第4話パブリック・エネミーズ
サイボーグは空を飛んだわけではない。
脚部から何らかの反発力を放って、跳んだのだ。
跳躍高度が頂点に達した辺りで、落下が始まる。
すると、サイボーグは手近なビルに向かって方向を修整した。
腕や足からフィンのようなものが展開している。これが風を受け、落下方向を操作できるのだ。
そして、ビルに着地と同時に、再び跳躍。
放たれたパルスが、ビルを揺るがせる。
マモルの目には、ビルの形をした四角い構造体が、表面部分を波打たせているように見えた。
それほど、この世界の建造物には実在する感覚が薄い。
なぜ、今まで気付かなかったのだろう。
『しかしまあ、ちゃっちい
「僕のいた世界は……何だったって言うんだ……! これって、一体なんなんだ……!?」
煌く夜景と見えたものも、徐々に色あせていく。
それはチープな三原色の組み合わせに過ぎず、規則的なパターンで明滅している。
マモルが焦点を合わせた場所のみが、町として構成され、詳細なテクスチャに覆われる。
『ああ、こりゃいかんな。世界の主観が少年に設定されてる。すぐ気付かれるな』
サイボーグはぶつぶつ呟きながら、さらに幾つかのビルを蹴り飛ばし、夜の町を跳躍する。
やがて見えてきたのは、夜景の中でも一際作り物めいた廃ビルである。
窓からは一筋の明かりも差さず、それどころか窓枠は壁といったいとなり、雑な描線で区別されているだけだった。
このビルだけが、マモルの視界に入ってもディテールが詳細にならない。
サイボーグはこのビルの、どう見ても壁にしか見えない所を目掛けて、一直線に突っ込んだ。
「ぶ、ぶつかるっ!!」
『ところがどっこい』
冗談めいたサイボーグの物言いどおり、二人の体は、壁を何の抵抗も無く突き抜けた。
「なっ……!?」
マモルは目を剥いた。
ビルの壁は立体映像のようなものだった。そして、その中に広がっていた光景は、彼が見たことも無いようなものだったからだ。
一言で言うならば、一面の星空。
頭上ばかりではなく、前も横も後ろも、そして足元すらもが、いっぱいの星で埋め尽くされている。
そして、星は後方に向かって流れていた。
どこまでも流れ続ける。
『驚いたか。これが虚数空間の裏側だ。大戦後期に作られたものはもっとデータ量が多くてな。データが九割でブランクが一割、真っ白な世界に黒い星が流れるようなもんなんだが……いやあ、これだけは旧型の方が好みだぜ』
サイボーグは、どこにも手がかり、足がかりすらなくなったこの空間で、落ち着き払っていた。
マモルごと、サイボーグの巨体が何かに吸い寄せられていく。
それは、星空にポッカリと空いた穴だった。
いや、穴と見えたのは、一切の光を照り返さない黒塗りの巨大なボードであった。
そこに、サイボーグが着地する。
『おう、帰ったぜ! 少年も成り行き上連れてきた』
「はあ!? ファルコン、あんたバカなの!?」
いきなり罵声が返ってきた。
ボードの上はそれなりの広さがあり、体育館の半分ほどのスペースに、幾つかの構造物が積まれていた。
それらの一つが展開し、いきなり人影が飛び出してくる。
「ゆ、ユウキさん……!?」
「あー……。さっきぶり、ね。甘神マモルくん」
彼女は、引きつり笑いを浮かべている。
一瞬、ファルコンと呼んだサイボーグを見て、凄い形相をして、またすぐに引きつり笑いに戻った。
「ええっと……本当はもっと、学園生活っていうの? ああいうのをしながら少しずつ距離を詰めて……それで、徐々に真実を明かしていくっていう、そういう台本だったんだけど。このバカがやらかして」
そう言いながら、ユウキはサイボーグの脛を蹴った。
凄い音がする。
サイボーグは表情が分かる顔をしてないから、涼しい顔と言うのもおかしいが、知らぬ顔で口笛など吹いている。
機械の頭で口笛が吹けるのだと、マモルはちょっと感心してしまった。
対して、ユウキも金属製の足を蹴り付けた割には、痛そうにもしていない。
「まあ、起こってしまったことは仕方ない。……仕方ないわ。予定変更。思い切り前倒しね。ついてきて」
彼女は踵を返し、歩き出した。
ボードの上に幾つか存在する中でも、一番大きな構造物に向かっている。
近づくに連れて、マモルには、それが建物などではなく、車両なのだと理解できた。
