未来視 Ⅱ

 私にはわからない。

 多くの人間が自分の好きなように物事を勝手に回していく。それは他人の承認なしに物事を進めていく。

 私が嫌なことでなってもそれを「おまえはそういう人間なんだしさ」といって、他人の印象を自分で操作し、それを周りの人たちへと巻き込んでいく。


 私は自分のことを表に強く出せない人間であった。それ故にいろいろなことに巻き込まれてきた。多くのことは大したことではなかったが、その大した事のない事柄が重なって、私の人生というのは大きく狂っていった。それも私の周りにいた人間たちの身勝手によって。



 なら、私も身勝手にふるまっても問題はないだろう。



 だから私は自分の好きなように、好きなように私の周りの環境を壊していこう。


 その決心がこの世界の根幹に影響を与えていく。







「はい。事件ですか?事故ですか?あなたは当事者ですか?目撃者ですか?」


 電話から聞こえてくるそのテンプレートの回答に合わせて慌てたような声と自分が疑われてしまうのではないかという疑念の声がさらに続く。


「あ、あの、新宿にある映画館に爆弾が仕掛けられてると…思うんです…」


「爆弾…ですか?それはどういうことですか?」


 電話に答えた警官は判断を鈍らす。普段であればこの手の類の通報はいたずらであるのが大半である。しかし、その電話の声の主の必死さとその声の若さから出る誠実さからはウソを言っているとは思えないが、唐突に爆弾がしかけられているんですと言われるとこれもまた信用することが難しい。なによりもこの声が何にも加工されていない女性の地声であるために判断が難しい。なにも女性がこの手のいたずらをするはずがないと言っているわけではない。

 とりあえず、その電話の女性と状況の整理をするために落ち着かせる。


「その、爆弾というのはどういういことなのかと。あなたが誰であるのかをうかがってもいいでしょうか?」


「だから、本当に仕掛けられてるんですって!!本当なんです!!信じてください!!!」


 その声はものすごく震えていた。焦りと怒りの混じった声はその警官の心の奥に刺さっていく。

 そして、警官はそのあとに聞こえてきた女性の涙ともとれる声の音を聞き、その女性が噓を言っていないと信じ、具体的なことを聞こうとしたときにはその電話が切れていた。

 なぜ、彼女は唐突に電話を切ってしまうのか。何かやましいことがあるのではないか。それとも、彼女は自身がその爆弾を仕掛けた犯人ではないのか。やはりいたずらであるのだろうか?

 と、電話に応えた警官はその”電話を切る”という行動が信じたその電話の主のことを信用しにくくなる要因の一つになってしまう。

 繰り返すがこの手の「爆弾を仕掛けました」というのはいたずらが多い。それもかなりの数が通報されてくる。中には変声期を使って本当に仕掛けたかのような演出をしてくる輩もいる。

 一応の録音はしてはいるが、この電話をしてきた主を特定するにはかなりの時間を必要としてしまう。しかし、この電話の主を探し出してその真意を問いただすにもその声の主の必死さから状況はかなり緊迫していると見える。

 もしかしたら、彼女自体が脅されていてやらされたのかもしれない。そうすると彼女の身体が危険になる。


 まあ、ともかく報連相だ。疑念を持ちつつ警官かれは報告に向かう。


「はぁ?爆弾を仕掛けただぁ?それも新宿の映画館に?」


「はい。通報してきた女性はそういう風に言っていました」


 通報を受けた警官は自身の上司に先ほどあった通報の内容を録音したデータとともに報告する。

 その録音を聞き終えた彼の上司は…。


「っま、十中八九いたずらだろうな」


「やはり、いたずらですか…」


「まず、第一に本当に仕掛けれるてるんなら、どこの映画館かわかるだろ。しかし、こいつはそれを言ってない。あくまでも『』って言ってるんだ。それも思うまでつけてな。あと、『新宿にある映画館』ってなんだよ。新宿に一体いくつの映画館があると思ってんだ?」


「確かにそうですが…。そんなウソをこんな必死な、それも泣きそうな声で言いますか?」


「それが演技ってもんだろ。もういい。これはイタズラだ。忘れろ」


 そう言って、その報告をいたずらで処理する。どちらにしてもこのようないたずらは問題である。この後の処理はできるだけ力を使わずにこの通報の犯人を特定して、お説教なりなんなりをするだけだ。

