第34話:最後の夜

「まあ、そうなんですか?

 別に私達のことは気にしないで、居たいだけここにいてくれて良いんですよ?」


「いえ、その気持ちは嬉しいですが、あまり二人に迷惑をかけるわけにはいきませんし。

 それに、帰りにはアルカンレティアにも寄る予定なんです。

 ですので、今回楽しめなかったものは次の機会にということで、今回はこの辺でおいとましようかなと思います」


 俺は今、ゆいゆいにこの里を、明日の朝に出る事を告げたところだ。

 理由としてはまあ、今あげたアルカンレティアの事もある。

 だが何より、こうして敬語で喋り続ける自分を見てるとなんだか変な気がするからだ。


 別にめぐみんの両親と一緒にいるのが辛いとかそういうわけではないのだが、ロクに学校に行ってなかった俺はあまり敬語には慣れてなく、それを常時となると少し気を張ってなければならない。

 それに、一応だが気に入ってもらえてみたいだから、その印象を崩さないためにも行動にも気を付けなければならない。


 まったく、自分らしくない生活を送っていたもんだ。

 だが、これがめぐみんとの将来に繋がることだと思うと、不思議と苦ではなくなる。

 何故だろう?

 これが愛の力というものなのだろうか?

 なんか言ってて恥ずかしいが、それしか考えられないのだから仕方がない。


 漫画や小説でこの言葉が出てきた時に、そんなのあるわけねぇだろ、などと思っていたのだが、まさか自分がそう感じる時が来るとは。

 今まで馬鹿にしてたキャラクター達には悪い事したな。


 元々届くことのない、元の世界の実在しない人物達に謝罪を述べ終わると、ゆいゆいの言葉が続く。


「そうですか。まぁ、カズマさん達にはカズマさん達の予定がありますからね、無理に引き止めたりはしませんよ。

 またいつか…、そうですね。次は結婚式の話でもする時にでも、ここを訪れてくださいね」


「えっ……あ、はい」


 この人はまったく、鋭いと言うか何というか……、つい先程めぐみんと話題になった事をこんなタイムリーに話して来るとは。

 めぐみんといいゆいゆいさんといい、俺はそんなに読みやすい男なのだろうか?


 あと、唐突にそういう事を言って来るあたり、やはりこの人はめぐみんの母親なんだなと思う。

 心臓に悪いので俺的にはもうちょっと控えて欲しいのだが。


「では、今日の夕飯は少し豪勢にさせてもらいますかね。

 カズマさんには、これから色々とお世話になるのですから。

 どこかの稼ぎの悪い夫のせいで、そこまで豪華なものは出せませんが」


「うっ……」


 そんなゆいゆいの言葉に、部屋の隅で現在進行形でその売れない商品を作っていたひょいざぶろーから声が漏れる。


「……今はどんなものを作ってるんですか、ひょいざぶろーさん?」


「あ、ああ。これは、着ている間、魔力を供給してくれるローブだ」


 …………ほう?

 聞く限り、便利な物のようだが?


「それで?

 デメリットは何ですか?」


 俺がそんな感想を持っていると、アクアとダクネスと共に、こめっこと遊んでいためぐみんが冷ややかに言う。


「供給許容量に達すると、着ている他の服もろとも消滅する」


 ………………。

 要するに、素っ裸になるってか?


「で、でも、消滅する時間が分かればそれなりに活用できるんじゃないか?」


 あ、あぁ……。

 一応俺なりにフォローはしたが、俺の後ろにいる二人の紅魔族の目が、真っ赤に輝いているのが安易に想像できる……!


「いや、無理だろうな。

 使う魔法の種類や、その人の元々の魔力量によって供給されるスピードが違うだろうから、着るたびに消滅するまでの時間は変わるだろう」


 ひょいざぶろーが当たり前のように言い切ると、今まで座っていためぐみんとゆいゆいが立ち上がる。

 そのままひょいざぶろーに近づき、二人でローブの両端を持つ。

 しかしひょいざぶろーは、その行動の真意を理解出来ないでいるようだ。


 ……あんた、本当に紅魔族か?

 紅魔族ってのは、知力が高いんじゃなかったのか?


