朝の薪割り

 カーテンのない窓からは朝を告げる日差しが、室内に差し込んでいた。


 あー朝か……寝落ちしたのか、俺。

 ぼんやりとした寝惚けた頭を身体ごと起こして、寝惚け眼をこする。

 ここ数日は、外での野宿生活だったためか慣れないソファの感触に、起き抜けの頭では少し戸惑ったが、寝心地には問題がなかったようで、首をコキコキ鳴らして腕を伸ばして全身で伸びをした。


 うーんぅ……はぁ。起きるか。

 のそりと、ソファから降りて部屋の扉の前まで歩き、大欠伸をしながらドアノブを掴もうと手を伸ばし────


「ゴガ…っ!?」

「おっはよー!起きて……って大丈夫…!!?」


 内開きの扉が勢いよく開いて、突き指+おでこの強打により、床上を転がる。

 痛みに悶えてると、誰かが駆け寄って来る気配を感じた。


「ご、ごめんなさい…!大丈夫…!?」


 ああ、イーアか。

 とりあえず大丈夫と伝えるために、震える親指を突き出してサムズアップ。割と痛いけど、ここは我慢だ、俺。

 心配そうにこちらを覗き込むイーアに、今度はちゃんと立ち上がって、無事だと伝える。


「本当に大丈夫、かな…?念のため、手とおでこ見せて…?」

「大丈夫大丈夫だって!これでも頑丈だからよ…!」


 あまり大きくはない体で、力こぶを作って笑う。

 それに、渋々ながらもイーアは、納得してくれたようだ。


 さて。


「で、呼びに来たって事は何かあったか?」

「あ、うんうん。手伝って欲しい事があってね」


 そう言うと、イーアは先導して部屋を出るので、ウィードも付いて行くき、そのまま小屋を出た。

 小屋の外へ出る際、玄関口の扉が何度も打ち付け直したようにボロボロだったのが気になったが、今は大人しく付いて行く事にする。

 小屋の周りは拓けており、周りには木々が生い茂って、裏手には山がそびえ立っている自然に囲まれたいい所だと思う。少しばかり村から外れているけれど。


「どこまで行くんだ…?」

「んー?裏手に、かな?」

「裏手…?」


 小屋の裏手に回ると、山積みにされた薪と、その薪を割るための土台となる大きめの丸太を輪切りにしたような薪割り台に、手頃な大きさの薪割り用の斧が突き立っていた。


「これが中々、女手だと大変でねぇ……お願いしてもいい、かな…?」


 おねだりでもするかのように手を合わせて、伏し目がちに頼み込んでくるイーア。

 その頼み方はズルい。


「あー、なるほどな。了解した」


 ウィードは、頬を掻いて了承した後、腕捲りをして斧を掴む。

 薪割り台にウィードの腕よりも一回り程大きな薪を固定して、振り上げた斧を一気に振り下ろす。

 バガン、と大きな音を立てて薪は真っ二つに割れて、これが中々に気持ちがいい。

 そのまま立て続けに2本3本と、叩き割っていくのだが、続けてやっていくと予想以上に疲弊するのだ。

 時々、1回で上手く割れない事もあり、薪に斧刃が突き立ったまま、なんて事も。

 何度か薪割り台に叩いて、ようやく割れる。

 そうして、薪割りに悪戦苦闘している内に、イーアの姿はいつの間にかいなくなっていた。

 恐らく、朝の炊事でもしに家の中へと戻ったのだろう。


 ちょっと楽するか。

 ふぅ、とウィードは一息ついてから、自身の体内のずっと奥にあるスイッチを切り替える。

 途端、ウィードの内側で湧き上がる奔流が迸り始めた。

 それは、魔力。

 魔力には、2種類が存在し、自然界から生み出され、大気に満ちる魔力を大魔力マナ。生命が自ら体内で生成する小魔力オド


 今、ウィードが扱おうとしてるのは、小魔力オド

 そこまで大仰な事をするつもりはないからだ。


 んじゃ、とっととやりますか。

 ウィードは、内に流れる小魔力を肩、腕、指先へと、筋繊維隅々にまで力を溜め込み行き渡らせるイメージを意識する。

 ゆっくりゆっくりと、斧を握る腕全体が痛みと熱を帯びて、熱くなっていく。


 薪割り台に置いた1本の薪の中心点を狙い、ウィードは振りかぶる斧をひと思いに振り下ろす。

 薪の中央に、深々と斧刃が沈み込んでいき、そのまま薪割り台共に地面へとズドン、という大きな音と共に突き刺さった。

 少し遅れて土が派手に飛び散り、周りやウィードの顔や服を汚す。


 あー……楽しようとしてやりすぎたな、こりゃ。

 ぺっ、と口の中に入った土を吐き出し、自分の姿を見下ろして反省。


 半分残った薪割り台に、もう一度薪を置き直して、先程よりも弱めてやろうと決意した時、小屋の表の方から何かが派手に壊れる音がした。

 その音に続き、野太い男の怒鳴り声が聞こえてくる。


「何だ…?」


 異様な空気を感じ取り、ウィードは表へ急いで走っていくと、玄関の扉は開け放たれていた、というよりは、扉が強い衝撃でも受けて小屋の中の方へと吹き飛んでいた。

 明らかに蹴り破った、なんて生易しいような破損じゃない。

 ウィードは焦りを覚え、小屋の中へと踏み込んだ。


「イーアッ!無事か!!?」


 4人の大の男が、イーアを取り囲んでいる姿が目に入る。

 玄関口の光景と目の前にある情報を瞬時に結び付けて、ウィードの内に迸り続けていた小魔力オドを脚力に上乗せするように補強する。

 そして、踏み込んだ。


「あ…がっ?」


 ずん、と急激に加速した勢いに乗せたウィードの拳が、何をされたかわからずにいるイーアのすぐ近くにいた男の背中に、深々と沈み込む。

 そのまま全身を捻るように大きく回し蹴りを放ち、男の巨体がイーアの方へ飛ばぬように蹴り飛ばして、隣にいたもう1人を巻き込むように蹴り飛ばした。


 残り2人…!

 ウィードが地に足を付けて、背後の位置にいる男へと裏拳を振り回して後頭部を穿つ。


「んなっ、テメェ…!!」


 3人の男を即座に無力化した所で、ようやく最後の1人が状況を理解したが、もう遅い。

 脚に流れる小魔力を強めて、再び床を蹴って宙空で体を回転させて天井に足を付ける。最後の男の位置を確認し、もう一度小魔力による脚力の補強で突っ込んだ。


 少し遅れて、ウィードが踏み込んだ床と天井が爆ぜて破片が飛び散ったが、その時には既に最後の男の顔面に拳を滅り込ませて無力化し終えていた。


「大丈夫か、イーア!怪我はないか!?」

「え、あ…うん。大丈夫、かな…?」


 すぐさまイーアの無事を確認する。

 手に持ったお玉を振り上げて、それであの大男達を追い払おうとしたのだろうが、無謀すぎる。

 そんな彼女は、目の前で起きた一瞬の出来事で驚いているだけのようだ。

 ほっ、とウィードは胸を撫で下ろして安堵する。


「ウィードくんも、すっごく強かったんだね。ふふっ、少しびっくりしちゃった」

「まぁ一人旅してたら、自然とな」

「すっごく助かっちゃった。ありがとね?」

「お、おう」


 満面の笑みでイーアに礼を言われて、ウィードは照れ隠しに頬を掻いて苦笑を浮かべていた。

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