第21話:聖剣エクスカリバー
春。
雪解けの季節であり、冬の間引きこもっていた冒険者達が活動を再開する季節。
モンスター達が活発に動き回り、繁殖期に入る、そんな季節。
しかし俺は……
「ああ〜、めぐみ〜ん」
「ふふっ。どうしたんですかカズマ。最近は甘えん坊ですね?」
まだ少し肌寒いこの季節。
こたつの中で、この愛しい彼女の名前を呼びながら、その慎ましい胸に顔を擦り付けていた。
「……カズマ、今失礼な事を考えていませんでしたか?」
「考えてないよ。考えてないからもうちょっとこのままでいさせてくれ」
「……しょうがないですねぇ」
そう言っためぐみんは、今もめぐみんの胸元に抱きついている俺の頭を撫で続けてくれる。
ああ、なんか凄く癒される。
まだ小さな赤ん坊が、母親の腕の中にいる時と同じぐらいの安心感が、ここにはある。
あのクソ悪魔が言う『大きな問題』なんて物、めぐみんと一緒なら全然大丈夫な気がする。
もうどこにも行きたく無い。
ずっとこのままでいたい。
もちろん仕事なんて糞食らえだ。
それに、働かなくてもいいしな、俺。
だって金あるし。
人間は生きて行くために、働いて金を得るんだ。
でも俺にはその金がある。
じゃあ働かなくていいじゃん。
うん、決めた。
俺このまま一生めぐみんとイチャイチャゴロゴロしてるわ。
俺は愛しい彼女の腕の中で、そう心の底に誓うのだった…
とは行くはずもなく、
「おいカズマ、さすがに今日は外に出よう。
もう外は雪解けの季節。モンスター達が活発になってくるのだぞ」
そんな悪魔的な忠告を、俺とめぐみんの近くに立ったダクネスがしてきた。
「……おいこの変態ドMクルセイダー。いつからお前は人の恋路を邪魔できる立場になったんだ?
お前はその性癖だけで十分周りに面倒を掛けてるんだから、日常での気遣いぐらいはできるようになれよ」
「んっ……!ふ、不意打ちとは……。
流石だな、カズマ」
それをやめれば日常での面倒も少しは許容してやるって言ってるんだよ。
「……はぁ。んで、なんだっけ?」
「お、お前と言うやつは……、なぜ私がため息を疲れなければならないのだ。
……まぁいい」
そこまで言ったダクネスは、俺と同じようにため息をつき続ける。
「先程も言ったが、今日こそはクエストに行くぞ。今はもう春、雪解けの季節なんだ。モンスターも活発化する。そんな季節に冒険者がクエストに出なくてどうする。
まして我々は、大物賞金首や二体の魔王軍幹部を倒したパーティーだぞ」
「知るか。そんな事、俺には関係ない。
俺は過去でも未来でもなく、今を生きる男。過去の栄光なんていらない。それに、今の俺には金がある。そんな俺が、働く気があるわけ無いだろう?」
完全に開き直った俺に、ダクネスが動揺する。
「し、しかしだな…。私もこれで、それなりに有名な貴族なんだ。そんな私のいるパーティーが、春になっても討伐に出ないというのはだな……」
「お、なんだ?お前、最初は冒険者としてだとか大層なこと言ってたくせに、結局は自分のためか?
正義の貴族としても名高いダクティネス家も、とうとう自分のために権力を使うようになっちまったのか?」
「ち、ちが……!そういうわけじゃ……」
よし、いける!
このまま押せば今日もめぐみんとイチャイチャゴロゴロできる!
「それに俺の心は、この前あのクソ悪魔のせいで傷つけられたんだ。そんな状態でクエストなんか受けたら、また死んじまうかもしれないだろ?」
「た、確かにあの時、ウィズの店から帰ってきた時は様子が変だったが、それも三日前のことだろう。さすがに今日は……」
お、結構動揺してるな。
あと一息……!
俺の努力も次の一言で実るんだ!
そう、思ったのに……
「サトウさん!サトウさんはいらっしゃいますか⁉︎」
そんな俺の期待は、最近では聞き慣れたセナの声に揉み消されてしまうのだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
俺は、あの女が苦手だ。
俺を正義の味方のように見ていて、それでいて大きな期待も向けてくる。
俺はできれば仕事もしないで楽して生きて行きたい人間だから、そんな目で見られても困る。
「よし、じゃあ始める!手はず通り行くぞ!
