第12話ニューワールド・カミング2
「なんだか、背丈が一気に縮んだから感覚がへん」
テカテカと光る、未来っぽいワンピースを身につけた少女が、つま先をトントンとやっている。
柔らかな髪質をツーテールに纏めて、髪留めは電気的な点滅を繰り返す小さなキューブ。
ややおっとりとした顔立ちは、剣崎ミカのものによく似ていた。
年齢はローティーンほどか。
「どう、マモル?」
「うん、小さくなったね」
すると、少女はパッと胸の辺りを押さえた。
マモルが焦る。
「そういう意味じゃないよ! 身長! 身長のこと!!」
「うふふふふ、冗談だよー。でも、そうだよねえ。いきなり四歳くらい若返った感じ……」
『四歳なんて大した年齢じゃねえだろうに。まあ、子供だと違うんだろうな』
真横で腕組みをしてうんうん頷いているのはファルコン。
彼の頭の上には、紫色の毛玉……調査ロボットのオシルコが鎮座ましましている。
「だって、四年前って言ったらユウキとカリンも子供なんじゃないの?」
『ん? あいつら、随分前から見た目が変わってないぞ。つまり、そういう技術があるってこった』
「ひえー、闇が深い!」
ツーテールの少女……ミカがわざとらしく、震え上がる仕草をする。
「こーら、そこ! 人聞きが悪い事言わない!」
ユウキが登場した。
本日は、すっかり動けるようになったマモルがVSVの訓練を受ける日。
講師はユウキである。
マモルとミカは、完全にチームブラックドッグのニューカマーとして扱われていた。本人たちの意思は確認されていない。
だが、それ以外の道は研究機関のモルモットなのだから、選択肢など無いも同然だ。
「そもそも、時代遅れの日本人がこの世界を自力で生きていくなんて、どだい無理だからね」
とはユウキの言葉。
最初は、失礼な事を言うなと思っていたマモル。
だが、彼女の言葉は外に出てみて裏付けられた。
今まで、少しずつ見えていた紫色の空。
頭上を見上げると、全てがその色彩に染まっている。
かと言って暗いわけではなく、妙に地上は明々と照らし出されている。空そのものが発光しているのだ。
まるでディスプレイのようである。
その証拠に、空を時折、不可思議な言語のようなものが流れる。
この言語が流れると、対応した気象変化が発生する。
さらには、地面。
これも、微弱ながら光を放っている。
大地には縦横無尽に金色の線が走っており、これが輝いているのだ。
「大戦によって、電脳世界と現実世界の垣根が壊れたの。つまり、この星が丸ごと電脳化したわけ。空はディスプレイで、大地は基盤。あたしたちが呼吸する空気すら、そのものがエネルギーとしての性質を持っているわ」
眼前では、ユウキがブラックドッグに乗り込むところだ。
対するマモルは、修理の終わったヘルハウンドに跨っている。
「VSVの動力とは、この空気そのもの。ただし、君の世界みたいな、強固な
ブラックドッグの操縦席が、完全に装甲板で覆われる。
この黒いVSVは、ファルコンのアンフィスバエナよりも二周りほど大きい。
ヘルハウンドも、バイクと言う規格で考えれば凄まじい大きさだが、ブラックドッグと比較すれば小型と言えた。
「うん、お願いします」
『いい返事ね。それじゃあ、最初はヴィークルモードでやりましょ。あたしが逃げるから、追いかけながら攻撃してきて』
「はいっ!」
今回は先生ということで、ユウキに敬語を使うマモルなのである。
外では無責任に、ミカが応援している。
『がんばってー! マモルやっちゃえー!』
「ミカ、普通にヘルハウンドの通信装置ジャックするのやめて!? すごくドキッとする」
『えー』
ミカは人間の姿になったものの、本体がAIであるから、どうやら電気的な性質を持つらしいこの大気と相性がいいらしい。
その気になれば、様々な通信装置を通して声を届ける事ができる。もちろん、それ以上の事もできるようだが……。
