番外編2)三十路の健康診断
どうやらのみすぎはこんな健康診断を受けたみたいだよ!
アラサーの健康診断に色気なんて期待してはいけない。
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準備室に移動すると、既に何人かの女性が着替えをしているところだった。
みんな結構可愛い下着をつけてきている。
女子力ってこんなところにも差が出るのね。
えっと私は…
寝坊したから下着ごと服替えてなかった!!
出がけにさすがに色々まずいだろと女子としての良心が傷んだから、
とりあえず全身にファ○リーズを適当にかけて、今日はフローラルな香りなの☆とか言ってた。鏡の前で。
ベルトとズボンの留め金を外し、ファスナーを下してぱんつを確認する。
げげっ、しかもなんでこんな日にスーパーとかで売ってるラクダ色の
お腹までスッキリ隠れる系オバさんぱんつとか履いてきちゃってるかなぁ!
しかもくたびれてるし。
もうちょいあっただろ自分。前に彼氏できた時に買った落ち着いたピンクのセットとか前の前の彼氏と付き合った時に記念で買ったシャーベットオレンジのセットとか。
あの頃は男が変わる度に心機一転してお泊りに備えなきゃとか言って新しい下着セット買ってたっけ。無駄に乙女だったわぁ。
いやしかし30代に入った今はデザインよりも機能性だ。腹が…。
「皆さん着替えが終わりましたら、貴重品管理も兼ねて一旦施錠しますのでお早めにお願いします。」
扉の外からアナウンスが聞こえてきた。
さて、そろそろ本気を出さないと。
とにかく誰にも見られないように猛スピードでズボンを下して検査着のハーフパンツに取替えた。
自分史上、今までで一番早かった着替えのうちの一つに入れてもいいと思う。
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検査会場に移動した。部屋が4つのブースにパーテーションで仕切られている。
えっと、身長と体重のコーナーは、入って一番奥の左手だな。
「まずはこちらの測定器に裸足で乗ってください。自動で身長と体重を記録します。
身長と体重の測定が終わりましたら右のブースに進んで頂き、視力・聴力の検査を受けてください。」
よっこいしょ、っと。測定器にのっかる。
上から身長を測るバーが下りてきて頭にそっと触れた。
「はい、測定完了です。こちらの記録用紙を持って視力・聴力のコーナーに移動してください。」
部屋の右側に歩きながら、受け取ったA4ファイルをそっと開けて中身を確認する。
身長…163cm
変わってない。
体重…55kg
うん、太った。
ビール、おいしかったもんなぁ。
明日から運動だ!
気を取り直して次の測定に移る。次は視力・聴力と。
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まず視力。
「床に緑色のテープが貼ってあるところがありますので、この目隠しを持って片目を隠しながら立ってください。
眼鏡アリで構いませんので、片目を隠して輪っかのある方向を指さしてください。
見えない時は見えないと手を挙げてお教えください。」
1mくらい離れたところにテープが貼ってある。あそこか。
「準備はできましたか?まずは右側からお願いします。」
オーケー、大丈夫だ。
職員が指示棒で一番大きい円を指す。
「右。」
次々に下に移動していく。
「左。上。そして下。」
いける…!
続いて左目の検査へ。
右側と同じように職員が指示棒で順番に円を指していく。
見えない。円が二重に見え、世界がダブって見えている。
あーやっぱダメだこれ。
明らかに去年の測定より悪くなっている。職場でモニターばっかり見てたもんなぁ。
ここは数々の視力検査を乗り越えてきた必殺の裏の手を使いますか。
「右。」
「左。上。そして下。」
記録係が横で0.7と書いているのが見えた。よし。
必殺のとかいうけれど、なんのことはない。
指していた順を単純に暗記して言っただけだ。
またつまらぬものを暗記してしまった。
うそです。飲み代に使って今月ピンチで、新しい眼鏡買うのが勿体なかっただけです☆絶対こういうのって、0.7超えないと眼鏡買い替えてくださいとか言われるから油断はできないのよね。左右視力のバランスが悪いから本当はコンタクトレンズがいいんだけど、モニターの見過ぎでドライアイになってるからかけられないのよね。
しかも左右の視力のバランス違うと普通の眼鏡だと5000ピカリのところ3万ピカリは超えるし。
ふぅ。
***************
さて、次は聴力いくか。
地獄耳のわたしの耳をよーく検査するがいいさ。
ヘッドホンのようなものが頭にかけられる。
「音が鳴ったらヘッドホンについている小さな箱のボタンを押して合図してください。」
ぴーひょろろろ
微かにだけど、なんかすっごい間抜けな音が聞こえてきた。
検査でこんな音するかな。
過去に受けた検査のことを思い出そうとしたが、音までは思い出せなかった。
まぁいいや、鳴ってるし押しておくか。ポチー。
音が一瞬途切れて、今度はさっきより少し小さな音が聞こえてきた。
ぴーひょろろろ
やっぱり聞き間違いじゃなかった。
気の抜けたウグイスの鳴き声のような音がする。
脱力しながらボタンを再度押した。
「はい、OKです。聴力検査まで終わられた方は記録用紙を受け取り、右手の入り口側の問診ブースにお進みください。場所は白い間仕切りがあるコーナーです。」
職員が手馴れた手つきでヘッドホンを外して回収していく。
「すみません、検査のあの音一体なんなんですか?」
勇気を出し思い切って質問してみた。
職員はまたかという顔をしたあと、答えた。
「あぁ、あれはですね…魔物が仲間と交信をする時の音と言われているものです。
大人になるほど聞こえにくい音とされているのですが、冒険者になる方は聞こえた方が良い音とされているので、検査で使用しています。検査を受けられる方から、普通の音と違うってよく質問を受けるんですよー。」
「そうなんですか。ありがとうございます。」
大人になると聞こえにくい音って蚊かよ!
