第36話:無意識の怖さ



 晴天の空では、太陽が輝いている。

 その太陽は言ってみれば、45度の高さ、と言ったところだろうか。

 とにかく、まだ完全には登りきってはいなく、かといって登り始めたばかりでもない、なんとも表現しにくい場所にある。


「では、気をつけて帰ってくださいね」


「はい、お世話になりました」


 そんな中わざわざ転送屋まで見送りに来てくれたゆいゆいに、俺は返事をする。

 と言っても、今回の訪問では俺たちの方が圧倒的に、お礼や謝罪を言われる側だと思うのだが。


 そしてそんな俺たちは今から、この転送屋でアルカンレティアへと向かう。

 値段はそれなりにするが、また2日かけて歩いて行くよりは全然マシなのでそちらを選んだ。

 ……もうオークには会いたくないしな。


 俺が脳裏に焼き付けられた大きなトラウマを思い出していると、次にめぐみんが話しかける。


「ではお母さん、もうお金には困らないでしょうし、こめっこにはちゃんと食事を取らせてあげてくださいね?

 あと、くれぐれも仕送りをお父さんの研究には使わせないでくださいよ?

 あのお金は、あくまで生活費をサポートするためのものなんですから」


 紅魔の里にいる間、見てて思ったのだが。

 めぐみんて、少しシスコン気味だよな。

 まぁ、あんな可愛い妹がいたら俺もシスコンになるとは思うのだが。


「ええ、分かってますよ。

 こめっこにはちゃんとした生活を送れるようにさせますし、お金も生活以外のことに使うつもりはありません。

 私が不在の時のことも、ご近所さんには頼んでおいてるので」


 ……いや待てよ?

 もしこの先、俺とめぐみんが結婚すれば、こめっこは俺の義理の妹になるのか⁉︎

 ついに、ついに俺にも義理の妹が……‼︎


「あんた大丈夫?

 なんか、アブナイ顔になってるわよ?」


 ……はっ!

 いけないいけない、ついつい新しい可能性に気がついて、周りが見えなくなっていた。

 しかし、まさかアクアに注意されるとは。

 いや、めぐみんやゆいゆいに気付かれるよりはまだマシだったのだろうか?


 そんなことを考えていると、最近はおとなしかったはずのダクネスが。


「なぁカズマ、今の顔で私の方を向いて、罵倒の一つや二つでもくれてもいいんだぞ?」


「おまえはちょっと黙ってろ」


「ふっ……くぅ……!

 流石だカズマ、やはりその冷めきった目と言葉は、私の趣味にぴったりだ!」


 何か横で物凄く不名誉なことを言われている気がするが、ここはあえて無視する。


「無視……だと?

 くっ……だがそれはそれで、なかなか来るものがあるな」


「本当に、いい加減にしてくれないかな?」


 底が見えない変態に杭を打つものの、俺は半ば諦めながら目をそらす。

 それと同時に、転送屋のおっさんが声をあげる。


「アルカンレティア行きのお客様ー、準備できましたよー」


「はーい、今いきまーす」


 そして俺は、改めてゆいゆいの方へ向き。


「では、俺たちはそろそろいきますね」


「はい、今回は本当にありがとうございました。またいつでも、遊びに来てくださいね」


「はい、もちろん」


 そう答えると、俺たちは指定された魔法陣の中へ入った。

 すると店員は詠唱を始め、それに合わせて魔法陣がポゥと輝き始める。

 だがそこで、言い忘れていたかのようにゆいゆいが急に。


「あ、そうそう。めぐみん?」


「なんですか?」


 そう、めぐみんの名を呼ぶ。

 しかし、だんだんと魔法陣は輝きを増していき……。


「あのね?行為自体は否定しないのだけれども、夜なんだから声はもうちょっと抑えなさいね」


「「「なっ」」」


 俺とめぐみん、そしてダクネスが声を揃える。

 だがしかし、めぐみんが何かを言おうとしたその瞬間に、俺たちは光に包まれた。






 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー







 目を開くとそこは、見知らぬ場所……ではなく、一度だけ入り口まで訪れたことがある、あの場所。

 水の都、アルカンレティアについていた。


 しかし、今の俺たちがそれを純粋に喜べるわけでもなく……。


「め、めぐみん!ゆいゆいさんのあの言葉はどういう事だ!

