第10話ファースト・バトル

「これっ、どうやれば……!? うわあっ!」


 ヘルハウンドが伝えてくる衝撃に、マモルは叫ぶ。

 ミカが小さく悲鳴をあげて抱きついてくる。

 ともに、戦闘行為に関しては素人だ。

 敵対意思を見せた世界に対し、戦いを挑んでしまったが、一体どうすれば良いのかが見当もつかない。


「マモル、ファルコンさんが言ってた、バイクと同じような乗り方をするっていうの、ロボットの姿でも使えるんじゃないかな」

「重心をコントロールする……? あっ、これ、座席が動くようになってるぞ。もしかして、座席ごと全部がコントローラーなのか?」


 マモルがイメージしたのは、ゲームセンターにあるような、大型ディスプレイの前にバイクを模したコントローラーを配する、大型筐体である。

 目の前には、ヘルハウンドが視覚に捉えた光景を映し出すディスプレイが三面に渡って展開されている。

 その向こう側で、敵対する青い異形のロボットが再び攻撃姿勢を見せた。


「ミカ、強く掴まって! 避けろ、ヘルハウンドーッ!!」


 マモルはハンドルを切りながら、体の重心を傾ける。

 すると、操縦席そのものが傾ぎ、ヘルハウンドもまたこの動きに同調した。

 青いロボットの攻撃の斜め方向に移動しながら、胴体を捻って攻撃を回避したのだ。


「いける、いけるぞ!」

「だめ、マモル、また来る!」


 ミカの声を聞いて、マモルは慌ててブレーキをかけた。

 ヘルハウンドが急停止した目の前を、青いロボットが振り回した腕が通り過ぎていく。

 敵は、どうやら移動した後でも、動きの反動を無視して行動することができるようだ。

 全身がデータで形作られているのだから、物理法則が通用しないのかもしれない。

 それでも、機体を形作る技術のレベルはヘルハウンドの方が上だ。

 そしてこのVSVには、操縦者の意思を感じ取り、実行する不可思議な能力がある。

 回避した敵の腕に対して、マモルは思わず反応していた。

 それは、ハンドルを押し込むという動作だったが、これの意図するところを機体は汲み取った。

 鋼の巨腕が伸びる。

 それは振り抜かれた青い腕を掴み取ると、爪を深く食い込ませた。下肢に再びホイールが展開され、今度はローラースケートのような要領でヘルハウンドの動きを補助する。

 灰色のVSVは、瞬く間に青いロボットの懐にもぐりこんだ。

 そのまま、掴んだ腕を引きながら、胴体で青いロボットを下から押し上げる。

 ちょうど、背負い投げの要領だ。

 その途中、超硬質の爪が食い込んだ腕を破壊した。

 支えを失った青いロボットは、頭から地面に向かって放り投げられる。

 響く音は電子音。

 ヘルハウンドは、もぎ取った敵の腕を振り上げ、青いロボット目掛けて投げつける。

 それは敵の胴体にぶつかり、激しくデータを周囲に撒き散らす。


『#%$|##”%$’”ッ!!』


 既に言葉にならない、雑音の奔流。

 青いロボットは起き上がるのではなく、そのまま機体を再構成させた。

 より歪な、背中から何本も腕が突き出した亀のような姿になる。


「姿が変わった!」

「うわ、気味が悪い!」


 ミカが顔をしかめた。

 だが、気持ち悪いからといって近づかないでは、飛び道具を持たないヘルハウンドは戦うことが出来ない。

 青いロボットはでたらめに突き出した腕を、それぞれ銃器に変形させて、高らかに咆哮した。

 もはや、放たれる弾丸は物質の体をなしていない。

 叩き付けられるデータそのものだ。

 1と0が降り注ぎ、ヘルハウンドの装甲を削る。


「避けなきゃ……!」


 必死に重心を傾け、回避を行なうマモル。

 だが、遠距離から攻める戦いにシフトした敵は、銃口の向きを変えるだけで容易に動きに追随してくる。

 ついに、キャノピーの上部を弾丸が破壊し、マモルとミカがむき出しになった。


「きゃああああっ!」

「まずい、まずいまずいまずいっ! 何か、何か出来ないの!?」


 ヘルハウンドは銃弾に追われながら、敵の射界を走るばかりだ。

 マモルの頭は焦りを産むばかりで、打開策などちっとも沸いてこない。


「せめて、何か飛び道具でも……! 銃とかじゃなくてもいいから、何か……!」


 マモルの目の前で、飛び込んできたデータの弾丸が弾け、キャノピー内を跳ねた。

 不完全なデータだったからか、マモルとミカを傷つける前に消滅してしまったが、飛び散った火花と共に、ディスプレイの画像が乱れ、周囲の機器が一瞬放電した。

 放電。


「ブラックドッグには、電撃を使う力があった」


 未だ止まぬ、銃弾の音を聞きながら、マモルは呟く。


「だったら、ヘルハウンドも何か、できるんじゃないか……!」


 マモルの意思が、灰色のVSVと共鳴する。

 力だ。物理的なものではない、もっと強い力。

 不意に、ヘルハウンドからイメージが逆流してきた。

 まるで、地獄の底から吹き上がる炎のようなイメージ。


「炎の力……! ヘルハウンド、炎を!」


 マモルは叫んでいた。

 すると、ハンドルの付け根にあったカバーがゆっくりと展開し、そこに黒いボタンが出現する。


「これを押せって言うのか」


 ヘルハウンドは答えない。

 だが、VSVが示したこれこそが答えなのだとマモルは思った。

 だから、躊躇することなく押す。


『!?』


 青いロボットは射撃を続けながら、一瞬たじろいだ。

