第1話

『あーあー、テステス。ごほんっ……きこえますかー?』


 おや?

 どこからか拡声器でしゃべっているような、少々ノイズの入った女性の声がきこえてくる。


『もしもーし。きこえませんかー? ……あれー? 座標間違えちゃったかなぁ』


 しかも、誰かを呼んでいるのか探しているのか、しきりに呼びかけをしているようだ。


『……あってるよねぇ……うーん? もしもーし!』


 キィィイィィーーン。


『うわっとっと!?』


 あー、拡声器あるあるだ。

 ちょっと強くしゃべるとなぜかハウリングするあれだわ。

 一体どこで使っているのやら、この近くじゃないといいけど。

 ヘタすると音を聞きつけて魔物が寄ってくるかもしれないからあぶないぞーっと。

 つい今しがた俺たちも大声を聞きつけた魔物に襲われたばかりだからね。


『ねぇ! きこえてますよねっ? ねぇってばぁっ』


 どこかに向かって大声で「魔物がいるから拡声器はあぶないぞー」て教えてあげたいけど、さっきの魔物にまた見つかるのも面倒そうだし、無視しよう。うん。

 俺は妹の萌愛に、きこえた音声についてアイコンタクトを送ると、萌愛も同じことを考えていたのか、頷き返してくれた。

 見捨てるようで可哀想だけど、ファンタジーな世界とはいえここも現実だ。命あっての物種と思ってさっさと場所を変えよう。

 俺は走り疲れて重い身体をノソノソと動かして、草原を囲う林を抜けるように歩き出した。


『え、なに? え、ちょっとちょっと、どこいくのよっきこえてないの? まちなさいよっ!』


 すごいタイミングで待てって言ってる。

 これがコントなら、反射的に返事をしてしまって、本当は別の人に呼び掛けているのに、ただのすごい偶然から誤解を招き、そしてその誤解がさらなる誤解を生む。

 なんて事になるんだろうな。

 だが、俺の純粋なる妹が訝しみながらキョロキョロし始めて。


「ねぇ、おにいちゃん。これ、もしかして私たちに向かって呼びかけてるんじゃないかな?」


 などと3流コントに引っかかりそうな事を言いだした。


「そんなわけないだろ。第一、俺たちは転生したばっかで知り合いなんて俺とお前だけだ。呼び掛けられるような心当たりはない」

「そうなんだけどね、でも、多分この声って……」

「無視無視。さっきの豚マッチョにまた見つかる前にさっさといくぞ」


 そそくさと。

 先ほどよりも少し早いペースで。

 萌愛の手を引いてまた歩く。


『今無視っていいましたよねっ!? 絶対きこえてるでしょう! 返事してくださーいっ』


 おやおや。

 会話に対する互換性まで出始めたぞ。

 ひょっとするとマジで俺たちに呼び掛けているんじゃあ……?

 いや、これも偶然だろう。

 きっと会話の向こうでは仲の良い男女が少女マンガちっくな展開で、イケボのツンデレ男子と主人公的な女子が……


「ふん、一匹狼の俺さまにいつもいつもウザったくしゃべりかけやがって。今日こそはお前の可愛い声なんて無視だ無視」

「か、可愛くなんてないもん! 無視しないでちゃんと返事してよね!」

「うるさい(ここで壁ドン)あんまり騒ぐと、その唇を俺の唇で塞いじまうぞ」

「え、そんな……こまるよ(と言いつつ顔が赤くなって照れてる)」


 的な会話を繰り広げているに違いない。

 異世界に壁ドンなんて概念があるかは知らんが。

 あぶないあぶない。

 せっかくファンタジーな世界に転生したのに、危うく少女漫画世界に巻き込まれるところだった。


『ブチッ』


 ブチ?

 何かが切れるような音がした、ような気がする。


『いい加減に気がつけぇっ! お前だよお前! の澄原幸典ぇ! てめぇ脳みそ湯豆腐かゴルァッッッもっぺん転生させて次は土鍋の中にでも送ったろかボケェエエエ!』

「ええぇぇぇ!?? 湯豆腐土鍋って……ええぇぇ!??」


 乙女チックからヤンキー漫画への怒涛の路線変更っすか!?

 いくらなんでも、そんな短期連載で突き抜けるような展開になろうとは!