 すると二人は、お互いの顔を見て頷き…。


「「せーの……」」


「えっ……」


 ローブを高く掲げたかと思うと…。


「「ふんっ!」」


「だああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ⁉︎」


 完成しかけていたローブを、真っ二つに引き裂いてみせた。


「では私は、夕食の準備をしてきますね」


 そう言ったゆいゆいは、満足した、とでもいうような清々しい表情をして台所を向かって行った。


「それでは私たちは、夕食までは私の部屋で遊ぶとしましょう。

 次は、カズマも付き合ってくださいね」


 めぐみんがそう言うと、アクアとダクネス、こめっこが居間から出て行き、めぐみんの部屋へと入っていく。

 それに続き俺も、ひょいざぶろーの様子を確認しながらもめぐみんの部屋へ入る。


 そして居間には、引き裂かれたローブを前に四肢をつく、涙目の大人が一人残された。






 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー






 あれから少しして、現在ーーーー夕食中。


 今晩のメインディッシューーーーカニ鍋。


 今夜のめぐみん宅の夕食は、戦場と化していた。

 しかし戦場、と言っても、実際に暴力が振るわれているわけではない。


「なあ母さん、白菜は美容に良いと聞く。

 カニは任せろ、ワシは母さんにいつまでも美しくいて欲しい!」


「あらあらあなた、あなたこそ最近頭髪の方が薄くなってきましたし、添え物の海藻サラダを召し上がればいいと思います!」


 このように、夫婦二人が言葉という武器でお互いを牽制し合いながら、食事が行われているのだ。

 ちなみにめぐみんとこめっこは慣れているのか、それには目もくれずカニをがっついている。

 そして俺とアクア、ダクネスはと言うと、そんな家族たちを見て何とも言えない気持ちになり、カニ以外の食材をつついている。


 ……どうしてこうなった。


 いや、理由は明白だ。

 それは、俺が『霜降り赤ガニ』と呼ばれる代物を、お土産として持ってきたのが原因だろう。


 俺たちは前に一度、この霜降り赤ガニをパーティーの皆で食べた事がある。

 身は太くプリプリしていて、味も普通のカニより断然濃い。

 かといってしつこいわけではなく、丁度いい塩味が効いていて、喉越しもいい。

 あの時の味や食感は、今でも覚えている。

 値段はそれなりにするが、それでも十分に満足感として返ってくる。

 それほど強烈な印象を与えてくれたからこそ、今回のお土産にはこれを選んだわけなのだが……。


 おそらく、これを普通の家庭にお土産として持っていくのならば、100点満点のお土産なのだろう。

 しかし、今回は普通ではなかった。

 その普通ではない点がこの家庭の場合いくつもあるのだが、最もと言えるものが一つ。

 それは、この家庭が予想をはるかに上回る貧困を迎えているという事。


 前からめぐみん本人に貧しい家庭で育ったとは聞いていたが、ここまでだとは思ってもいなかった。

 ここに来て初めて食事を共にした時のこめっこの、『やった!久しぶりに固い食べ物が食べれる!』という言葉には涙せずにはいられなかった。


 ……ああ、エリス様。

 これからは俺たちの仕送りで、もうちょっとはまともな食事を取れるようになりますように……。


 そんな事を女神様に願っていると、最近回想シーンでしかセリフがなかったウチの駄女神が俺に向かって突然に。


「ねぇ、カズマカズマ?」


「はいはいカズマです」


「いきなりの質問になるんだけどね?

 あんた、めぐみんとの子供はいつ作るつもりなの?」


「「「「「ぶふっ⁉︎」」」」」


 そんな爆弾を投下してきた。


 それを聞いた、アクアとこめっこ以外の全員が吹き出した。


「お、おまえ……どうしたんだよいきなり、そんな事を聞いてきて」


「 ? 別に、ただ今回こめっこちゃんと何日か遊んでみて、小さい子もいいなぁって思っただけよ」


 ほう……?

 それじゃあ、今回こめっこと遊んで、眠っていた母性にまた火がついたから、俺たちに子供を作らせてその子と遊びたいと?

 それ以外の意図はなく、特に何かを狙ってその発言をしたわけではないと?

 この場所、この時間、このメンツで、そんな内容の問いかけをしておいて、一切他意はないと?

 まったく、これだから天然は……!


「あ、い、いやぁ…。いつになるかなぁ…」


 めぐみんの両親は、期待のこもった目。

 ダクネスは顔を赤くしながら、しかし興味深そうにこちらをチラチラと。

 アクアはただ純粋に、悪意のかけらも見られないような澄んだ目で、こちらを見つめてくる。

 こめっこは……まあ、言うまでもないだろう。


「…………ッ」


 その眼差しに耐えきれず、俺は目をそらしめぐみんの方を向く。

 しかしめぐみんはダクネス同様、恥ずかしがりながらも、興味ありげな様子でこちらをチラチラと覗いている。


 ……言えってか?

 この状況で、いつ妊活に励むか宣言しろってか?

 バカなの?