大型トラックよりもなお巨大なそれは、一瞬、首を俯かせた雄牛のように見えた。
「これ、あたしたちの家ね。整備装甲車両カトブレパス」
「大きい……!」
「一台で、あたしのチームのヴィークル全部を搭載して、修理して、さらに生活スペースと秘密ギミックまで搭載しているもの。これくらいの大きさが無いとね」
ユウキはカトブレパスの前に立つと、手を翳した。
ちょうど、車両の前面が雄牛の頭のように見える。目に当たるライトが発光した。
軋みをあげて、雄牛の首が持ち上がっていく。
そこに、入り口があった。
『ま、姫に取り次いでくれ』
「カリンも相当怒ってると思うわよ」
『そこを取りなして欲しいぜ。俺の整備をしてもらえなくなっちまう』
「自業自得でしょ?」
ファルコンを後に残し、ユウキはマモルを伴ってカトブレパスの中へ。
入り口はあまり広くはない。
サイボーグでは入ることができないだろう。
足元は、ラバー製の凹凸に覆われており、滑らないようになっている。
壁面のあちこちに樹脂製のクリアパーツが使われており、時折緑色に輝く。
通路には灯火というものがなく、点滅する緑の光だけが頼りだ。
「基本は一本道。左右に扉があるけど、そこが君の私室になるから。よく覚えて。あたしの部屋に入ってきたらぶっ飛ばすから」
「えっ……ええっ!? 一体何を言ってるんだ……!?」
「何って……君、あたしたちに同行するのよ? 何の疑問もないでしょ」
「疑問だらけだよ……! 僕、家に帰らなきゃ……!」
「家……?」
振り返りもせず、ユウキは肩をすくめて歩みを進めている。
「まだ現実ってものが見えてないの? いや、君は元々、現実の中にいなかったか」
「っ……!」
「ほい、ついた。カリン、いい? ファルコンのバカがさ、連れてきちゃってるんだけど……そう。何の処理もしてないから、もうこっちからマーカーをギラッギラに照らしてサイレン鳴らしまくってるような状況なんだけど」
一見して暗闇にしか見えない突き当り。
ユウキが虚空に向けて毒づくと、そこに扉の形に光の線が走った。
光は内に向けて広がり、奥へ続く道となる。
そこは、どうやら特別な空間のようだった。
「ファルコン、そこ。そのままバック」
広い空間だった。
カトブレパスの後部に当たる部分で、どうやらコンテナになっているらしい。
そこに、黒い異形の車両が入ってくるところだった。
「あれは……」
「そう、あたしたちが君を見つけることになった、今朝の小競り合いね。そこで使われたのがこいつ。
四肢に似た、車輪を掴むパーツを今は収縮させ、コンパクトになっている。
これを、先程のサイボーグがコントロールしているようだった。
その車両、ブラックドッグを待つのは、作業着に身を纏った短髪の少女、カリン。
上半身は、丈の短いタンクトップになっており、二の腕から先がむき出しになっている。
気のせいか、彼女の腕に緑色をした光のラインが幾本も走っている。
「整備をする」
『姫、俺の整備も……』
ブラックドッグの上部が展開し、そこからファルコンが体を起こした。
それを、カリンが無表情に睨みつける。
「後回し」
『トホホ』
明確な力関係があるようだ。
「カリン、そっちもいいけど、今は彼のことが最優先。彼をなんとかしなくちゃ」
ユウキの言葉に、カリンは頷いた。そして一言。
「無理」
「無理ぃ!?」
「まだ、調査できてない。甘神マモルを世界の主観から切り離す方法、彼を世界の中心点にしているシステム。その位置」
「そっかあ……。どこかの誰かさんが、予定を無視して連れてきちゃったものね」
ファルコンがまたそっぽを向いて、口笛を吹き始めた。
マモルは困惑せざるをえない。
何せ、状況が掴めない。
自分は当事者であるはずなのに、何の情報も持ってはいないのだ。そして眼の前にいる彼らは、勿体ぶっているのか、何も教えてはくれない。
「君たちは……君たちは、一体なんなんだ!? 今、僕はどうなってしまっているんだ! 教えてくれよ!」
朝から溜まっていたフラストレーションが、爆発する。
だが、マモルの叫びを聞いても、カリンは表情を変えることは無い。
「今のあなたに情報を伝えることは危険。甘神マモルを世界の主観から切り離さないと。そのために、あなたはまた、明日から学校に通う必要がある」