「おにいちゃんっおにいちゃん! この声の人、多分女神さまだよ! おにいちゃんを転生させるための手続きしてくれた女神さま!」

「な、なんだとっ。こんなヤンキー口調で背中に喧嘩上等でも背負ってそうな気合の入った人が女神なわけ!」

『わ・た・し・が女神じゃぁあああああッッッなんか文句あんのかぁぁ!』

「ええ!? なんかすんませんっ!」

『誰のせいでこんな大声張り上げてると思ってんだッそのせいでコッチのマイクはキンキン鳴りやがるし、勝手に変な妄想ねじ込みやがるし、たかが冒頭のやりとりに一体どんだけ手間かけさせる気だよ!』

「……えーそんなこと言われましても」

『全く、大事なものは無くなる、イレギュラーの転生者は湯豆腐で、上司はインケン、ペットは懐かない、寝癖も治らない、初恋の人はこの前彼女出来たって嬉しそうにしてたし……踏んだり蹴ったりよもう……女神やめたい……』


 あー……なんかこの自称女神さまがダウナー入りだした。

 面倒くさいので、取りあえず話を聞いてあげよう。


「あ、あのー? 女神さま?」


 どこから話しかけられているか、イマイチよくわからないが、なんとなく空に向かって語り掛けてみる。


『……なによ?』


 多分、地面に向かってしゃべっても、あるいはそこらへんの木に向かってしゃべっても聞こえているんだろうけど、なんだか尊厳を穢してまた怒らせそうだし、それっぽく空に向かって語るのは正解だったようだ。


「とりあえず、その音量じゃあ魔物が集まって来そうなので、もっと安全そうな場所に移動してからお話ししませんか?」

『そんなの……大丈夫よ。この通信は君たち兄妹にしか聞こえないんだから』

「あ、そうなんですか便利ですね。じゃあこのままで聞きますけど、何か用があるんですよね?」

『あるわよっ大アリよ。実はね、強い魂を持った子をコッチの世界で勇者として転生させるはずだったんだけど』

「だけど?」

『その子に与えるはずの勇者の力っていうか、そのためのコアになる宝珠が、君たちの転生後に無くなっちゃったの』

「へー大変ですね」

『君、察しが悪いわね。多分なんだけど、わたしが間違って君たちのどっちかに、そのコア使っちゃってるかもしれないって事なの』

「おおっ。じゃあ半分の確率で俺の中に勇者の力が!?」

『かもしれないわね。だからね、君たちの転生したその近くに小さな冒険者用の村があるのから、そこでちゃちゃちゃーっと、能力調べてきてくれる?』

「……もし、調べて本当に勇者のスキルとかあったらどうなるんです?」

『与えた力を引き剥がすのは無理だから死んでから返して貰うことになるかな』

「え、俺死ぬんです?」

『別に無理に力を取り上げる気はないわよ。そもそも魂の強い子に与えるのは、魂が弱いと力に耐えきれなくて自己崩壊するからなの。君たちは転生後も状態が安定してるみたいだし、まぁ、もし勇者の力があったらそのまま使っていいわよ』

「よっしゃっ。で、女神さま。その村にはどう行けばいいんですか? さっそく調べに行きたいのですが!」

『力が手に入ると思ったら現金なものねぇ……はぁ~……じゃあ、道案内のスカラベ型アイテム送るからそれ使って行きなさい』

「あざーっす!」

『あー、あと妹ちゃん』


 言いよどむ、というのが正しいのかわからないが、なにか歯にモノでも挟まってるような、バツの悪さを隠す子供のような、なんとも言いにくい感じで萌愛に語り掛ける。

 萌愛といえば、キョトンとした顔で小首を傾げるだけだ。


『……やっぱなんでもない。ま、折角転生したんだし、この世界は君たちの世界よりも相当ハードモードだと思うから精々頑張りなさいな』

「はいっありがとうございます」


 そんなこんなで。

 女神からのアイテムが無事送られてくると、そのスカラベらしきものが発光して道案内してくれた。


 導かれるまま、小さな丘を一つ越えた先に、その村はあった。


「止まれ。お前ら旅の者か?」


 歩き疲れていたため、さっそく村に入って一休みしようと思っていた俺たちだったが。

 入口に立つ屈強そうな兵士風のおじさんに呼び止められる。


「旅っていうか、この村に冒険者の登録をしてくれる所があるって聞いたんで来たんですけど」

「なんだ、おかしな恰好をしているとは思ったが、まだ冒険者証も持たないヒヨっ子だったか。どこのド田舎から来たのか知らないが、ご苦労なこった」


 この村も充分ド田舎だと思うけど……

 急造のログハウスみたいな民家ばっかりの村に出身どうのこうのと言われるとは。俺たちそんな風にみえるのか?