魔物って、間抜けな音で交信するんだな。
***************
視力・聴力検査も無事に済み、問診へ。
「次の方、お入りください。」
「はい」
入って丸椅子に腰かける。
「酒野さんですね。医師の鶴崎です。本日はよろしくお願いいたします。
早速ですが酒野さん、顔色悪いですね、大丈夫ですか?」
「あー、昨日の二日酔いと寝不足だと思います。」
「新人が取引先宛のメールの書き方がおかしくて直してと依頼したら、在庫足りなくて出荷できません、が、在庫ないので出荷できれませんになってた、ってクダ巻いてましたものね。やっぱり会社しんどいんですか?」
おいなんでそんな事知って…?
鶴崎…左瞼上の痣、、、ん!?
「まさかあんた角のカメラ屋のところの鶴!?ってか昨日海峡いたの!?」
海峡は地元の居酒屋だ。安くて盛りが多くて明け方までやっていて、最近昼間も週2でランチも始めたそうだ。お座敷がある店なので、地元で何かあると海峡集合といわんばかりに皆が集合し店全体が宴会になる。酒を持ち込んで保管料さえ払えば、ボトルキープをしておいてくれる良心的な店だ。特に焼き枝豆とパリパリチーズが絶品でいつも頼んでしまう。ビールが進むんだなこれが。
「まぁね。のみすぎお前ビール飲んで楽しくなって、各座席に行って乾杯しまくったあといろんな友達に電話かけて愛してるとか言ってただろ。それよりも検診の前日にしこたま飲む奴がいるかよ。」
「そうだっけ、全然覚えてない。というかいたなら声かけてくれたっていいじゃん。
放置しないで止めようよそういうの。地元の黒歴史増えちゃうじゃん。そもそも今日は身体検査じゃなかったし休みだったし。母のせいだし。」
「いやー、変な人がいるから関わりたくないんで距離置いた。」
「鶴、私にだけ冷たい。そしてさりげなくノミスギ言うな。」
お医者さん、まさか小学校の時の同級生が担当だとは。
世の中狭いわー。ないわー…。
思わず遠い目になった。
「はいはい。聴診器入れるから黙って服捲って。」
服を捲って聴診器を受け入れる。ひんやりとする。
「ていうかねー、ウチのお母さんが本当は呼び出し食らってたんだけど、代わりに行ったらなぜか冒険者登録することになっちゃってね。なんとかなんないのこれ?」
「うーん、無理じゃね。まぁ診断は仮に成人病でアウトだったとしてもOK出しとくから頑張って行っておいでよ。冒険ネタ楽しみにしてる。」
「鶴ェ…」
服の下から滑らせて器具を入れて、見せないし見ないようにしているとはいえ、
狭いブースで二人きりでしかも聴診器を当てられるとか気まずすぎる。
終わったらびっしょり腋汗が出ていた。
「ところで、お前くさい。」
ま、まさか今日風呂入ってないのバレた…!?
内心アタフタしているところに
「お前が酒くさいのはいつものことだが、香水つけ方間違ったんじゃないのかヤバいぞ今日。」
あー…あー、それか!