 ま、まさか……、あの後本当に一線を超えてしまったのか⁉︎」


「え……いや、あの……」


 先程のゆいゆいの爆弾発言に、ダクネスはめぐみんを揺さぶりながら問いただしていた。

 そして、それを聞いたアクアはもちろん。


「た、大変だわ……。

 こ、これは、ギルドのみんなに知らせなくちゃ……!それに、お肉屋さんに魚屋さん、八百屋さんにそれと、それと……!」


「か、カズマ!助けてください!

 このままでは、このままでは……!」


 アクアのこの様子だと、アクセルに帰った暁には、1日も経たずに街中のみんなが知っていることだろう。


 ……冗談じゃない。

 俺たちの日常を、平安を、これからのイチャイチャライフを、そんな簡単に奪われてたまるか!

 特にダストとキース。

 あいつらにこの事が伝わったら、何をされるか分かったもんじゃない!


「おいおまえら、落ち着け。そして俺の話を聞け。

 おまえらも、今回の事であの人の危険さは十分味わっただろ。そんな簡単に信じるんじゃねぇよ。嘘かもしれないだろ?

 お前たちにそれを信じ込ませて、もう社会的に離れられないようにする作戦かもしれないだろ」


 俺がそう告げるとダクネスは、いくつも心当たりがあるのか、すぐに考え込む。


「………………。そ、そうだったな。

 すまないカズマ、取り乱した」


 さすがダクネス、物分かりがいいな。


 だが、おまえがすぐに理解してくれるのは分かっていた。

 問題は……。


「えー……。別に私は、面白そうな話題なら嘘か本当かなんて別にどっちでも良いんですけど。

 ていうか、そこらへんが曖昧な方が後から誇張しやすくて助かるんですけど」


「「おい」」


 やはりこいつだ。


 自分の気持ちを隠しもしないアクアの言葉に俺とめぐみんの声が重なるが、こいつはさっぱり気にする様子がない。

 …ならば、俺のやるべき事は一つだけだ。


「おいおまえ、そろそろ学習しろよ。

 そうやって自分の事だけを考えて行動した結果、今までどうなってきたよ?」


「え、な、何言ってんのよあんた。

 今まで私が何をしてきたって言うのよ」


 やはりこいつには、学習能力というものが備わってないのだろう。

 ……ならば、忘れたくても忘れられないような恐怖で学習させてやろう。


「それじゃあ今から、俺が教えてやるよ。

 自分の利益だけを考えて行動すると、最終的にどうなるのかを」


「え、ちょ、カズマさん?

 顔が、顔がものすっごく怖いんですけど‼︎

 ていうか、その体制には覚えがあるんですけど‼︎」


 俺がアクアの方に手をかざすと、そんな言葉を挙げる。

 だが、もう遅い。


「俺が今から、5秒経つたびにおまえにスティールを撃つ。

 おまえが全裸になるまで、俺は続ける。

 だがもしそうなりたくないんだったら、俺に誓え。

 ゆいゆいの言葉は忘れ、絶対にギルドや商店街の皆に伝えないと」


「え、な、何言ってるのよカズマさん。

 嘘よね、嘘なのよね?

 こんな公共の場でそんな事ができるほど、カズマさんは意地が強くない……」


「『スティール』」


 ……おっと、まだ5秒には早かったか。

 だが別に、そこは正確でなくて良い。

 今回のスティールの目的は、おまえに学習してもらうためなのだから。


 そして俺は、アクアから奪ったものを捨ててまた手をかざす。


「あっ!ちょっと、私の靴下!なんでそんなとこに落とすのよ、天罰を下されたいの⁉︎」


「『スティール』」


「ひゃっ⁉︎」


 次は……なんだ、パンツか。


「ちょっ、パンツまで⁉︎

 めぐみんやダクネスのパンツだったら、舐め回して頭にかぶるぐらいはするくせに!」


「し、しないわっ!