『君たちは本来、二人で一人みたいなものね。だけど今日はマモルの基礎的な運転技術を磨くの。ほら、行くわよ!』
ブラックドッグが動き始めた。
エンジンが掛かった音がしない。
だが、黒いVSVは猛烈な勢いで加速していく。
ホイールが大地を噛み締める音がしたかと思うと、既に車体は遠く、黒い点になっている。
「うわっ、し、しまった!」
マモルも慌ててヘルハウンドを起動する。
愛機となった灰色のVSVは、まるで獣が唸るような音を漏らす。
加速。
まるで静止からトップスピードに変わったような、常識はずれの加速だ。
一瞬、マモルの息が詰まった。
「僕の焦りを感じ取ったのか……!」
人の意思を読むというこのマシンの能力。今ならその原理が分かる。
ヘルハウンドは、空気を通して人が発する意思を電気信号として感じ取り、これを過剰に再現するのだ。
「くっ、言う事を聞いてくれっ……!」
ハンドルが重い。
明らかに、電脳世界で発揮していたものよりも格段に高い出力。
これがVSVが発揮する本来の力なのだ。
基盤となった大地を疾走し、黒い点となっていた先行者を見つけ、ぐんぐんと差を詰めていく。
『オッケー、来たね来たね。それじゃあ、妨害を始めるから』
「は?」
暴れ馬と言う言葉がピッタリ来るヘルハウンドを、御するだけで精一杯のマモル。
いきなり放たれたユウキの言葉を飲み込むことができない。
だが、相手は鬼の教官なのであった。
突然ブラックドッグの横っ腹から腕が飛び出すと、疾走しながらひょいっと石を拾い上げ、そのまま後ろに投擲してくる。
「あっ」
ガンッと装甲板で跳ねる石の音。
ダメージこそほとんど無いが、高速で突き進んでいたヘルハウンドの動きを妨げるには充分。
ほんの一瞬、加速が弱まった。
その隙に、ブラックドッグは車体を反転させている。
ホイールを支える四つのアームが縦横に動き、黒い巨体がいつの間にか側方にいる。
「ええっ!? さっき、逃げるって」
『気が変わったわ!』
黒いVSVが、横合いから殴りつけてくる。
これにはさすがに、ヘルハウンドも傾いだ。
一気に速度が落ちる。
灰色のVSVは、怒り狂う獣のような唸りを漏らすと、その鼻先をブラックドッグへ向けていく。
共に、向かい合いながら真横に疾走しているのだ。
VSVにこのような機動を可能にさせるのが、ホイールを支えるアームだ。これが進行方向に合わせて位置と角度を調整し、通常の車両とは次元が違う走行の自由性を担保している。
だが、横向きで走れば叩き付けて来る風が馬鹿にならないものである。
「ま、負けるなヘルハウンド! くそっ、なんだか車体が揺れてっ」
『ふふふふ、敵はあたし以外にも、向かい風ってのがあるからね。それを読んで動かなくちゃ。こう!』
ヘルハウンドも展開した腕をくぐりぬけて、黒い装甲に覆われた拳が炸裂する。
強烈なフックに、ヘルハウンドが堪らずふらついた。
高速で横走りしている状況でのふらつきは、即ちスピンとなる。
「うわあああ!」
もう操作するどころではない。
マモルはハンドルにしがみ付きながら、強烈な遠心力に振り落とされないようにするだけで必死だ。
『ええい、マモルをよくもやったわね!』
突如、ヘルハウンドの通信装置がジャックされた。
回転していたVSVの動きが、何者かにキャッチされて止まる。
それは、背後から追走してきたアンフィスバエナだ。
双頭の蛇の形に展開した前部装甲が、ガッチリとヘルハウンドを食い止めている。
そして、マモルは見た。
蛇の胴体を伝って、おっかなびっくりこっちにやって来る小柄な影を。
ミカだ。
「き、来たよー」
「来たよーじゃないよ!? 危ないってば!」
「大丈夫、だいじょう……きゃあっ」
「ひえーっ!」
マモルは慌てて立ち上がっていた。
転がり落ちかけたミカの腕をキャッチして、満身の力を込めて引っ張り上げる。
