第13話サイバー・シティ
その街には、駐車場などというものはない。
この世界に適応した、電気信号を発する草木が茂る野原に、めいめい勝手に車を停める。
マモルたちが乗るカトブレパスは、およそ大型トラックを二回りほど大きくしたくらいのサイズだが、それよりもなお大きな車両がごろごろと停まっている。
「遺跡漁りも大所帯になると、積んでるマシンの数が増えるからね。それに寝床も確保する必要があるから、ああやって大きくなるわけ。もっとも、小回りが効くのはカトブレパスくらいが限界じゃないかな」
ユウキが説明しながらタラップを降りる。
カトブレパスの操縦席は、雄牛の頭のような部位にあり、この車両から降りる際は、カトブレパスの首の付根かコンテナ後部からになる。
操縦席が軽く持ち上がり、居住区部分への入り口が顕になった状態。ここで、持ち上がった首の付根からタラップが展開し、降りられるようになるのだ。
「それじゃ、一通り街の中を歩いてみようか。今後、君たちも関わることが多くなる場所だから」
「うん、よろしく」
「はーい。ちょっと楽しみかも」
「それから、ミカみたいなタイプは珍しいからね? 素性は話さないほうがいいわ。さらわれちゃって解剖されちゃうわよ」
冗談めかして言っているが、これは多分冗談でも何でも無いのだろうなあ、とマモルは思った。
ミカは今のボディになる際、旧型のAIを新型のものと同化させている。融解型液体マザーボードを基盤としており、これに元のAIを補助するメモリーを加えて、ミカのAIが持つ処理速度を上げているのだ。
このマザーボードの利点は、古いシステムをそのまま同化できる点だ。
遺跡から発掘されたシステムは、現在のフォーマットとは合わない場合がほとんどだ。それらに対応し、現在のシステムに接続するため、このマザーボードが開発された。
ちなみに大変希少であり、高価。
今回のこれは、カリンお手製のマザーボードだとか。
「頭を傾けるとたぷたぷ言う気がするのよ」
「へえ」
「実際にはしっかりと固定されてるんだけどね。でも、私がなんか、そういう海みたいなのに溶け込んでいく感じが忘れられないんだよね。今でもまだ、広い海の中でゆらゆらしてるような……」
不思議な感覚なのだとか。
ふむふむと頷きながら、二人揃ってカトブレパスから離れる。
今回、ユウキからのお達しで、護衛のファルコンを必ずつけるように言われている。
「マモルも操縦ばかりじゃなく、護身術やら何やらできるようにならないといけないわ。世の中物騒になってるのよ。
それじゃ、あたしはカリンとちょっと金策に向かうから」
カトブレパスが離れていった。
街の反対側に、そう言った取引を行える市場があるのだとか。
マモルとミカがここで降ろされた理由は、単純。
『少年と少女はまだこっちに来て間もないだろ。刺激が少ない街の様子から見ていった方がいいってな。ああ見えてユウキは世話焼きだからな』
「それはありがたいかも」
否応なく、この世界で生きていかねばならないのだ。
出来る限り早く適応し、仕事をやっていけるようになりたい。
それがマモルの気持ちだった。
ミカはと言うと、
「私はマモルについてく。だってそれが私の役目だし」
「ミカ、あの世界はもう無くなってしまったんだから、君が僕に従う必要は無いんじゃない?」
「いいでしょ。もう、私が好きでやってるんだから」
ミカがべーっと舌を突き出して見せた。
『どっちにせよ、少女は姫が手放さねえだろ。そういう希少な存在なんだよ。で、少年も貴重なケースだし、しかもVSVの乗り手としてのセンスもある。しかも少女と相性がいいだろ?