報告をした彼はしぶしぶ上司の前を去り、疑問を持ちながら自身の仕事場に戻る。これ以降は彼の管轄外になる。


 こうして善良な警告はないことになってしまう。







 2028年5月3日11:00



 本日から今年の大型連休、ゴールデンウイークが始まる。今年は最大で6日の休みをとれるとテレビのキャスターが言っていた。ゴールデンウイークの天気は概ね快晴の予報となっているため、各地の観光スポットや行楽地は大変混雑するだろうと言われている。そのためかこの新宿駅も多くの人たちでごった返していた。

 ある人は買い物へと向かうため新宿通りへと繰り出し、ある者は連休中に新作のゲームを買おうと大型家電量販店を目指す者もいる。

 それぞれの人間が楽しむ目的をもってその場所を訪れている。その人々の中に悪意を持ち人の幸せを崩壊させようとしている男が目的の場所へと歩みを進めていた。

 目的の場所へとついた男はその目標ターゲットを確認する。

 男が入口に入ると目を疑うような光景がそこに広がっていた。


「あのここは危険なんです!!危ないんですって!!」


 一人の少女が一階玄関のエレベーターホールでこれから映画館に向かう人間たちをこれより上の階に行かせないように必死に防いでいたが、人々はそれを無視してエレベーターに乗って上の階へと上がっていく。


「だからっ!!」


「うるせぇ!!」


 一人の男が少女のことを突き飛ばす。近くにいた女性が突き飛ばされた少女のことを起こして、突き飛ばした男のことを睨む。しかし、その女性も少女の「個々の映画館に行ってはいけない」という狂気に満ちたような声かけに、そそくさと逃げていった。

 私のところにもその少女はやってきて「この上には上がって危険だ」ということを言ってくる。この時は、私は恐怖の感情と私と一緒の部類の人間であるという共感を得た。恐怖はこの人間は私がこれからしようとしていることに気がついているかもしれないという感情。そして、この人間は他人に振り回されて、他人を振り回しても構わないという私と同じ発想を持った人間であるという共感であった。

 私は少女にこう告げる。


「他人のために自分を削るなら、他人を削った方が身のためになるよ」


 本当に一言だけ告げて私は上の階へと赴く。そう、他人に何かをしてあげたところで所詮は自分の元へと何も帰ってなどこない。あの少女のように自分を傷つけるだけだ。相手が好き勝手に自分らのことを傷つけるのであれば、私も他人のことを好き勝手に傷つけてもころしても構わないだろう。


 周りに何ら違和感を与えないように私はエレベーターに乗り込む。扉が閉まった瞬間、連れ同志で先ほどいた少女の話をし始める。その会話はどれも否定的なものであった。中には何かの精神異常者か宗教団体の悪質な嫌がらせ何だろうという声も聞こえた。やはり、他人というのはゴミでしかない。

 目標の階に到達し、エレベーター内にいた人間たちは各々が外へと繰り出し、チケットの購入やポップコーンを買いに急ぐ。

 やはり、休日なだけあって人が多い。多少のものを落としていってもバレないし発見もされにくいだろう。


 ならば、小さくて殺傷性の高い小さめの爆弾一つで十分であろう。


 私は力を集中させ、一つの物体をその手に生み出す。どこからともなく直径10cmにも満たない小さな塊を生み出す。

 さて、これをどこに置いたものか…。人が多いしとりあえずこのアニメのモニュメントの様なものの後ろにでも仕掛けておくとしよう。

 男は不自然に感じ取られないように細心の注意を払って、そのモニュメントまで近づき、その手に生み出した物体をそこに落として去っていく。


 周りに悟られないように男は下のエレベーターホールに戻ってくる。

 先ほどの少女が見当たらない。

 どうやらここのスタッフに追い出されたようだ。まあ、当然と言えば当然だ。営業妨害であるのだから。

 あの少女のことは少し気になるが、そこまで気に留める必要はないだろう。また、私の前に現れたら考えればいいのだ。他人のことなんて考えていたら私の身が持たない。第一他人の身勝手に私が付き合う必要はないのだから忘れてしまおう。

 私も早くここから離れなければ、私自身も爆発に巻き込まれてしまう。爆弾のサイズは一番小さい部類のものを作ったが爆発範囲、殺傷能力はトップクラスの代物だ。早く、ここから立ち去ろう。

 そして、スイッチを入れよう。


 私の身勝手な人生らくえんパレードを!!



 男が新宿駅に着いた時にはその映画館を火の海に包まれていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

存在の楽園 佐山未来 @sayamamirai

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