第29話 のみすぎ、職安へ向かう

翌日。

案の定会社から電話がかかってきた。

「のみすぎさん無断欠勤はよくないよ!早く来てね。」

「昨日、勇者候補証明を提出して行けなくなると伝えましたよね?

人事に念のため確認したところ退職扱いとなると言われました。

その際に有給消化する旨を伝えているので確認してください。じゃ。」

やはり人事に根回しをしておいて正解だった。


「朝っぱらからうるさいケロなぁ。

俺様は優雅に二度寝するから朝は後で構わないと母殿に伝えるでケロよ。」

ヒキニートはそう言うと再び布団に潜り込んでいった。


ハゲマント登録をされた際に、「あたらしく勇者候補になる方に」

というガイドブックを貰ったのでまずはそれを読むことにした。

新しいゲームとかをする時、まず説明書を読む派なのだよ私は。

どれどれ…

<重要>まずはきぼうの太陽に行って冒険者登録をしてください

という項目がある。

新しく勇者候補となられた方は手続きがありますので、まずきぼうの太陽窓口までお越しください。

具体的な内容は、1)職業クラスの設定、2)パーティ登録、3)基本滞在先となる宿の決定です。


1)職業クラスとは、本人の適正と希望を加味して選ぶタイプのようなものです。

魔法職、技術職、戦士職、その他などがあります。

その他ってなんだろう。適性検査ミスったから何になるか正直怖いわ。


2)パーティ登録

冒険の相棒となるメンバーをここで決めることができます。

勇者パスの兼ね合いから最大4人が望ましいです。

宿登録してある勇者候補の方は、宿を通じてメンバー募集をかけることもできます。


3)宿登録、かぁ。輝さんウチ来いって言ってたけど他によさげなとこ無かったらそこにしようかな。あ!そういえば輝さんの本名知らない…。

まぁいいや会場で電話かけよう。


だいたいわかった。

まぁ、とりあえずご飯食べてから行くか。



朝食を摂りながら家族にガイドブックの話をする。

「へー。そうなの。そしたらアンタ家出るってことかい?」

「美杉、これからずっと離れ離れになるのか…。」

父よ、そんな今生の別れのような声出すなよ。

「うん…そうなりそう。でも頼もうと思っている知り合いの宿

結構家から近いらしいからちょくちょく顔出せると思うよ。」

「そっか、なら大丈夫だな!」

パァァと顔を輝かせる父。

わかりやすいな。

鬱陶しいけど、ちょっと、うれしい。


あぁ、私家を出ちゃうんだなぁ。

今までは窮屈で早く家を出てしまいたいと思っていたけれど

いざその時が近づいてくると、これから自らの身にかかる出来事の重さに

否応なしにしんみりしてしまう。

10代の少女じゃないんだからと人は言うだろうけれど

日常を捨てて冒険者稼業に就くということは、きっとそういうことなんだと思う。

私は胸の裏側がチリチリとするような仄かな不安と、

新しいことに身を置くというワクワク感を

目の前のコーヒーに溶かしこんで飲み干した。


「行ってきます。」


まさかその不安が本当になるとは、今の私は知る由がなかった。

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