どっちにせよ一緒だよ』
「ほらあ! もうあれでしょ。うんめーって奴。諦めなよマモル!」
「わわっ、ミカ!?」
すっかり小柄になったミカに、腕を抱き寄せられてマモルは慌てた。
まだ幼さの残る容姿だが、仕草も言葉もミカのもの。
元の世界で、ミカがここまで積極的な行動に出たことは無かったから戸惑うというものだ。
『まあ、受け入れるこったな。ほれ、俺から離れるなよ』
のしのしとファルコンが歩いて行く。
道行く人々は、誰もがただの人間ではない、と分かる風体だ。
活動しやすい服装に身を固めており、腰には銃や物騒な得物を携えている。
ファルコン同様のサイボーグも幾人か。
「危なそうだけど……武装したままで町中を歩いてていいの?」
『入り口からがゲートになってるんだ。でな、この街の建物配置は基盤上に設けられた端子だとか、そういう役割を持っていてな。上手く配置することで意図したプログラムを走らせることができる。この街なら、武装解除だな』
「武装解除……? それって、武器が使えないってこと?」
『そういうことだ。だから、モノを言うのは』
ファルコンは太い腕を見せて、力こぶを作った。
「なるほど……だから護身術って……」
「頑張れ、マモル!」
「うん、が、頑張ってみるよ。だけど、ファルコンみたいなのに勝てる気はしないなあ」
『俺みたいなのが出てきたら、俺を呼べばいいんだ。それが俺の仕事なんだからな』
彼に連れられて入っていくのは、どうやら酒場に見える場所。
喧騒がマモルとミカを包み込む。
まるで、昔の西部劇のような環境だ。
この世界は技術レベルが、マモルたちの世界よりも遥かに進んでいるというのに、文化のレベルは大して違わないか、ひょっとすると低いのかもしれない。
「おう、ブラックドッグのサイボーグがやってきたぜ! 今日は飼い主のお嬢ちゃんたちはお留守かい?」
声が掛かった。
一つの大きなテーブルを占拠している一団がいる。
『面倒な奴に見つかったなあ』
ファルコンは後頭部をぼりぼりと掻く。
その辺りには突き出したアンテナとか、冷却機構のようなものが展開しているから、指先と干渉してガリガリ音を立てる。
「ファルコン、あの人たちって?」
『俺たち以外にも遺跡漁りがいるってのは想像つくだろ。その中でもたちが悪い連中だ。チーム・マンティコアってな。うちとも何度かやり合ってるんだが、まあ小競り合い程度だな』
「そういう事よ。おっ? 新入りか? そっちの若いのは今時珍しい、
一団の中で、変わったスコープを顔に貼り付けた男が、にやりと笑う。
「おい、グルス。あのガキ、普通の人間じゃねえぜ。頭の髪飾りを伝って、
「ほっほう」
時代遅れなテンガロンハットを被った男がおり、それがグルスというらしかった。
チーム・マンティコアのまとめ役である。
「おいサイボーグ。そいつはお前のところが掘り出した商品か? なんなら俺たちが高値で買ってやるぜ?」
『冗談抜かすな。こいつらはうちの新しいメンバーだ。少数精鋭だったが手が足りなくなってきてな』
「はぁん……? そいつらがメンバーだと? おいおい、俺たちがそいつらを乱暴に扱うかもしれないと思って、でたらめな事を言ってるんじゃないだろうな? 俺たちは紳士だぜ。特に、金の臭いがするものに対しては極めて紳士的に対応する。幾らだ? 幾ら欲しい?」
「やだ、なんか怖い」
ミカがマモルにくっついてくる。
マモルも、彼女を男たちの視線から遮るように立った。
「ミカは商品じゃない。僕のパートナーだ」
「マモル!」
毅然と言い放ったマモルに、一瞬酒場の中はポカーンとしたようで、静まり返る。
そして直後に、弾けるように爆笑が巻き起こった。
「僕のパートナーだ! ってか!? ぎゃはははは! こいつは受けるぜ! 今時そういう純愛は、電子書籍の中だけにしとけってんだ」
「おいサイボーグ! ちゃんとしつけておけよ!」
ミカが不快そうに眉をひそめる。
ツーテールの髪が逆立って、大気にチリチリと電気を飛散させた。
そこで、盛り上がる酒場にファルコンが一言。
『お前ら、うちの姫に手出ししてボコボコになったもんなあ。そりゃあ、弱い者いじめしかできんか』
再び、酒場の中はしんと静まり返った。
テンガロンハットの男が、手にしていたグラスを無言で煽ると、そのまま床に叩きつけた。
強化プラスチックなので割れない。
ごろごろんっと間抜けな音を立てた。
「てめえっ!! あれは俺が手加減をしてやったんだ! そうじゃなきゃあんな小娘に俺が負けるはずがねえ!! っていうかお前、あのユウキとか言うゴリラ女を野放しにしてるんじゃねえ!!」
何か心の傷を刺激してしまったようだ。
マンティコアのメンバーは、リーダーの傷心を慰めるべく……いや、酒の肴にすべく、ニヤニヤ笑いながら、
「まあまあグルス。気持ちは分かるぜ! おい、電気ラム一つ!」
「俺は電解水割で!」
『な? この世界の連中ってのは、こうもろくでも無いんだ。危険だぞ』
「もしかしてファルコン、それを教えるためにここに?」
『どうせすぐに、少女の話は知れ渡るんだ。それに少年だって珍しいんだぞ。この世界の空気を吸って水を飲んでいると、生身の人間だってまあそのうちサイボーグみたいになっちまう。そこまで生身のパーツが残ってる人間なんていやしないんだからな。よし、腹ごしらえしていくか!』
この空気の中、カウンターに座って飯を食おうとするファルコン。
大変肝が据わっている。
まだ、チームマンティコアの面々は背後のテーブルで馬鹿騒ぎをしているが、あえて気にしないようにする。
『さて、少年は一刻もはやく、ヘルハウンドの操縦をマスターしないといけなくなったな! 守るべきものがあると上達は早いぞ!』
「いや、もともとはファルコンがここに連れてきたからでしょ!?」
ぺちぺちとサイボーグの肩を叩くミカ。
対してマモルは、なるほど、と頷くのだった。
「ちょっと本格的に頑張らないといけないかもだね。ミカ、一緒に頑張ろう!」
「えっ!? お、おう!」
雷鳴のブラックドッグ あけちともあき @nyankoteacher7
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