第26話:約束
眩い光に包まれて、目を開いてみればそこは見たこともない場所。
ここは水の都、アルカンレティア。
それは水の都と呼ばれるだけあって、都内には水路が沢山あり、まさに神聖な場所と言えるような場所だった。
しかし、今回はここでゆったりと観光している暇はない。
俺たちは一刻も早く、紅魔の里へ向かわなければならないのだから。
「さて、着いたばっかりだがゆっくりは出来ない。すぐに紅魔の里に向かうからな」
俺がそう告げるて振り返ると、めぐみんがコクリと頷く。
それに続いて、ダクネスも頷く。
そして、それに続いてアクアも……
「嫌よ!なんで⁉︎アルカンレティアよ⁉︎
少しだけでもいいから、寄って行きましょうよ!」
なんとなく想像はしていたが。
まったく、なんて物分かりの悪い奴。
「あのな?俺らは遊びに来たんじゃないんだよ。それぐらい、お前でもわかるだろ?せめてこういう時ぐらいは分かってくれよ」
「お願い!一泊、いえ、三時間!三時間で良いわ!三時間で良いから、ね?お願いよカズマさん!」
なんでこいつは、こんなに聞き分けがないんだ?
いつもならもうちょっとすんなり……。
いや、そうでもないか。
いつもこんな感じか。
俺は呆れ返って二人の方を見ると、
「お、おいアクア……。流石に今回は我慢してくれないか?また今度、暇が出来たら来よう。そっちの方が、楽しめると思うぞ?」
アクアの説得を、ダクネスが手伝ってくれた。
良いぞ良いぞ。
もっと言ってくれ。
このまま多数決で押し切ってしまおう。
するとめぐみんは、
「い、いえ……。大丈夫ですよ。
手紙には火曜日までと書いてありましたからまだ時間はありますし、アクアなら尚更、この街には寄りたいでしょうし……」
そんなことを言った。
自分のせいでこうなってしまったのだからと、まだ負い目を感じているようだ。
これまで、随分と一緒に居たのだから、それぐらいは声を聞けばわかる。
ダクネスでさえも、それは分かっているようだった。
しかし、いや、ここは想定通りと言うべきだろうか。
そんな中でもアクアは、
「ほらほら!めぐみんもこう言ってることだし!三時間だけで良いから寄っていきましょう!」
……なんて言うかもう、流石だよね。
この空気の読めなさは既に、才能と呼んでも良いのではないだろか?
そもそも、どうしてそこまでアルカンレティアに寄りたいんだ?
観光か?
それとも、この街で有名な温泉にでも入りたいのか?
観光なら帰りにすれば良いし、温泉だって、疲れを癒す場所なのだから全部片付いてからの方が良くないか?
まぁ、一応めぐみんも納得してるみたいだし、理由によっては三時間ぐらいならよってやらないこともないんだが。
「なぁアクア。お前、なんでそこまでしてアルカンレティアに寄りたいんだよ?
なにか特別なことでもあんのか?
それは、帰りの時に寄るんじゃあ済ませられないことなのか?」
俺が疑問に思ったことを、アクアに問いかける。
するとアクアは、可哀想なものを見る目で俺を見て、
「あんた、私を誰だと思ってるの?」
「トイレの神様だろ?」
「違うわよ!私は水の女神、アクア様よ!」
俺に即答され、少し涙目になって叫ぶ。
いや、でもこいつ、本当にトイレ掃除は凄いんだって。
こいつが一回掃除したトイレは、多分一ヶ月ぐらい掃除しなくても普通の家庭のトイレより綺麗だと思う。
だから、そんな才能を見せてくれた次の日から俺は、アクアをトイレの神様と呼ぶことにした。
「分かった分かったトイレの神様。
良いから早く理由を教えろよ」
「な、なんで私が責められるのよ……。
今のは完全にカズマさんが悪いと思うんですけど……」
なにかブツブツ呟いているアクア。
しかし少し考えると、一度何かを諦めるような態度をとって、こっちを向いて話し出した。
「はぁ…。まぁ良いわ」
なんで開口一番に俺がため息をつかれなけりゃならんのだ。
「私がこの街に寄りたい理由はね、まず、私が水の女神だっていうことは、もうあんたは知ってるでしょ?」
それより絶対トイレの神様な方が似合うと思う……所だが、それを伝えたらまた面倒くさくなる。
ここは何も反応せず、話を聞き続けよう。
「それでこの世界にはね、その水の女神、つまりこの私を崇めてる宗教があるのよ」
……ほう、この駄女神を崇めてる宗教があると。
ロクでもない奴ばっかいそうな宗教だな。
