合格発表

「ほら落ち込むなって、これ飲んで元気出せよ」


 だいぶ強めに肩を叩かれ振り向くと、そこにはいつもと変わらぬ笑顔でペットボトルのコーラを差し出す健悟。

 昨日行われた実技試験で自分もゴールできなかったにも関わらず、俺のことを励まそうとする心意気やよし。だが一つ言わせてもらいことがある、結果が出てないのに俺達が試験に落ちたと勝手に決めつけてもらっては困る。


「まだわかんねぇだろ。受かってる可能性もゼロじゃない」


「いやいや、ゴールできなかったんだから不合格だろ。初めっから2時間でゴールしてくださいねって言われてたわけだし。でもありゃ仕方ねぇって、運が悪かった」


 確かに運はついてなかったことは認める。それでも俺は合格の可能性は十分あると信じている。

 健悟と柑奈に関してはなんとも言えないが、少なくとも俺と杏花は十分合格圏内だと思いたい。


 あぁ、まったく昨日は酷い目にあったものだと昨日の出来事を思い出す。




「くそっ、キリがねぇ」


 どこで聞かれているのかわからないので、ふざけんなよくそ試験官という言葉をギリギリ飲み込み、再度剣を振る。

 既に5体以上倒したはずだが、影の兵士は減るどころか何処からともなく湧いては増える。


 端的に言えば絶対絶命、だがあえて言おう、今が好機であると。

 これが本物のモンスターであれば命懸けのやりとりなわけだ。実際危うくモンスターに殺されかけたとなれば、後ろにいる彼らのように心が折れていたかもしれない。

 だが、こいつらはモンスターではなく、しかもこれは試験である。つまりここでいいところを見せれば間違いなく高評価、いや合格できると言っても過言ではない。


 ならば使うしかあるまい。敢えて、敢えてここまでとっておいたとっておきを。


「|武器具現化(ウェポンエンボディ)」


 空中に浮かび上がる5本の剣、自分が手にしている剣に比べれば数段見劣りするただの剣。

 正直言うと5本同時に自称エクスカリバーを具現化するのは今の俺には不可能。代わりに5本の剣に貫通力上昇を付与させ具現化。

 それをどうするか?答えは簡単、掴んでは投げる、それだけだ。

 一本また一本と剣に縦の回転が掛からぬよう真っ直ぐ押し出すように投げ、減るごとに剣を再び具現化していく。

 さらに柑奈の支援系アビリティで肉体を強化し、杏花の回復系アビリティで傷だけでなく体力も回復。まさに永久機関が如く、ただひたすらに敵と戦うマシーンと化す。


 これならいくらでも戦える、いや戦ってみせる。血に飢えた獣が獲物に襲い掛かるが如き勢いで、貪るようにことごとく敵を切り裂き貫き打ちはらう。


 ───そして終わりの時はやってきた。


「2時間経過しました。実技試験は終了です。救護班のヒーラーが向かいます、動けない受験生はその場で待機、その他の生徒は試験官の指示に従ってゲート入り口付近に集合してください」


 アビリティによる音の増幅、もしくは広範囲に向けてのテレパシーによる試験終了の合図。戦闘中でも一字一句聞き漏らすことなく確かに聞こえた。

 が、その言葉を、いや試験終了という現実をさっぱり理解できない。


「試験終了?つまりどういうことだ……。あれ?まだゴールしてないぞ……しまっ」


 気が付けば影の兵士達は嘲るように退散し始めている。実際何か言われたわけではないが、まるで烏に鳴かれバカにされたようなこの気持ち。

 そしてようやく試験終了という言葉の意味を、ゴールできなかったという現実を頭が理解し始める。自分は失敗したのだと。


 そして半ば呆然としたままゲートまでの帰路につく。

 途中健悟が笑って言ったお前戦闘バカだな、という言葉に反論しようとしたものの、女子2名の苦笑いでようやく悟った。どうやら俺は戦闘バカだったらしい……。


 ともあれ終わってしまったことはどうにもならないのだ。ダンジョンの中では魔法が使えるとはいえ、時間を戻すなんて大それたアビリティの報告はない。せいぜいモンスターの体感時間を止め、一瞬動きを止めるアビリティが外国で確認されているくらいだ。


 時間も経ち気持ちの整理が終わる頃には、案外合格できる可能性もあるのではないかという余裕すら生まれ。

 ダンジョンの外に出た時には既に、それはほぼ確信へと変わっていた。

 なんせ自分はあれだけの戦闘力を試験官様に見せつけたのだから、と。




 ───そして今に至る。


 というわけで、俺の合格は十分あり得る、あれだけの強敵である影の兵士を20体以上たおしてやったのだ。あと杏花もほぼ合格するだろう。なんせあの無尽蔵とも思える魔力と回復量は異常だ。