「うひいー、助かっちゃった。でも、小さい体にしておいて良かったかも」
「良かったじゃないよ! 走ってる車の上を伝ってくるとか、無茶苦茶だよ!」
「結果オーライだよ! 受け止めて!」
後部装甲板に足を引っ掛けて立ち上がり、ミカはジャンプして飛び込んできた。
マモルは彼女をキャッチする。
軽いとは言っても、人間一人の重さだ。それなりにずっしりと来る。
「うっ、重」
「かーるーいーっ」
ミカに猛抗議を食らいつつ、彼女を後ろに乗せた。
ヘルハウンドは、どうやらファルコンくらいの体格の人間でも運転が出来るようにか、操縦席が広く取られている。
ミカがマモルの背中にくっつくように二人乗りをしても、まだ余裕があるのだ。
『加勢をもらって、準備は万端かしら?』
余裕を感じさせるユウキの声がした。
すると、ヘルハウンドが怒りをあらわにするように、唸り始める。
「おおお、落ち着いてえー!」
ミカは手近なこのVSVのボディに触れて言葉を伝える。
彼女の髪留めが、ピカピカと光った。
徐々にヘルハウンドのエンジンが沈静化していく。
「すごい。猛獣使いみたいだ」
「うん、この子、ものすごく短気みたい」
「よし、じゃあミカ、ヘルハウンドの扱いは任せたよ。僕は運転に集中する」
「分かった! 共同作業だね!」
「……なんだか引っ掛かる言い方をするなあ」
そんな状況で、マモルとミカの共同戦線である。
ヘルハウンドは一直線に、ブラックドッグへ向かっていく。
迎え撃つブラックドッグ。
後ろ向きに走りながら、拾い上げる石を次々に投擲してくる。
これを、マモルは車体の重心を傾けつつギリギリ回避。
一気に速度を上げて、ブラックドッグに並ぶ。
『おぉ、やるじゃん』
ちょっと感心したような声。だが、同時に横合いに向けて拳を叩き付けて来る。
「ええいっ!」
どうやったのか、ミカが気合を入れると、ヘルハウンドもそこに腕を伸ばして受け止めた。
反発する二台のVSV。
ブラックドッグはもう片方の腕を展開すると、それを地面に突き刺してその場で回転。
通過したヘルハウンドの後ろに食いついてきた。
「マモル、こっちもやろう!」
「えっ、何をするの」
「決まってるでしょ! ヘルハウンド、やっちゃって!」
ミカの声に応え、操作してもいないのに腕を突き出してその辺りの石を拾い出すヘルハウンド。
そして、狙いもつけずに投擲する。
あさっての方向に飛んでいった。
「走りながら投げるのは無理だよ……」
「エーッ!! だってあっちがやってるじゃん!」
「向こうは上手いとしか。僕らはほら、初心者だし」
「だったらマモル、突撃!」
「ええっ!?」
「男は度胸!」
「ミカ、こっちに来てから性格変わった?」
『何をイチャイチャしてるのかーっ!』
真後ろからブラックドッグに追突された。
おかまを掘られた形になったヘルハウンドは、前輪が持ち上がってウィリー状態である。
これを、黒のVSVが回り込みながら下に入り込み、
『ほいっと』
見事に逆さまにひっくり返した。
「うわーっ」
「きゃーっ」
あわや外に放り出されると思ったところで、前後の装甲板からバルーンが飛び出して、二人を包み込む。
落下防止装置だ。
無事に済んだものの、身動きが取れなくなった。
「まあ、こんなもんでしょ。実戦は武器を持つし、それぞれのVSVが
ブラックドッグから降りてきたユウキが腕組みをして言う。
「いやあ……大変な事になっちゃったなあ」
「ここはマモル、リベンジしかないよ。色々鍛えなくっちゃ!」
「ミカもなぜだか、物凄くやる気になってるしなあ……」
「やる気になんなくてどうするの! これをやって生きてくしかないでしょー! もー!」
互いに逆さまにぶら下がりつつ、言い合いを始める二人なのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます