朝ごはん前の運動

 闖入者の大男達を縛り上げて、村の自警団に引き渡し終えて、場所はイーアの住む小屋の玄関口。


「アイツら、何だった?真昼間から強盗な訳ねぇし……なら、強姦…?」

「いやいや、それはない、かな?私みたいな枯れ女にいくら何でもないよ。ないない」


 手をパタパタ振って、ないないと言い張るイーア。

 そんな彼女の頭から爪先まで眺めて、ウィードは思考する。


 身長は高くはないが、見た感じ10代そこそこだろう。美人というよりも可愛らしさを残す顔だちをしている。

 黄金色に輝く瞳は美しく、さらりとした艶やかな赤髪は1度梳いてみたいと思うほどだ。

 深緑色のディアンドルを着込み、まさに村娘と言った感じである。

 服の上からではあるが、出る所はまぁ出ているほうではあろうか。


 そこまで考えて、ウィードは首を降る。

 何考えてるんだ、俺は。


「どうかしたの、かな?」


 ほら見ろよ、俺。変に見られたじゃねぇか。

 急に黙り込んだウィードを訝しむようにイーアが尋ねてきたが、「何でもない」と、言って誤魔化した。

 女の子の前で話していい内容じゃないことに、今更ながらに気付いて反省。


「うーん…ダメだな、こりゃ。新しいのに変えるしかなさそうだな」

「そっかぁ…。ここまで派手に壊されてたら仕方ないよね…」


 破損した玄関口の扉の具合を確かめてイーアに伝えると、彼女は「また変えなきゃなぁ…」と、項垂れる。


「またって事は、やっぱり何度もやられたりするのか?」


 何度も打ち付け直したかのようにボロボロになっている枠の金具部を確かめながら尋ねてみた。


「そうよ?時々だけど、似た感じの人たちが来てこんな感じに、かな?」


 何でもない事のように彼女は話して、


「その都度、追い返してきたけどね。私、強いから」


 さらりと言いのけた。


 イーアが強い?何を言ってるんだ、この非力そうな少女は。


「あー、絶対に信じてないって顔してる!」


 バレたか。いや、顔に出てたのか。


「だって、お玉振り上げたまま惚けてたじゃん」

「だって、追い返そうと思ったら、急にウィードくんがアクロバティックに現れるんだもん!驚かない方がおかしいよ!」

「はたから見たら緊急事態だったんだから仕方ないだろ……」


 あの光景を見て焦るな、という方が無理かある。

 そうボヤいて頭を搔いていると、イーアは腰に手を当てて、


「わかったわ。私も強いって事を証明してあげるわ」


 そう言い放ち、ウィードにビシッと、指を突き付けてきた。


 ◆◇◆◇


 2人は、また小屋の裏手へと場所を移し、お互い5メートル程の距離を取っる。

 イーアは、薪の山の中にあった棒切れを手に取り、指先でくるくると回し、正面にいるウィードは、先程薪割りの時に借りていた軍手をはめた両手の指の関節を鳴らす。


「怪我しても知らねぇぞ」

「大丈夫大丈夫!いいよ、かかっておいで?」


 おいでおいでと、散歩に誘うかのような気軽さで、棒切れを持つ手とは反対の手で手招きをするイーア。


 はぁ、と溜息を吐いて、その場で何度か軽く跳ねる。

 流石に少女相手に本気で攻撃するわけにも行かない。


 少しビビらせてやるか。


 ウィードは、体内で眠ったいた魔力を熾す。

 火がついて徐々に体内に巡り行くように、全身が熱くなっていく。


 今使うのは、瞬間的な脚力。

 魔力を脚全体に馴染ませるイメージ。

 軽く跳ね、膝を曲げて沈み込むように着地した瞬間、魔力と溜め込んだ膝のバネを爆発させる。

 5メートル程の距離を一気に詰めて、イーアの鼻先で握り拳を止めるつもりで撃ち放った。


 多分さっきみたいに驚くんだろうな、なんて考えていたウィードの視界から、イーアが消えていた。


「どこ見てるのー?」


 すぐ隣から声が聞こえ、そちらに顔を向けると、


「隙ありー」


 ウィードの頬に指を押し付けられた。

 見るとイーアは、にひひ、とイタズラっぽく笑っている。

 ハッとなって、飛び退って距離を取る。

 どういう事なのか、彼女がどうやって避けられたのかが理解できない。


 イーアは、後ろに手を組んでウィードの次の行動を待っているようだ。


「ふっ…!」


 浅く息を吐き、再び魔力の巡る脚力を爆発させる。

 ドン、と大きな音を出して踏み抜いた地面が破裂した。


 恐らく、さっきは油断していた隙を突かれたのだろう。今度は油断せず即座に終わらせてやる。


 一瞬でイーアの背後に回り込み、後ろ手に持つ棒切れを叩き落とそうと、貫手を振り下ろす。


「あまり乱暴にされるのは嫌かな?」


 イーアは、背後に回り込んだウィードが見えてるよ、言うかのように、振り下ろされた貫手をひらりと躱して、手に持つ棒切れでウィードを地面へと叩き伏せた。


「嘘、だろ……」


 地面に倒れて驚くしかなかった。

 ごとりと転がり、空を仰ぐ。

 空は雲がない澄み切った青のパレットのようで、そこに浮かぶ陽光が眩しくて憎たらしい。

 そうやって空を眺めていると、イーアが腰を曲げてウィードを見下ろしてきた。


「ウィードくんって猪突猛進、っていうの、かな…?猪みたいに真っ直ぐにしか来ないかなと思って、あなたが魔力を熾したのを視て横にズレてみたの」


 そしたら案の定、かな?と、肩を竦めてイーアは話した。

 だが、ウィードはそんな事よりも気になる事を耳にして驚愕する。


「魔力を熾したのを見て、だと…?」

「うん、そう。だけだけど…?」

「魔力っつーのは、体内に巡るもんだろ…?それも魔力を熾したのが見えたって、いくら何でも」

「あー、その事ね…前にある占星術師に教えてもらったのよね。あ、占星術師ってのはね────」


 星々や惑星の位置で占う咒師まじないしの事だろう。知ってる。


「あ、そう…。でね、その人が言うにはね……占星術師が行う星詠は、星や惑星の運行を詠み取る事によって視る技術。体内を巡る小魔力を星々などに見立てて事でわかるようになる技だー……だったかな…?」


 イマイチ要領を得ない分かりづらい話だな。


「仕方ないじゃない。だってよくわかんないまま教えられたんだもん」


 いや、よくわからんのなら教わるなよ。


「だって面白そうだったし」


 さいですか……。


 大きな溜息を吐く。

 負けた事は悔しいが、何だかどうでもよくなってくるから不思議だ。


「さ、そろそろ朝風呂に入ってきたらどう、かな?ちょっと汚れちゃったし、ちょうどいいよね?そしたら遅くなっちゃったけど、朝ご飯食べましょ」


 そう言って、イーアは手を差し出してきた。

 その手を取って立ち上がり、どうでもよくなってきた敗北感を洗い流そうと、風呂へと急いだ。

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かつて英雄と呼ばれた少女は、普通に生きてみたい。 比名瀬 @no_name_heisse

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