第7話スクールデイズ・マスカレイド2
三階に上がった途端、周囲の空気が張りつめたように思えた。
マモルは、今まで一度も三階に上がろうという気にはならなかった自分に気づく。
ここは、三年生教室と、情報処理室などが集まっている。
確か音楽室もあったはずだが……。
「そう言えば、音楽の授業なんて受けたことないぞ」
「そうだっけ?」
ミカが首を傾げた。
しまった、と思い、マモルは口を噤む。
「どうやら向こうも完全に警戒してる。もう隠しても意味はないかも」
「ここからは障害を強制排除しながらの探索ね」
カリンとユウキが剣呑な目つきになっている。
「それに、カリンが隠さないでいいって言う意味はもう一つあるの。ちょっと、剣崎さんをシステムから切り離してみようって思ってさ」
「は? 私を? しすてむ?」
「うんうん、システムっていう、そういうあれ。まあ悪いようにはしないからねー」
「へ? え? えええ!?」
「ユウキさん、あんまりひどいことは困る!」
マモルが慌てて止めに入った。
ミカは大混乱ながら、ちょっとユウキに恐れをなしたらしく、マモルの後ろに隠れてしまう。
なんで怖がらせるように言うかな、と憮然とするマモル。
カリンは相変わらず興味が無いようで、階段の先にある三年生教室と音楽室、どちらに行こうか考えている。
「見て。露骨」
カリンが指差したのは、三年生教室側である。
教室群しか存在せず、他には外へ通じる扉と、外部昇降階段のみがある。
何も特別なものなど無い空間のはずだった。
しかし。
清掃の時間も終わり、部活動で特別教室を使用する生徒しかいないはずのこの時間に、三年生教室はびっしりと生徒で埋まっていた。
「わわっ……ナニコレ」
ミカが目を白黒させる。
この状況が、彼女にも認識できているのだ。
「先輩たちみんな残ってるって、ありえないでしょ……。なに? これって、何が起こってるの?」
「これがさっき言った、システムが関係してること。そうかー。この教室ね。たのもー」
ユウキは躊躇なく、扉を引き開けた。
いや、引き開けようとした。鍵がかかっているようだ。
中に多くの生徒がいるというのに、教室の扉が鍵で閉ざされている。
「ミカ、下がってよう。これって絶対、やばいことが起きる」
マモルはミカの手を引いて、教室から距離を取る。
代わりに進み出たのはカリンだ。
扉の鍵穴に指を当てると、手の甲に光の線が浮かび上がった。
すると、扉はガタガタと震え出す。
まるで生き物のように。
「無駄な抵抗。旧式とは演算速度が違う。解錠……!」
彼女の宣言と同時に、扉は開かれた。
そればかりではなく、空気に溶け込むように、消失していく。
すると、マモルの周囲の風景が、あちこちノイズが掛かり始めた。
リノリウムの床や天井、壁が、時折揺れて黒い隙間を晒す。
「全部防御に回したわね。それじゃあ、あたしの出番っと!」
ユウキが教室内に飛び込んだ。
既に彼女の姿は、制服ではなくなっている。
戦闘用のボディスーツ、と言った出で立ちだ。
「ユウキ、同時に行くから。そっちはお願い」
「了解。あたしもひと暴れしておかないとね。ファルコンじゃ、教室ごとぶっ壊しちゃうもん」
侵入してきた転校生に対し、教室内の三年生が一斉に立ち上がる。
その姿がぶれ、生徒の皮を模していたテクスチャが剥がれた。
全てがキューブで形作られた人形のようになる。
「あ、そうか……! ここって、僕らの教室の真上なんだ……!」
マモルが気付きを得たと同時に戦いが始まった。
キューブ人形が、手に手に椅子や机だったものを持ち上げ、襲い掛かってくる。
狭い教室で、一クラスぶんの人数が一斉に動くのだ。
ユウキは、いつの間にか腰に出現していたホルスターから銃を抜くと、そのまま射撃した。
一射、二射。一体を片付けると、そのまま教壇を蹴り倒しながら飛び上がる。
さっきまで彼女がいた場所を、テクスチャの剥がれかけた机と椅子が激しく殴打する。
跳躍しながら、ユウキは手近なキューブ人形の頭を蹴る。
するとつま先から刃が飛び出し、人形の頭部をえぐった。
「おっとっと……!」
そこに向かって飛んできた机。
空中にいるユウキに回避の術は無いかと思われたが、彼女は腰のあたりに手を当てる。
すると、ベルトの横部分がせり出し、圧縮された空気を吐き出した。
これによって、空中でユウキの軌道が変わる。
机は紙一重で回避。
投擲では埒が明かないと見たのか、キューブ人形たちは教室の壁や床に腕を突っ込み、そこから銃器の形をした得物を取り出し始めた。
「うわあ、世界観とかもう無視なのね……」
「それはさせない」
カリンの声が響いた。
彼女の周囲に近寄っていたキューブ人形たちが、形を保てなくなって崩れていく。
カリンの足元は、いつの間にか教室ではなく、無機質なコンクリート張りの床面に変わっていた。
どうやら、彼女はハッキングを行っているようだ。
黒板に手のひらを当てると、カリンの指先から放たれた光の線が広がっていく。
時折、光は何かに押し戻されるような動きをするが、確実にその勢力圏を広げていっていた。
「あっ……な、なんか変なの、来た。私の頭のなかに、何か来た……!」
マモルの横で、ミカが頭を押さえて呻き出す。
「ミカ!? こ、これは、システムが彼女に命令を出してるのか……!? ああ、くそ、どうすれば!」
