第3話 授かりもの
(あんたはね、特別な
その言葉を聞かされたとき、メリジュスは泣きたいような、笑いたいような気持ちになった。そして、そんなメリジュスの想いを察してか、母はいっそう厳しい顔つきになって眉をよせて言いつのった。
(あんたはね、特別な子なんだよ)
(特別って、母さん、それはどういうことなの?)
言葉の意味を問うても母はけっして教えてはくれず、そうして病で亡くなった。母が死んでから、べつの使用人たちが母について教えてくれたことは、母も父親の知れない娘であり、十四歳でやはり父親の知れないメリジュスを生んだということだ。
メリジュスの父という男は、屋敷で宴がひらかれたとき招かれた異国の貴族の男だそうだ。たまたま給仕についた母が彼の目にとまり、その晩にお手がついたらしい。そして三日ほどの滞在のあと何も言わず去って行ってしまったという。珍しくもない。
そしてこの地では、そういった父親のいない子どものことを《人魚の落し子》と呼ぶ。
長じるにしたがってメリジュスは《人魚の娘》と呼び習わされるようになった。その言葉には侮蔑の意図もあれば、原始の神々を信仰するこの地方特有の大らかさもふくまれており、父の知れない子は皆自然のもたらしたものという寛容な意味もこめられている。
三年ほどまえ、屋敷での宴の折り、旅の吟遊詩人がメリジュスに小声で教えてくれたことがあった。
「あんたはこの地に生まれて幸せなんだよ」
母親を亡くした最初の秋の実りの頃で、村人や屋敷の人々の楽しげな笑い声が無数の針のように、メリジュスの心に刺さっていた。
「よそじゃ、父無し子には、世間は冷たいものだぜ。まっとうな仕事になんかつけやしない。ほかの土地に生まれていたら、あんたみたいな娘は、ご領主様のお屋敷なんぞでは、絶対雇ってもらえなかったぜ。せいぜい酒場の女給で、行く末は娼婦にでもなるしかないぐらいだ。男ならその日仕事で一生終わるもんさ。あんた、幸せだよ」
だから俺は吟遊詩人になんったんだ……。男は自分も父親が知れないから、と小声でつけくわえた。
「あら、あなた、これでもわたしが幸せ者だっていう?」
いつもしっかりとかぶっている灰色の被衣をメリジュスは払いのけてみせてやった。後ろでまとめていた赤毛の髪が波のようにゆれ、吟遊詩人は一瞬、目を見開き、それからすぐその目を伏せた。
つねに被衣をかぶっているせいで、メリジュスの頬や首筋は日焼けすることのない深窓の貴族の令嬢のように美しい真珠色だが、ぽつり、ぽつりと、左頬から顎、首筋にとかけて、まるで墨でも塗ったかのような青黒い痣がいくつもちらばっている。
なまじ色が白いだけに、無残なほどその残酷な青黒い痣はくっきりと浮きだして見え、見る者の背を寒くさせるのだ。幼い頃はそれほど思わなかったが、成長してくるにつれその痣はメリジュスの心を削ぐように少しずつ、けれど終わることなく傷つけつづけた。
村はずれに住む薬草にくわしい老女からいろいろ聞いて、自分でもさまざまな薬草を試してみたが、痣は消えるどころか、かぶれてかえって肌が荒れたほどだ。新しい神にも祈りをささげてみたが、新しい神の耳には届くことがなかったらしく、なんの変わりもない。
一番つらかったのは、都会から来た太った商人に、黒死病患者と勘違いされたことだ。
「何故この村では黒死病患者を隔離しないのですか?」
その場にいた
「なんと、哀れな。神の懲罰か悪魔の愛撫か」
神の懲罰か、悪魔の愛撫か。
この痣はそういうものなのだろうか。人々の嫌悪や嘲笑に慣れていたメリジュスもさすがに青ざめた。
「あんたの、その酒樽のような腹はどっちなんだい? なかにつまっているのは神様のげっぷかい? 悪魔のおならかい?」
やはりその場にいたアルディンがそう叫んで大人たち――商人の従者もふくめて――を笑わせ、兄の眉をしかめさせ、父の叱責を買って場がにぎわなければ、メリジュスは涙をこぼしていたかもしれない。
そういったつらい経験をかさね、メリジュスのなかには覚悟に近い決意がはぐくまれた。
この痣があるかぎり、おそらく一生自分はどこかへ嫁ぐことはおろか、誰かと恋に落ちることもないだろう。
(これが、わたしの運命なんだわ)
一生一人で生きて、寂しくとも母のように悪い男にもてあそばれて捨てられるような人生だけはおくるまい。
(誰にも憧れたり、ましてや、恋をしたりなんかしないわ。絶対に手に入らないものを望んで、これ以上不幸になるのは嫌だもの)
孤独はつらいが、最初から割りきって諦めていれば、つつましやかな自尊心だけは守れる。メリジュスは心を
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