そう思いながら、今は俺たちの会話を聞いている二人を見る。
すると、めぐみんは顔をしかめて、ダクネスは少し嬉しそうな表情をしていた。
あのめぐみんが顔をしかめて、あのダクネスが嬉しそうにしているのだ。
おそらく…、いや、もうほとんどの確率で俺の予想は当たっているのだろう。
「その宗教が、アクシズ教っていうんだけどね、宗教っていうのは、どんなものでも総本山があるでしょう?」
まぁ、そうだな。
キリスト教ならバチカン。
イスラム教ならメッカ。
ユダヤ教ならエルサレムとか、そんな感じだろう。
そして、ここまで考えた俺は感じた。
何か、嫌な予感がする。
「それでね、そのアクシズ教の総本山っていうのが……」
そして……。
「この街、アルカンレティアなのよ!」
俺の予感は、見事的中した。
それを聞いた俺はその予感の的中を機に振り返り、めぐみんとダクネスの手を引いて。
街の入り口とは反対側へ、足早に歩きはじめた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「危ねぇ、あと少しで許すとこだった。
あいつを崇めてる宗教の総本山とか、絶対危ないだろ。街にいる間ずっと勧誘とかされそうなんだが」
今日の目標は、アルカンレティアから続く整備された道の先にある、林を抜けること。
林を抜けた先で一泊した後、その先に広がっているという草原を抜けて紅魔の里へ明日向かう。
そして俺たちは今、今日の目標を達成するため、そのアルカンレティアから続く道を歩いている。
「ふふっ、そこまで危険視しなくても大丈夫ですよ」
そう言うと、微笑んでこちらを向くめぐみん。
「確かに色々と変なところがある人たちが多い場所ですが、良いところも沢山……。
……あれ?良い…ところ……?良い……ところ……。
………はい、良いところも沢山あるのですから、ぜひ帰りには寄って行きましょう」
…………………。
「…なあ、それ本当に大丈夫か?
『変なところ』って言葉はスッと出てきたのに、『良いところ』って言葉を出すのには結構時間かかってたよな?」
「だ、大丈夫ですよ!ちゃんと良いところもありますから!」
俺の問いに、慌て出すめぐみん。
「例えば?」
「え、えっと……。温泉……、ですかね?」
あの頭の回転が早いめぐみんがここまで悩まされるとは……。
アクシズ教徒、恐るべし。
「なあ、それはあくまであの街の観光的な良い所であって、変なところがある人たちの良いところにはなってなくないか?」
「うっ……」
俺がそう言うと、一回目を逸らしてから、その通りですと言わんばかりの苦笑を見せるめぐみん。
うん、寄らなくて良かった。
そしてそんな表情でも可愛いです。
こんな事を話しながら歩いていると、だいぶめぐみんの調子が戻ってきたようだ。
会話の中で見せる笑顔もだいぶ自然なものになって来ている。
良かった。
手紙を読み終えたばかりのめぐみんは、問いかけに答えたりはするものの、自分から話しかけてくることはなく、どこか虚ろげな表情をしていたから心配だった。
そういえば……
「手紙といえば……、聞きたいことがあるんだった。聞いても良いか?」
「あの手紙についてですか?
ええ…、まぁ、私に答えられる範囲でならば大丈夫ですよ?」
「そうか……」
届いた手紙を、めぐみんが俺たちに読んでくれている時から思ってた。
「じゃあまず、なんでめぐみんの家族が危ないのか、だな。心当たりはあるか?」
「……それなんですが、すいません。まだはっきりとは分かりません。
手紙には、『大きな問題によって』としか書かれていなかったので……」
まあ、それは仕方ない。
俺にはあの文は、そもそも意味を理解する事すら出来なかったからな。
これはあっちに着いてから、直接本人たちに聞くとしよう。
「なら次に、あの手紙の『アルカンレティアから歩いて』って部分はどう思う?
アルカンレティアから紅魔の里までの道のりに、他の道とは違うような事ってあるのか?」
「その部分もあちらの意図は分かりませんが、違うところといえば、モンスターが他の場所に生息しているものよりも強いということぐらいでしょうか?」
「……そっか、なら用心しながら進まないとな」
「はい、そうですね」
モンスターが強い……か。
なんでそんな道をわざわざ歩かせるんだ?
テレポートですぐに行ってはいけない理由があるのだろうか?