 満身創痍となっている目の前のロボットが、急に動きを止めたのだ。

 そして、腕を盾にし、それを破壊されるままにしながら、呼吸するように肩を上下させ始める。

 熱が起こった。

 強烈な熱量が、灰色のVSVに向かって集まってくる。

 弾丸の雨はついにヘルハウンドの腕を破壊しきり、鋼の腕が弾け跳んだ。

 果たして、そこに見えたものは。

 赤いカメラアイを輝かせた、灰色の機体が、まるで口のようにそのマスクを展開させている。

 マスクの前に、オレンジ色のボールが輝きを放ちながら生まれていた。

 周囲の光景が揺らいでいる。

 ボールが凄まじい熱を放っているがために、周囲の光を捻じ曲げているのだ。


「ヘレティック・スフィア!!」


 マモルが吼えた。

 合わせて、ヘルハウンドが高らかに咆哮をあげる。

 最初はゆっくりと、オレンジ色の灼熱のボールは放たれた。

 それは徐々に加速し、その色合いを、白く変えていく。

 青いロボットは、これに強い危険を感じた。

 彼の思考は既に狂っていたが、自己保存を刻み込んだ本能にあたる部分が、逃げることを訴える。

 だが、移動を捨てて攻撃するための姿になったそれに、このボールから逃れる術は無かった。

 時間にして、ほんの一秒程度。

 ついに、ボールは青いロボットに到達。

 触れた何本もの腕が、一瞬にして溶解した。

 腕から伝わる凄まじい熱量が、ロボットの全身を焼き焦がす。


『アアアアアアアアアッ!!』

 

 絶叫をあげる。

 叫びながら、成す術なき熱に、溶かされていく。

 溶けた端から、何もかも蒸発し、消えていく。


『まだッ……まだ、消えたく……な……』


 百五十年の時を永らえてきた、小さな世界の最後であった。

 僅かな欠片も残さず、青いロボットは消滅した。

 ヘルハウンドはしばし、残心するかのように立っていたが、ゆっくりと前のめりに倒れていく。


「うわっ……わわっ」


 衝撃。

 マモルは咄嗟に、ミカを庇った。

 彼女はと言うと、ヘルハウンドが放ったヘレティック・スフィアの熱に当てられてか、失神してしまっている。

 マモルも汗びっしょりになってはいたが、不思議と平気だった。

 転倒したヘルハウンドのハンドルの間から、ショック吸収用のバルーンが吹き出してきて、マモルとミカを受け止める。

 ただでさえぎゅうぎゅうの操縦席が、身動きも取れないほどの有様になったが、お陰で二人はダメージを受けずに済む。

 なんとか身じろぎして、腕を上に上げてキャノピーに触れる。

 どうやら、開閉機構のようなものが破損したようで、自動では開かないようだ。

 逆に、ロックが馬鹿になっていたようで、腕で押すと鈍い音を立てながら開いていった。

 マモルは操縦席を這い出ると、ミカを引っ張り出した。

 彼女を横たえて、腰を下ろす。

 目の前には、倒れてあちこちから火花を散らすヘルハウンド。

 地面は一面、ワイヤーフレームで描かれた黒。

 頭上も、星一つ無い黒。

 真っ暗闇と言っていい空間のはずなのに、その黒が妙に明るく、眩しかった。

 ここは人工の空間なのだ。

 ふと気づくと、その空間に穴が開いている。

 穴の向こうが紫色に輝く空だったから、一瞬これも電脳世界なのかと思った。

 だが、どうやら違うようだ。

 偽りの空がゆっくりと、穴に侵食されて消えていく。

 紫の空は一部だけで、他は大部分が人工の天井。

 周囲のワイヤーフレームが瓦礫の山に変わり、すぐ目の前に、見上げるほど大きな柱状の物体が出現した。


「あれっ」

 

 気がつくと、見下されていた。

 声を出したのは誰だったのか。

 自分か、それとも彼女か。

 いつの間にか、マモルは横たわっていたのか。


「もう目が開いてる。繋がったのかしら」

「私は何もしていない」


 ユウキとカリンの声が聴こえる。

 マモルは身を起こそうとして、自由にならない手足に気付いた。


「甘神マモル。間違いなく、君よね?」


 頷く。

 なんだ。

 これは、今、一体どうなっているのだ。

 マモルは理解できなくなる。


「君は、どういう切っ掛けかわからないけれど、今、150年ぶりに元の体に戻ったの。君の肉体は、冷凍された状態で保存されていて、今はゆっくり解凍中。身動きできるようになるには、あと丸一日はかかるわね」


 マモルは説明を聞きながら、自由になる部位を探す。

 ──よし、目が動く。

 唯一動かせる目を使って、周囲を伺った。

 ミカの姿は、無い。


『マモル、私もここで待ってるからね』


 だが、彼女の声はごく近い所から聞こえた。

 目線を巡らせる。

 誰もいない。

 ユウキと、カリンと。

 あとは、自分の胸の上にある、何か四角い物体。

 じっと物体を見つめる。

 すると、それはピカピカ光り、


『一時はオーバーヒートして、どうなるかと思ったけど……マモルがひんやりしてるから助かっちゃった』


 ──ミカか!?


「あー、驚いてる驚いてる。でも安心して。世の中進んでてね。ちゃんとミカにも、それなりの体をあげられるようになってるから」


 何が安心なのだか。

 一難去ってまた一難。

 状況が終われば、また訳のわからない状況に投げ込まれている。

 説明を求める、とマモルは強く思うのだった。

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