第5話 のみすぎ、なし崩し的に冒険者講習に参加する

連れてこられた会議室は思ったより小さく、

15人程度の机と椅子がまばらに置かれている簡素な部屋だった。

案内役が会議室のドアを開けた瞬間、遅いと言わんばかりに

部屋の全員の視線が一気に私の方に向いた。

どうやら最後の参加メンバーだったようだ。釈然としないけど。

座ったパイプ椅子が尻のポジションを変える度にギシギシ音を立てる。

決して私が太っているからではない、多分。

こんなボロい椅子をそのまま使っているなんて、ここにも不況の波が来ているのか。

なんとも言えない気持ちになった。

「それでは皆さん揃いましたので講習を始めます。本日講師を勤めさせていただきます小林と申します。まずは配布書類の確認から始めます。

お手元に『この先生きのこるために』という冊子と、

勇者候補証明申請書、家族手当申請書、勇者候補協会入会のお知らせがあることを確認ください。」


机の上に『この先生きのこるために』と黒い紙に白地で抜かれたA4・30ページ程度のくたびれた冊子が置かれている。

幸先が不安でならない。

見なかったことにして鞄に仕舞おうとしたら講師に怒られた。

隣の席の奴なんて既に寝てるんだけど!

他にも不真面目な受講者がいるのに私だけとか不公平だ。

イライラする気持ちを抑え、気を取り直して本の中身を読むことにする。

どれどれ…


「お腹が減るとまともな判断ができなくなるものです。

食事をおごってくれるからといって安易に人についていってはいけません。

特に女性や少年はどこかに売られることがあります。」


「あなたのことを素敵とか言ってくる超かわいい女の子がいます。

彼女は勤務先の画廊へあなたを連れて行きます。

あなたは彼女のことを助けたくてつい絵を買ってしまいます。罠です。」


なんだこの中身は。本当に大人向けなのか?

ただの悪徳商法の紹介じゃないか。

ほかにはどんなものが書かれているのかが気になってきたので

パラパラとページをめくって他のページを確認する。


「酒野さん、そこ音読お願いします。」

ヤバい当てられた!

他のページ読んでいてどこ当てられたか分からないんだけど…。

正直に言って教えてもらうか?

それとも誤魔化すか?

黙って俯いていると、講師が少しだけ語気を強めながら私を呼ぶ。

「酒野さん、14ページの2段目。野食の注意の始めの段から音読をお願いします。」

「はい。」

むっとした態度で渋々音読をする。

「路銀が尽きて野食をすることもあると思います。

その中でも採取は簡単ですが特に判別が難しいのはキノコ類です。

キノコ初心者は特に『鑑定』の魔法、またはマジックアイテムで判別してから調理しましょう。」


って、ここだけ妙に実践的だな。

どれどれこの続きは…

過去に食用キノコと間違えて裏に生えているキノコを採取、近所に配り集団食中毒を起こした事件が…


「ありがとうございました。退屈だからといって寝る方が毎回見受けられます。

緊張感を持って講習に臨んでいただくため、こうして適当なところで当てています。」

講師がコホンと咳払いをして言った。

さっきの態度に対する当てこすりだろう。いいけど。


私が席に座ったのを確認して講師が話を続けた。

「講習を受けられる方の中には、テキストだけではイメージが沸かないと仰り、

危険な目に遭われる方が毎年いらっしゃいます。

そのような目に遭う方を減らすために映像も用意いたしましたのでご覧ください。」


部屋の明かりが消え、「この先生きのこるために」と筆でどどんと書いた字幕がスクリーンに映し出された。

なんでまた白抜きなんだよ。

題字から漂う不穏な空気に、既に嫌な予感しかしなかった。

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