第5話パブリック・エネミーズ2
頭上で繰り広げられる戦いを、マモルは呆然と見上げていた。
そんな彼の背中を、指先でつんつん突く者がいる。
言わずと知れたカリンだ。
「暇なら、手伝って。人手が足りないから」
「て……手伝うって、一体!?」
「これ。電送カタパルト。リフトで武器を乗せて、ブラックドッグをマークして射出して。ユウキは何も考えてないから、すぐ弾切れになる」
指し示されたのは、壁際にプカプカと浮遊した光り輝くパネルだ。
そこには幾つかのボタンとレバーが存在しており、指を近づけると端的な解説文がポップアップしてくる。
「今作っておいたから。読みながらやって」
「えええっ……。でも、僕はそういうのやったことないんだけど……。それに、武器なんて言われても」
「甘神マモルのセンスに任せた」
無責任に言い放ち、無表情のカリンがグッとサムズアップしてみせた。
途方に暮れるマモルである。
だが、頭上ではブラックドッグによる戦闘がどんどん進んでいく。
ショットガンで並み居るポリゴンの巨人を、次々に撃ち落としていく。
飛行型になったブラックドッグの機動性はかなりのもので、常に巨人たちの死角に回り込み、射撃、あるいは腕を伸ばしての殴打でダメージを与えていく。
戦闘は順調に見える。
だが、得物がショットガンである以上、携行できる弾丸の上限はそれほど多くない。
やがて、銃を放つようなモーションをした後、ショットガンはウンともスンとも言わなくなった。
ブラックドッグが、腹立たしげにショットガンを投げ捨てる。
「甘神マモル」
「わ、分かったよ! ええっと、リフトはこれ……?」
ボタンを押すと、UFOキャッチャーのアームのようなものが上から降りて来た。
なぜか、ふらふら頼りなげに動いている。
「武器、武器……。弾丸が多そうな……これかな」
リフトのアームが掬い上げたのは、ミニガンである。
マモルの操作で、ミニガンは電送カタパルトにセットされる。
座標軸の合わせ方は簡単。
操作パネルと軸が同機しているから、パネルを掴んでブラックドッグの方向に合わせるだけ。
視界に、ターゲットスコープが浮かび上がる。
「虚数空間だからできる。外ではできないから、これを頼りにし過ぎたらダメ」
「外の世界って……。いい加減、說明してくれよぉっ!」
怒りの吐露と共に、マモルは射出ボタンを叩いた。
カタパルトが光り輝き、ミニガンをその光で包み込む。
雷鳴が轟く。
既に、ミニガンの姿は無い。
視界の彼方で、ぶっ飛んできたミニガンがブラックドッグに見事命中した。
「お見事」
ぱちぱちぱち、と拍手するカリン。
明らかに今、彼女は手すきである。マモルの手を借りる必要があるようには見えない。
「わざと僕にやらせただろ……」
「甘神マモル、センスはある」
『こらあああカリンッ!! あたしに武器をぶち当てるバカがどこにいるのよぉぉぉっ!!』
「私は悪くない。悪いのは甘神マモル」
『君、あとでぶっ飛ばすッ』
「なんだよそれーっ!?」
軽口を叩きながらも、上空のブラックドッグはミニガンを構えながら上半身を変形させる。
下半身はフライヤーを展開した四本足のような形で、あたかも空を舞うケンタウロスだ。
ミニガンが火線を作る。
後方へスライドしながら、弾丸の雨が縦横無尽に天空を薙ぎ払った。
「来る」
カリンが目を細めた。
彼女の腕が光の線を帯びながら、カトブレパスの内壁に触れている。
『姫はな、肩から先がまるごと、システムを操作するインターフェースなんだ。歩く整備システム、生体コンピューターってな』
「ファルコン、迎撃して」
『ほいさ。それが俺の仕事だからな』
サイボーグが格納庫の外に駆け出す。
「どうしたんだ!?」
「ユウキが撃ち漏らしたガーディアンが来てる。ファルコンでそれを防ぐ」
ファルコンは空に向けて指を打ち鳴らす。
それが合図になっていたようで、カトブレパスと並んでボードの上にあった構造物の一つが動き出した。
『おら、行くぜアンフィスバエナ!』
それは、一見すると大型の装甲バイクである。下手な乗用車よりも大きいが、ファルコンが飛び乗ると、ちょうどよいサイズに見えた。
サイボーグは搭乗と同時に、装甲バイクと脚部を連結。
同時に、前部走行部分が展開して、ファルコンの上半身と合体した。
後部装甲が伸長し、上から見たそれは、あたかも蛇。
高速でボードの上を駆け巡る蛇だ。
『おぉらァッ!!』
ファルコンが腕を振り回す。
装着された装甲は、向かってくるポリゴンの巨人目掛けて牙を剥いた。
右腕、左腕。
それぞれが、蛇の頭を形作る。
顎部には牙が装填され、それは巨人に突き刺さると同時に高速で振動を開始する。
『行くぜ、ベノム・バンカーッ!!』
振動が、巨人の構造体を揺るがし、一時的脆弱性をもたらす。
そこに放たれたのが、蛇の肉体を通して放たれる、電磁加速された超硬質の杭だ。
肉体を貫かれた巨人は一瞬大きく震え、直後に粉々に分解した。
『そろそろじゃねえのか? ユウキ、決めちまえ!』
天を仰いだアンフィスバエナから、サイボーグが叫ぶ。
その言葉を受けて、ブラックドッグがミニガンを放り捨てる。
「すぐに捨てるんだから……」
無表情なカリンが、こめかみに青筋を浮かせて呟く。
彼女の視界の中、中空に浮かんだブラックドッグが両腕を大きく開く。