 杏花がいなければ俺が1時間もぶっ続けでモンスターとの戦闘なぞ出来うるはずもなかった。おそらく10体も倒せずにとっくに力尽きていたことだろう。


 だから先ほど健悟が言った運が悪かったというのは誤り、むしろその逆と言っても差し支えない。


「逆だよ健悟、俺達は運が良かったんだよ」


「運が良かった?疲れて頭がどうかしちまったのか?」


「しょうがないな、一から説明してやる。お前の頭でも理解できるようにな」


 そう言うと健悟からコーラを受け取り蓋を開け、喉を潤すべく一口飲む。

 どうせ今日はすることがない、人事を尽くして天命を待つ状態なのだ。健悟相手に説明するならば、ちょうど良い暇つぶしになってくれるに違いない。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 国立第一ダンジョン学園本校舎4階、学園長室と札の掲げられた室内で2人の女性が向かい合い座っている。

 1人はワインレッドのパンツスーツに真っ赤な髪という派手な装いの赤土朱夏。現役からは退いたと公表しているも、その気配の鋭さは衰えを知らない。

 その向かいに座るのは、先日の第一ダンジョン学園実技試験において、真司達の受けた1日目の試験の試験官を務めた鬼嶋幽々子。幽々子は珍しく緊張で顔を強張らせ、冷や汗すらも浮かべている。

 それもそのはず、幽々子は先日の件で話があると呼ばれており、なぜ呼ばれたのかという意味を大いに理解している。つい熱くなって犯した失態は今更どうにもならない。


「攻略科の試験は受験者が多いから、受験者を3日間に分けて行いました。試験内容は全く同じ、一階層の階層主前の扉まで自分達の力のみで来ること。まぁ、然程難しいというほどでもないな」


 朱夏にしては丁寧過ぎるその口調は、幽々子の不安を煽るには十分過ぎるほどの効力を発揮する。


「……はい」


 覇気なく答える幽々子の返事に大きく頷き、朱夏は続ける。


「3日間合計で87人が扉の前まで来ました。2日目が38人、3日目が43人、さて1日目は何人扉の前まで来れたでしょうか?」


「……はい」


「はいじゃない、答えてみろ」


「……6人です」


 しかしその答えを聞いた朱夏は破顔し大声で笑う。大きな声に一瞬ピクリと反応する幽々子だが、その表情を見ればあぁと納得に至る。そういえばこの人は真面目とは無縁の人だったと。

 そうして主に幽々子が張り詰めさせていた部屋の空気は一気に弛緩する。


「相変わらずだな幽々子。どうだ面白い奴は見つけたか?」


 普段冷静なお前が熱くなる程のガキはいたのかと、身を乗り出し尋ねる朱夏の表情は実に興味深げだ。

 幽々子は人差し指を頬に当て、ファントム越しに対戦した受験生達の幾人かを思い出す。


「えぇ、何人か。特にレベル3のファントムを一刀で斬り伏せた輩に、A級攻略者に匹敵する魔力量を持った|回復役(ヒーラー)はかなりのものでした。えぇと確か多桗真司と灰音杏花とかいう───」


「ほぅ、ファントムのレベル3を……ん?多桗……灰音……ふむ聞いたことある名だな。」


「お知り合いですか?」


「んー、知り合いだったか……」


 朱夏は腕を組み直し大きく首を傾げると自分の記憶を数年前まで辿っていく。

 モザイクがかった薄っすら残る記憶、しかし自然と右の脇腹にある古傷に手が伸びようやく思い出す。


「あぁ思い出した。5年前の事件の時一緒にいたチビどもがそんな名だったか」


「なるほど、道理で肝が座っていたわけですか。普通あれだけ攻撃を喰らえば腰が引けるものですが、回復と同時に平然と向かってきましたからね。あの時は頭のネジが数本飛んでるのかと思ったほどです」


「いやいや、あの時ダンジョンに数本置いてきたのかもしれんな。なんせ20階層クラスのモンスターがこっちの世界に来ようと、わざわざ一階層まで遊びに来たところにばったり遭遇したのだからな」


 そんな光景想像すらしたくないと、幽々子は肩を竦めポーズをとる。


「……それはそれは。それではネジが足りなくなるのも仕方のないことですね」


 全くその通りだと朱夏は豪快に笑い、さらに幽々子のお眼鏡にかなった受験生の名を聞き出していく。


「よし、じゃあ今名前出た奴ら全員合格!元々ゴールしたかどうかなんてあんまり関係ない。強い奴の後ろにくっ付いてお零れに預かろうなんて輩がいるかは知らんが、実力さえ見せてくれれば何をしようが構わない」


「ふふっ、朱夏さん昔と変わってなくて安心しました」


「日本のダンジョン攻略も、近年じゃ他国に後れを取ってるからな。正直なりふり構っていられる場合じゃない。わざわざ最前線からお前を引き抜いたのも、数年後を見据えて新戦力育成してもらうためだしな」


