イーア
「ご馳走様でした」
手を合わせえ合掌してお辞儀。食後の感謝の言葉。
ウィードは、食卓の上にあったデカ盛りのサラダやパンにシチューを綺麗に平らげて、膨れに膨らんだ腹を撫でる。
とても美味かった。
天井を見上げて呟く。
「ふふっ、お粗末様でした」
真正面。真向かいの席に腰を下ろして座る少女は、食事中ウィードのことを、絶えない笑顔でにこにこと微笑みながら眺めていた。
「あー……改めてご飯美味かった。ありがとう」
照れ隠しのつもりで頭を深々と下げる。座ったままだが。
「ううん。いいの、そんなの」
少女は首を降り、手をパタパタする。
「そんな事より私の方こそごめんなさい…!あんなに強く叩くつもりはなかったんだけど、あんなに飛んでくなんて思わなくて…!!」
そして、少女は突然頭を下げて、ウィードに謝ってきた。
はて?何の事だ…?
ウィードは、頬をかいた。
なぜ謝られたのか思い当たる節がなく、困惑する。
ウィードには、さっぱりわからないので問うてみた。
「え…?ほ、ほら…!あなたが公園のベンチで動かなくなってて、それでその……」
公園のベンチで…?
ふと、意識を失う直前の事を思い出した。
誰かに揺さぶられて、その手を払い除け用途した時に、頬に熱い衝撃と直後に襲った顔面への痛み。
「ああ、あれか」
なるほど、とウィードはパチンと指を鳴らした。
あれは彼女のせいだったのか。
確かにあれで生死の境をさ迷った…は言い過ぎだが、意識を失ったのは事実。
しかし、あれは宿も食事も取る金のなかったウィードを心配しての行動だったのだろう。
ならば、攻める気なんて、さらさら起きはしなかった。
「いいってそれくらい。むしろ、腹減りすぎてた時に、たらふく食わせてくれて感謝してるさ」
ウィードは、もう一度頭を下げた。
そして、頭を上げて互いに顔を見合わせて笑い合った。
◇◆◇◆
その後、食事の片付けを済ませて、ウィードは決して多くはない荷物をまとめた。
食事をもらっている間に、外は真っ暗な闇の夜へとなっていた。
「本当にありがとな」
幾ら何でも食事だけでなく、寝床まで借りるのは悪いと思い、ウィードは彼女に感謝して出て行こうとする。
「あ、ちょっと待って!」
「ん?」
慌ててウィードを止める少女の声に振り返った。
「あ、あのさ…もう夜も遅いし、泊まっていかない、かな…?」
少女は、恐る恐ると伏し目がちに提案してくる。
「いや、流石に飯だけでなく寝床までってのは有難いけどさ……ほら、女の子の家に男がーってのは不味いだろ…?」
「あ、そこのところは大丈夫!私、強いから!」
ウィードが不安を口にするも、少女は袖を巻くって力こぶを作ろうとする。彼女の細く華奢な腕で力こぶは、作れていなかったが。
流石にそこまで言われては断る理由もなく、ウィードは頬を掻いて悩んだが、
「わかったよ。お言葉に甘えさせてもらうよ」
「うん!」
すぐに考えるのをやめて、今夜の宿を手に入れる。
その返答に少女は、懐かしく感じさせる満面の笑顔を浮かべて笑った。
◇◆◇◆
場所を移して、再び食卓のテーブルに向かい合って座るウィードと少女。
テーブルの上には、「粗茶だけど」と置いたコーヒーカップに入ったお茶が2つ。
コーヒーカップにお茶はどうかと思うが、好意で出してくれた物にケチは付けれない。ただでさえ、食事と寝床を提供してもらっている身なのだし。
「そういえば名前!名前、聞いてなかったね!何ていうのかな?」
「俺はウィード。ウィード・リンネル、16歳だ。さっきまでは、金無し宿無し食事なしの無一文だったぜ」
軽く冗談めかして自己紹介をしてみる。ついでにぐっと親指を突き出してサムズアップ。
自己紹介の内容のせいでか、あまり締まらない。
それを聞いた少女も、苦笑いを浮かべて困ってしまってる。
「ええっと…それで君の方は?」
「ん?私?あ、私の名前はね……」
また気不味くなりそうなのを頬を掻いて、少女の名前を尋ねて誤魔化した。
