある。だからたぶん間違いない。


「なんだか初日から嫌な予感がするんだが……」


 言い知れない不安に肩を落とし、会長の背を見送っていると、不意に別の女生徒に声を掛けられる。しかし今度の声は聞き覚えがある。


「真司くん、おはよっ!あはっ、やっぱ似合うねその制服」


「おはよう杏花。今日からよろしく、そっちも制服似合ってるよ」


 あれから杏花とはちょくちょく連絡を取り合う仲だ。短い仲とはいえ多少顔の知っている人がいるとだいぶありがたい。口には出さないが、1人はどうしても寂しい。

 杏花はあまり人見知りするタイプには見えないが、始めの時に比べると格段にフランクな対応になっているし、一緒にいると安心感を与えてくれる。たぶん顔だな、人を和ませる癒しのオーラ的なものが、ダンジョン以外でも出ているに違いない。


 話を聞いてみると、杏花も俺と同じで部屋でじっとしていられなくて早めに部屋を出たそうだ。

 それならちょうどいい、お互い暇なら式までの間しばらく雑談し時間を潰そう。ということで暫し時間潰し会場へ向かうことした。



 入学式の会場は収容人数2千人を超える規模。各種イベント事などで用いられるのだが、ここまで豪華である必要があるかは俺には判断できそうにない。


 少しばかり重く感じる扉を開け、上から新入生の座席の空席を探す。杏花もいるので、一応2人横並びで空いている席が好ましい。と考える間も無く席はすぐに見つかる。

 というか早く来たお陰で席にまだ余裕があった。勿論座るのは後方の列、まぁ特に理由はないが単に後ろの方が好きというだけだが。


 式が近づくにつれ新入生が次々と入ってくる。なんというかよく言えば個性的、そんな印象の新入生が多い。世間的に見れば将来の英雄候補だが、俺から見ればダンジョン攻略者になろうとする変わり者と思えば仕方ない気はする。まぁ、同じく攻略者になろうとしている俺の言えたことではないが。


 そしてその中でも目立つ見た目の1人が右側から俺の横の席へと近づいてくる。大人みたいな体格をした派手な金髪の男。なんせ胸板も厚く真新しい筈の制服が少しキツそうにも思えるほどだ。

 その男子生徒は俺の横の席を指差し尋ねてくる。


「この席空いてる?」


「空いてるよ」


 やはりでかい、背も180cm以上はありそうだ。そいつが隣にどっしりと座っただけで、一気に空間に圧力でも掛かったのかと錯覚すら起こしそうだ。見るからに健悟と同じ、前衛の盾職といった感じだ。

 ただ、席の空席を尋ねてくるあたり、礼儀とかはしっかりしていそうだ。強面の人が少しいい事をするだけで、凄くいい人に見えるのと同じ原理だろう。


「初めまして、俺は多桗真司って言うんだけど、君は?」


 だからこう尋ねれば、相手もしっかりと名乗り返してくれる。


「俺は剛力|東(あずま)。よろしく」


「そっか、それで東も戦闘科?」


 ダンジョン学園には3つの学科がある、1つは俺の入った戦闘科。残り2つは確か攻略サポート科とダンジョン調査科。戦闘系アビリティ以外の、鍛治系アビリティなどを所有する生産職メインが攻略サポート科。ダンジョン調査科は専門的な知識や、調査系アビリティを使いダンジョンそのものの謎を紐解こうという学科。

 東は見るからに戦闘科だろう、という勝手な決めつけで尋ねたが間違いなかったようだ。


「ん、あぁそうだけど。なんでわかったんだ?別に学科ごとに席が分かれてるわけでもないのに」


 本当にわからないのだろうか?どっからどう見てもその体格と顔を見れば戦闘科だろうに。しかし初対面の相手にそんな失礼な事を言うつもりはない。この場は適当に濁しておけば問題ないだろう。


「勘だよ勘。もう1つ勘なんだが、やっぱ盾職?」


 そう尋ねると東は驚いたように頷き、不思議そうに尋ねてくる。


「そうそう、凄いなお前の勘は。俺は最前線で仲間を守る盾職だ」


 実際なんも凄いことはない。見た目通りの印象を言っただけで、逆に見た目通りすぎてこっちが驚いたほどだ。

 かくして息の合いそうな東や、その逆側に座る杏花と会話しているうち式は始まった。


 ダンジョン学園といっても入学式自体はいたって普通。ダンジョン云々という言葉が時折顔を覗かせるも、誰かが壇上で話し、その次に別の誰かが話す。そしてまた別の誰かが話すその繰り返しであった。


 そして式の後半、生徒会長の答辞。生徒会長がマイクの前に立つだけで自然とざわめきが起こる。主に男子生徒だろう、ちなみに俺の隣にいる東も、なるほどなるほどと意味深な言葉とともに何度も頷いている。

 勿論その気持ちは大いにわかる、生徒会長は間違いなくかなりの美人だ。それに大人の色気的なものもある、それを後輩男子が見れば思わず溜息を溢しても文句を言う気にはならない。