 いや、アクアは元から知力が足りなかったが、おまえは違うだろめぐみん。

 これがどのくらい非常識なことか、お前にはわかるはずだ。

 なんだよ、彼女の両親の前でいつから妊活に励むかを宣言するって。

 ただの頭おかしいやつだろ。


「恋は盲目、というやつです……」


「勝手に人の心を読むなよ」


 クッソ……、どうすりゃいいんだ!

 もういっそ、真面目に考えて素直に言ってやろうか⁉︎


 皆の熱い視線を受けヤケになり、そんな事を考え始める。

 そして俺は、めぐみんを見て、見て……。

 じっくり、見て……、決めた。


「めぐみんが、いろんな意味でもうちょっと大人になったら考えようかなと思います」


「おい」


 ……なんだよ、お前らが言わなきゃダメみたいな空気作ったんだろ!

 俺は悪くないはずだ!


「その『いろんな』を、詳しく教えてもらおうじゃないか」


 ……いや、言わなくても分かるだろ?

 こめっこ以外はうんうんと頷いてし、多分気づいてるぞ?

 そんな中で、とくに頭のいいお前が分からないわけがないだろ?

 どうせ気がついてんだろ?

 だから俺には言う義務はないと思います!

 そんな真っ赤な目で見られても、絶対言いません!


「ど、どうしても言わなきゃダメ……?」


「はい、もちろん」


 あ、あれぇ?

 なぜか考えてる事と逆の事を言ってしまった。

 これが、一度恐怖を植え付けられてしまった者の定めなのか⁉︎

 …………くっ、やるな我が彼女よ!

 まさか数日経っても薄れることのない恐怖を、いつのまにか植え付けているとは……!


「わ、分かった。言うから、どうかその目をやめろください」


「言い終わったらやめます」


 う、うぅ……。

 もういい、どうにでもなれ!


「ま、まず…、その短気な性格だろ?」


「……ほう」


 うっ……。

 めぐみんの目が、よりいっそう紅く……!


「あとは……」


「……あとは?」


 はぅっ…!

 もう嫌だ、なんだこの修羅場!

 もしかして、俺ここで死ぬの?

 彼女の家で、その彼女の両親の前でいつから妊活に励むかを話してたら、失言して亡命ってか⁉︎

 ……笑えねぇよ。


「その……体の事とか……かと思います」


 あーあ、言っちゃったよ。

 もう、どうしようもないよ。

 3秒後にBattle startしちゃうよ。

 それなら俺は、全力で応戦させてもらうからな!

 大人気ないと言われようが関係ない。

 俺は、真の男女平等を願う者!

 答えろと言われたのに答えたら責められる、そんな理不尽には決して屈しない……!


 俺がそう思って、いつでもドレインタッチをできるよう準備をしていると。


「そう…ですよね……。

 こんな貧相な体じゃ、カズマは興奮してくれませんよね……」


「なっ⁉︎」


 お、おい!

 急にしおらしくなるなよ!

 さっきまでの威勢はどうした!

 いつもの短気はどこに捨ててきた!


「そうですよね……どうせ、今私と付き合ってるのは遊びなんですよ……。

 そのうち捨てられて、カズマはグラマラスな女性に鼻の下伸ばしてついて行ってしまうんですよ……」


 そんなわけねぇだろ!


 そう叫ぼうとしたのだが、その直前に俺に向けられている視線に気がつく。

 アクアとダクネスの、ゴミを見るような視線に。

 めぐみんの両親の、今にも襲いかかってきそうな殺気に満ちた目線に。


 あんたたち、あんな事があったのにそれでもまだ俺のこと信じてくれてないのかよ!


「くっ…………」


 あまりの出来事に、歯を食いしばりながらめぐみんの方を見ると。


「…………フッ」


 ……笑いやがった。

 こいつ、笑いやがった!


 泣き真似なのか、顔はしっかり手で隠してあちらから見えないようにしてるが、俺からははっきり見えたからな!


 ……そうかよ、お前がそういう作戦なら、俺だって反撃させてもらう。

 この目の前の夫婦が普通じゃないことには俺は何回も悩まさせて貰ったが、次はお前の番だ!


「悪かっためぐみん、まさかお前がそんなに気にしてたなんて思わなくてな」


 まあひとまず先に、謝罪の言葉を入れようか。

 一応、俺にも悪いところはあるしな。


「でも俺も、あれは本心じゃないんだよ。

 ネタだよネタ、ちょっと緊迫した空気を和ませようとした、俺なりのネタだったんだって」


「………人のコンプレックスをネタにするのは、最低だと思います」


 まあ、そう返してくるよな。

 俺以外からは今、めぐみんは泣いてるように見えるわけだし。

 俺は、完全に悪者だし。


 だが、お前が作り出したこの状況、悪いが逆に利用させて貰う!


