第25話:『すみません』より『ありがとう』を
「失礼、バニルはいるか?」
俺がそう言いながら店に入ると、店の雰囲気がいつもとは違う気がした。
そんな中、こんな空気には似合わない涼しげな鐘の音が俺の入店を知らせると、
「来たか、小僧」
俺の叫びと鐘の音を聞きつけた仮面の悪魔は、ニヤリと頬を緩ませながら店の奥から出て来た。
「ああ、来たさ」
俺がそう答えると、バニルは店の隅にある机と椅子を指差し、
「まあなんである。せっかく来てくれたお客様であるのだから、ゆっくり座って話そうではないか」
そう言った。
特に断る理由もないので、誘いに乗って椅子に座ることにする。
それを見たバニルは、俺の向かいの席に着きこちらを見つめる。
話し合いを始めよう、という事なのだろう。
しかし…
「なあ、見通す悪魔さんよ。もう、要件は分かってんだろ?
こちとら色々と気が立ってるんだよ。早くしてくれ」
そう、俺は今気が立っている。
自分でそれを、理解できるぐらいには。
「まぁそう慌てるでない。しっかりと要件も分かっておるし、約束も守る。
これでも悪魔は、契約にはうるさい生き物なのでな」
それは助かる。
もしここで厄介な条件でも出して来ていたら、今頃自分がどうなっていたか全く予想できん。
まあ、それも見通した上での今の言葉なのだろうが。
「じゃあ、よろしく。聞かせてくれよ。
見通す悪魔の予知による、問題解決のアドバイスをな」
「うむ、よかろう。心して聞くがいい。
……とその前に、貴様が持って来たその手紙をこちらによこせ。その物事に関わりの深いものがある方が見通しやすくなるのでな」
「分かった。……これで良いんだな?」
そう言って俺は、言われた通りに先程めぐみんから借りた手紙を渡す。
「うむ。では今から見通す故、今しばらく待っておれ」
そう言うとバニルは静かになり、手紙と見つめ合う。
「………ふむ、………ほう、………ほう!
これはこれは……、是非とも我輩も同伴したくなるような出来事であるな」
最初こそ真面目に見通しているようだったが、どんどん面白いものを見るような仕草になってくる。
……すげぇムカつくんですけど。
アクア呼んできて浄化してもらっちゃダメかな?
めぐみん呼んで爆裂魔法撃ち込んでもらって良いかな?
ダクネス呼んであいつの性欲処理の相手にさせて良いかな?
……ん?うちのパーティーこの悪魔に対して結構強くね?
本当に嫌がらせしてやろうか?
「……おい、今そこで物騒な事を考えている男よ。大体のことは見通し終えたぞ。アドバイスを聞かせてやる故、今考えた事は一個たりとも実行するでないぞ」
「ん、そうか。じゃあ教えてくれ。
俺達は出来るだけ早く出発したいんだよ」
「その事についても後で言いたい事があるのだが……まぁいい、とりあえず先にアドバイスであるな」
「あ?まぁ、うん。頼むよ」
少し疑問に思ったこともあるが、まずはアドバイスを聞こう。
そう思って、返事をする。
そして、悪魔は語りだした。
いつの日か約束した、問題解決への道しるべを。
滑稽に、面白い思い出話でもするかのように。
楽しげに、語り出した。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
本当にあれだけの事で、今回の問題は解決出来るのだろうか?
そんな事を思いながら、俺は屋敷のリビングで皆とこれからの事について話していた。
「ま、そういう事だから、ウィズがテレポートの登録先にアルカンレティアを登録してるみたいだからそこまでは送ってもらう。そこからは手紙の通り、歩いて紅魔の里に向かうからな」
そう。
俺たちは今から、まずアルカンレティアまでウィズのテレポートで送ってもらう。
そして、手紙の通りアルカンレティアから歩いて紅魔の里へいく。
手紙には、『アルカンレティアから歩いてこい』(めぐみん訳)と書いてあった。
しかし、そこまでの道中の事は何も記されていない。
ならば、なるべく早く楽な方法でいこうと言う事で今回の方法を選んだ。
と、あたかも自分が考えたようにみんなに説明しているが、これはあの悪魔が考えたものだ。
あの悪魔は、ウィズがテレポートの登録先にアルカンレティアがある事を俺に伝え、それで商売してきた。
なんでも、片道40万エリスで4人をアルカンレティアまで送ってくれるそうだ。
そして俺は、それを買った。
……うん。完全にぼったくられたよな。
往復ならまだしも、片道40万って……。
その時は色々と気が立っていて気が付かなかったが、少し時間が経って冷静になってみれば、すぐ分かったよ。
『せっかく来てくれたお客様』ってのはこう言う事だったんだな。
でも、めぐみんの為なら40万なんて安いもんだよ。
それに、実際早く着くし、楽になるんだから良いんだよ。
完全に手のひらで転がされてた気がするけど、良いんだよ……。
「と言う事で、お昼を食べ終わったら出かける準備をしてくれ。3時ごろにはウィズに送ってもらうからな」
俺が改めて伝えると、
「急に飛び出して何をしてるのかと思ったら、そんな事してたのね。
……でもまぁ良いわ!それならさっさとお昼ご飯食べちゃいましょう!もうお腹ペコペコなのよ」
そう、アクアが叫ぶ。
どうやら昼食も食べずに急に屋敷を飛び出した俺を、先に食べる事なく待っていてくれたようだ。
