記憶シェアリングの「水沼あいり」さん

ちびまるフォイ

やりすぎには十分ご注意ください。

「ねぇなにしてんの?」


「記憶シェアリング」


「友達と一緒にいるときにスマホいじらないでよー」


「わかったわかった」


向かいに座る友達はスマホをやっと置いて私へと向き直った。


「で、その記憶……なんとかってなに?」


「最近はじめたアプリ。自分の記憶や人の記憶をシェアできるの」


「うっわなにそれ。自分の記憶も誰かに見られるの? いやだよー」


「ああ、大丈夫。アプリ終了と同時に消えるから。

 それ以上に、誰かの記憶を体験できるのって最高だよ」


「そうなのかなぁ」


「ま、あんたみたいなロマンチストだと記憶がごっちゃになるかもね」


「ちょっと失礼でしょーー」


カフェで友達となにげなく交わした会話が頭にこびりついて、

その夜に私はアプリをインストールした。


『このアプリは完全非課金制となっておりますが、

 ご利用には記憶登録が必要となります。』


>すすむ


『下記の同意要項をお読みのうえ、

 同意いただける場合に「同意する」を選んでください』


>同意する



『ご登録ありがとうございました。

 記憶の混同をふせぐため、1日のプレイ時間はご配慮ください』


アプリが立ち上がると画面にはさまざまな人の名前が見えた。

知らない一般人の名前はもちろん、有名人やアーティストまで。


「すごい! ジャニーヌの桜田くんのもシェアできるの!?」


でもまずは怖いので一般人の記憶で肩慣らしすることに。

「水沼 あいり」という誰かさんの記憶を選んだ。



※ ※ ※



翌日、友達を呼んで記憶シェアリングの感動を伝えた。


「本当にすごいね!! あたし感動しちゃった!!」


「え……誰……?」


「は? どうしたの? 中学からの友達じゃない」


「いや誰よ。うち、あんたなんか知らないわよ!!」


「うそ……」


友達は私のことを覚えていないのか逃げるように去っていった。

おとといも一緒に話したはずなのに……。


「まさか……あの子、記憶が混同しちゃったの!?」


アプリを立ち上げるたびに表示される注意事項の画面。

そこに警告されている長時間プレイによる記憶混同が起きたんだ。


目の前で起きてしまった。

それでもあたしはアプリを辞められなくなっていた。


「あんなことがあったけど……やっぱりあたし以外の人生が体験できるのはあきらめきれないなぁ」


大好きな女性バンドのボーカルの記憶をシェアする。

メンバー間のなにげないやり取りや、影の努力なども記憶できて楽しい。


まるで自分自身がその子になったような気分にすらなれる。


「っはぁ~~!! 記憶シェアリングって最っ高!!

 ずっとこの記憶が残ればいいのになぁ~~」


アプリを閉じると、胸いっぱいの感動だけを残して記憶はリセットされた。

夢から覚めて夢を思い出せなくなるような感覚。


ふと目に入ったのは学校のノートだった。


「そうだ! シェアした記憶を持ち帰る方法があった!!」


ふたたびアプリを立ち上げてノートを開いた。

アプリを閉じた瞬間に記憶はすべて消えてしまう。

でも、アプリを開いたまま別の場所にシェアした記憶を残せば……!


私はシェアした記憶の残したい部分をこと細かに、

あとで自分が見返したときに思い出せるようノートへ書き込んだ。


アプリを閉じてからノートに目を通す。


「えーーとなになに……。あぁ、これなんだっけ……」


思い出せそうで思い出せない。

必死に頭の奥にしまい込まれた記憶を手繰り寄せる。


「あ!! そうだ!! 思い出した!! この記憶は宮崎監督の記憶!!」


事細かにメモしたかいあって何とか思い出すことができた。

記憶シェアで共有した記憶は消されたわけじゃなかった。


普通じゃ絶対に思い出せない場所にしまい込まれていただけなんだ。


「やった!! この方法なら私だけみんなの記憶を持つことができる!!」


私だけ知っているその人のプライベートな事情。

こんなに楽しくて、好奇心が刺激されることはない。


私は昼も夜もどっぷりと記憶シェアリングに時間を割いた。



 ・

 ・

 ・


「……うそ!? こんな記憶もあるの!?」


すっかり記憶廃人になったころ、思わず目を疑うような記憶を見つけた。


『紫式部の記憶』


まさかの偉人。

どうにかして記憶の復元ができたのかもしれない。

この記憶を持ち帰れば……。


すぐにタップすると、記憶の中にあった映像は平安時代でもなんでもない現代の風景。


「あ、あれ? おかしいな。記憶間違えたのかな」


間違ってはいなかった。

たしかに紫式部の記憶と書かれたものを選択していた。

でももう遅かった。


「きゃあああああああ!!!!」


中に入っていたのは殺人犯の記憶。

すぐにアプリを閉じて記憶を消しても恐怖は残る。


共有した記憶の生々しい体験が体に心に残っている。


あまりの恐怖にアプリの運営へ違反報告と問い合わせを行った。

該当の記憶はすぐに消されたがそのあと私にも連絡がきた。


『後遺症の危険性があるので、一度こちらの機関へお越しください』


記憶シェアリング専用の会社にいくと病院が併設されていた。


「すごい……」


「こういう事態もあるかと思って病院も準備していたんですよ。

 あと、保険証はありますか?」


「はい」


「これって……」


「あの、あたしの保険証なにか変ですか?」


「いえ別に。さぁ奥へどうぞ」


奥へ進むと精神診断がサクサクと行われた。


「まだ記憶の断片が脳に残ってますから

 急な恐怖がフラッシュバックすることもあります。

 でも、この薬を飲めば大丈夫ですよ」


「ありがとうございます、先生。すぐに相談してよかったです」


「このことは口外しないようにお願いします」


「まぁアプリの低評価につながりますしね……」


ニュースにでも知られたら大変だなと思ったけど、

医者はその言葉に顔を横にふった。


「いえちがいます。あなたの精神衛生上の問題ですよ」


「あたしの……?」


「友達に見た記憶のことを話して、

 それはあなたの記憶じゃないと宣告されたらどうですか?」


「それは……」


「自分で自分の記憶が信じられなくなるでしょう。

 それが一番危険なんです。

 まずは、自分の記憶を信じて精神健康を保ってください」


「はい、気を付けます」


あたしはこのことを誰にも話さないことを心に誓った。

そしてもうアプリを開くことはないだろう。


あたしはそっと病院を後にした。




※ ※ ※


患者が病院から出て行ったのを確認して看護師は口を開いた。


「先生、本当に伝えなくてよかったんですか?」


「さっきも言っただろう。彼女は記憶が不安定な状態だった。

 真実を告げて自分の記憶を信じられなくなったら大変だ」


「でも、あの患者さん……。

 まだ自分のことを"水沼あいり"だと記憶混同してますよ……」


「それよりも次の患者だ。僕たちはできることをしていこう」


看護師は次の患者を呼んだ。



「水沼あいりさん、どうぞ奥へ」



保険証の名前と違っていても本人がそう言っているならしょうがない。

今日、12人目の水沼あいりの診察がはじまった。

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