「だからさ、それに謝罪の意味も込めて、俺から一つ提案がある」


 つい先程の帰り道では、これと同じような状況で思わぬ反撃を受けたが、今回はそうはいかない。


「お前は、俺に愛されてないと思ってそんなに悲しんでるわけだろ?

 自分が、そういうことの対象としてちゃんと見られてないと思って。

 ならさ……」


 おっと、ここまで言ったからには知力の高い紅魔族の大人たちは気がついたかな。

 それに、ダクネスもなんだかいつもより顔が赤い。

 おそらくあいつも、薄々と感づいてはいるのだろう。


 そして、肝心のめぐみんは……やっぱり、お前も気づいてるようだな。

 こちらを目を輝かせて睨んでくる。

 だが、これだけの人数が気がついていようがあえて言わせてもらおう……!


「なら、お前をしっかり愛してるって、今晩からしっかりとお前に確認させてやるよ」


「……くっ」


 ふ、ふはははは!今回は俺の大勝利だな!

 その顔、その顔が見たかったんだよ!

 ここ最近随分と弄ばれてきたが、とうとう俺が一歩先の事を見通せたようだ!


「ふ、ふふ……」


 しかし尚、めぐみんは笑いながらこちらを向く。

 ……何がおかしい?


「カズマもバカですね。ここには、私の両親がいるのですよ?

 そんな事目の前で宣言されて、やすやすと許すはずがないでしょう!」


「お義母さん、お義父さん。

 仕送りの件、月20万から30万にアップでどうでしょうか?」


「ええ喜んで、今すぐにでも始めちゃってください!

 私はこめっこを寝かしつけておくので!」


「「「えっ⁉︎」」」


 残念だったな……その件については、もう対策は考えてある!

 めぐみんとダクネス、アクアは驚いているようだが、俺にはこうなる事は安易に想像できていた。


「ちょ、お母さん!何を言ってるんですか!

 娘を金で売るつもりですか⁉︎」


「大丈夫よめぐみん。カズマさんは、きっと優しくしてくれるわ!」


「話が噛み合ってない!……ってあぁぁ!」


 母親と討論している隙に背後からドレインタッチで魔力を吸いつくした俺は、めぐみんを背負って別の部屋へ向かおうとする。


「ちょ、おとうさーん!

 お父さんも、なにか言って……あれ⁉︎」


 母はダメだと察しためぐみんは、次にひょいざぶろーに助けを求める……が、そのひょいざぶろーは、つい先程まで起きていたにもかかわらず、今は部屋の真ん中で熟睡している。


「お、おい、それでいいのかあなたは!

 娘の危機だぞ!自分の娘があんな飢えた獣のような男に「『スリープ』」


 そして何か失礼な事を言おうとしていたダクネスは、今度は正真正銘、ゆいゆいの手によって眠らされた。


「わ、私は、別に反対しません!

 良い子にして、早く寝ます!」


 それを目の前で見ていたアクアは、学習能力は無くとも生物的危機感からか、往生際良くそんな事を告げる。

 すると、ゆいゆいは優しい目でアクアに頷いた。


 フッフッフ……計画通り!

 俺がめぐみんさを無力化してしまえば、あとはゆいゆいさんがなんとかしてくれる事まで俺は完全に予測していた!

 今晩の俺は、絶好調のようだ!


「こ、こめっこ!助けてください!

 もうあなただけが頼りなのです!」


「こめっこ、お姉ちゃんを無視すれば、明日からは毎日固いものが食べられますよ?」


「分かった!お姉ちゃんは無視するね !」


「⁉︎」


 最後の希望にもあっさりと裏切られためぐみんは、俺の肩を力の入らない手で叩きながら俺に言う。


「か、カズマ!せめてお風呂にだけは!」


「いやいや大丈夫だって。

 むしろ、愛を確かめたいならそっちの方が良いんじゃないか?」


「へ、変態です!ここに変態がいます!」


 まったく失礼な。

 俺のどこが変態だって言うんだ。

 それにもし俺が変態なら、お前はそれに恋する痴女って事になるんだからな?


「それでは、楽しんでくださいね?」


 ゆいゆいはそう言って、俺たちをめぐみんの部屋へ先導する。


「え、ちょ、本気ですか?

 うそ、え、待っ……!」


 そんな言葉を最後に、俺たちはめぐみんの部屋に入っていった。






「『ロック』ッ!」


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