困っているであろう所に、突然話を振られて一瞬きょとんとした表情になってから、答えようと口を開けて止まる。
「おい、どうした…?」
「え…?あ、ううん…!何でもないよ、何でも…!」
怪訝に思って話しかけるも、彼女は手をパタパタ振って、何でもない大丈夫大丈夫あははは…と言葉を濁すだけだったが、暫くして、
「私の名前はイーア、だよ…?」
「イーア…?」
どこかで聞いた事がある気が……。
記憶の中を探るも、すぐには出てこない。
「あっと、それでそれで…!ウィード君…?は何でこの村に来たの、かな?」
ウィードが、思い出そうと記憶に深けっていると、イーアは慌てるように話題を変えてきた。
「理由はないぜ?俺、旅しててな、たまたま立ち寄ったってだけさ」
「旅を?へえ、じゃあ色んな所に行ってるんだね。昔って程じゃないけど、私も前に旅をしてた事あったなぁ……」
イーアは懐かしむように言う姿は、ウィードには、どこか寂しげに見えた。
「ところでイーアはさ、ここに1人で住んでるのか?」
そんな彼女の気持ちを紛らわすために、今度はウィードが話題を変えてみる。
「うん、ここに住み始めた時からずっと1人、かな?うん、ずっと1人だよ」
んー、と顎に指を当てて、イーアは答えた。
それから、「さてと」と、立ち上がり、
「そろそろ寝よっか?」
「もう寝るのか…?早くない…?」
まだ日が落ちて数時間しか経過していない。
いくら早寝にしても、早すぎやしないだろうか。
「あ、イーアは、いつも朝が早いからなのか?」
「ううん。そんな事はないよ?あ、もしかしてお風呂に入りたいの?」
「そっちは、まぁ借りれるなら明日の朝でもいいけどよ…」
どうやら早い時間に眠ってしまうのは、イーアの習慣なだけのようだ。
「わかったよ。んで、俺はどこで寝ればいいんだ?」
「それはもちろん、さっきの……あ…」
どうやらウィードの寝る場所は、考えていなかったらしい。
ウィードが先程まで眠っていた部屋は、部屋の中の物を見た限りでは、恐らく彼女の部屋なのは予想出来ていた。
「別に俺はここの床に寝転がっててもいいぞ」
「ううん、大丈夫!2階にもう1部屋あるから、そこならちゃんと眠れるから!……ちょっと散らかってるけど……」
最後の方は、ウィードに聞き取れなかったが、どうにかなるようだ。
イーアの後に続いて、2階の階段よりにある扉の前まで来た。
「えーっとね…ここ、物置というか倉庫というか……そんな感じの部屋、かな…?ちょっと散らかってるけど、気にしないでね…?」
そう前置きをして、彼女は扉を開けた。
部屋の中は、木箱や樽が乱雑に置かれており、彼女の前置き通りに散らかってはいたが、ウィードには特に気にする程のことは無い。
端っこの方に、裂けて中のクッション材がはみ出たソファが、ちょこんと置いてあり、窓にはカーテンがなく、月明かりが差し込んできていた。
「大丈夫、かな…?」→
「ああ、問題ない。充分さ」
伏し目がちに問いかけてくる彼女に、ウィードは指で輪を作ってOKサイン。
その答えを聞いたイーアは、満面の笑みで「良かったぁ…」と、胸を撫で下ろしていた。
◇◆◇◆
イーアが彼女の自室に戻った後、まとめた荷物の入ったバッグを適当な所に置いて、ウィードはソファに寝転がる。
所々が裂けてはいるが、ちゃんとクッション性は残っており、寝転んでも柔らかくて、中々に快適だ。
今日は1日、特に後半は色々あったなぁ、と思い返す。
腹が減って動けない所にトドメを刺すようにぶっ飛ばされて。
目が覚めたら、たらふく飯を食わせてもらい、終いには寝床まで用意してもらって。
まさに至れり尽くせりってやつだ。
それにしても……イーア、か…。
イーア、イーア、イーア。
確かにどっかで聞いた名前なんだが、と頭に引っかかりを覚えて記憶の中を探り直す。
そうこうしている内に、夜は更けていき、ウィードはいつの間にか眠りこけていた。
そして、また陽は昇り始める。
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