腕部装甲が展開し、突き出すのはそれぞれ三本の放電装置。
『セットアップ・インパルス……!』
カリンが、マモルに向かって何かを放り投げてくる。
「つけて。電脳体でも目が潰れる光は、本体に影響がある」
「サングラス……?」
「今作った」
慌てて装着するマモルである。
その直後、空が金色に輝いた。
「うわああああっ!?」
放たれたのは、光だけではない。
何か、電気的なエネルギーが空間を満たし、飽和させたのが分かる。
『よっしゃ、撤退撤退!』
『やばい、ブラックドッグももう電池残ってないわ』
「次は同じことがないように慎重に」
『へいへい』
サングラスを通してなお、目が眩み、さらには放たれたエネルギーで痺れたようになっているマモル。
だが、彼をよそに、三人は行動を進めていく。
既にブラックドッグも降下してきているようで、カトブレパスが、外に展開していた構造物たちを次々に搭載している。
ようやく落ち着き、視界が戻ってきたマモル。
「うっ……ひどい目にあった……!」
「へえ。”スタングレネード”の圏内で、すぐに復帰できるなんてやるじゃないマモルくん。障壁が薄い普通の電脳体だったら、あれで粉々になっててもおかしくないわよ?」
「そいつはどうも。だけど、いよいよ僕も我慢の限界だぞ」
マモルはサングラスを外すと、目の前に立っていたユウキを睨みつける。
「ちゃんと話してくれ!! 一体、これはどうなってるんだ! 君たちは何のためにやってきて、どういう権利があって僕の世界を壊した! それから、僕は一体何なんだ!!」
『おお、キレた』
ファルコンの軽い物言いに、マモルはちょっとイラッとする。
さっき怒っていた、ユウキの気持ちが分かった。
ユウキはマモルの剣幕に、一瞬目を丸くしていたが、すぐにカリンの方を見た。
「いい? 当たり障りない範囲で話しちゃって」
「構わないけれど、後で装着が痛いメモリのロックを掛けさせてもらう」
「……だってさ。それで構わない?」
「痛いってのが気になるけど、それで構わないっ」
マモルはその場にどっかりと座り込んだ。
対面に、腰を下ろしたユウキが思いの外、女の子らしい座り方をしたので、ちょっとドキッとする。
「では、まず一つめ。君は今の時代の人間じゃない。けっこう前にあった、”大戦”前に生きていた人間よ」
「大戦……」
「世界を巻き込んだ大きな戦いがあったと考えて。それは表立った戦いではなかった。世界を繋いだネットワークを舞台にして、大国同士がぶつかりあったの。既に世界はネットワークに依存していたから、この戦禍から逃れることはできなかった。例外は、まだネットワークが充分に整備されていなかった一部の国だけね」
「ネットワークって、インターネットみたいな?」
「それ、聞いたことがある。昔の紙媒体の情報で、ネットワーク出現以前に想像されていた世界的通信網でしょ? まあ似たようなもの。問題は、かつてあった技術革新で、ネットワーク上の電脳世界と、現実世界の垣根が取り払われつつあったことよ。ネットワーク上で起こった大戦は、すぐに現実を巻き込んだ。都市のインフラは止まり、交通網は停止し、示威行為用だった兵器群で迂闊にもネットワークに触れていたものは、次々に火が入った」
ガシャガシャと歩いてくる音がした。
ファルコンである。
『お茶が入ったぜ』
「あら、気が利くじゃない。点数稼ぎ?」
『うむ……姫から小間使いの役目を賜ったからな……』
無表情なターレット付きの頭が、なぜか渋面を作っているように見えた。
お茶と一緒に、見たこともない固形の菓子がついてきており、ユウキはこれを実に美味しそうに食べた。
マモルも一口食べてみる。
甘い。
とてつも無く甘く、そして腹にどっしり来る。
「じゃあ続けるわね。大戦が起こった。大戦に巻き込まれ、たくさんの人が死んだ。次々に街が滅びた。国が滅びた。だけど、中にはネットワークから自分を切り離すことで、生き残りを図った町があった。その一つが、ここってわけ」
「…………。僕は、その町の人間だったってこと……?」
「現在進行形で、その町の人間よ。で、あたしが見る限り、君以外に生きてる人間は見当たらないと思う」
「そんな……! ミカやハルトは、それじゃあ」
「情緒的には受け入れられないわよね。心中お察しするわ。でも、どちらにせよこのままじゃ町は終わってたのよ。ファルコンと一緒に見たでしょ、この町の粗を」
ユウキが言っているのは、マモルが焦点を合わせた場所だけが克明に描画され、町としての体をなす、この世界のあり方だ。
「エラーが無視できないレベルまで来てるんでしょうね。老朽化しているだろうし。あたしたちは、この町がだめになってしまう前に君を助け出して……それでお宝をもらう」
「うん…………って、ええええっ!? お、お宝ぁ!?」
「そーよ。お宝! あたしたちは君の本体が眠っている中枢に達し、ユニットを回収、ついでに君を助ける。そういう予定なのよ」
『まあ、少年の境遇については同情するぜ。必要な犠牲って奴だな』
後ろから、ファルコンが優しく肩を叩いてきた。
マモルは一瞬呆然としたあと、思わず叫んでいた。
「な……納得できるかあああ!?」
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