番外編3)のみすぎ、馴染みのタクシーに乗る

のみすぎが暴漢に絡まれて忍者に助けて貰ったあと

タクシーで家まで帰る間、どうやらこんなことがあったようです。

**********************


「末広町2丁目までお願いします。」

「末広町2丁目ね。駅前のバス通りから行ってよろしいですか?」

「あー、それだと遠くなってしまうので、ロータリーのところを左に曲がって

小学校側に出た後、居酒屋海峡の辻を右折していってください。」

「そっかそっかあの辺か。確かにバス通りだと遠くなってしまいますね。かしこまりました。ところでお姉さんこの間も乗ってくれた人だよね。声聞いて末広町2丁目って言ってたからあれっと思ったんだよな。あのあと仕事どう?」

「もー最悪でしたよー。3日前も帰ろうとしたら客先からクレームの電話が入ってよく聞いてみたら営業がサンプルの納品ミスってたんですもん。配荷担当に頼み込んで明け方届く便にそっと混ぜて貰ったんですよ。その明け方便のセンター配荷、締切時間間に合わないから特別便出したんでその稟議書と納品の終了まで居残りしたらほぼ終電でしたもん。おまけにミスった当の本人まったく連絡つかないし、後日指摘したら逆ギレされたし。」

「そんなに遅かったら俺のに乗ってくれたらよかったのに。」

「探したんですけどおじさん居なかったし。居たら真っ先に声かけてましたよー。」

「嬉しいこと言ってくれるねぇ。今日はどうしたのさ?」

「今日は街で飲んで来て遅くなっちゃいました。」

「なんかやなことでもあったのかい?」

「実は冒険者になることになって講習受けてきたんですよね。勇者候補と言いますが冒険者ですよ、冒険者。いやー私にできるかどうか。」

「あれはねー…キツいって聞くからねぇ。おじさんも昔の会社でリストラされた時

最後まで再就職が決まらなかった同僚がなってたっけ。」

「それでどうなったんですか?」

「おじさんの同僚はきぼうの太陽ってところから冒険者になっていたよ。」

きぼうの太陽とは、国営の職業斡旋所のことだ。職安ともいう。

仕事を辞めたり失業した際にそこに書類を持って行くと、働いた年数に応じて一定期間失業保険が貰えたり就業のための訓練学校や仕事を紹介してくれる。最近は不況のあおりを受けて、いつも人でいっぱいだと聞く。私も学校を卒業してすぐの頃に一時期お世話になったことがあるけれど、正直あまりいいものではない。

あそこも冒険者斡旋やってたんだなぁ。

「ぼーっとして、飲みすぎたかい?着いたらおじさん起こしてあげるからそれまでちょっと寝ていくかい?」

「あ、大丈夫です、ありがとうございます。私も昔きぼうの太陽にお世話になったことあったんでちょっと思い出してただけです。あそこ、行くとエネルギー吸い取られるんじゃないかってくらい負のオーラ出てますよね。」

「ハハハ、お姉さんもそのクチかい。あそこの求人はゴミ箱からまだ食べれそうなものを漁るようなレベルだからなぁ。おじさんも今ではタクシー運転手なんて仕事してるけど、昔は部下が100人以上いるような会社の社長だったんだよ。本当、人生何があるかわかったもんじゃないね。」

おじさんは過去の栄光を目を細めて語りだす。こないだ乗った時も聞いたぞその話。

真のいい男は過去の武勇伝を繰り返すのではなく、今のイケてる話を自慢するものだ。こうして過去の栄光ばかりを自分で繰り返すようになると男は終わりだと聞いた、実りの無かった合コンで。まあまあダンディで上品な雰囲気が漂ったおじさんなので惜しい。

「ごめんねつい昔のことを語っちゃったよ。飲んだ後なのに湿っぽい話しちゃってごめんね。」

「いえいえ。たまにはそんな時もありますよね。」


車内が微妙な雰囲気に包まれた後しばらくして、家の近くの辻が見えてきた。

あそこを左折したらもうすぐ家だ。


さて、財布財布。鞄の中に手を突っ込んでごそごそと漁って財布を探す。

ムニュ

なんかしっとりとして柔らかいものを掴んだ気がする。

まさか。

こいつさっき店に置いてきたはずじゃ…!


「そこはやめるでケロぉ。お腹は性感帯だケロよぉ。」

ゲロゲロと艶めかしく喘ぎながら上気した顔でカエルが腰をくねらせている。

えぇい気持ち悪い。

もう一度ヒキニートの腹を強く握る。

「ウッ」

静かになったようだ。


「お姉さんうめき声をあげてたようだけど大丈夫かい?」

「あっ、大丈夫です。」

「結構飲んだんですか?」

「私はそれほどでもないんですが、一緒に飲んでいた連れが結構飲んでましたね。」

鞄を開けてカエルの状態を確認する。

「やっぱ具合悪いんじゃないかい?飲みすぎだよ。家に入ったらすぐに寝るんだよ。」

運転手のおじさんには鞄の中のカエルは見えていなので、私のうめき声だと思われたようだ。

解せぬ。


そうこうしているうちに家の前についた。


「1,510ピカリになります。」

クソッ、深夜は2割増なの忘れてた。


「けどお姉さんこの間も乗ってくれたから1,500ピカリでいいよ。」

「助かりますー。」

「ケータイとカギと財布忘れてないかい?降りるときには気を付けてくださいよ。」

「はーい。ありがとうございました。」

車を降りて去るのを見送った。

タクシー代払ったら財布の中、もう1000ピカリしか入ってない。ヤバい。

給料日前だから正直あんまり下ろしたくないけど明日下すか。


小さな溜息をついた後、私は家のカギを片手にドアの前に立った。

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