まずは俺が姫様ランナーと王様ランナーを狙撃!その二匹さえいなくなれば大人しくなるみたいだから、雑魚は放っておく。
それに失敗したらダクネスが耐えてるうちにまた俺が狙撃!
それすらも失敗したらめぐみんの爆裂魔法でまとめてぶっ飛ばし、撃ち漏らしたやつらを俺が狙撃する!
アクアは全体の援護を頼む!」
「分かった!盾役は任せろ!」
「はい!火力は私に任せてください!」
「私を誰だと思ってるの?補助役は任せなさい!」
期待の目で見られて困った挙句、結局俺はこうなった。
今回のクエストは、繁殖期に入ったリザードランナーの討伐。
長くなるので説明を省くが、簡単に言えば、唯一のメスである姫様ランナーと、先頭を走る王様ランナーを討伐してしまえば残りの雑魚は解散するらしい。
という事で、今回の作戦な訳なのだ。
いつもは行き当たりばったりな俺たちも、今回は珍しく作戦を立てている。
今回は大丈夫、いけるだろう。
ダクネスは自分の性癖を爆発させるだけ。
めぐみんは爆裂魔法を撃つだけ。
アクアはみんなの援護をするだけ。
何も難しいことは言ってない。
一人一役担えばいいだけだ。
大丈夫、大丈夫……、
きっと大丈夫だ……。
そんな事を願いながら、幕は開かれる。
時は昼過ぎ、場所は平原にて、
『リザードランナーの群れの討伐』
が幕を開ける。
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「今度からは、もっと気を付けて生きてくださいね?」
「………はい、すみません」
いつの日か来た、神々しい雰囲気がする神殿にて、
「前回あなたを特例で蘇らせた時、本当に大変だったんですから……」
「ほんっっっっとうにすみませんでしたああああああ!」
俺は目の前の女神に、盛大なDOGEZAをかましていた。
「そ、そこまでしなくてもいいですよ!
そんな事されたら、私が悪者みたいになっちゃうじゃないですか!」
「え?違うんですか?」
「違いますっ!」
「やだなぁ、嘘に決まってるじゃないですか」
「あ、あなたという人は……」
うんうん。
実にからかいがいのある女神様だ。
この世界の人はみんな面白い反応するよな。
からかってて実に楽しいよ。
……なんか俺最低なこと言ってるような気がするけど、まあ本当のことなんだから仕方がないよな。
「ところで、さっき『今度からは』って言ってましたけど、今回は普通に生き返っていいんですか?」
「え?あ、はい。いいですよ。ダメですと言っても、どうせ今回もアクア先輩に無理やりやらされそうですしね。
……それに、今からまた忙しくなるのにあまりエネルギーを使いたくないんですよ」
「……す、すみません」
やばい、気まずい。
これで、他の奴のせいで死んだならまだ言い訳もできる。
そう、今回は他の奴らは全然悪くない。
今回俺がここを訪れる羽目になったのは、完全に俺のせいだった。
本当は言いたくないけど、説明するとこうだ。
今回俺たちは、珍しく作戦を立ててからクエストに挑んだ。
実際死ぬのだったら、その作戦が失敗したから、だろう。
しかし、今回の俺は違かった。
作戦が、上手くいきすぎたのだ。
運が良ければ良いほど命中率が上がる『狙撃』スキル。
俺はそれを使って、持ち前の運で、見事に二回で二匹のリザードランナーを倒した。
倒してしまったので、詠唱を終えていためぐみんが悶々としていた。
クエストも終わったので、まだリザードランナーが少し固まっていたところに爆裂魔法を撃たせた。
そしたらもちろん、撃ち漏らしたやつらは逃げてくるわけで。
逃げて来たうちの複数が、俺が登っていた木に激突して来た。
そうすれば、もちろん木は揺れるわけで。
で、俺はその揺れに耐えられず足を滑らせて、地面へと真っ逆さまに……
「ああああああああああああ!」
「えっ!ど、どうしたんですか⁉︎」
「あっ、すいません」
なんかここに来てから謝ってばかりな気がする……。
まあ今回は全部俺が悪いんだけど。
「そういえば、あいつらは大丈夫ですか?
前回俺が死んだ時、めぐみんが大変なことになったんですよ」
俺がそう質問すると、エリス様は少し俯いて。
「え、ええ。大丈夫ですよ。なにせ今回は……。
いえ、私の口からこれ以上は言いません。帰ってから直接、確認してみてください。私の口からは、あなたのパーティーメンバーは大丈夫ですよとだけ伝えておきます」
「え?そ、そうですか。分かりました」
なんだ?