 とはいえ、そんな男子の様子を見て逆に溜息をつき呆れ顔を浮かべる女子生徒は以外と少なく見えた。女子から見てもこれだけ美人ならばそれもやむなしということだろうか。


 そんな事を1人考えているうちにも、生徒会長の挨拶は終了する。

 流石は生徒会長ということだろう、人前で話すのも慣れているようで、まさに恙無くという言葉にピッタリな挨拶だった。


 ちなみに生徒会長はやはりあの戒能グループのご令嬢とのことだ。

 全国攻略者協会会長にして東京ダンジョン学園や、他の学園に莫大ともいえる資金援助を行う戒能グループの会長、戒能禅十郎。生徒会長の由美子はその孫娘にあたる。

 ただし生徒会長に選ばれたのは祖父の権力などではなく本人の力によってだ。由美子は名実ともに、東京ダンジョン学園の生徒会長に相応しいだけの実力も兼ね備えている。


 という話を先ほど杏花から聞いた。なんでも寮の隣部屋の子が噂好きの情報通で、その子からそんな話を聞いたそうだ。


「えっとこの次は学園長の挨拶だね」


 隣に座る杏花の小さな話し声に小さく頷きを返す。あの事件以来、実に5年ぶりの再会だ。そういえば杏花もあの時あの場にいたわけで、だから式の最中無駄話をしなかった杏花が、つい声を出したのだと遅まきながら察する。


 それはまさに赤一色。真っ赤な髪に、ワインレッドのスーツ、よく見れば爪とかも赤に染まる学園長、赤土朱夏。しかしながら何故か下品さを感じさせない、それどころか真っ赤なのが妙にしっくりくるのは不思議としか言いようがない。全く、5年前と変わらない。いや、5年前の赤はモンスターの返り血だったか……。


「新入生諸君入学おめでとう」


 ハリのある凜とした学園長の声がホール内に響く。それだけでホール内の空気はピリッという擬音すら聞こえそうなほどに引き締まる。


「私が東京ダンジョン学園学園長、赤土朱夏だ。かくいう私も少し前までは現役の攻略者だったわけだが……いや、この話をすると長くなるのでやめておこう。学園長の話は長過ぎると言われては敵わんからな」


 場を和ませようとしたのかはわからないが、ホールから笑い声などは起こらない。勿論教員も含めて。


「この場ではっきり言わせてもらおう、現在の日本でダンジョン攻略は行き詰まっているのが現状。最近では他国に大きく遅れをとっているという事を理解してもらいたい。だからこそ我々は大いに君たち若人に期待している。15年前のあの日……ゲートが現れたあの年に産まれた君たちにまで、ダンジョン攻略という重責を負わせるのは1人の大人として忍びない限りだが、この世界に住まう人間として君たちが戦うことを選んでくれたことに感謝する。そして君達には私からのありがたい言葉を授けよう。"ねだるな勝ち取れ、立ちはだかる全てを薙ぎ払え。"以上。君達の今後を活躍に期待する」


 少しというかだいぶ粗雑な言葉遣いかもしれないが、俺には妙にしっくりくる学園長の挨拶だった。特にねだるな勝ち取れ、然すれば与えられんを、勝手に立ちはだかる全てを薙ぎ払えと変えてしまうあたり、ホールの誰かが笑っていれば間違いなく噴き出していたことだろう。


 学園長の挨拶も終わり、いよいよ入学式は終了する。そしてこの後はいよいよクラス発表である。といっても戦闘科が2クラス、攻略サポート科とダンジョン調査科は1クラスずつしかないため、他の科にとってはあまり意味のないようなものかもしれない。


「同じクラスになれるといいね」


「そうだな」


 力強く拳を作る杏花に若干圧倒されつつも、その言葉には大いに同意だ。同じクラスでパーティーを組んだりする場合、杏花ほどの優秀な逸材は是非とも仲間に入って欲しい。強要まではしないが、クラスでパーティーを組む際には頭を下げることも辞さない覚悟だ。


 そんな覚悟を決めているうちにも、壇上では既に4人の教員が名簿を持ち立っている。おそらくあれが新入生4クラスの担任だろう。よく見ればそのうちの2人は実技試験の時見た試験官だ。

 1人は少しパーマがかったショートボブ風の髪型の女性、戦闘科の試験にいたわけだし戦闘科の担任である可能性が高いが、少し頼りないような気もする。

 なんせ隣にいるもう1人の教員がスキンヘッドにサングラス、そしてThe・体育会系とアピールしてくる筋肉を兼ね備えた男性教員だからだ。

 正直優し過ぎるよりも厳し過ぎるほうが俺としては助かる。それもそうだろう、ダンジョン攻略者に甘えは必要ないのだ。だからできればあっちのスキンヘッドのおじさんのクラスを俺は希望する。


 そして新入生達が固唾を飲んで見守る中、ショートボブの教員がマイクの前に立つ。


「一年A組ダンジョン攻略学部戦闘科の担任を勤めさせていただきます、鬼嶋幽々子です。それでは出席番号順に名前を読み上げます───」

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