 このっ……『スティール』ッ!」


 ……おっ、次は羽衣か。

 これは確か、アクア曰く神器と同等の代物だった気がする。

 売ればそれなりに値段がしたはずだ。

 ……よし、これは売ろう。

 売って、今までのこいつの借金を少しでも返済してもらおう。


 そう、思ったのだが。


「う、うわああああぁぁぁぁ‼︎ごめ、ごめんなさいっ‼︎謝ります、謝ります‼︎そして誓います‼︎だから、だからそれだけはあああぁぁぁ‼︎」


 羽衣を盗った直後、アクアはコロっと態度を変えて俺に泣いて謝りだす。

 ……盗んどいてなんだが、パンツより羽衣を盗られた時の方が反応が大きいのは仮にも女神、そして女としてどうかと思うのだが。


「わ、分かった!返すよ、返すから泣き止め!……ったく、なんでそんなにその羽衣にこだわるんだよ。

 確かに前にも神器とは言ってたけど、パンツよりも大切なものなのかよ」


 俺がそう、羽衣を返しながらアクアに問うと。


「うっ……ぐすっ……だって私、最近あんまり活躍できてないんだもの。

 紅魔の里でなんか、私がこめっこちゃんと遊んでるうちにいつのまにか解決しちゃってるし。魔王軍の幹部なんか、私は見ることすらなかったし。

 その上この羽衣まで奪われたら、みんなが私が女神だってことを忘れちゃうんじゃないかと思って……」


「なんだおまえ、そんな事で悩んでたのか?

 大丈夫、気にすんなって。

 そんなおまえの頭の中だけでの設定、誰も信じちゃいないから」


 俺がそう伝えると、アクアが涙目になりながら殴りかかってきた。

 何故だ、俺は励ましただけだぞ。


 俺は逃走スキルを使って、アクアから逃げ続ける。

 そして、しばらく逃げ回っていると足元には、先程俺たちが使った魔法陣と同じ物が現れる。


「へ?」


 俺が素っ頓狂な声を上げる中、魔法陣は放つ光で俺を包んで……!


 そして俺は、不意に柔らかいものに顔を包まれた。

 だんだんと光が消え、目を開くと。


 ……そこは、天国だった。


「え、あ、ああっ⁉︎

 あ、あの、カズマさんですか⁉︎」


 魔法陣から現れた、そんな声をあげた人物は。

 アクセルの冒険者で知らない者はいない、噂の幸薄美人店主、ウィズだった。






 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー






「ーーーーというわけなんですよ。

 どうしたんでしょうねバニルさん、急に優しくなって。

 とうとう私の重要さに気がついてくれたのでしょうか?」


 急に俺たちの前に現れたウィズは、俺たちにここにきた経緯を話し出した。

 ウィズの豊満な胸に挟まれ、満足げだった俺がめぐみんに一通りボコボコにされた後のことなのだが。


 簡単に要約すると、こうだ。

 見通す悪魔の権能により、俺たちが今日この時間にアルカンレティアを訪れることを知っていたバニル。

 あいつはウィズに、俺たちと一緒にアルカンレティアを観光してこいと言っていたようだ。


 だがその事に、ウィズは先程あんな感想を述べていたが、俺はただ単に厄介払いをしたかっただけなのではと思ってるのだが、それは本人のために黙っておく。


「……でもまぁ、良いんじゃないか?

 だってウィズ、毎日休みなく働いてるじゃないか。いくらアンデットといえど、たまの休日ぐらいあっても良いだろ」


 俺がそう言うと、ウィズは悩むように顎に手をやり。


「うーん……。良いのでしょうか?

 バニルさん、一人でお店にいて大変じゃないでしょうか?」


 ……その点は、別に心配しなくても大丈夫だと思う。

 むしろ、いつもより心が晴れやかなのではないだろうか?


「良いのよウィズ、たまにはあんたも休みなさいな!ほら、行きましょ!」


 ウィズが悩んでいると、アクアがそう言ってウィズの手を取る。


 意外だな。

 あいつが一番、ウィズの同行に反対しそうだったのだが。


 ……いや、そうでもないのか?