 ああ、そうか転生したばっかで装備もなにもそろえてないから俺たち学生服のまんまだわ。

 転生する前だって、本当は学校行く前にネット見てから登校するつもりだったからちゃんと俺も学生服だぞ。本当だからな。


「とりあえず、ここらへんは強い魔物はあまり出ないし、冒険者の端くれで腕を鍛えるために集まる冒険者も多い。変な行動をしたらすぐにボコボコにされるから、充分に気を付けて行動するように」

「はーい」


 さてと。

 無事に村に入ったが、どうするか。

 あ、さっきのおじさんに冒険者登録をする場所聞けばよかった。

 ……まぁ、いいか。

 この村あんまり広くなさそうだし、探せばすぐみつかるだろう。


「おにいちゃん、あそこ」

「お? あったか?」

「うんっあったよ!」


 嬉しそうに萌愛が指さすその先には。


【シェスタ村名物・辛口饅頭】


 と読める看板の店があった。

 一応、こんな小さな村でも名物とか売ってるんだな。まぁ、歩き疲れたし、先にここで一休みでもするかぁ。

 と、ここまで考えて気づく。

 明らかに今読めたでの解釈。だが、しかし看板にはその国独自のものと思われる意味不明な文字が使われているのだ。

 そもそもさっきの門番とさえ、ちゃんと会話になっていた。

 転生者だからなのか?


「萌愛、よくあれが読めたな」

「あれ? そういえばなんでだろう。おにいちゃんは読めない?」

「いや、俺も読める。読めるけど全く知らない文字だぞ」

「不思議だねー」


 頭を抱えて悩む事30秒。

 俺のスーパーコンピューターはまたも答えを弾き出す。


「読めるんだからいいか!」

「そうだね、読めないよりもいいよねっ」


 うんうん。萌愛も良いスーパーコンピューターを持っているようだ。

 悩んでも仕方ないことは考えなくていいのだ。

 第一、今は困ってない。それで充分だ。


「てことで、饅頭屋さんに突撃ー」

「とつげきー」


 が、俺たちは気が付いていなかったのだ。

 言葉がわかる。文字が読める。

 だが、そんなものだけでは絶対に補えない事が文明のある世界には存在するということに。

 それは……


「か、金がない……」


 そう、お金だ。

 何事にも、文明的な生活をしなければならない以上は必要不可欠な要素。

 お金について全く考えていなかったのだ。

 もしかして日本円とか使えるかなーとか思って諭吉さんとか出してみたけど、絵の綺麗な紙だねーとか言われてダメだった。

 どうしよう。一文無しで生活なんてできるわけない。


「あの、これとかどうですか?」


 萌愛が、出したのはジャラジャラとした小銭だった。

 なるほど。

 金属で作られた硬貨なら、重さとかで取引できるかもしれない。

 どうやら当たりだったようで、その場ですぐとはいかないが、他国の硬貨や通貨を換金してくれる店があるらしい事が解った。

 いわゆる質屋さんだ。

 俺たちは手持ちのもので交換できそうなありったけの物をだす。

 硬貨は100玉が5枚に50円玉が3枚残りが10円やら5円やら1円やらで数えると765円分あった。

 そのほかには、萌愛の香り付きのハンカチと、ポケットティッシュ。

 俺の胸ポケットにあったシャープペン。

 衣服は売るわけにはいかないので、あとは財布そのものを売るとかできるかもしれない。革製品だし。


「んーと、そうだねぇ……どこの国のかわからない硬貨はちょっと珍しいから少しオマケして買い取ってあげよう。あとは……財布と綺麗な布切れと、柔らかい紙束も買い取ろう。ただ、この変な小さい棒は買い取れないなぁ……ざっと全部で銀貨10枚と銅貨14枚ってとこでどうだい?」

「あの、銀貨と銅貨ってそれぞれどれくらい価値があるんですか?」

「ああ、うちの通貨はイグレジアン製の通貨だから、銀貨一枚で、だいたい米が30キロってところかなぁ。銅貨はその価値の100分の1だとおもってくれていいよ」


 お米で30キロかぁ。

 日本だと米って10キロでいくらぐらいしただろう。

 安く見積もって3千円から4千円くらいって考えると、大体銀貨で1万円くらいの価値かな?