「わかってますよ。それに安心してください、先日気付いたんですがね、私って案外子供好きで教育者向きだったんですよ」


 実に意外だと目を丸くする朱夏だが、幽々子は本気だと自信有り気に頷いてみせる。

 割と長い付き合いながら今更知った事実ながら、それは嬉しい誤算とばかり笑みを浮かべる。


 一つ問題があるとすれば、幽々子は教育という意味を履き違えていること。

 しかしそれは後々、生徒達を大いに成長させていくことになる。ただし生徒達の精神を音速すら超える早さで擦り減らしながらだが……。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 2月27日火曜日、今日は実技試験合格発表の日。

 じんわり手汗で滲む右手で携帯端末を握り締め、第一ダンジョン学園のホームページを開き待機する。

 発表は正午、つまりあと1分で発表される。まぁ、自信はある。あるのだが……この指の震えは止められそうにない。

 そして隣では健悟がカウントダウンを始める。そして0と言った瞬間画面タップし、4桁の数字がズラリと並んだ画面へと変わる

 俺の受験番号は0892、健悟と柑菜とは連番で健悟が0890、柑菜が0891。


「0802…0803…0863…0880…0892…あった」


 あったのは俺の受験番号のみ、健悟と柑菜の数字は見当たらない。なんとも声をかけ辛い状況だ。柑菜は兎も角、健悟の番号がなかったのは意外としか言えない。

 こういう時素直に喜べないのは少し辛いものがある。一緒に戦ったのだ、一緒に合格できないのはどうにも悔しい。


「くっそー真司だけかぁ。なら俺もいい線いってたんかなぁ。賄賂……いや、色仕掛けでまた八百長したのか?」


 俺が気まずそうにしていたのに気付いたからだろう、健悟は敢えて明るく振る舞い軽口を叩いてくれる。やはり得難い親友だ、寂しくもあり、少し不安になる。だが、せっかく気を使ってくれたのに、受かった俺が不安を見せるわけにもいかない。


「なんだよ色仕掛けって!実力だよじ・つ・りょ・く」


「ふーん、真くんまた色目使ったんだぁ〜へぇ〜」


 なぜそこに食いつくのか予想すら及ばないが、どうやら柑菜も相当不機嫌なようだ。

 しかし柑菜が落ちたのは少しありがたい、俺のことが心配だから、なんて理由でダンジョン攻略者になるべきではない。なってはいけない。


 なんだかんだで祝ってくれる健悟と柑菜に感謝しつつ、今後の進路について話している俺の携帯から電話の着信音が鳴る。表示されているのは実技試験の後、連絡先を聞いた杏花だ。

 ちなみにあの後も、"それだけ"の言葉に続く要求を聞き出そうとしているものの、未だ成功には至っていない。


「もしもし」


『あっもしもし真司さんのご自宅っ、じゃなくて、えっと真司くんですか?」


「そりゃ俺の携帯だからな」


『あははは〜ごめんね。あっ見たよ合格おめでとう。あのね実は私も受かってたんだ。真司くんの言う通りだった』


 予想通りというかなんというか、他のヒーラーが魔力切れを起こす中、1人で俺と健悟さらには倒れてる他の受験者までヒールしていたのだ。これで杏花が落ちるようなことがあれば、試験官の目が節穴か職務怠慢のどっちかだろう。


「そうかおめでとう。じゃあ4月から同じ学校だな、よろしく頼むよ」


『うんっ!こちらこそよろしくお願いしますっ!痛っ……えへへ、頭ぶつけちゃった』


 電話越しなのに勢い良く頭を下げたのだろう、結構派手な音がした。ダンジョン内であればヒールですぐに回復できるだろうが、外でそういうわけにもいかない。


「杏花意外とドジだよな、気を付けろよ。一旦切るよ、じゃあな」


『うん、ばいばい』


 電話を切ると左右からニヤけた視線と睨むような視線の板挟み。

 言うまでもなく前者が健悟、後者が柑菜だ。


「ひゅーひゅー、早速彼女とお電話ですかな真司くん」


「心配だよっ、私凄く心配。真くんまたそうやって色目使うから。誰これ構わず優しくするのは本当の優しさじゃないんだから」


 健悟は兎も角柑菜は大いに勘違いしているようだ。俺と杏花は当然そんな関係ではないし、今後もそうなる予定はない。同じ学校に入学する仲間で、しかも将来有望なヒーラー様だ。今のうちから仲良くしておいて損することはない。


「ふざけろっ!ダンジョン攻略者になろうっていうのに、彼女なんて作ってる暇はないんだよ」


「まぁまぁまぁお二人さん。兎にも角にもおめでとう真司。俺も別の道で頑張るからよ、なっ柑菜」


「……うん、おめでとう。無理はしないでね」


「おう。ちゃっちゃとS級攻略者まで駆け上がってやるさ」


 現在の日本における最上位攻略者ランクのS級、まず目指すはそこだ。

 実技試験に合格しただけで満足なんてしていられない、本当に大変なのはここから。そう、今ようやく始まったばかりなんだ俺の冒険は……。

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