第11話ニューワールド・カミング
数日をかけてじっくりと解凍する。
旧来のシステムでは、冷凍睡眠していた人間を常温で戻す際、技術の未熟さから体組織を破壊してしまったらしい。
マモルが眠っていた場所は冷凍カプセルで、これは恐らく、未来により安全に解凍されて復活することを期待し作られたものであろうという事だった。
つまりは未来に丸投げして、安全性度外視で人間を氷付けにしていたわけだ。
頭部にのみ、特殊な機械を連結し、彼らの意識を保ち続けた。
冷凍されながら、夢を見続ける状態であったわけだ。
「けれど、甘神マモルを除く全ての人間は夢の中で寿命を迎えている。生き残ったのは甘神マモルだけ」
「やっぱりそうか……」
まだだるさが残る体を、無理やり椅子に押し込んでいるマモル。
体組織を再生させるとか言う、何か怪しい液体を点滴されているから、左手は椅子に固定されている。
マモルの膝の上には、ピカピカ光るキューブとなってしまったミカが鎮座している。
これがかつての世界で、人間をケアする役割を担った特殊なAIの入れ物らしい。
「剣崎ミカを初めとしたAIは、将来的に人間が外の世界へ出て行くとき、パートナーとして持ち運べるように作られていた。メインサーバーと基盤は溶解してしまったけれど、剣崎ミカは切り離されていたから無事だったということ」
『ほへー』
ミカがちょっと間の抜けた声を漏らす。
『全然AIらしくねえなあ。つーか、姫よりもずっと人間っぽいAIだ』
ファルコンが余計な感想を言ったので、カリンが横目でギヌロッと睨んだ。
サイボーグは巨体を縮めて退散していく。
恐らくは、サーバー周りを探索しているユウキを手伝うのだろう。
ユウキは、オシルコという名前のもこもことした小型ロボットを従えていて、このオシルコというロボットが大変鼻が利くらしい。
「えっ、ファルコンも探すの? あたし、一応戻ってきたんだけど。じゃあバトンタッチね。あたし休憩するから」
ユウキが帰ってきた。
すぐ隣にいる、紫色のもこもこした毛玉がオシルコ。やはりもこもことした四本の足が生えており、必要に応じて背中からもこもこした多目的アームを生やして色々な作業を行なう。
チーム・ブラックドッグの四人目のメンバーなのだそうだ。
リーダーであるカリン・ブラッド。その妹で、実働とブラックドッグを担当するユウキ・ブラッド。戦闘要員であり、カリンのボディガードであるサイボーグのファルコン、そして探査ロボットのオシルコ。
この四名が、チーム・ブラックドッグ。
「あのね、ミカ。なんか良さそうな冷凍死体が結構あってね」
『死体っていうのやめてえ!』
「えー。だって、みんな脳死してるんだし、死体じゃない? でね、好きなのを選んでもらって、それをミカのボディにしようかと思うんだよね」
カリンが頷く。
「肉体も機械的に操作できるよう、改造する技術はごく一般的なもの。好きな死体を選んで」
『だからー、死体って! もー、乙女心が分かってないんだから』
AIの収まった箱が、ピカピカ光りながらプンスカ煙を噴き出す。
怒っているらしい。
「はー、ほんっとに人間的ねえ……。こんな感情表現豊かなAIって見たことないわ」
「131万時間を越える学習の賜物。これはとても貴重なデータになる」
「もしかして、これってお金になりそう……?」
「うちのVSVをまるごと強化できるかもしれない」
「あのー……。ミカに悪い事はしないよね……?」
姉妹が顔を寄せ合ってひそひそ言い始めたので、一言挟んでおくマモルである。
少しずつ動くようになってきた右手で、上からミカを覆う。
すると、ピカピカしているミカに興味を持ったのか、オシルコがトトトッと駆け寄ってきて、
『ワフ!』
後足を伸ばして立ち上がり、背中からモコモコアームを生やしてミカをつつき始める。
『きゃー』
「うわー」
一見すると、犬に似ているとか猫に似ているとか全くそんな事は無く、オシルコは正しく紫色の毛玉だった。
この毛の一本一本が、感覚器官も兼ねている……のかもしれないとカリンは曖昧な説明をしている。
「ま、もうすぐファルコンが目ぼしいカプセルを持ってくるでしょ。その中から選んで。他はあたしたちがキャッシュにするから」
「は、はあ」
オシルコの猛攻からミカを守っているため、ユウキの言葉を完全には理解できなかったマモル。
アンフィスバエナのエンジン音がして来たので、そちらに首を向けた。
ここはカトブレパスの格納庫。
マモルとミカに割り振られる居住スペースはまだ無いため、その一角を利用しているのだ。
そこへ、装甲バイクが幾つかのカプセルを引きずってやってきた。
「ほらオシルコ。いい加減にしな」
ユウキがなおもミカにまとわりつくオシルコを、ひょいっと掴み上げた。
軽量の非金属パーツのみで作られているため、とても軽量らしい。
『ワフ! ワフ!』
「こらこらー! あばれるなーっ! あっこら! 胸をつつくな胸をー!!」
『良かったー。私、あの子ちょっと苦手なんだよねー』
「ミカ、今は自由に動けないからね。ほら、それじゃあ新しい体を選ばないと……」
『マモルはこういうのに抵抗ないの? あの世界のデータとかだと、自分じゃない人の体を使ったりすることに抵抗がある人が多いはずだったんだけど』