「まあ、聞きたかったのはこのぐらいだよ。ありがとな」
「いえ。今の私には、これくらいしか出来ませんから……」
だいぶ戻って来てはいても、たまに見せる今の様な負い目を感じているような姿。
やはりこの問題は、なんとしても良い方向に解決したい。
俺たちの問題について来てくれる、アクアとダクネスの為にも。
もちろん、めぐみん本人の為にも。
そして、俺とめぐみんの、未来の為にも。
そう決意を新たにすると、林が見えて来た。
その入り口には、ちょっとした岩があっり、その上には、緑色の髪を持つ一人の少女が座っている。
そしてその少女は、俺達を見つめている。
まるで迷子の子供が、親を探している時のような悲しそうな顔で。
俺達を、ジッと見つめている。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
俺達が先ほど見つけた、緑色の髪を持ったあの少女。
名を、『安楽少女』と言う。
その名から分かる通り、人間では無く、れっきとしたモンスターである。
しかも、
『その植物型モンスターは、物理的な危害を加えてくる事はない。
……が、通りかかる旅人に対して強烈な庇護欲を抱かせる行動を取り、その身の近くへ旅人を誘う。
その誘いには抗い難く、一度情が移ってしまうと、そのまま死ぬまで囚われる』
という説明がされるほどに悪質なモンスターだ。
そしてそいつは、その説明の通り、怪我をした、幼い少女の格好をして俺達に近づいて来た。
しかし俺は、心苦しくも、俺の心の中にある真の冒険者の心に従ってこのモンスターを成敗した。
その後例の如く、聞き分けのない駄女神にクズマだのキチマだの罵られることになったのだが。
その駄女神の説得は、説明を聞いてなんとか納得をしてくれためぐみんとダクネスがいても30分掛かった。
そんないざこざがあった後、俺たちは無事に林を抜けた。
街道沿いの地面の上にレジャーシート程の大きさの布を敷いて、その上で一夜を過ごす事にしている。
しかし空は曇っているため、月明かりがない。
かといって、モンスターを引き寄せてしまうので火も焚けない。
という事で、見張り役は、敵感知スキルと千里眼スキルを持っている俺が担う事になった。
流石に一人では何かあった時に対処に困るだろうと、俺以外の三人は交代で休む事に。
最初の見張りは、俺とめぐみんだ。
めぐみんとダクネスから『一晩中起きていて大丈夫なのか』と聞かれたが、元いた場所ではそれが当たり前だったから大丈夫だと、『なぜ起きていたか』という部分だけ伝えずに納得してもらった。
今はもう、アクアとダクネスは寝てしまっている。
「そういえば先程、話の中に出て来たのですが……。カズマは他国なら来たんですよね?
……その。カズマは、国に帰る事はないのですか?」
二人が寝てから続いていた沈黙の中、めぐみんが恐る恐るそんな事を聞いて来た。
先ほどの『一晩中起きていた』という話の中で少しだけ話に出てきた俺の故郷、日本。
俺がそこに帰ってしまったりしないか、心配してくれているのだろうか?
「というか、帰りたくても帰れないんだよ。まあ、国に帰ってものんびりした生活に戻るだけなんだけどな。
それにさ、アクセルに来てからは、俺はもうこっちの生活の方が好きだなんだよ。しかも俺たちは、今はもう大金持ちなんだ。特に頑張って働く必要もないし、面白おかしくのんびりと、皆とあの街で過ごして行こうぜ」
俺はこの世界で、他でもない君と出会ってしまったから。
そんなくさいセリフは言えるはずもなく、心の中にしまっておく。
確かに、親の顔ぐらい見たい気もする。
しかし俺は、あっちの世界じゃ死んだ事になってるからなぁ…。
魔王を倒したら日本に帰れると言っていたが、そこら辺は上手く調整してくれるのだろうか?