「家出てくる前にファ○リーズ服に零しちゃったのよ。」
「ついに普通のアルコールだけでは足りず、香水に入っているアルコールに目を付けグイッと一気に飲んだのかとばかり。」
「普段鶴が私のことどう見てるのかよーく分かった。」
「はいはい。」
「次に海峡で会った時は覚えてろよ!」
捨て台詞を吐いてブースを出た。
***************
最後はいよいよバリウムだ。
今まで健康診断でもやったことなかったから緊張するなー。
検査室の前の長椅子に1人分程度の間隔を取って、既に3人ほど順番を待っていた。
よっこいしょ。一番端の席に腰掛ける。座った際に間隔が思ったより狭くなってしまい、隣の人がそっと右側に避けた。わかるけどなんか凹む。腰掛けて尻のポジションを落ち着けたあと、周りを観察する。みんなくたびれてるなぁ…。
無神経に人のことを笑っていられるほど自分ももう若くはないのだと、呼ばれる順番が刻一刻と迫る度にしみじみと考えてしまう。
「酒野さん」
いよいよ自分の番だ。
ぎいっ、と重い鉄の扉をあけて検査室の中に入る。
「検査用紙を預かりますので、ドアの横のテーブルの上のトレーに入れてください。」
「はい」
「ありがとうございます。それでは検査内容の説明に移りますね。今から渡す小さいコップに入った発泡剤を飲んだ後に、こちらの紙コップに入った造影剤を指示に従って飲んでください。飲んだ後に胃の中を撮影しますので少し動いてもらうことになりますが、その際にげっぷが出る方もいます。胃を膨らませた写真が診断に必要なので、げっぷは可能な限り我慢してください。出た場合は撮り直しになりますので
追加で飲んでいただくことになります。」
お猪口くらいのサイズのカップに、シュワシュワした炭酸の白い液が入っている。
「一気に飲んでしまった方が楽ですよ。ささ、ぐいっと。」
おいおいテキーラのショットじゃないんだからよと思いながらカップをあおった。
駄菓子屋で買う粉っぽいヨーグルトのような味と炭酸が鼻の方に抜けてツーンとする。
続いてバリウムが目の前に出された。
ハンバーガー屋で頼むコーラLサイズくらいあるんじゃないかこのカップ。
顔を近づけると幼児用歯磨き粉のような安っぽくてベタ甘い匂いが漂う。バリウム検査を大げさに語ると思ってた職場の先輩は毎年こんなのに耐えてきたのか。
たかだか作業報告を上げるのに手書メモ作ってから文書打ち込みしてるせいでいつも無駄に仕事遅いとか、ブラインドタッチできなくて毎回1本指打法でメール打ってるとか心の中でそっとバカにしてたけど、こんなまずそうなものを飲んで耐えていたとか先輩マジゴメン。心入れ替えて明日から優しくする。ちょっとだけだけど。
「まず1/4の目盛りのところまで飲んでください。こう、ゴクッゴクッってお腹に流し込む感じで。」
結構さらっと言ってくれるけど、水を切ったヨーグルトに変な粉っぽさとねばつきをプラスした食感で喉に絡みついて飲むのがしんどいんですが。
「飲み終わったら取手を逆手で持って脇を締めて立ってください。機械動きますんで。」
「はーい。」
足場が90度回転し、右腹を下に向けた状態で固定された。
「息を大きく吸って止めてください。はい、いいです。」
「続いてまた、1/4飲んでください。飲み終わりましたらまた90度動かします。」
喉に詰まってなかなか飲み込まれていかない。
「まだですか?」
あ、焦ったから口の端から垂れた。垂れたそばからかぴかぴする。もう焦らせるから!急かしてくる奴は嫌いだ。むすっとした表情が思わず顔に出る。
「バリウム美味しくないですもんねー。わかりますよぉ。」
ショップ店員のような言い方でイラッとした。
「最後に残りを全部飲んでください。さぁ、グイっといっちゃって!」
こいつ、鬼だ。
「今げっぷをしましたね。」
「いえ。」
「したでしょう。」
「してないです。」
「またまた嘘を。怒らないので正直に言ってくださいよ?」
「いえ本当にしてないですって。」
沈黙が流れる。
「仕方ないですね、こちらを渡しますのでもう少し飲んでげっぷを我慢してください。」
いやしてないから!
結局2杯飲まされた。
「下剤を飲んだ後はなるべく多めに水分を摂ってください。バリウム、固まってでなくなると危険なので。」
ですよねー。
***************
とにかく、三十路以降の健康診断は斯くも辛いものなのだ。
おわかりいただけたであろうか。
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