 おお、すげぇ2千円くらいの合皮の財布2つと765円とハンカチとかが10万ちょっとになった。

 こんなことならキャリーケース一杯にいろいろ持ってくればよかった。


「で? 買い取り額はこれでいいかい?」

「あ、オッケーですオッケーです。ありがとうございます」


 無事にこの世界の通貨も手に入れて、一息ついた俺たち。

 辛口饅頭は、あんまり美味しくなかったけど、異世界で食べる初めてのオヤツは格別だった。


「んじゃあ、ちょっくら冒険者登録してきますかー」


 というわけで。

 いざ冒険者の集まる登録所。

 正確には冒険者ギルドというらしい。

 大国のいくつかが共同運営しているらしく、ここで冒険者証を発行してもらえれば、一種のパスポート扱いになって自身の身分を証明してくれる大変重要なものだそうな。

 まずは俺たちもソレがないとぶらり異世界旅行もままならないらしい。

 もちろん、自分に勇者の力があるか調べないといけないし、ここは臆せずGOっだ!


「はい。澄原萌愛さんですね。貴女は特定の宗教に属することなく癒しの力が使えますので、ヒーラーとしてクラス登録されました。もし、どこかしらの国で信仰を得た場合は、改めてその旨をギルドに報告することでプリーストにクラス替えもできますので覚えておいてくださいね」


 とりあえず、初めに萌愛の登録をした。

 思わずガッツポーズ。

 萌愛は優秀なヒーラーの素質はあるものの、勇者の力は無いようだ。

 もし、勇者の力が本当に俺たちのどっちかにあるんだとすると……

 いよいよ俺の時代がきたか!?


「それでは、澄原幸典さんの登録を行います。初めに身分詐称や偽名、虚偽の登録が出来ないように、精霊を介して情報を読み取らせて頂きます。こちらの書類にサインをお願いします」

「えーと、澄……原……幸、典っと。で、ぼ印っと。できましたー」

「はい。それでは精霊が貴方の情報を正確に記載しますので、そのまま楽にしててくださいね」


 そういうと、書類の魔方陣から手のひらサイズの小さなお人形のように見える白色に発光した精霊が現れた。

 萌愛の時も一緒に見ていたが、この精霊さんは手に持ったGペンみたいなもので書類の空欄を、契約者を見つめながら書き込んでいく。

 だが、微妙に様子がおかしい。

 萌愛の時はスラスラとものの数秒で書き上げていたが、俺の時はオイルの切れたロボットのように動きがぎこちない。

 これはマジで引き当てたか?

 よく、スマホのアプリにあるガチャで最高レアを引くときに一瞬読み込みが遅くなるアレ的な現象が今まさに俺のステータスを調べてる精霊さんに起こっているのでは?

 勇者の力……勇者の力……

 祈るように、じっと経過をまつ。

 そして。


『・c・』


 プロローグ冒頭へ戻る。




★★★


次回予告


おはこんばんち。勇者『笶C修・ミス・xシユf・c・』です

って違うわっ!

はい澄原幸典こと、推定勇者です

マジでなんなのこれ

憧れの異世界

そこでは俺の夢のような素晴らしい冒険が待っている

と、思いきや、いきなりの致命的なバグだよ

絶対あのキャラがブレブレの女神のせいだ

きっと転生させるときに、なんか失敗しやがったんだこれ

次に連絡してきたときに文句言ってやるチクショウめー!


あーっと次回は……

『大勝利!幸典のバグが治った!しかもやっぱり勇者だった!』

で、お送りいたします


「おにいちゃん? ちょーっといーいー?」

「ああ、萌愛かどうし……」


ゴスッ


こんにちわっ萌愛です

本当の次回はちょっとだけ冒険にでます

そこで、おにいちゃんのバグったスキルの一部が見れる予定となっています

まだまだ始まったばかりで謎だらけですが、少しづつ明かされていきますので今後とも見に来てくださいね!

ではではー




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