……まあ、調整出来たとしても、俺はまたこの世界に戻ってくるんだろうなぁ。
俺の言葉にめぐみんは、安心した様に息を吐いた。
「そうですか。私も今の暮らしは気に入ってるのでこのままがいいです。しょっちゅうピンチになるも、皆と一緒に何とか乗り越えていく。そして、カズマと一緒に居られる、今の楽しい生活に満足しています」
めぐみんが遠くを見ながらいうその言葉に『前半部分の生活は、俺は今後はあまり送りたくないなぁ』と返そうとした、その時だった。
ドサッ。
という音を立てて、めぐみんが俺を押し倒した。
そのめぐみんの目には、涙が溜まっている。
「この……、ままがいいんです……。
このままの……、この生活が……」
そう言いながら、めぐみんの目からは少しずつ涙が溢れてきて。
「でも……、今のままでは……。今のままでは……、この生活は、送れなくなってしまいます……」
一滴、また一滴と、めぐみんの目から涙がこぼれ落ちてくる。
「それに、カズマと離れ離れになるなんて、そんな事、私には耐えられません」
そして俺は、やっと気付いた。
一人の少女には、あまりにも重すぎる恐怖が課せられていた事に。
俺みたいなやつが、到底感じた事がない様な恐怖が、課せられていた事に。
「でも、そうなってしまうかもしれない」
そんな恐怖の中、なんとか抗う様に少女は叫ぶ。
「そう……、なってしまうかもしれないんです……!」
どんな恐怖の中でも、自分を支えてくれる愛しい人を信じて。
「ですから……、ですからカズマ……!」
涙で目の周りを赤くして、その昂った感情で、目を紅く光らせて……
「私を……、抱いてくれませんか?」
そんな事を……
「私の初めてを…、貰ってくれませんか?」
そんな事を、少女は愛しい人に伝えた。
「この生活を、奪われてしまうぐらいだったら……。あなたを、奪われてしまうくらいだったら……。せめて、私の初めてだけでも、カズマに貰って欲しいんです。
いえ、初めてだけは、カズマに貰って欲しいんです」
なんだろう。
………嬉しい。
こんな時に、何を思ってるんだと言われるかもしれないが、俺は今、凄く嬉しい。
今のままの生活が、送れなくなってしまうかもしれない恐怖の中で。
自分の家族が、危険にさらされているという恐怖の中で。
それを救うためには、見た事も聞いた事もない様な人と結婚しなければいけない恐怖の中で。
最後まで俺を、想ってくれた事。
俺が、彼女の心の支えになれていた事。
それが、とてつもなく嬉しい。
俺はその想いに、答えたい。
俺の愛しい人の、恐怖の中で生まれたその想いに、答えたい。
君が俺を望んでくれた事に、答えたい。
……でも、
「……ごめん。俺には、出来ないよ」
そう言いながら、俺はめぐみんの肩に手を掛けた。
「どうして…、ですか?」
めぐみんが、今にも泣き出しそうな顔で聞いてくる。
「……私の事を、嫌いになりましたか?」
目からこぼれ落ちそうになった涙を、指で拭ってやりながら答える。
「違うよ。そんな事、何があってもあり得ないさ」
「では、何で……」
そんなの、決まってるじゃないか。
「好き、だからさ」
「……え?」
「好きだからこそ、今ここで、この場面で、めぐみんを抱かないんだよ」
俺がそう言うと、不思議そうな顔をするめぐみん。
体を起こしながら、めぐみんの肩に手を置き、伝える。
「俺はお前が、好きだから。大好きだから、こんな状況で、お前を抱きたくないんだよ。
好きだからこそ、勢いとか、周りに流されてとか。ましてや、後がなくなったからとか、そんな状況でしたくない。
好きだからこそ、もっとちゃんとした場面で、お前を抱きたいんだよ」
「で、ですが……!」
「それに、前にも言っただろ?俺がお前の、光になってやるって」
それが、今の話とどんな関係があるんだ。
そんな事を言いたそうなめぐみんを見ながら、俺は続ける。
「光、だぜ?
俺達を照らしてれる、太陽みたいな光だ。お前が大好きな、爆裂魔法みたいな光だ。
そんな光に、俺はなるって決めたんだぜ?
だからさ、信じてくれよ。そんな光になるって決めた俺を、信じてくれよ。
どんな手段を使ってでも、今回の問題を解決してやる。
それでも、もしも、解決できない、なんて事になったら。その時は俺がお前を攫ってやる。例え何があっても、俺はお前のそばにいる。
お前の未来は俺のもので、俺の未来はお前の物だ。
だからさ、俺を信じて、待っててくれよ。
どんな事があっても、俺はお前から、離れないから。
そしてまた今度、そういう事する雰囲気になったら、誘ってくれよ。俺はいつでもできる様に、準備しとくからさ」
俺はそう、笑いながらめぐみんに伝えた。
するとめぐみんは、俺の胸に顔を埋めて。
「……絶対、ですからね?」
「ああ、絶対だ」
先程までためていた涙を、思う存分流しながら。
「……約束、ですからね?」
「勿論、約束だ」
確認する様に、何度も何度も、俺に問いかけてきた。
俺は、そんなめぐみんの頭を撫でながら、ひとつひとつ、心に刻む様に、答えていた。
そんな二人を見つめるかの様に、いつの間にか雲から顔を出した月が、辺りを明るく照らしていた。
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