そうしている間にも、ミカは立っていられなくなり、床に座り込んでしまう。
頭を押さえている彼女に指先が、一瞬ぶれてキューブに変わりかけた。
「!!」
マモルは思わず、ミカを抱きしめた。
「マ、マモル!?」
その途端、ミカを襲っていたシステムからの命令が止まったようだ。
「ミカ、大丈夫か!?」
「うん……。なんだか、マモルがギュってしてくれたら、いきなりスッキリした……」
「剣崎ミカは甘神マモルのケアが最優先事項として組み込まれている。恐らくそれ以外にも何かあると思うけれど、そこでそうやって押さえてて。でもエッチなことはだめ」
カリンからの言葉に、ちょっと私的な感情が混じっている。
「いや、しないから!」
「しないの? ……いやいやいや、私もほら、して欲しいわけじゃないから」
「おーい! あたしの方はいっぱいいっぱいなんだけど!! いちゃいちゃしてんじゃなーいっ! カリン早くして早くーっ! うっわー!」
キューブ人形の銃を蹴り飛ばしたユウキが、振り回されてきた椅子の直撃を食らって吹っ飛ぶ。
腕をクロスさせてなんとか受けたものの、軽い女子の体重である。窓際まで追い詰められてしまった。
「こうなったら窓を開けて脱出……とはいかないわよね」
ユウキは後ろ手で窓を叩いてみて、それが鉄板のような感触を返してくることを確認する。
「ユウキ、ファルコンに笑われる」
「あいつサイボーグでしょ!? あたし生身なんだから!」
軽口を叩きながら、銃を連射して間近なキューブ人形を倒す。
「とりあえずこれで……甘神マモルと剣崎ミカは切り離し……と」
マモルは、急激に周囲の風景が解像度を落としたCGのように見えてきたことに気付いた。
ミカもまた、パッと目を見開いた後、呆然としている。
共に、足元がはっきりとしない。
リノリウムの床だったはずが、放つ鈍い光沢が雑なものになり、継ぎ目も曖昧に見える。
「これが……世界の本当の姿……!」
窓ガラスさえも、荒いポリゴンに適当なテクスチャを貼ったものに見える。
これが開くとは思えない。
「マモル……これ、何だろう……? なんだか、とっても私、ふわふわした気持ちなんだけど……。こんなの、今までの55,407日間で感じたことなんか無かった……」
「五万……!?」
「うん、そうだよ? 私、マモルと55,408回一緒に登下校してたじゃない。すっかり、私マモルのこと分かっちゃった。マモルの話し方も、考えることも、びっくりしたり戸惑ったりすると、そうやって手を握って親指で人差し指のところをこすったりするのも、全部知ってる。ああ……! やっと言えた!」
それは、今まで見たことがないミカの姿だった。
「よーしファルコン、そのまま突っ込んできて! ああ? あたし? 心配しなくていいから! 思いっきり!」
「ユウキ、やめて。私まだ避難してない」
「カリンは根性で避けて」
「むーりー」
「マモル! ミカ! 二人も備えて! 今からこの教室がぶっとぶ……っ」
見かとのやり取りに熱中していて、教室への注意が疎かだった。
既に状況は進行していて、カリンが必要な分だけのハッキングを終えたから、撤収する所だったのだ。
あとは教室に気を使う必要など無い。
ということで、ユウキはとんでもないものを呼びつけていた。
彼女の呼びかけが終わらぬうちに、教室の窓に当たる部分が急激に盛り上がった。
強烈な圧力を受けて、窓から壁面を構成している構造体が歪んでいるのだ。
今まさにユウキに襲いかかろうとしていたキューブ人形たちが、一瞬動きを止めた。
そして、壁面の構造体が砕け散る。
飛び込んでくる、巨大な装甲バイク。
『待ちかねたぜ! 少年、無事かーっ! ああ、姫とユウキは心配してない』
相変わらずいらぬ憎まれ口を叩きながら、サイボーグの登場である。
バイクタイプの可変戦闘車両アンフィスバエナ。この巨体が、あろうことか狭い教室内で暴れまわる。
着地と同時にキューブ人形を押しつぶし、スピンしながら数体を跳ね飛ばし、横合いからファルコンが腕を突き出し、手にした巨大な拳銃で何体かのキューブ人形を打ち倒す。
「マモル! ミカ!」
「分かった! ミカ、行こう!」
「うん!」
マモルの言葉に、ミカが疑いを挟むことは無い。
二人は手に手を取って、装甲バイクに向かって駆けた。
その後部に、グリップが突き出している。
ユウキが飛び乗り、ファルコンの後ろに。
カリンとマモル、ミカがグリップに掴まって、
『よーし、落ちるなよ! 落ちたら死ぬからな!』
「余計なこと言うなバカファルコン!!」
かくして装甲バイクは再び、教室の壁面を破壊しながら飛び出していく。
学校という世界。
これまで、恐らくは気が遠くなるほど長い時間を過ごしてきた、自分にとっての箱庭。
マモルはそれを振り返っていた。
既に、校舎は見慣れた建造物ではなく、それを象ったできの悪いCGだった。
世界の主観から外れたマモルが、元の世界を目にすることは、もう無い。
少し寂しい気分だった。
「マモル……どうしたの? そういうマモルは、知らない」
「何でもないさ。行こう、ミカ。ここからはもう、繰り返しじゃないぞ」
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