「そうだな。もう少しで出かけるんだから、しっかりと腹を満たしておけよ」
そう言って、俺の説明を聞いていた3人と共に、席に着き手を合わせる。
「「「「いただきます」」」」
どちらの世界にも共通の食事を始める挨拶をして、俺たちは食事を始める。
各自、好きなように料理を口に運んでいく。
黙々と、食事を進めていく。
しかしそんな中に、箸を手に持ったまま考え事をしているように動かない人物が一人。
「どうしためぐみん?腹でも痛いのか?」
最近では落ち着いて来たが、それでも毎回十分すぎるほど食べるめぐみんが、一切料理に手を付けていなかった。
「いえ…、違うんです……」
俺の問いかけにそう答えためぐみんは、こちらを向き申し訳なさそうな顔をして、
「あの…、今回は本当にすみません。
私と、私の家族のためにみんなに付き合わせてしまって……」
そんな、バカな事を言って来た。
そう言っためぐみんの口を、俺は指で塞ぎ……
「違うぞ、めぐみん。こういう時は、『すみません』じゃなくて『ありがとう』って言うんだ。人間、謝られるより感謝される方が嬉しいもんさ。
それに、俺たちは誰かの意思じゃなく、他でもない自分たちの意思で、めぐみんを助けようとしてるんだ。手紙にそう書かれてたからじゃない。それぞれが、めぐみんを助けたいって思ってるんだよ。
だから、そんな顔すんな。笑って、ありがとうって言え。それだけで、俺達は十分だからさ」
そう、言ってやった。
するとそれに続き、ダクネスまで。
「そうだぞめぐみん。私たちはこれで、それなりに長い付き合いではないか。困った事があったら、変な負い目は感じずに頼ってほしい。そうしたら私は、自分の出来る限りを尽くして、お前を助けてやるさ。
それに、今までのお前達を見ていて思ったんだ。こんなに惹かれ合っていて、幸せそうな二人がどこかの誰かの事情で引き裂かれるなんて、あってはならない事だ、とな。
今回の私の助太刀は、そう思った自分の意思によるものだ。だから、何も心配せずに私を頼ってくれ」
「カズマ……、ダクネス……」
それを聞いて、目に涙を貯めるめぐみん。
そんな中、アクアまで。
「ぷっ、ぷぷっ……。カ、カズマさん…。
そういう事は、もうちょっと顔を綺麗に整えてから言った方がいいと思うの……ぷっ」
そんな事を……。
………この野郎!
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「かじゅましゃぁぁぁん!
ごめんなさい!私が悪かった!私が悪かったからそれだけは返してよぉぉぉぉ!」
俺は今、神器を奪われて泣き叫びしがみついてくるアクアを尻目に、ウィズの店の前にいた。
「お前ら忘れ物はないな?今からはテレポートで行くからすぐだが、もしあっちに着いてから忘れ物に気がついたら、馬車じゃ取りに来るのに丸一日は掛かる。絶対に忘れ物はするなよ?良いか?フリじゃないからな?」
「ああ、私は心配ない」
「私も、屋敷を出る前にしっかりと確認したので大丈夫です」
よし、なら大丈夫か。
俺もしっかり確認したし、ウィズにお願いして、さっさと紅魔の里に向かおう。
「よし、じゃあお願「かじゅましゃぁぁぁん!お願いよぉぉぉぉ!返してぇぇぇ!」
「うっせえなぁ!分かった、返すよ!返してやるから、黙ってろ!そして、お前の出番が来たらちゃんと働けよ!」
「うっ……、ぐすっ……、はい……」
全くこの駄女神は……。
良い空気をぶち壊した挙句、貴重な時間まで削るとは。
これで今回の道中で何か厄介事でも起こしたら、次こそは本当にその神器売っぱらってやる。
「よし、じゃあウィズ、よろしく頼むよ」
そう、ウィズに呼びかける。
しかしウィズは少し困ったような顔で俺に近づき、
「あの…、カズマさん。本当に、テレポートだけでこんなに貰って宜しいんですか?さすがにこれは、多過ぎると思うんですが……」
そんな事を言ってきた。
はい、俺もそう思います。
でも、しょうがないんです。
悪魔と契約しちゃったんですもん。
という事で、
「大丈夫だよウィズ。これはいきなりだったのに了承してくれたお礼と、日頃の感謝だ。あまり多くはないが、受け取ってくれ」
盛大にカッコつけさせていただきます。
「そうですか、ありがとうございます。これで今日はバニルさんから白米の許可が出るかもしれません」
「そ、そうか…。喜んでくれて嬉しいよ」
日頃、一体どんな食事をしているのだろうか?
まぁそんな事は置いといて、
「じゃあ改めて。ウィズ、よろしく頼む」
「はい、分かりました」
そう伝えると、答えたウィズはテレポートの詠唱を始める。
「くれぐれも気をつけてくださいね。怪我がないように、こちらからも応援してます。
そして無事に帰ってきたら、また私に二人の恋のお話を聞かせてくださいね」
「ああ、もちろん。
問題全部片付けて、また俺たちの惚気話を嫌という程聞かせてやりますよ」
「ふふっ、楽しみにしています。
では、『テレポート』ッ!」
リッチーとは思えないような、優しい言葉で俺たちを送り出してくれたウィズに対し、俺たち四人は笑顔で答える。
「「「「行ってきます!」」」」
そして俺たちは眩い光に包まれて、一つ目の目的地へと飛ばされた。
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