「うーん……どうなんだろう。何ていうか、違和感はあるんだけど、それほど嫌じゃないんだよね。僕は僕で、どこか壊れてしまってるのかもしれない」
『んー、難しい事は分かんないや。ま、いいんじゃない?』
AIが言うセリフではない。
だが、これを聞いて目を爛々と輝かせるのがカリンである。
「夢のファジー思考が可能なAI……! 解析したい」とか物騒な事をぶつぶつ言っている。
『おーい、姫が知識欲に支配されれないうちに、さっさと新しい体を選んじまってくれ。大体年齢が近そうなのを持って来たぜ。しかしまあ、俺はモンゴロイドの年齢とかよく分からないんだよな』
どうやら本来は黄色人種ではなかったらしいファルコン。
体格と、顔つき、しわなどの有無で判断して持って来たようだ。
マモルがざっと確認したところ、上は二十代後半くらいから下は十代前半まである。
全部で六つのカプセルで、ファルコン曰く、『一番見た目が良い奴を厳選してきた』とのこと。
「ミカはどう? 気に入った見た目のがある?」
『私はマモルの好みのでいいよ!』
「ええーっ」
今のミカのボディにもカメラはついているのだが、彼女は判断をマモルに委ねる方針だった。
マモルは、うーん、と頭を捻る。
そう言えばこのところずっと、性的な欲求などあまり感じずに生きてきた。
無意識にでも長く生きてきて、そういう気持ちが磨耗してしまったのだろうか。
それでも、ミカの体になるのだから……と精一杯自分の中の男心が気に入った体を選択する。
「よし、じゃあ……ちょっと年下だけど、この子なんかどうかな? 結構、あっちの世界のミカにも似てるし」
『いいと思うよ! ほほー。マモルは小さいほうがお好みかあ。そのデータは無かったなあ』
「そ、そんなことはない」
結局選んだのは、最年少の女の子の体である。
これをカリンが、マモル同様の解凍処理を施しつつ、AIによって操作できるサイボーグ体として改造する。
『ガイノイドって奴だな。体のほとんどは生体パーツだが、中枢神経や頭脳は機械だ。サイボーグなのかロボットなのか、なかなか難しいところだな』
作業はしばらくかかるということで、マモルはリハビリをしながらファルコンに様々なレクチャーをしてもらう事にする。
三日目くらいで、ようやく歩く事が出来るようになってきた。
それまでは座学を中心。
『まだ外には出られんから分からないだろうが、今の世界は少年がいた電脳世界と、現実世界が交じり合ったまま安定してしまった状態にある。常に電脳世界であるとも言えるし、現実であるとも言えるわけだな』
「現実と、電脳世界が」
『そうだ。あの大戦で、電子爆弾……通称電爆が最後に使用された。そいつが、世界の境界を曖昧なまま固定しちまった。これが電脳側で使われたのか、現実で使われたのかも今はもうよく分からんな』
「記録とか残ってないの?」
『私も聞いた事ないなあ』
『ネットワークってのがあってな。かつて無数の情報が、嘘も真実もごちゃまぜに、そこには存在していた。で、現実にもこれまで蓄積されてきた歴史や知識、情報があったわけだよ。こいつが電爆の結果』
ボーンッ、と掌でジェスチャーをするファルコン。
『何もかも、滅茶苦茶に交じり合っちまった。もう、誰も過去の正確な歴史なんざ分からんし、大戦末期に作られた技術ってのもよく分からない。で、登場するのが俺たちみたいな
少年と少女がいた世界みたいにな、未だ電脳世界で完結して、こっち側と繋がってないイントラネットを発見しては、情報を掘り返して世界にばら撒く。あるいは渾然となった情報をより分けて、世界に成果を提供する』
「思ったより知的な仕事……なんだね? それで、どうして僕にそんな話を教えてくれるんだ?」
『そりゃあお前、少年は研究機関に引き渡されて一生モルモットで過ごすか、俺たちと面白おかしく命がけな遺跡漁りをやるかの選択肢しか無いからに決まってるだろうが』
「えええっ!?」
『マモルが危ない事するの!? 反対! 絶対反対!』
『じゃあモルモットがいいか? 実験動物として自由を奪われ、死ぬまで飼い殺しだ。まあ、これはこれで悪い人生じゃないぞ。何せ命は保証されるし、実権だってストレスがかからないように細心の注意を以って行なわれる。
俺たちも最初は、少年をそっち側に送るつもりだったんだがなあ……。しかし、少年がヘルハウンドを使って見せたことで、考えを変えた』
ファルコンが、ぐっと顔を寄せてくる。
今はターレットを外し、通常用のフェイスパーツらしい。
無機質なバイザーの奥で、カメラがフォーカスを調整する音がする。
『お前は才能がある。俺はもっぱら殴りあい専門だが、ユウキは天才だ。少年はユウキと同じ場所に立てる逸材だぞ』
そして小声で、『旧型限定だがな』と付け加える。
『ねえねえ、私は? 私は?』
『あー、少女はAIだしなあ』
『AIじゃだめなんですか! AIじゃ悪いんですか!』
『分かった分かった! 目の前でピッカピカ点滅やめてくれ! すげえ眩しい!! 本当に人間みたいな奴だな。じゃあ少女も才能あるってことでいいよ』
『やった!!』
「いいのかなあ……」
そして、おおよそ世界に関する座学も終わる頃合である。
ミカの新しいボディの処理が終了した。
いよいよ、外の世界に繰り出す時がやってくる。
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