「なんだって」
「あなたは何も知らない。そういう事にして、今まで同じ日常を送る。私たちも学校に通い、調査を行う」
「そういうこと。別にあたしたちが、旧時代の学校とやらに興味があって通ってたわけじゃないんだから。それに、カリンだけじゃ身を守れないからね」
『ほお、そうだったのか』
「そうだったのかじゃないわよ、バカファルコン!!」
『バカバカ言うな。サイボーグだって傷つくんだぞ?』
「あんた外見だけじゃなくて人工心臓にまで毛が生えてるレベルの面の皮の厚さじゃない!? って言うかあんた、いつまでこいつに乗ってるのよ!」
『そうは言ってもな』
悪びれず、サイボーグは操縦席で立ち上がったまま腕組みをした。
『あ、何か近づいてきたな。たくさんいるぞ』
「やっぱり気づかれた」
カリンが顔をしかめた。
ユウキが行動を起こす。
ブラックドッグに駆け上がると、操縦席からファルコンを蹴り落とす。
『うおーっ』
「おどき! さて、明日のためにひと暴れね。それから君を家に帰す。そしてあたしたちは明日、また何もなかったように学校で顔を合わせる。いい?」
「わ、分かった」
気圧されて、思わず頷くマモル。
ユウキは満足げに笑むと、操縦席で何やらいじり始めた。
どうやら、バイクのように跨って操縦する形になっているようだ。それを、黒い弾丸型のキャノピーで覆う形式。
「ホイールをフライヤーへ変換。セットアップ」
カリンがブラックドッグに触れた。
彼女の腕に走る光の筋が、強く輝く。
すると、光の筋は指先を通り、ブラックドッグに到達する。それは車体を駆け巡り、枝分かれして四方のアームに到達した。
アームが抱える車輪が、変形を始める。
内側の面を下方に向けるように、そして、ホイールであったものが、別の機能を持ったユニットに変わる。
「裏舞台までやってくるガーディアンなら、飛行タイプでしょ。ここ、地面ないし。ほらファルコン! そこで尻を突き出して倒れてない! 武器を用意して! あんただって戦うんだからね!」
『チッ、サボれると思ったんだがな』
ぶつくさ言いながらサイボーグは起き上がり、格納庫の中を走り始める。
そこここにあるハッチを展開していく。
あちらこちらから、巨大な拳銃やライフル、あるいはミニガンが出現する。
「さあて、今回の得物は……こいつにしよっか」
ブラックドッグの横腹が展開し、腕部になる。
それが、並べられた武器の一つを手に取る。
銃口が縦に二つ並んだ、中程度の長さの銃である。ショットガンだ。
「行くわよ。ブラックドッグ、出る!」
「ハッチ展開。電送カタパルト、セットアップ」
ブラックドッグの下方に、稲光が走った。
一直線に、光の道が生まれる。
カトブレパスのコンテナが展開され、一面に流れ行く星空が広がった。
虚数空間を流れるデータの数々。
その星空が、ところどころ虫食いのようになっている。
空に点在する、不動の穴のようなもの。
それこそが、マモルを追ってきたガーディアンである。
表の世界では、トラックのテクスチャを纏ったポリゴンの巨人。
それが今は、空間そのものの闇と一体となり、襲い掛かってくる。
「よぉーっし!! 片っ端からかかって来ぉい!!」
ブラックドッグのハッチが閉まった。
光の道が浮かび上がり、接近してくる闇の巨人たちに方向を合わせる。
次の瞬間、雷鳴が轟いた。
黒い車体が金色に輝く。
ブラックドッグは、まさに雷速とでも言う速さで、カタパルトを駆けた。
射出。
そこに向けて、闇の巨人が星空のかけらを削り取り、白く輝くデータ塊を投擲してくる。
ブラックドッグは射出された勢いのまま、しかしその車体を思い切り傾けて、データ塊を回避する。
「お返しよ!」
フライヤーとなった車輪が唸りをあげる。
ブラックドッグは巨人の側面を、飛行しながらドリフト。
手にしたショットガンを叩き込み、装填、射撃、装填、射撃。
瞬時に、闇の巨人は穴だらけのチーズに早変わりだ。
ボロボロと崩れ、実態を失う。
「まず一つ!」
かくして、世界を相手取った戦いの幕が上がる。
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