なんかすごい言いずらそうだったんだが。
あっちの世界でなんかあったのか?
でもあいつらは無事だってエリス様は言ってるし……。
俺がそう悶々と考え事をしていると…
『カズマー。もうこっちの蘇生は終わったから、エリスに門開けてもらいなさーい』
「はいよー」
天上からアクアの声が聞こえて来た。
その声に、俺も当たり前のように返事をする。
「ではエリス様、お願いします」
「はぁ…。
実際、そんな簡単に出来ることでは無いんですけどねぇ…」
少し気怠そうなエリス様だが、そこはなんとかして貰わなくては。
「そこをなんとかお願いしますよ!」
「分かりましたよ。ですが、どんな事があっても気を強く持ってくださいね?自殺では、私の元へは来れないので」
「え?あ、はい。ありがとうございます」
少し意味を含んだような言い方だが、生き返らしてくれるのだから文句は言えない。
「では、始めますよ?」
そう言うと、指をパチンと鳴らして白い門を出現させる。
「はい、ありがとうございます」
そう言って門の方へ向かうと、前のように出て行く前に、
「では、あなたの祝福を陰ながら祈らせていただきます」
そんなまさに女神らしい一言で送り出してくれた。
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目が醒めるとそこには、いつもの俺の仲間がいた。
「おう、お前ら。心配かけた……な?」
なんだ?
なんか様子が変だぞ?
俺の目が覚めたらまた前みたいに抱きつかれると思ってたのだが……
ダクネスは、さっきから顔を合わせてくれない。
めぐみんはなんだか顔が赤いし。
アクアに関しては二人の要素を兼ね備えてる上になんだかプルプル震えてる。
「な、なんだよ。何があったんだよ」
そう問いただすとダクネスが俺の肩に手を置いて、
「カ、カズマ。安心しろ、大丈夫だ。私たちしか見てないから……ぷっ」
………。
「な、なんだよ。俺に何があったんだよ!」
続いてアクアがもう片方の肩に手を置き、
「安心しなさいカズマ。女神は、心優しいのよ……ぷふっ」
…………。
「な、なんなんだよ!もっと気になるわ!」
すると最後にめぐみんが俺の両肩に手を置いて、
「安心してくださいカズマ。立派でしたよ?」
……………。
「だから何がだよおおおおおお!」
俺の叫びは虚しくも、夕日に向かって響き渡るだけで。
何もわからないままこの場は、解散することになった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「カズマはまた死んだんだから、安静にする為にも先に家に帰ってなさい」
これは、俺が生き返った後に妙に優しくなったアクアの言葉だ。
ギルドへのクエスト終了の報告をしようとしたときに、伝えてくれた。
ダクネスも、いつも優しいめぐみんでさえも、俺にはいつもに増して優しかった。
何があった。
俺に一体、何があった。
そんな俺の疑問が解けるのは、そう遅くはなかった。
久しぶりに動いてかいた汗を流す為に、風呂に入った時の出来事である。
脱衣所で服を脱ぎ、風呂場に入る。
体を洗おうと鏡の前に座った時、それは判明した。
「くぉおおおらおまえらぁぁああああ!」
俺は生まれた時の姿のままでリビングへ入った。
が、時すでに遅し。
一度は帰って来たのだろう。
机の上には短い置手紙があった。
『カズマへ
身の危険を感じるので、しばらく三人で宿に泊まります。
アクア めぐみん ダクネスより』
「くっっっそぉぉぉおおおおおお!」
俺はその手紙を破きながら叫んだ。
『カズマ、その、なんだ。どちらも、素晴らしかった』
『私からは、こっちだけ伝えさせてもらうわ。今回蘇生に時間がかかったのは、あなたの死に方にみんなが爆笑していたからよ。私達だけの秘密にしてあげるから、感謝しなさい』
『カズマ、私は、本当は悲しかったのですよ?また私にこんな想いさせてって。あんな死に方でしたけど。でも悲しかったのは悲しかったので、お仕置きでイタズラをしようしていたら、その、見てしまいました。カズマの、聖剣エクスカリバーを。でも、安心してください。立派でしたから』
そんな各々の思いが、俺の体のあちこちに書かれていたのが、今回俺が怒っている理由だ。
「安心も感謝も出来るかあああああああ!」
俺のそんな悲痛の叫びが、一人きりの夜の屋敷に響き渡るのだった。
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