 最近は暇になると、ウィズの店にお茶をもらいに行ったりしてるみたいだし。

 あいつもなんだかんだ言いながら、ウィズのことを気に入っているのだろう。


「あ、アクア様っ!あの……あんまり強く握られると、だんだん手がピリピリと痺れてくるのですが……!」


 ……気に入っているのだろう。

 あいつのことだ。おそらく、無意識に違いない。あの性格だし、そもそもあいつは考えてそんな嫌がられせをできるほど頭も良くない。

 ……うん、無意識って怖いな。


「じゃあ、俺たちも行こうぜ?

 まずは宿を探して、荷物を置こう。

 そしたら次は、各自自由行動でいいか?」


「ああ、そうだな。

 私も、アルカンレティアに訪れたら、是非してみたいことがあったのだ!」


 そう言ったダクネスは、荷物からエリス教の印がついたネックレスを取り出しわざわざ見えるように首にかける。


 ……何をしたいのかはわからないが、あの顔を見る限り、ろくな事ではないのだろう。

 そう思い俺は、次にめぐみんの方を見る。


「……そうですね。私は、腰痛に効く温泉でも探してきます」


 もしや混浴に誘われるのではないかと少しドキドキしていたのだが、そんな事はなく俺は落胆する。

 ……しかし、腰痛?


「どうしたんだ?腰痛なんて。見た目はロリッ子のくせに、中身は老婆ってか?」


 何処かの漫画に、そんなのがあったな。


「違いますよ。

 昨晩、誰かがいつまで経ってもアレを続けるものですから、朝からずっと腰が痛かったんですよ」


「す、すいません……」


 キレて襲いかかってくると思ったのだが、まさかそんな返しをしてくるとは。

 ダクネスに聞かれていないかと少しそちらを見るが、既にダクネスは妄想モードに突入していて、俺たちの会話は聞いていなかったようだ。


「それに行為をする前には、あんなにも空気を読めないことをして。……いえ、ヘタレなカズマらしいとは思うのですが」


「おい」


 いや、それは実は気づいていた。

 めぐみんが起きている事は、実は気づいていたのだ。

 だが、俺も流れに任せて強引に事を運んでしまったので、互いの承認を得ないでそういうことをするのは流石に嫌だと思ったのだ。

 なので、目をつぶっていためぐみんを見て、俺はパンツの中で膨れ上がっていた相棒をなだめながら寝ようと決意したのだ。


「ましてや、いざするとなったらあんなに早くイってしまうなんて……」


「うぐっ……」


 そこを蒸し返されるのは、男として中々キツイものがある。

 しかし、しょうがない事なのだ。

 1回目は、それこそ失敗してはいけないという緊張感があったのでしっかり我慢できたのだが、2回目は、初めてではない、ということからくる油断のせいですぐに果ててしまったのだ。

 ……だから、もう俺をそんな哀れなものを見る目で見ないでくれ!


「そのくせ、性欲が多くて回数だけは一丁前で……」


「いや、めぐみんも結構ノリノリだったじゃないか。途中でも『カズマぁ…もっと……』なんて言って」


 俺が裏声でめぐみんの声を真似しながら言うと、当の本人は顔を真っ赤にして。


「う、うるさいですよ!

 そんなこと言ったら、カズマだって途中、『めぐみん……可愛いぞ……!』とか言いながらしてたじゃないですか!」


「え……俺、そんなこと言ったか?」


「無意識⁉︎」


 全く身に覚えがないのだが。

 まさか、無意識のうちに俺はそんな恥ずかしいことを言ってたのか?

 だとしたらそれは、思わず漏れてしまった本音ということで……。


 ……なんか急に恥ずかしくなってきた!


「め、めぐみん……俺、他にはなんて言ってたんだ?」


「……言わせないでください恥ずかしい」


「何を⁉︎」


 そんなこと、頰を赤く染めながら言わないでくれ!

 俺は一体、何を言ったんだ!

 何をしたっていうんだ!


「カズマは、そういうことをしている時は素直になるんですね」


 や、やめてくれ……俺のそんな恥ずかしい秘密を見つけ出さないでくれ!



 しかし、心の中で思ってもそんな事は当の本人には届く事なく、その後もカズマはめぐみんにからかわ続けた。


 そして、その後しばらく、いざめぐみんに誘われると少し躊躇するようになるのはまた別の話。

 しかし、最終的には断れなくいつも誘いに乗ってしまうのもまた、別の話である。






 




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